57 / 83
第7章
波乱と頓挫 4
しおりを挟む「わあ…すごい、どれも本当に素敵ですね!」
イベントに到着すると、想像していたよりもかなり規模が大きく少し圧倒される。
アクセサリーや単体の宝石、原石や謎にキラキラした飲み物など、宝石をモチーフにした飲食物もたくさん並んでいた。
すごい気軽な気持ちで来ちゃったけど、もしかしてこんな適当な気持ちで来て良いところではなかったか?なんか大量に袋下げてるお客さん多いんだけど。宝石だよな?そんなに1日で買うようなものなの?金銭感覚狂ってない?いや、逆に俺の金銭感覚の方がおかしいのか?
「ねえ黒原さん!ジオード割れるって!やりたいです!」
「じ、ジオ…?」
「中に結晶が入ってるんですよ。中身は割ってからのお楽しみって書いてあります!やりましょう!」
ジオードクラッキング体験と書かれたブースに並びに行く白石さん。めちゃくちゃ楽しそうにしている。ていうか、ジオードって何だ…?初めて聞く単語だけど。
前に居る女性客の様子を窺ってみる。2人がかりで物々しい機器のハンドルを回すと、がぱっと石が割れた。きゃっきゃ言いながら石を拾い上げて何かを話している。遠目に、石…の中にものすごいキラキラが見える。なんかこういうの雑貨屋で見たことあるかもしれない。これがジオードって言うのか。
スタッフの若いお姉さんに案内されて、石を一つ選ぶように指示を受ける。何の変哲もなさそうな石がごろごろと置かれていて、どれも一緒に見えるけど…
「ねえ黒原さん、どれ割ります?どれ行きます?」
「えー…なんか、これとかどうですか、なんかぱっと目に入っただけなんですけど」
「僕も同じの見てました!これでお願いします」
見た目に反して、石はそこまで重くない。中が空洞だからか。選んだ石をスタッフに渡すと、慣れた手つきでチェーンのようなものを巻きつけ、しっかりと固定していく。
「僕回してみてもいいですか?」
「もちろんですよ、頑張ってください」
白石さんが石をじっと見つめながら、ハンドルを回していく。
真剣な顔してる。可愛いな…
…あ、なんだこれ。全く健全なことをしているはずなのに、キリキリとハンドルを回す手付きがちょっとエロい。回して離してを繰り返す手の甲に浮かんだ骨が動く様子がなんだかすごく官能的…って、俺は何を考えているんだ…
「あ、結構固い。固いですよ黒原さん。これ本当に割れるんですか?あ、なんか…なんか!うわ!わぁ!!」
石の割れる軽い音と共に、ボテっと片側が下に落ちた。
スタッフさんが拾い上げて、機器に残ったままのジオードも外して見せてくれる。
「紫水晶ですね~すごいです、こんなに濃い色の紫水晶はなかなか出ないですよ~!大当たりですね」
そう言いながら見せられたジオードの中身は、恐ろしくキラキラで粒々で、よく見るあの紫の水晶がびっしりとくっついていた。
「えー!すごいですよ黒原さん!2人で選んだのが大当たりですって!すごいすごい!ありがとうございます、あの、袋って2枚頂けますか?」
「え、いいですよ。せっかく白石さんが割ったんだから白石さんが持っていてください」
「やだな、せっかくなら2人で持っていたくないですか?ジオード記念日ですよ?2人で選んだんですよ?それが2つに綺麗に割れたんですよ?2人のものですよこれは」
「ジオード記念日って…なんでも記念日になっちゃうじゃないですか。今日の日付来年まで覚えてられないでしょう」
「覚えてますよ、だって今日特別感しかないじゃないですか。要らないなら良いですけど、僕は2人で持っていたいな」
そのやりとりを聞いていたスタッフさんが微笑ましそうにクスクスと笑う。
やばい、恥ずかしいぞこれ。
「い、要らないわけないじゃないですか…すごく綺麗だし、本当に良いなら貰っちゃいますよ!良いんですね?」
「もちろんですよ、おそろいですね!」
素直にそれぞれを袋に入れてもらい、ジオードの説明が書かれたタグをもらう。
白石さんのと、真ん中で見事に真っ二つ。夕陽に当てると、キラキラと全ての結晶が光り出す。すごい。宝石だ。紫水晶って、アメジストだよな。すごく綺麗だ。
「すごいはしゃいじゃいました…だってジオードなんて割ったの初めてですよ!ひねってる時すごい緊張しましたよ、何が出るかなってワクワクもありますけど、割れるタイミングが分からないからちょっと怖かったです」
「白石さんすごい楽しそうで、見てて俺も楽しかったですよ。本当にこれ綺麗ですね、ありがとうございます」
2人で色々なブースの様々な宝石を見て回る。
桁が2つくらい多いのでは?と思うぐらい格調高いものや、わりと手軽に買えるような値段のアクセサリーなど、たくさんの石で溢れている。
高い値段とキラキラに慣れて、軽い気持ちで買ってしまいそうになる。袋をたくさん下げてるご婦人の中には、間違いなく俺と同じ感覚になってさくさく買っている人も何人かはいるはずだ…
歩いているうちに、白石さんが突然ぴたっと止まる。
「白石さん、何か気になるものありました?」
「これ、なんかすごく綺麗です。目を引きますね」
「ピアスですか?たしかにあまり見ないデザインかも」
小さな宝石が幾つか埋め込まれている小振りなしずく型のフープピアスをじっと見つめる白石さん。
「ピアス、開けてみたいなーと思いながらここまで来ちゃったんですよね。職種的にも難しいし、痛いの嫌いなのでもう今後も開けることは無いんでしょうけど…」
痛いの嫌いなんだ。まあそれは俺もだけど…
「痛みは大したことなかったと思いますが、それよりも痒かった記憶の方が強いですね」
「え?ピアス開けたことあるみたいな言い方ですけど」
「え、俺開いてますよ。左だけですけど」
「え?」
「え?」
え?
