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第6章
宿泊と外出 3
しおりを挟む18時頃、ガチャ…と玄関から音がするのを聞いて、
「あの……おかえりなさい」
と、リビングのドアを開けて出迎えると、
いつも細い白石さんの目が、見事にまんまるになってしまった…
…や、やべ。
白石さん、すごい驚いてる。
こんな大きい目の白石さん、初めて見てしまった。
やらかしたかも。やっぱり迷惑だったか?帰るべきだったよな?だって通話では帰るって言ってたもんな!?なんでまだ居るんだよって感じだよな!!非常識すぎるよなさすがに!!
「え、……帰らないでいてくださったんですか?」
「あ、す、すみません、やっぱ迷惑でした?よね?はは…いや、あの、すみません、どうしても出迎えたくなっちゃって…」
言ってる途中で恥ずかしすぎて、顔がどんどん赤くなってきている気がする。
「いえ、違うんです、あの…もう帰られたんじゃないかと思ってたので、今日また黒原さんに会えるなんて…思ってもみなくて……えっと…それになんか…良い匂い…が、するんですけど…」
「あ…あの、お口に合わないかもしれないんですけど…その、夕飯を」
「え、夕飯」
「作ってみたんですけど…あ!冷蔵庫漁ったりはしてないですよ!?余計なところは一切触ってないです!!近くのスーパーでちょっと買い出して、それで……」
白石さんがぽかんとした顔で一切動かない。
やばい。完全に滑っている。帰るとか言っておいて実はまだ家にいてしかも夕飯作って待ってたとか、どう考えても頭おかしい奴だよな?いつも色々してもらってるお礼に、白石さんにサプライズで何かしたいと唐突に思い付いてしまった数時間前の自分を殴りたい。その上で、穴があったら入りたい。
驚く白石さんの顔と時間にするとほんの少しの時間ではあるはずのこの硬直した間が、みるみる羞恥心を高めていく。あまりの恥ずかしさで顔がめちゃくちゃ熱い。顔から火が出そうだ。やばい。とても普通にしていられない。
「…あの!すみませんやっぱ迷惑でしたよね!?俺の手作りとか!!すみません本当に出過ぎた真似をしてしまって!!」
この場にいるのもあまりにも恥ずかしすぎて、キッチンに急いで引き返す。
「待って待って待って!違うんです!」
キッチンに引っ込もうとする俺の手首を掴むとぐいっと引き上げられ、反動で見られたくない赤面をしっかり見られる。
き、消えたい!!と一瞬強く願ったが、いつも真っ白な白石さんの頬もぼっと赤く染まっていることに気付く。
「あの、僕…あの、黒原さんが家にいてくれるなんて想像もしていなくて、何と言おうか言葉が咄嗟に出てこなくて…」
そこまで言いかけると、少し俯いてふぅっと小さく息を吐いた。
その一瞬で頭が整理されたみたいに、顔を上げるともう驚いた顔はなくなっていた。
「あの…帰らないでいてくれたことも、お夕飯も嬉しいです。ただいま、黒原さん」
ッう…
白石さんの破壊力の高すぎる笑顔と可愛さに、痛いぐらいに心臓がバクバクと動く。むしろ体まで揺れてきそうになる。
やばい、恥ずかしさとときめきと色々な感情で、顔熱くなりすぎてむしろ全身熱くなってきてしまった。汗ばんでいる気さえする。
「…白石さん、おかえりなさい、お仕事…お疲れ様です…」
おかえりなさいって…なんか、一緒に暮らしてるみたいですごく照れる…
って付き合ってもないのに、何言ってんだ。
顔真っ赤にしてる同士がテレテレとお互い動けずに、手だけ握り合っている…
これ、付き合ってないんだよな?おかしな錯覚をしそうになる。だって、今までの彼女と付き合ってる時ですらここまでこそばしい空間に遭遇したことはなかったし。
「あ、あの、そしたら、温めなおして準備しますんで…」
このあまずっぱい雰囲気に耐え切れなくなり、状況を打破するために勇気を振り絞って流れを変える。
「あ、ありがとうございます、僕にも何か手伝わせてください」
「いや、すぐ終わるんで!あの、お口に合わないかもしれないので期待はしないで欲しいんですけど…」
「黒原さんが作ってくださったんでしょ?口に合わないわけがありませんよ…ありがとう黒原さん」
少し首を傾げながら、にこ…と笑顔を向けられる。う、う、可愛い…白石さん、可愛すぎるよ…
以前から(背後に大蛇を飼ってはいるが)可愛らしい方だとは思っていたけど、昨晩やっと白石さんのことが好きだと気付いてしまったからか、今日は特別に可愛さの威力が強い。
