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第8章
吐露と懇意 4
しおりを挟む車の中でも無言。
あまりにも無言。
痛いぐらいの無言。
気まずいの極み。
この間の気まずくない沈黙と全然違う。気まずすぎる。
何話したらいいか分からないまま、無言で車を走らせる白石さん。
何か話さなきゃ…と思っても、頭に何も浮かばず、口からも何も出てこない。
白石さんのマンションの駐車場に着いて、絞り出すようにお礼の言葉は伝えて…気にしないでくださいと白石さんが気まずそうに言って…
共用部分でも足音しか響かず…
家に着いても、ぎこちない感じで水を渡される。今のうちに置いておきますね…と、痛み止めまで用意してくれた。
「あの…いつもいつもすみません…」
「いえ…僕が好きでやってることですから」
会話終了。
ダメだ…心折れそう…
この人、俺のこと振ったんだよな?なんで振った本人が俺より傷付いた顔してるの…?
俺、そんなにキモかった…?おそろいピアスとイヤリングはさすがに重すぎた?いや重い自覚はあるんだけど、そんな反応することなくない…!?
なんか勢いで白石さんの家を指定しちゃったけど、大人しく家に帰っておけばよかったかもしれない…
白石さんが何も言わずにソファーに腰掛け、俺も続けて隣に座る。
き、気まずい。
こ、ここは年上の俺が…切り出さないと…
一生この空気終わらない気がする…!
「あの、白石さん…」
びくっと白石さんの肩が震える。
ぎゅっと手を強く握っている。こういうボディサインとか…よく分からんけど…!そこまで詳しく吉川さんから聞いてないけど…!俺だったら怖かったり緊張してたり混乱してる時にすると思う…そういう時に自分の手を握りしめると思う…!
意を決して口を開く。
「こ、怖がらないでください…あの、白石さんの気持ちが知りたいんですけど…質問しても良いですか」
「…は、はい」
「白石さんの言う好きって…俺の好きと意味合いが違いましたか?」
「…違わないです」
いや、
違わないわけはないだろ…
「えっと…俺の好きって…その、白石さんとくっついたり…恋人になりたいっていう意味の好きなんですけど、白石さんは…」
「僕も同じですよ、同じですけど違うじゃないですか、黒原さんが僕と付き合うっていうのは…」
「え、意味が分からないんですけど…」
な、何が違うの…?
同じなのに違うって、どういうことなの…?
俺のことは好きで恋人になりたいと思ってるけど、付き合いたくはないの…?
自分が良いところばかりだとは決して思ってはいないけど、地味にショックなんですけど…
「ぼ…僕は…黒原さんには幸せになってもらいたいんですよ…」
「あの、重ねて意味が分からないんですけど…」
「僕は黒原さんのことがずっと好きで…やっと会えたと思ったらなんかすごい元気がなかったから…」
「…あの…待って、いつの話…?」
「元々の黒原さんみたいに戻るのに…何か力添えができるんじゃないかと思ったんです。でも僕の欲が出てしまって、一生の思い出が作れるんじゃないかと…ついうっかり思ってしまったんですよ」
「え?あの、さっきから何の話してます?」
「黒原さんには…優しくて素敵な女性とあたたかい家庭を築いて欲しいんです。その思いはずっと変わらないです…黒原さんには世界で一番幸せになって欲しいんです」
「あの…ちょっと白石さん」
「なので僕と付き合いたいとか…そもそもそういう選択肢はあってはいけなかったんですよ。僕のせいです、私利私欲に目が眩んで黒原さんを混乱させてしまいました。本当にすみませんでした…」
「ちょっと、白石さんあの、さっきから話が全然見えないんですけど」
ずっと好きとかやっと会えたとか、
欲が出て思い出作りするとか、
私利私欲に目が眩んだとか、
理解が追いつかず一から百まで頭に内容が入ってこない。
この人何の話してる?なんでこんな話がするする進んでくの?もしかして俺がおかしいの?
「黒原さんの僕に対するその気持ちは、一時の気の迷いってことです…なので、僕は」
「ちょ、ちょっと待ってください!…気の迷いとか、言いたいことはたくさんあるんですけど…つまり白石さんは、俺のことは好きだけど付き合いたくはないってことなんですよね?」
「いえ、付き合いたくないとかじゃなくて…付き合ってはいけないじゃないですか」
「な、なんですかその決まりは…じゃあ今日電話かけたのは一体何でなんですか…?」
「…あの時僕が逃げてしまったから…黒原さんが僕のせいで悩んでいたらどうしようと思って。さすがに吉川さんと一晩を共にしようとしているとは予想してなかったので焦りましたけど…」
はぁー…と呆れたようにため息をつく白石さん。
いやため息つきたいのはこっちでしょ…
「あの…待って。とりあえず白石さんには、俺と付き合う選択肢がないってことなんですよね?そしたら俺が吉川さんとどうこうなっても良いってことなんじゃないんですか?」
「…それは黒原さんの自由ですけど…酔った勢いで吉川さんとっていうのは黒原さんのためにもやめて欲しい…仮にそういうことをするなら、できれば女性の方がいいとも思いますし」
「いや待って、意味分かんないこと言わないでくださいよ…なんで他人の女性は良くて吉川さんはダメなんですか」
「ダメとは言ってないじゃないですか。そもそも酔った勢いで吉川さんに手籠めにされたいんですか?吉川さんも言っていたでしょう、後悔したって時間は戻らないんですよ」
「いや、逆に女性ならいいんですか?女性にだったら俺、何されてもいいんですか?もし元カノみたいな女に捕まって結婚までする羽目になって一生地獄みたいな生活を送ることになったとしても、白石さんはそれが望みだって言うんですか!?」
