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第8章
吐露と懇意 1
しおりを挟むまさか…
いや本当にまさか…
まさか本当に振られるとは思わなかった…。
日曜の朝の杞憂(杞憂じゃなくなっちゃったけど)が完全にフラグだったとは、一体誰が予想できただろうか。
自分に自信があって上手くいくと思っていたわけではないが、キスも何度もしていて好きだと何度か言われていて、ダイレクトに可愛いこと何度も言われていたから両想いだと確信したのに…
かなり勇気を振り絞って告白したというのに…
白石さんは、俺のことは好きだけど付き合う気はないとのこと…。
あの雰囲気でなぜ振られる?どうして振られる選択肢があったのか?
ここまでくるともはや不幸の才能があるとしか思えない…。
あの後しばらくぼんやりしてから孤独に帰宅し、帰宅報告の連絡は辛うじて入れられはしたが、それに対する白石さんからの返信に返す言葉は当然何も浮かばず、
完全に地の底まで落ちたメンタルなんて全く関係なしに時間は進み、非情にも月曜日は訪れてしまい、
考え込んで落ち込みまくってほとんど眠れなかったぽんこつの頭を抱えながらなんとか仕事をこなしていたが、
当然ながら連日ほぼ眠ることができず色々な記憶が飛びかけた時、記憶の彼方に飛ばされていたスケジュールがついにやってきたことに今朝やっと気が付いた…
「いつもお世話になっております、お約束させて頂いていた◯◯商事でございます」
吉川さんのエリア変更の後任引き継ぎ挨拶ですぅ…!
確かにずっと予定表に入ってた。見た記憶ある。まだ先のことだからあとで考えようと思ってた過去の自分本当にぽんこつ!!!
今現在白石さんの次に顔を合わせたくないと思っている人が、ついに来てしまった。しかも弊社に。そうですよ仕事の付き合いもあるのにあんな気まずいことになってしまって…!
午前中で部長と軽く打ち合わせができたため、心の準備は辛うじてできていた。
なんとか取り繕った笑顔で吉川さんと後任の営業さんを応接室に通し、頭を何度かトントンと叩いて気持ちを切り替え部長と共に挨拶に応じる。
当然ながら吉川さんは1ミリも表情を崩さず、いつもの余裕たっぷりの姿勢と全く変わらない態度で後任の紹介をしてくれる。
あんなことがあった後でも仕事とプライベートをきっちり分けられるの、本当にすごいよ吉川さん…
俺、次白石さんに会うのにどんなに日が空いてたとしても絶対挙動不審になる自信がありますもん…
今後のスケジュールや課題などの擦り合わせをスムーズに終え、事務所の入り口まで見送ろうとすると、
エレベーターに乗り込んだ吉川さんからバチっとウインクされて指先で小さく手招きされた。
…これ、この後ちょっと外出てこいってことだよな…
心底躊躇われる…と思ったが、
(これ、もしかして実は吉川さんも俺と同じぐらい傷心の気持ちなのでは…)
ということに気付いてしまい、部長に当たり障りのない声掛けをして続けてエレベーターで下まで降りていく。
1階に着くと、後任の営業さんの姿は見えず吉川さんだけが壁にもたれて俺を待ち構えていた。
「…先程はありがとうございました、降りて来させてしまってすみません」
「いえ…こちらこそ丁寧なご挨拶をありがとうございました。吉川さんが担当から外れるのは残念ですが…」
「嬉しいお言葉ありがとうございます。ちょっとで済みますので…裏に移動しませんか。時間少しなら大丈夫です?」
…部長もどうせタバコ吸いに行ってるだろうし、下の書類を整理しに行ってたとか言えばまあなんとかなるだろう。
頷いて二人で建物の裏に移動し、ふぅー…と壁に寄りかかる。
「…黒原さんてば酷いですよ、メッセージで不自然なぐらいに飲み会でのことに触れないんだから」