「え?ピアスホールあるんですか?ピアス付けてるところなんて、一度も見たことないですよ」
疑わしい目をしながら耳たぶを覗き込まれる。
「いや、俺がピアスつけてても面白いだけでしょ…安定させるのに時間かかったから塞がるのがなんとなく勿体無くて、たまーに家で通してるだけです」
「へぇ…それはご自分で開けられたんですか?」
いや、元カノにわりと強引に開けられました…
とはものすごく言いづらい。
しまったな、ここまで突っ込まれると思わなかった。誰が開けたなんて聞くか?聞くか。白石さんだもんな。
いや、よく考えたら突っ込み所多い話だな。なんで黒原のくせにピアスホールあるんだみたいな、全然らしくないのは自分でも分かってたのに。
口は災いの元とは本当によく言ったものだ…何も考えずに発言するからこうなる…
「えーっと…友達です」
「お友達に開けてもらったんですか?」
「そ、そうですね…」
「ふうん…左だけ?」
「そ…そうです…」
「そのお友達とお揃いで?」
「そうなりますね…」
「…随分仲の良いお友達だったんですね?」
「…そう…かもしれないですね」
「ふうん…」
「……」
「…………」
沈黙が痛い。
どんな顔をしてるのか見なくても分かってしまうので、顔を合わせられない。
…沈黙に耐えられない…
「……すみません」
「何で謝るんです?」
「…白石さんには経緯とか知られたくなくて…すぐバレる嘘をつきました」
ああ…数分前の自分が憎い。
僕も痛いの嫌いですわかります~みたいな当たり障りのない返事をすればよかった。
なんでもかんでも素直に頭に思い付いたこと言う必要はないんだって…今までもそれで何度も痛い目見てきただろ黒原三芳…
「…いえ、僕が変に聞き出そうとしてしまったからですよね。嘘をつかせてしまってすみません」
「いや…違うんです。別に特別な思い出があるわけじゃないんですよ。お揃いにしたいって突然言い出してピアッサーでばちんと開けられただけなんです。でも結局元カノは一度も同じピアスつけてこなかったし、結局お揃いはしてないんです…ただ穴だけ開いただけなんですよ」
「ばちんって…そうだったんですか。痛かったですね」
そう言うと、左耳にそっと触れられる。
指先が本当に優しくて、まるで壊れ物を扱うように触れてくるので、くすぐったいのに全く拒めない。
「…すみません、最初から言っていればよかったです」
「僕こそすみません、嫌なことを思い出させてしまいました」
ピアスの横にノンホールピアスもありましたよ、なんて言えずに、もうピアスの話には触れることなくそのブースを通り過ぎた。
だいぶ陽が落ちて来ている。風も冷たくなって来た。もう少し前までこの時間まだ明るかったのに、もう冬が近いな…イベントもそろそろ終わりの時間かもしれない。けどレストランの時間までもう少しあるんだよな…
「あの…夕飯予約してるところがあるんですけど、時間少し余るので…ちょっとどこか入ってお茶していきませんか。足も疲れたでしょう」
「え、予約してくださってるんですか!何から何までありがとうございます、お茶もしたいです。…その前にちょっとお手洗い行っても良いですか?すぐそこみたいなので」
「あ、分かりました。この辺で待ってますね。ゆっくり行ってきてください」
白石さんの後ろ姿を見届けると、チャンス!とばかりにさっき通り過ぎたアクセサリーブースに小走りで戻る。
ブースに到着すると、さっきのピアスもノンホールピアスも、両方ある。よかった、誰にも買われてない。
急いで会計をして、ポケットに2つともしまい込むと白石さんと別れた場所に向かう。
か、買ってしまった。しかもおそろい。今日見た中だと比較的安価な部類には入るが、気軽にさくっと買えるようなものじゃない。重いか?重いよな。でもこういうとこじゃないと一生買う機会もないだろうし。こういうのって一期一会だと思うし。今買わないと一生出会えないかもしれないし。
何より白石さんが気に入ったようだったから、せっかくだしプレゼントをしたいと思ったんだ…それがたとえアクセサリーだとしても…男同士のお揃いだとしても…!
小振りだし、可愛すぎないし、男がつけても違和感ないだろうし。多分…
…勢いで買ってしまったが、果たして喜ばれるのだろうか。
トイレから白石さんが手を振りながら戻って来るのを見て、なおさら不安になってくる。
が、買ってしまったものはもう戻らない。引かれるのを覚悟しつつ、ちゃんとプレゼントしよう…とこっそり覚悟を決めた。
…要らないと言われたら記念に家に飾ろう…。
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
性的イジメ
ポコたん
BL
この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。
作品説明:いじめの性的部分を取り上げて現代風にアレンジして作成。
全二話 毎週日曜日正午にUPされます。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
首輪 〜性奴隷 律の調教〜
M
BL
※エロ、グロ、スカトロ、ショタ、モロ語、暴力的なセックス、たまに嘔吐など、かなりフェティッシュな内容です。
R18です。
ほとんどの話に男性同士の過激な性表現・暴力表現が含まれますのでご注意下さい。
孤児だった律は飯塚という資産家に拾われた。
幼い子供にしか興味を示さない飯塚は、律が美しい青年に成長するにつれて愛情を失い、性奴隷として調教し客に奉仕させて金儲けの道具として使い続ける。
それでも飯塚への一途な想いを捨てられずにいた律だったが、とうとう新しい飼い主に売り渡す日を告げられてしまう。
新しい飼い主として律の前に現れたのは、桐山という男だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる