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第9章
遺恨と外泊 9
しおりを挟む2人で何事もなく映画を観終わって、2人で並んで歯磨きタイムを過ごすと…
あっという間にドキドキのベッドタイムが近づいて来てしまった。
なんか俺、いつも寝る前ドキドキしてる気がする。いやするだろ!?特にラブホの寝具って言うのは睡眠を取るだけじゃなくて、大概は愛し合う人間ふたりが肌を重ねるために…って、
白石さんの家より小さめのこのベッドで…2人で並んで寝るの…!?本当に…!?
ビシバシに意識してる俺と、風呂場の様子とかそわそわしてる感じとかで少しは意識してる(と思う)白石さんが…このままこのベッドに!?2人で入って!?その後どうなっちゃうのか!?
すっと白石さんがベッドに近付く。どきっと心臓が跳ねた。
や、やばい。ついにベッドインだ…!
「僕、自宅じゃないベッドなんてものすごく久しぶりです!なんか新鮮で良いですね」
「そ…そうですよね…!?」
白石さんが片側の掛け布団をめくると、腰を下ろしごろんと速攻で横になった。
は、早い。迷うことなく行ったな。いやらしさを全く感じない、おそろしく素早いベッドイン。俺でなきゃ見逃しちゃうね。
ベッドで伸びながらシーツの感触を確かめている白石さんに続いて、掛け布団をめくってベッドに入り込む。
白石さんまで固まってたら一生ベッドの傍から動けないところだった。ありがとう白石さん…素晴らしい手刀…じゃない、ベッドインでした。
「明日のチェックアウトは…チェックインしてから15時間だから、10時頃ですね。朝ゆっくりできますね」
「結構長く居られるんですね…一応目覚ましセットしとこうかな」
スマホのアラームアプリを操作して枕元で充電しようとした時、ヘッドボードに置かれた小物入れの中に鎮座しているヤツを発見してしまった。
ぎくっと身体がこわばる。
その一瞬の体の反応を白石さんが見逃さずに拾い、体を起こして身を乗り出してくる。
「黒原さん?どうしました?」
「あ!いや、えっと…!」
俺の視線の先にあったものを目視すると、同じく白石さんの動きもぴしっと止まった。
やばい、距離が近い。すぐそばに白石さんの息遣いを感じる。普段のワイドキングサイズで慣れてしまって大抵のベッドが小さく感じるのももちろんあるだろうが、備え付けのコンドームを2人仲良く見つけてしまったというこの気まずさがダイレクトに空気の色に出る。
「…いや…はは!さすがラブホテルですねえ!」
この空気を少しでも解そうと笑ってみる。なにがさすがラブホテルだ。意味の分からないことを言うな俺…。
さっき白石さんが風呂入ってる間によそに置いておくんだったな。カバンの中に新品が入りっぱなしなのもあり、大抵のラブホにはこのようなものが備え付けられているということが全くすっぽ抜けてた。
「さっきフロントに電話した時全然気付かなかったです、完全に風景に溶け込んでいますね」
白石さんも普段と同じような声色で続ける。
が、なんとなく感じる作られた喋り方。白石さんも俺と同じく、変な雰囲気にならないように気を遣ってくれている…のだと思う。
「はは、ふいに見付けてしまってつい固まっちゃいましたよ…」
お互いがお互いの様子を視界の端で伺いながら怪しい流れに持っていかないようにしているのが分かって、ホッとする…。いや、ホッとしていて良いのか分からないが。
「2枚ですか、3回戦以降はどうするんですかね」
「それこそフロントに電話すれば良いんじゃないですか…?知りませんけど…」
この軽い空気こそチャンスと思い、小物入れに手を伸ばしベッドの脇にとんっと下ろした。
「…びっくりした、取り出すのかと」
「なっ…!しませんよそんなこと、むしろした方が良かったですか…!?」
「いえ…!そういうわけでは…」
スムーズに動いたつもりだったが、白石さんが胸に手を当てて緊張した様子でこちらを見上げてくる。
き、気まずい…!そのままにしておくべきだったか!?いやでも視界に入る方が気まずいし…!
タイミングをミスったか?まあけどもうこれで視界にブツは入らないわけだし…!これ以上気まずくはなり得ないだろう!多分!
「あ、あの…で…電気…消しましょうか」
「そ…そうですね…」
ちょっと固い雰囲気のまま、間接照明を残して消灯してしまった。何もしないで寝る…が正解なんだよな?
けどラブホだぞ?付き合ってる2人が同じ部屋にいるんだぞ!?でも付き合ってまだ1週間なんだよなぁ~…!早すぎるし、どうしたら良いか分からないし!そもそも俺はいざとなった時にちゃんと機能するのか分からないし!!
ちら、と白石さんの方を見る。なんとなく寝方が固い.気がする。完全に重力に身を預けていないというか…
「…あ、あの…このまま寝るんですよね?」
頭で考えるより先に声が出てしまった。
なんだよこの確認の仕方は!!気まずい雰囲気をさらに気まずくさせるようなことをどうしてこの口は勝手に!!
白石さんが額に手の甲を当てながらふぅーっと息を吐く。
「…黒原さんてば…なるべく意識しないようにしているのに」
「…え!?あ、す…すみません…」
ぼぼぼ…と顔が熱くなる。
意識…しないようにしてるのか。そうなのか…。俺だって同じだけど、白石さんと俺で矢印が向かい合ってる感じがして途端にむず痒くなる。
いや両思いって、付き合うってこういうことなんだよな。そうだよな…。そうだったよな。長い年月のうちに忘れ去られた感覚だった…。
「…黒原さん、今日はちゃんと寝ましょう。昨日よく寝れてないでしょ?何かあっても僕がいますから…よく寝れますよ、きっと」
ちら、と目線を向けてくる。
つんと通った鼻、薄い唇、細いあご…
白石さんはいつどのアングルから見ても完璧なシルエットだな…
「…あの、逆にドキドキして寝られないんですけど…」
「それは困っちゃいますね…じゃあ逆に全部しちゃった方がよく寝れますかね?」
ふっと力が抜けたような顔で、いたずらっぽく笑ってみせる白石さん。
「な…!?」
「ふふ、冗談ってことにしておいてあげます…。ところで、明日からはどうされる予定ですか」
「え?あ、明日からのことは…まだ考えてる最中ですね…」
「そうですよね。そしたら、落ち着くまでは僕の家にいてくださいよ」
ちょっとうっすら頭の端で期待してしまっていたセリフが白石さんの口からサラッと出てきて動揺する。
「…え、いや!それはさすがに…!悪いですよ!!白石さんだって毎日の生活があるのに…」
「悪くないですよ、僕たち付き合ってるんですよ?」
「いや、そうだとしても…!」
付き合って1週間だし、知り合って3ヶ月だぞ!!
どう考えても今の段階で居候はさすがに早すぎる。いろんな段階といろんな時間をすっ飛ばしすぎだ。
「僕の家が1番安心できると思いますけど、嫌ですか?」
「違うんです、嫌とかじゃなくて…」
いろんな理由はある…付き合ってからの期間がまだ浅いこと、その提案をされることを少し期待していたことに対する後ろめたさもあるし、元カノとの確執で白石さんに迷惑をかけたくないという気持ち、そしてそんな立場にも関わらずこれ以上白石さんとみっちり一緒に過ごしたら俺の情緒がおかしくなってしまうという情けない懸念…!
距離感とかおかしくなりそうだ。パーソナルスペースがん無視し始めたりしかねない。
「郵便受けとかは一緒に確認しに行きましょ。一人にさせたくないんです」
郵便受けなんていっさら心配しとらん。チラシやら保険屋からの葉書やらカード水光熱費関係の…別に普段から開封もせずに捨ててしまうようなものしか来ない。心配してるのはそこじゃないんだよな…
「あの…白石さんってどうして俺なんかにここまでしてくれようとするんですか」
「どうしてって…」
「ここまでしてもらう資格ないですよ…だって」
昔付き合ってた女とのトラブルでこうなってるんですよ…?
俺が白石さんの立場だったら、少なくとも完全な快い気持ちは持てていないと思う。
もっと俺が元々ちゃんとしていたら、こんなことにはなっていなかったわけだし。仮に俺が100%悪いわけではないとしても、その皺寄せが現恋人に行くのって本当に最悪な状況だよ…
それをうまく言語化できず言葉に詰まっていると、
「黒原さんは、俺なんかってよく仰いますね」
「え…?」
今?言ったっけ…?
