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第8章
吐露と懇意 2
しおりを挟む「本当に本当に…わけわかんないでしょぉ!?」
「訳わかんないですね~それは。ほら飲んで飲んで」
これが、完全なる即オチである。
誰ですか、よわーい酒をつまみと一緒にちみちみ進めてけばいいだけだもんな、とか余裕綽々で考えてた奴!俺か!俺だわ!!
金曜日の仕事終わり、吉川さんと先日のバーの近くにある居酒屋に入り、最初は一杯だけ…と思っていたはずなのに料理は美味しいしお酒も美味しい、
そして絶妙なタイミングでお酒のおかわりをメニュー表見せながら勧めてくる吉川さんと、お酒を飲んで楽しくなる魔法にかけられてしまったせいで、気付いたらこんな状態になっていた…というわけです。
白石さんもいつもスマートだが、吉川さんは場数たっぷり余裕たっぷり、振る舞い手練れであっという間に酒のペースと距離を詰めてくる百戦錬磨の風格がある。
この人絶対遣り手でしょ…やばいやばい。用心しないと用心。火の用心…
「もうほんと人って分からないです…人類には人の気持ちを分かろうとするなんてことは、あまりにも早過ぎたんですよ」
「ははは、面白いこと言いますね」
「吉川さんも訳わからないですよ、みどりさん使ってよくわからない接触してくるし…全部筒抜けでしたよね!?知ってるんですからね!!」
「え、なんのことです?それ、僕にはよく分からない話ですね」
「とぼけないでくださいよ、おかしい点が多すぎるんですよ!どう考えても完全に妹を利用してたじゃないですか!」
「ははは、黒原さんてば。そもそも本当の兄妹なのかって疑ったりはしないんですか?」
「や、やめてください!僕のことをこれ以上人間不信にさせないでくださいよ!」
必死の俺の形相を見て、吉川さんがくっくっ…と楽しそうに笑う。
「…黒原さん、本当に良い。本当に良いですね。飲ませれば飲ませるほど味が出てくる。こんなにお酒弱いのにね」
「な……そこまで弱くないですよ!吉川さんが強すぎるんです!」
「僕は普通ですよ。心配になるな~、あんま知らない人と飲みに行かないでくださいね」
「心配なんて…普段は全然酔わないですよ。ちゃんと飲む量調節してますし」
「黒原さんって普段は調節できてるかもしれないけど、相手からすすめられると断れないでしょ。かわすの苦手でしょ。だから酒を勧める相手と一緒に飲むとすぐ潰れるんでしょ。違います?」
「違わないです…」
「必死になって迎えにくるシライさんの気持ちが分かりますわ。こりゃ心配にもなる」
「ううッ…あの時もう酒は飲まないと誓っていたはずなのに…」
「しょうがないですよ。酒ってそういうもんでしょ、飲まないとやってられない時もあるし。たまに後悔するぐらいが丁度いいんですよ」
余裕な表情で項垂れる俺の頬を指先で撫でる吉川さん。
…イケメンだわ。なぜかエロスまで感じる。フェロモンか?フェロモンがムンムンと湧き出ているのか…?
「…なんか…最近色んなことが起きすぎて本当にしんどいです…」
「色んなことって?」
「シライさんに身体いじられたと思ったら非モテの僕が女の子に突然言い寄られるし…」
「いじ……ほぉ」
「シライさんのこと好きだから身を引けって言ってくる男は出てくるし…」
「ああ、こないだ言ってたやつね」
「言い寄って来た女の子のお兄さんが実は仕入れ先の営業さんで、強い酒飲まされて持ち帰られそうになるし…」
「ははは、悪い男がいたもんですね」
「モラハラ女には遭遇するし好き好き言ってくるシライさんには振られるし…意味分からないし…好きな人と大切な友達を同時に失ったんですよ。なんかもう散々です…」
「シライさんもいけずですねぇ、散々気を持たせておいて付き合う気はないって」
「…けどよく考えてみたら…考えてみなくても、僕って付き合いたいって思う要素全くないですよね。はあ…なんであのタイミングで告白したのかなぁ俺ぇ~…」
「…黒原さんと付き合いたいって思った人間が横にいるのをお忘れじゃないですか?その考え方は時に失礼になり得ますよ。自分を卑下するなとは言わないけど、そこまで自分の価値を下げる必要はないかなと思いますね」
「…吉川さん…」
「ほら次は何飲むの?日本酒?焼酎?ハイボール?」
「うう…ハイボールぅ~…」
「よしよし、注文しましょうね。でも限度考えて飲んでください、潰れたらホテル連れ込みますのでそのつもりで」
またしゃれにもならんことを言うんだからこの人は…
…いや本気じゃないよな?本気か?…調子乗って飲み続けるのやめよう…
そういえばあの時、シライさ…白石さんの甘い声を聞いて、俺の中の何かが弾けそうになった訳だけど、
何かが弾けたらどうなるんだ?何がどうなっていたんだ?
