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第7章
波乱と頓挫 7
しおりを挟む電灯に照らされた駅までの道を2人で歩く。
流石にこの時間は人通りもない。
遠くでエンジン音がたまに聞こえるのみで、ただ2人分の足音が静かに響く。
今日が終わってしまう。とんでもない女には再会してしまったが、良い1日だった…と思う。
また次に約束するまで、白石さんとは会えないのか…
時折心配そうな視線を横から感じる。俺だってせっかくのお言葉に甘えたかった。けど迷惑かけておいて、というのもあるが何よりあの空気で一晩一緒に過ごすとなるとさすがに寝られないだろうし、自分がどんな失礼をしでかすか分からないし…
特に何を話すわけでもないが、白石さんとの無言の空気は苦痛じゃない。白石さんとの沈黙は、気まずくない。何でだろうな…
駅が近付いてきてしまった。お別れの時間が近い。
意を決して口を開く。
「あの…俺の話を少し聞いてくれますか」
唐突に振られた話に少し驚いた顔をした後で、またいつものように優しく微笑む白石さん。
「もちろんです、聞かせてください」
とは言ったものの、何から話せばいいかな…
「あの…元カノは…前も言ったと思うんですけど、学生時代に2年くらい付き合ってたんです。きっかけは紺野に呼ばれた合コンだったかな…」
「え?紺野ですか?」
「そうなんですよ、紺野はなんか大学入ってから妙に女遊びするようになって…白石さんは紺野と幼馴染って言ってたから、大学で急に雰囲気変わったの多分分かってますよね」
「あ、ええ…まあ…」
何か言いたいような、すこし含ませたような相槌を打つ白石さん。何か話すのか少し待ってみるが、特に口を開く様子もなかったため続ける。
「…優しい子だなと思ってすぐ仲良くなったんですけど、中高ではキスしかしたことがなくてそれ以上のことは全く未経験だったのもあって…全然うまくいかなくて、段々当たりがキツくなっていったんですけど」
「え?いま、中高って言いました?」
え?突っ込み所、そこ?
「あ、はい。意外でしょ…」
俺も何だこの返事。
「…そんなことないです。失礼しました、続き聞かせてください」
それで、なんだその反応は…
「えっと…あの、俺は自分に非があるの分かってたので割と言いなりだったんです。ピアスのことも、ピアッサー片手に迫ってくる相手に逆らえなくて。でも結局おそろいもしてないし、どこかに出掛けるって言ってもデートっていうよりも買い物の荷物持ちというか…下僕って感じでした」
「そうだったんですね…」
「それで…なんとなく浮気に気付き始めた頃にはもう完全に上下関係が出来あがってしまってたし、別れ話して大暴れされるのもしんどくて、恋人っていう関係ではありましたが恋人らしいことって全然してないんです。2年間で良好な関係だったのって、本当に初めの方だけだったんじゃないかな」
「…そうなんですか?」
「なので…あの…ちょっとだけ…耳貸してもらえますか」
???とハテナが浮かんだまま耳を差し出す白石さん。
ポケットからジュエリーマーケットで買ったノンホールピアスを取り出して、大福みたいにすべすべでやわらかい耳たぶに嵌める。
「え?何?これなんですか?なんか、キュッ?ってするんですけど…」
耳をそっとさわる白石さん。きらっと嵌め込まれた石が光を反射する。
「帰ったら見てください…こっちは俺のです」
同じデザインのピアスを久しぶりにホールに通す。薄皮が張っていたが、押し出すとすぐに通り抜けた。
「あの…白石さん、今日こんなになっちゃいましたけど…今日、俺と付き合ってくれませんかって言おうと決めてたんですよ…」
電灯に照らされた白石さんの目がまん丸に…
「おそろいとか…もうアラサーだしどうかと思ったんですけど…しかもピアスだし…。けど白石さんともっと仲良くなりたいし、白石さんのこともっと知りたいし、何より俺が、白石さんに好きだって言いたいんです…」
ぴたっと、耳を触っていた格好のままフリーズする白石さん。
「俺、白石さんのことが好きです。本当に好きなんです。よかったら、俺と付き合ってくれませんか」
ワンテンポ遅れて、白石さんの顔がみるみる真っ赤になっていく。
「はっ…待っ、ちょ…あの…」
やばい。俺も顔すごい熱い。こんなに恥ずかしいものだったっけ?告白って…
「その…ぼ、ぼく」
ものすごい狼狽えてる。こんな白石さん初めて見る。
「あの…もっと早く言おうと思ってたんですけど…あんななっちゃって、こんな1日の終わりに急に…すみません」
白石さんがさっと俯いて、胸に手を当ててふうっと息を吐く。
何度か見た、自分を落ち着かせようとしている白石さんのクセみたいなやつだ…
「…く、黒原さん」
胸の辺りをギュッと掴みながら、白石さんがこちらに向き合ってくる。
「は、はい」
「僕も…黒原さんのこと好きなんですけど、」
…え、
あれ…?
なんかちょっと…
予想していた感じの…ちょっと嫌な予感がするんだけど…
「付き合わなくても…もっと仲良くできるし…僕のことなんていくらでも教えられますし…何より、僕なんて黒原さんにはふさわしくないです…」
「え?あ、あの…」
「冷静になってみてください、僕ですよ?僕があまりにも近付きすぎちゃったから…黒原さんの気持ちを混乱させてしまったんですよね」
顔を上げてこちらを見た白石さんがあまりにも悲しそうな顔をするので、心臓がぎゅっと苦しくなる。
「な、なんでそんなこと言うんですか…」
「黒原さんは…素敵で優しくて思いやりのある女性とお付き合いした方が良いです。その方が絶対に幸せになれますから」
「あの…白石さん…」
「駅、もうすぐですね。気をつけて帰ってください。家着いたら連絡してください…連絡来るまで絶対に起きて待ってますから。連絡待ってます。今日は本当にありがとうございました」
「え、あ、あの…」
一方的に頭を下げると、一切こちらを振り向かずに元来た道を小走りで辿っていってしまう白石さん。
追いかけることもできずに、冬も目前のつめたい空気が耳につけたおそろいのピアスを冷やしていく。
ショックでしばらく動けず、白石さんが見えなくなるまで白石さんの背中を目で追って、駅に続く道で1人、ただ呆然と立ち尽くすしかできなかった…
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