「違いますよ!そんなわけないじゃないですか!!黒原さんに幸せになって欲しいって言ってるじゃないですか!!」
白石さんが声を荒げる。
こんな声、初めて聞く。
一瞬たじろぐが、ふぅっと息を吐いてこちらも態勢を整える。
「じゃあ…じゃあ俺は白石さんと一緒にいたいって言ってるのに、それが幸せだって言ってるのにそれがなんでダメなのか教えてくださいよ!」
「僕じゃ黒原さんを幸せにできないからですよ!なんで分かってくれないんですか!!」
「は、はぁ!?そんなもん分かるかアホ!!」
「…あ、アホ!?アホって言いましたか今!!」
「いやアホでしょ!!まるで俺が人に幸せにしてもらわないと幸せになれない間抜けみたいな物言いをするじゃないですか!!」
「アホじゃないです!!黒原さんは間抜けでもないし、そういうことを言ってるんじゃないです!!僕が言いたいのは、お互いに幸せにし合えるようなそんな相手と…」
「それがもうアホです!アホの極みです!!俺別に、白石さんに一方的に幸せにしてもらいたいなんて思ったこと一度もないです!!俺は白石さんと一緒に居たら勝手に幸せになってるんですよ!!」
「ぼ、僕はアホじゃないです…!僕がどれだけ…どれだけ黒原さんのことを考えてるか、黒原さんは知らないでしょう…!だからそういうことが簡単に言えるんですよ!!」
「知ってますよ!!いつも俺のために何かしようとしてくれて、いつも俺と一緒にいてくれるじゃないですか!!特別何かしてほしいとかじゃなくて、これからも一緒にいて欲しいって言ってるだけなんですよ俺は!!」
「僕だって…僕だってどれだけ葛藤してると思ってるんですか!!」
「何に対してですか!!」
「黒原さんを僕だけのものにしたいって思ってるに決まってるじゃないですか!!」
「ほァッ…!?」
怒りと勢いの感情の中に唐突にズキュンっと心臓を貫く言葉が飛んできて、つい変な声が出た。
「けど黒原さんは幸せになるべき人なんですから…僕なんかと一緒に居たらいけないでしょ!!黒原さんにはもっとふさわさい女性がいますしそういう方と生涯を共にして欲しいんですよ!!」
「いや…待って、待って待って!今まで散々俺のこと振り回しておいて!?それで女性と付き合えだの結婚しろだの言ってます!?」
「振り回すだなんて、そんな…」
「あんなッ…恥ずかしいこと言わされたり!恥ずかしいことさせられたり!濃ゆーいキスしてきたり!!人生で初めてのことばっかりですよ!?責任取るのが筋ってもんじゃないんですか!!」
「せ…責任…!?僕はただ黒原さんのためにできることをその時その時で考えて…」
「お、俺が!あの時どんな思いで白石さんに気持ちを打ち明けたのか分かってるんですか!!軽い気持ちだったと思ってるんですか!?」
「…僕だって!今までどんな気持ちで黒原さんの話聞いてたのか知らないでしょう!!」
「え!?ど…どんな!?」
「いつか出会う顔も知らない女性と付き合わせるために黒原さんの話聞いて!前向きになれるようにサポートして!!僕が黒原さんの傷を直接癒せたらどんなに良いかとか思っても、黒原さんが好きなのは女性だし…」
「だからぁー!!俺が好きなのはその知らん女じゃなくて!!白石さんなんだってば!!」
「っう……!!」
「なんで分かってくれないんですかって、こっちのセリフですよ!!なんで毎度そんなややこしいことになるんですか!?」
「…も……もう一回言ってくれないと分からないです」
「は!?」
「うまく聞こえませんでした!黒原さんが好きなのはどなたなんですか!?」
「だーかーらぁー!!白石さんですってば!!」
「もっとちゃんと言ってください!!」
「ハァ~!?!?だから!!俺が好きなのは!!白石さんなンッ!!?」
ガッと肩を掴まれて口がぶつかる。
「んぅンンん…!!」
舌が割り込んでくる。勢いに圧倒されて、ソファーに押し倒される。
今までのまったりとしたキスと全く違う。荒々しい…!何が起きてるのか頭が全く追いついてこない。頭に血がのぼっているのもあると思う。混乱して頭が整理されない。
肩を押さえつけられて、馬乗りにされている。起き上がれない。舌が乱暴に絡みついてくる。息が…息が苦しい…!
酸欠になりかけたところで、口が離される。
「っぶはぁ…っ!はぁっ、し、白石さ…」
「……僕のせいですよね」
「はぁっ、な、何!?」
「黒原さんは女性が好きだったのに…僕が黒原さんに肉体的な接触をしすぎたから…黒原さんの人生を狂わせてしまったんですね」
「…はぁ!?まだそんなこと言って…」
「だから…黒原さんの言う通り、僕が責任取らなきゃいけませんよね」
「…ッ……」
俺に跨って唇の端をぺろりと舐めて、息を荒くしながらも不敵な顔でこちらを見下ろしてくる白石さん。
さっきと全然違うじゃん…
妖艶なその表情に、目が離せない。
「…一生逃げられませんよ。いいんですか」
「に…逃げませんよ!逃げるわけないでしょ…白石さんだって逃がさないですからね」
「いいですよ。…捕まえててくださいね」
ぐっと肩に体重がかかって、顎を掴まれて固定される。
そのまま白石さんの髪が頬にかかって、食べられてしまうんじゃないかと思うぐらいの、貪られるような長いキスをした。
おそらくお互いアドレナリンがどばどば出ていて、呼吸が整って熱が冷めるまでにだいぶ時間がかかった。
…捕まえててくださいって言うけど、どう考えても捕食されてるのは俺なんだよなぁ…
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