あれってつまり、ABCで言ったらBに片足突っ込んでたってことだよな。
じゃあCになったら…?よく聞く上とか下とかって、どうやって決まるんだ…?
ちらっと吉川さんを見上げる。視線に気付くとニコッと良い笑顔で返してくれた。
勝手な偏見だけど、吉川さんは老若男女いろんな経験して何でも知ってそうだ。手慣れてるもんな。
「…あの、つかぬことをお聞きするんですけど、仮に連れ込まれた後は、僕はどうなってしまうんですか?」
「ん?興味あります?」
「興味っていうか…単純にどうするのかなって思っただけです」
「ふーん…じゃあ試してみます?」
「た!?試さないですけど…!」
「何で?何事も経験ですよ。聞くのとするのとじゃ全然違いますし、黒原さんはチャンスを率先して利用していかなきゃ。こんな経験どこでもできる訳じゃないし、俺なら他のことなんも考えられなくしてあげられますよ」
「な、何ですかそれ…吉川さんって、そういうのめちゃくちゃ慣れてそうですね…」
「慣れてるっていうか…人並みに経験はありますけど。別に経験値を特別積んでるわけではないですよ」
…本当か?
吉川さんの言う人並みは、本当に人並みか?
「ちなみに僕は…全く経験がないんですよ…」
「え?そうなの?全くですか?彼女いたことも?」
「彼女はいましたけど…なんもしてないです、なーんもです」
「ふーん。じゃあ今日が初体験になる訳ですね」
「待ってください、いつ決まったんですかそれ」
「んー?…今のままだとそろそろ決まりそうですけど。お冷飲まなくて大丈夫ですか?」
意地悪そうな顔で笑う吉川さん。白石さんに対する感情とはまた違った感覚だが、この人は何をするにも官能的でセクシーで、心臓がバクバクする。
やばい。水飲もう水。完全に吉川さんの謎のフェロモンに当てられている。この男、危険すぎる…
「ちなみに黒原さんから見て…僕ってアリですか?ナシですか?」
「アリとかナシとか…決められる立場じゃないですよ、僕は…」
「じゃあナシでもないってことですよね。なら僕で経験積めば良いじゃないですか。言っちゃ悪いけどシライさんにもさっぱり振られたわけでしょ」
グサッッ!!
殺傷能力が高すぎるその言葉…!
「い、いやいや…振られたから吉川さんと…って失礼なことはできませんよ!それに、なんかそれだと吉川さんを踏み台にしてるみたいじゃないですか」
「ん?別に僕は黒原さんを病みつきにする努力をするまでですし、僕のことは気にしないでいいんですよ。僕がそれでいいって言ってるんだから、ね?」
ずいっと顔を覗き込まれる。
めちゃくちゃゴリゴリに口説かれてるよなこれ…吹っ切れたんじゃなかったのかよこの人…
でもなんか酒で頭フワフワするし、間違いなく白石さんには振られたわけだし、なんか正直何もかもどうでもよくなりつつある。
吉川さんはいくら見てても飽きないイケメンだし。白石さんとはまた違うタイプの…ってやばい、何考えてんだ…危ない、男同士に対する耐性がついてきてしまっている。
今とんでもない場面のはずなのに、嫌な気分にならない自分がもう恐ろしい。
この人も訳わからないよな、俺みたいなの口説いてどうするっていうんだよ…
「黒原さん明日は?お仕事は?」
「え…休みですけど…」
「じゃあどっかでゆっくりしていきましょうよ。お酒も回って来たでしょ?嫌なこと全部さっぱり忘れさせてあげます」
「ゆっくりって…ちょっと、よくないですよやっぱり…そういうのは」
「そう?僕と一緒にいて楽しくないですか?」
「た…楽しいですけど…」
「じゃあ良いじゃないですか。別に難しく考えることないですよ、もう良い大人なんだし。僕らには色んな楽しいことをする権利があると思いませんか?」
じっと色気ムンムンな目元に見つめられて問い掛けられると、何も間違っていることを言われているわけじゃないと強制的に確信させられる感覚がある。
やばい、このまま流されそう。本気で流されそうだ。でもこれ、押しに弱く流されやすい俺じゃなかったとしても、たとえ河童だとしてもこの激流には流されるだろ!?