「酷いのは吉川さんですよ…度数知ってて僕に強いお酒勧めてましたよね。潰す気満々だったんでしょう」
「そんな、誤解ですよ。僕はただ酔わせて持ち帰って既成事実作ろうとしただけなのに」
「ちょっ…とんでもないこと言ってる自覚あります!?」
「はは、冗談です。…なんか様子がおかしかったので、どうしたのかなと思って。僕と気まずいってだけじゃないでしょう?あまり寝れてないんじゃないですか」
「いえ…あの、ちょっとプライベートで色々ありまして…」
「ふーん…何かトラブルですか?」
「違…くない…ですけど……大丈夫です。すみませんせっかくご訪問頂いたのに、万全の状態じゃなくて」
「…寝れないほど悩んでる状態っていうの、あのシライさんとやらは知ってるんですか?」
シライさん…
白石さんですよと訂正する必要は別にないか。シライさんで話を合わせよう。
「いえ、シライさんには言ってないです」
「…へぇ。なんで言わないんです?」
「なんでって…僕から連絡することじゃないからですよ」
「ちなみに前も気になったんですけど、お二人は付き合ってる…んですよね?」
「いえ、そういうわけではないですけど」
「ふうん?そしたら、お二人ってどういう関係なんです?」
「へ…?」
「付き合ってないんですよね?でもみどりの誘いを断るぐらいには大事なんですよね?深酒したらマッハで迎えに来てくれるんですよね?」
「………すよ」
「ん?」
「俺も分からないから告白したんですよ…そしたら振られたんですよ…!」
思わず頭を抱え込む。
俺は…俺が振った相手に、なんで俺が振られた話をしているんだ…
「げ、まじですか」
「考えても分からなくて、頭がぐるぐるして夜寝れないってだけなんです。ほんとにそれだけです」
「シライさんにも何か考えがあるんでしょうが…そりゃわけわかんなくなりますね」
「そうなんですよ…」
「黒原さんは勇気出して、頑張って告白したのにね」
「そう…そうなんです」
「まさか振られるとは思わないですよね」
「本当にそうなんです」
「そりゃ悩んで眠れなくもなりますよ」
「ほんとに…ほんとに」
「そういう時は酒飲みたくなりますよね」
「なりますねぇ…?」
「酒飲んでぱーっと忘れたいですよね。また飲み行きましょうよ」
「え、あ、もちろん…?」
「じゃあ今週だと金曜か土曜…」
「ちょっと待ってください!なにナチュラルに日取り決めようとしてるんですか!」
「ははは、バレてましたか。けどこれで少しは俺の気持ちも分かりました?」
「う…す、すみませんでした…」
「冗談ですよ、俺はそもそもダメ元だったし、もう吹っ切れてるんで。普通に飲み行きましょうよ、黒原さんと話すの楽しいし。ダメですか?」
だ、ダメ…?
ダメ…な理由、ないよな。いや、なくなったんだよな。
「…ダメじゃないです。いきましょう。けど、友人としてですよ」
「もちろんです、じゃあ金夜にまた会いましょう。車待たせちゃってるんで、行きますね」
「え?待って、金夜って?」
「今日はありがとうございました!じゃ、また連絡します!」
二本指で挨拶のハンドサインを見せると、爽やかに駐車場に小走りで向かう吉川さん。
いや待って、なんか勝手に日取り決まってるんだけど!?
鮮やかな日時調整の流れを断ち切れたと思ったのに、全く断ち切れてない。
それでも全く嫌な印象が残らないから、イケメン営業職…恐ろしい…。
…まあいいか。どうせ金曜、会う人もいないし。土曜休みだし。
会うのを憚られるような理由もないし、理由になる人もいないし。
まあ、吉川さんと飲み会だろうとそんな飛ばして飲まなきゃいいだけだし。普通によわーい酒をつまみと一緒にちみちみ進めてけばいいだけだもんな。
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