白と黒

上野蜜子

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第10章

居候と決着 1

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「今日もお疲れ様でした、おやすみなさい黒原さん」

「白石さんも…お疲れ様でした、おやすみなさい」

消灯した寝室で、ワイドキングの広いベッドに横になり天井を眺める。

こうして白石さんの家のベッドで寝るのも、もう累計何回目だ?

仕事を終えたら白石さんの家に帰るという同棲のような生活は、既に3日目になる。日曜を入れれば、4日目だ。

日曜は家に泊めてもらうために必要な身の回りの買い物をして、

タダで泊めてもらうのは悪いし何かお返しをしたいと頼み込んで、数日分の夕飯を作り置きした。

白石さんはそんなの良いですよと首を横に振り、いやいやでもでもと押し問答が始まりそうになった時、

「え、もしかして…黒原さんの手料理が毎日食べられるってことですか?」

と提案を快諾してくれた。いや手料理ではあるんだけど、ただの童貞サラリーマンが作れるレベルの冷凍おかずを果たして手料理と称して良いものか…。

そのあとカプセルホテルの疲れが抜けきっていなかったのもありふらふらと気絶するように就寝し、何か特別な空気が醸し出されるわけでもないまま、期間限定の2人の生活が始まった。

ちらっと横を見ると、眠そうな白石さんと目が合う。

にこ…と微笑む白石さん。明日休みのはずなのに、次の日休みだからって夜更かししたりしないんだな。いつも同じ時間に寝ているのか、俺に気を遣って就寝時間を合わせてくれているのか。

白石さんに合わせて起床し準備をしていた月曜、出勤時間までゆっくり寝ていてくださいよと白石さんは言ってくれたが、家主よりも起きるのが遅いのはどうなのかと思って(前科がありすぎるので説得力がないが)結局一緒に家を出た。

俺は家だといつもバタバタで、朝は食べないか10秒チャージぐらいしかしないので、コーヒー飲みながら白石さんと一緒に摂る朝食は…控えめに言わなくても毎朝本当に最高だ…

──せっかく職場から近いんですから、起きる時間とか家出る時間とか黒原さんの始業時間に合わせたら良いのに。

月曜のやりとりが思い出される。

「──いやいやいや、家主よりグータラしてるわけにいかないですよ…」

「どうしてですか?だってそれじゃ僕の家から出勤するメリットがないじゃないですか。普段の通勤時間分はゆっくりしてくださいよ」

「いやいやいや!メリットなんていらないですよ!!泊まらせてもらえるだけでありがたいし…そもそも一緒に過ごせるだけで幸せなんだから!」

そう口から出てすぐに急に恥ずかしくなってボッと顔が熱くなったわけだが、白石さんはと言うと、戸惑うでも照れるでもなくただ不服な様子だった。

「そう言ってくださるのは嬉しいですけど、黒原さん始業は9時ですよね。少なくともいつもより30分は長く寝られるじゃないですか」

「いや、さすがに寝てられないですよ…!逆に、一緒に起きて一緒に家出るのは嫌ですか…?」

「…嫌なわけがないですけど、そうですね…そこまで言うなら……分かりました。譲歩します」

ほっと胸を撫で下ろしたその後、

「そしたら、黒原さんの合鍵を作るまでは一緒に家を出ましょうか。ポストに鍵入れるのもきっと気になってしまうんでしょうし。それならよろしいですか?」

「…あ、い、」

合鍵……!?

この人、付き合ってまだ日が浅い男に合鍵作って渡そうとしてる?

俺がどんなに人畜無害だろうと、さすがに危機管理能力が甘すぎやしないか!?

どう考えてもダメだろ!いや嬉しいけど!!

そう頭の中でぐるぐると「合鍵」というワードをめぐって思考が張り巡らされていると、

「黒原さん?」

と、いつもの有無を言わさぬ圧の強い一声が投げかけられた。

こうなるともう、

「…わ、わかりました…」

こう言わざるを得なくなることを、しっかり把握されている…。

俺にはメリットしかないわけだけど。この申し訳なさを吹き飛ばすためにあえて強引にしてくれてるのも分かるけど!

だからこそ、不安になる。現時点で合鍵を渡すことができるほどの、信頼に足る人間だと認識してくれているのは素直に嬉しいけど…

知り合ってまだたったの3ヶ月だぞ。付き合ってからは1週間ちょい!!どう考えても合鍵を渡して良いような関係性ではないだろ!!

もし俺が人畜無害の皮を被ったケダモノだったらどうするんですか!?今後、こいつは信用ならねえと気付いても遅いことだってあるんですよ!?

「合鍵が出来たら黒原さんは黒原さんのペースで朝を過ごしてくださいね、約束ですよ。せっかく職場まで近いんですからね」

けど、白石さんと逆の立場だったとしても、俺も鍵作って渡してしまっていた…んじゃないかと思う…。状況的にも…。

せっかく家主である白石さんがこう言ってくれてるんだから、今はお言葉に甘えよう。そもそも社交辞令である可能性も否めないし。

そのまま、結局なんだかんだ合鍵やら家を出る時間やらの話には一切触れられずに水曜の夜になったわけだし。

あの時、ヤッター嬉しいですぐらい言えた方が可愛げがあったかもしれない。

ガッカリとか寂しいとかいう感情は一切なく、逆に安心している自分がいる…。嬉しいけど、本当にそこまで信頼されて大丈夫なのかと心配になる気持ちの方が大きい。

…むしろそれよりも気になるのは。

「白石さん、明日は何して過ごすんですか」

枕に後頭部を沈めながら斜め上を見て、うーんと考えるそぶりを見せる白石さん。

「ジムは行くと決めてるんですが、他はまだ決めてないんですよね。せっかく天気良さそうなのに家で過ごすのは勿体無いし…カフェ寄ったりかな。黒原さんなら何をしますか?」

「俺は天気とか関係なしにずっと寝てるからなぁ…参考にならないと思いますよ」

「前も仰ってましたね、ここに来てから寝付きはどうですか?」

「寝付き…めちゃくちゃ良いですよ。自分でも引くぐらいすぐ眠れてます」

「え、ほんとですか?良かった、ずっと気になっていたんです」

そりゃそうか…あんなことがあった上に、急に泊めてもらうようになったんだもんな。心配かけてしまっていたな。

「白石さんが隣にいるからですよ、安心感がすごいのですぐ眠くなる…」

「ふふ、黒原さんてば可愛らしいこと言うんだから」

「ええ!?そういう拾い方をしないでくださいよ!!」

「ごめんなさい、嬉しくてつい…」

くすくすと口を手で隠しながら笑う白石さん。

あ″~~も~~…可愛いのはあんただよ…。

「では…安心して眠たい黒原さん、そろそろ寝ましょ」

「そう…ですね。声かけちゃってすみません」

「全然!毎日会えてるのに、むしろ話し足りないぐらいですから」

改めて寝る前の挨拶を交わすと、横向きから仰向けになってすうっと目を閉じてしまう白石さん。

そう、気になるのは…

白石さんの家に来てから一度もキスをしていないどころか…

身体のちょっとした触れ合いすら、不自然なぐらいに全くないことです…。




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