だめだ黒原三芳、しっかりしろ…ついこの間振られたばっかりだろ。傷を癒すためにあっさり他にいくなんてそんな軽いことはしたくない。流されるな黒原三芳…耐えろ黒原三芳…
…けど別にいいか。もう白石さんとは付き合えないんだし。告白したせいで友達ですらなくなった感じあるし。むしろだめな理由がないんだよね。
いや、だめな理由あるだろ!社会人何年目だと思ってるんだよ、酒の勢いでよく知りもしない相手とどうこうなんて常識的に考えて有り得ないから!!
…いや、世の中にはそういう出会いから始まるカップルも多いし。常識とかないよな、常識なんて所詮人が決めたことだし。十人十色だし。しかも吉川さんはよく知りもしない相手ではないと思うし。
待て、しっかりしろ黒原三芳!吉川さんは十分よく知りもしない相手に入るから!白石さんにも簡単に人を信じるなって言われたばかりなんだし、こんなホイホイ簡単についていくのはあまりにも軽率すぎるだろ!!
…嫌なこと忘れさせてくれるって言ってたな。人を信じるなって言った白石さんには振られた訳だし。何事も経験だと言うなら吉川さんの誘いを断る必要ってないよな。
なんか…もうなんでもいいかも…
このまま吉川さんと未知の世界に足を踏み入れるのも悪くないのかもしれない…
と思いかけた時、胸ポケットのスマホから振動と共に着信音が鳴り響く。
驚きすぎて手に持ったお冷をうっかり落としそうになった。
「すすすすみません、着信音うるさくて…!」
「いえ、大丈夫ですよ。どなたからです?」
「あ…っと…」
画面には白石さんの名前。
突然電話なんて…なんで今?このタイミングで?出る?出るのか?いやでも、何話すの?あれから返信してないしやりとりもしてないのに?
けど緊急の要件かもしれないし。でも俺に緊急の要件なんてあるか?何話すつもりなんだろう。むしろ何か話すことがあるんだろうか。だめだアルコールのせいで頭が回らない…
「…シライさんでしょ。表情でわかります」
「え……どんな顔してました?僕…」
「複雑で絶妙~な顔してましたよ。出なくていいんですか?」
「…出ても何話せばいいのか分からないし…」
「じゃあ、俺が代わりに出てあげますよ」
「へ?」
すっと手からスマホが抜き取られ、指でサッとフリックするとちゃっと耳にスマホを当てる吉川さん。
「もしもし?シライさん?吉川です」
「……ちょ!ちょちょちょ!?何してんすか!!」
あまりにもスムーズで自然な感じで電話に出るもんだから、ワンテンポ反応が遅れた。
何してくれてんだこの人!!何の躊躇いもなく行ったよ今!!!
「え?先日の吉川ですけど。三芳くんに何か用でした?」
「ま、待って待って待って…収拾つかない事態になってるからそれ…」
「お酒?飲んでますよ~。これから2人でホテル移動して休んでく予定です。でもシライさんには関係ないですよね?三芳くんのこと振りましたもんね」
ひいいいいい…白石さんに伝わってほしくない情報が全て吉川さんの口から迷うことなく最悪の形で伝わっていく。や、やめて…それ以上はもうやめて…!