「癖になってしまってるんですね、そうやって考えるのが」
「…癖ですか?」
「黒原さんはそのままでいるだけでとても尊い存在なんですよ。ご自分の価値を貶めなくて良いんです。僕にとって黒原さんは、この世の何よりも大切なんですよ」
白石さんが真面目な表情で、まっすぐ目を見ながら続ける。
あ…このようなことを、以前吉川さんにも言われたような…。
「大切だからこそ、僕が黒原さんに色々したいだけなんです。むしろ迷惑だったりしたら教えてください、黒原さんのことが誰よりも大事ですよ」
カーっと顔が熱くなる…
「迷惑なんて…あの…ありがとうございます…」
「けど逆にそれが黒原さんの心の重荷になってしまうのは良くないですね…」
「あ…えっと…」
白石さんが至極真面目な顔をしながら続ける。
「分かりました。こうしましょう、毎日黒原さんがお仕事終わるたびに拐いに行きます」
「拐…えっと、はい!?」
「黒原さんは抵抗むなしく僕に家まで連行されるだけです。来たくもない僕の家に無理やり連れてこられて、したくもない添い寝を僕と毎晩…」
「いやいやいや!それはむしろしたいですけど…!」
「じゃあWin-Winですね、僕は黒原さんといたい、黒原さんは僕と寝たい」
「ちょっと待って、語弊がすごいです」
「あはは!安心してください、僕も黒原さんと一緒に寝たいですよ!」
楽しそうに白石さんが笑う。
「し、白石さん~…!」
そっちね!?いや話の流れ的にそうだよな!!勝手に破廉恥な方で意味を取ってしまったので羞恥心がすごい。顔がずっと熱い。顔どころじゃない。体に接している寝具にどんどん熱がこもってきて若干汗ばんですらいる。
「平日まで黒原さんに会えるの夢みたいだな~…仕事があるとは言え、しばらくは朝起きてから夜寝るまで一緒ですね」
「いやあの、けどほんとに迷惑じゃ…」
「だから、黒原さんは僕に誘拐されるだけなんですってば。僕が逆に黒原さんの迷惑になっちゃいますね」
「俺が迷惑なんて思うわけないじゃないですか…!」
「ふふ、僕も同じですよ。明日は何して過ごしましょうか?家でまったりでも良いし、外出するのも良いし」
あ、明日…そうだ。朝から一緒にいられるのか。
「何か公園でイベントとかやってますかね…?調べてみましょうか」
枕元に置いたスマホを手に取り、白石さんにも見えるように傾けながらブラウザアプリを開くと、
男同士 やり方 初めて
で検索していた検索一覧画面がぱっと出てくる。
しかも全部アクセス済みでリンクが紫色になっている。
最早反射と言っても良いぐらいの速さで、びゃっ!と画面下部から一気に上にスライドさせて一瞬でアプリを閉じる。
しかし何をどう言っても言い訳にすらならない状況だ。これはまずい。さっきまでにじんでいた汗とは別の種類の汗が出始めている。
「…あ、あの…違うんです、えっと…見えちゃいました…?」
ちらっと白石さんの方を見る。スマホの画面の明かりに照らされた白石さんと一切目が合わない。終わった。
「いえ、あの、見てないですよ。光の反射かな…?上手く見えなかったんですけど、何かありました…?」
頑張って取り繕ったような笑顔を見せる白石さん。本心を隠すのが上手な白石さんですらこの苦笑っぷり。
光の反射って…今この空間に反射するような光は一切ないだろ!!絶対見えてるじゃんこれ!!
「違うんです!あの、そういうことがしたいとかじゃなくて!いやそういうわけでもないんですけど!いや違うな!!予習はしておくのが普通かなって…!!」
「分かってますよ、大丈夫ですから!」
「いざそういう雰囲気になった時に白石さんを困らせないようにと思っただけで!!本当に違うんです!!」
何が違うんだよ!!自分で言ってて訳わからない!!口を開けば開くほど必死さが露見していく。だめだこれ!何をどうしてもどうにもならない!!
「…あの、黒原さんがそういうことを意識してくれて…嬉しいと言ったら語弊があるでしょうか」
恥ずかしそうに視線を落とすと、伏目がちな目にスマホの明かりが映り込んで、赤い頬とキラキラした瞳が…
どうしようもなく可愛い…。
「へ…?」
こんな状況でうっかり見惚れてしまい、うまく言葉が頭に入ってこなかった。
「そこまで考えてくださってるってことですよね。僕だけじゃなくて…」
ぱち、とキラキラした瞳が視線を捉える。
「あ、あ、あの…」
僕だけじゃなくて、って…
「…でもこれからはずっと一緒なんです。ゆっくり行きましょう」
そう言ったかと思ったら白石さんが首を伸ばしてきて、ちゅっと啄むような軽いキスをされる。
そのまま元いた位置に戻ると、枕に頭を預けてまた仰向けに寝転がった。
突然のキスでぼーっとしている俺を横目でちらっと見ると、小さく笑って
「今日のお休みのキスは僕が頂いちゃいました、明日のことは明日また考えましょ。おやすみなさい黒原さん」
「え、は、あ、あの…お、おやすみなさ…い…」
軽く触れ合った唇の余韻が全身を駆け巡る。
この数分間で情緒が嵐の荒波レベルで不安定だ。
今はめちゃくちゃ高波。それはもうすごい高波だ。
ドキドキしたまま白石さんと同じように枕に倒れ込み、重力に身体を預ける。
いや…いやいや…
………寝れるか!!!!!
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