「よよよよよよ吉川さん…あの…」
「三芳くん?もちろん俺の隣にいますけど。代わりたい?いいですよ。はい、三芳くん。シライさんです」
ばっちり通話中の表示になっているスマホをすっ…と渡される。
待って…電話出るかすら決めてなかったのに…何もかも話がどうにもならない方向に進んで帰ってきたスマホ…
これ…どうしたらいいのこれ…
吉川さんは満足そうな顔でウインクしている。ウインクすな。満足すな。どうしろっていうんですかこれ…
深呼吸して、恐る恐るスマホを耳に当てる。
「……あ、…あの…黒原です…」
『………黒原さん…あなた…』
「す、すみませんすみません…違うんですあのすみません」
『いえ…謝らないでください…黒原さんが誰と何をしようが僕に関係ないことなのは間違いないですし…』
「いや違うんです違うんです…すみませんすみませんすみません」
「ハハハ、黒原さんすみませんと違うんですしか言ってないですね。おもしろ」
「よ…吉川さんのせいでしょうがー!!」
「シライさん、ちなみに場所はこの間のバーの近くにある居酒屋ですよ。提灯が目立つからすぐ分かるんじゃないですか?」
吉川さんがスマホに顔を近づけて大きめの声でスマホ越しの白石さんに話しかける。
「いや、何をシンプルに場所伝えてるんですか!?シライさん明日仕事ですから!普通に!何考えてんですか!!」
『………迎えに行きます』
「あーーーすみません違うんです違うんですすみません……ってもう切れてるしー!どうしてくれるんですか吉川さんー!!」
あまりの混乱でもはや涙がちょちょぎれてくる。
その様子を見て楽しそうに笑いながらナプキンで目元を押さえてくる吉川さん。
「黒原さん、こういうのはちゃんと顔見て話し合った方が良いですよ。そもそも振った相手に電話突然掛けるってどういう意味なのかを考えてみて下さいよ」
「え…?改めてしっかり振ってこようとしてるってことです…?」
「ええー?違いますよ。なんでそんなことする必要があるんですか。さすがにシライさんが不憫ですらありますよ」
「いや分かんないですよ!分かんないから困ってるんじゃないですか!」
「ある程度なら相手の気持ちわかるでしょ。こないだ話した時どんな様子でした?客観的な視点に立って考えてみてください」
「いや無理ですよ!分からないです本当に!シライさんも吉川さんも何考えてるのかなんて全ッ然分かりませんよもぉ…」
「分かりますよ。相手の仕草とかちゃんと観察してます?姿勢は?目線はどこを向いてる?返事の速さは?テンポは?まばたきの頻度は?指先の動きや手の位置は?言葉だけで判断しなくて良いんです。簡単に分かりますよ、相手が何を考えてるかなんて」
「な、な、なんですか…それは…」
「これからの決戦に向けてのアドバイスです。黒原さんも無意識に相手の表情とか温度感とか汲み取ってるはずですけどね、分からない時ほど相手をよく視ると良いですよ」
な、何…?仕草?姿勢?目線??
そんなの意識して人と会話したことないけど…!
「よ、よ、吉川さん…普段からそんな観察しながら会話してたんですか…?」
「ん?意識するのはここぞという時だけですけど、なるべく普段からよく視るようにはしてますよ。こういうの知っておくと自分のことも相手にうまく伝えられるような仕草とかコントロールもできますし」
「吉川さん…恐ろしいです…さすができる営業マン…」
「まあ伊達にずっと営業職してませんよ。ちなみに黒原さんは顔とか仕草にすぐ出るからめちゃくちゃ分かりやすいです」
「え″」
「さっき惜しかったなぁ、シライさん的確なタイミングでしたね。あと一押しで落ちる顔してましたもんね黒原さん」
吉川さんが何でもお見通しのような表情で、顎をついっと指で持ち上げてくる。
「…ポーカーフェイス…目指します…これから…」
やばい。バレてた。恥ずかしすぎるわ。これ以上顔から読み取られないように、指をさっとどけて顔を腕で隠す。
「…あの…吉川さん。吹っ切れたと言っていたのに俺を口説いて来たと思えばシライさんとの関係を取り持とうとしてくれたり、吉川さんは一体何を考えてるんですか…?」
「え?僕ですか?今は特に考えてないですけど…酔って判断力が低下した好みの人間が目の前にいたらとりあえず礼儀として抱くところまで持っていかなきゃかなと思いますね。その後はどうとでもできる自信ありますし」
「最低だよこの人…」
「でも黒原さんが割としんどそうなので、早く元気になってほしいと思ってます。前も言いましたが、黒原さんには本当に感謝してるので。部外者の干渉で物事がうまく進みそうだったからちょっと口出ししただけです、きっともう夜寝れるようになりますよ」
「最低とか言ってすみませんでした…ありがとうございます…」
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