こそばしい空気を振り切ってキッチンに戻り、ぴぴ…とボタンを押し加熱を始める。
やっぱりコンロを3口たっぷり使えるの、すごい便利だな…俺ももし次引っ越す機会があったら、絶対に3口コンロ付きの物件にしよう…
白石さんの家は生活感が無さすぎて、このぴっかぴかのフライパンや鍋、IHコンロが果たして本当に普段から使われているのかは微妙なところだけど。
そして実は気になっていることがもう一つ…
白石さんの食器棚には、恐ろしく高そうなデザインのものもあるけど、なぜかペア物の食器の割合がとても多い。
誰も泊めたことないって昨晩言ってたから、誰かと揃えたわけではないと思うんだけど…
いや、泊めたことはないかもしれないけど、もしかして誰かと一緒に住んでたとかある?その時の食器をずっと使い続けてるとかそういう感じだったりする?いや、俺にモヤる権利はないんだけど。
上の方にある高そうな食器はとても使えないので、一通り揃っているペア物を使わせてもらう。
ふろふき大根、野菜と生姜焼き、味噌汁を盛り付けて冷蔵庫から胡麻和えを取り出し、とりあえずカウンターに並べる。
美味しくできた…と思うけど、なんかやっぱり恥ずかしくなってきた。普段は組み合わせとか適当だから、ちゃんとした献立考えたのも久しぶりだし。
「…え?すごい、これ黒原さんが作ったんですか?全部?1人で?本当に?」
カウンターに寄ってきた白石さんが、目をキラキラさせながら皿に乗った料理を覗き込む。
「このぐらいなら誰でも作れますよ…俺今日ゆっくりさせてもらいましたし、尚更です」
「僕にはできないですよ、すごい…和食料理屋さんで出てきそうです、黒原さんもしかしてプロの料理人なのでは?」
「いや、それ褒めすぎですよ!プロに怒られますって!」
もう現時点ですごい喜んでくれていて、嬉しくてまた顔が熱くなる。
2人でテーブルに運び、白米を盛り、箸を出して…
「…いただきます」
2人で手を合わせる。
白石さんが、俺が作った夕飯を食べてくれるこの状況…
なんだこれ…これが、幸せか…?
幸せすぎてなんか、尻が浮いて来そうなんだけど…
白石さんが最初の一口を食べる様子を、本人に気付かれないようにこっそりと窺う。
「…ん、すごく美味しい…すごく美味しいです黒原さん!すごい!これが黒原さんの味なんですね…」
「ちょっと!妙な言い方しないでくださいよ!」
「ふふ、黒原さん美味しい…ふふふ、幸せです」
「なんか俺を食べてるみたいになってますよその言い方だと…」
ニコニコしながら箸を進める白石さん。すごい喜んでる…さっきは時間を巻き戻したくて仕方がなかったが、やっぱり作って良かった…
「黒原さんって、お料理上手なんですね。普段から作られてるんですか?」
「いや、毎日は作らないですよ。休みの日にまとめて作ったりしますが、買って済ますことの方が多いですし」
「この大根だって、ちゃんと面取りされている…僕あまり詳しくないんですけど、以前お料理の勉強とかされてたんですか?」
「あー…勉強というか…昔母親に仕込まれたんです、基本的なところだけですけど。誰でもできますよ本当に」
「そうですか?その基本ができるって言うのが一番大事なんだと思いますけど…黒原さんとご結婚される方は幸せですね」
け、結婚…
この人、もしかして俺が誰かと結婚する未来を想像してたりする?この状況で?
それか、俺と結婚するのは白石さんでしょ~この幸せ者~!とかいうノリの返事を期待してる??
もしくはただのリップサービス?いや、何か意味を含んで言ってるのか??だめだ、全然判断がつかないし、今のこの関係性だとどう返事するのが正解か分からない。
「…白石さんこそ、将来白石さんと結婚する方が羨ましいですよ。こんなに素敵な方と毎日一緒に居られるんでしょ?」
一瞬の間で、今できる最適解の返事を脳が導き出した。無難で、違和感のない満点の返事だろこれ。
でも、嘘ではない。白石さんとずっと一緒にいられたら幸せなんだろうな、とはなんとなく思うし。
「黒原さん、そんなこと思ってるんですか?じゃあこのままここに住んでしまえばいいじゃないですか」
「は!?ま、またそういう冗談をさらっと言うんだから…」
「僕が素敵なのかはさて置いても、毎日一緒に居られますよ。いつ引っ越して来ますか?荷造り手伝いますよ」
「も~…白石さんてば…」
すごく楽しそうな顔してるけど、そもそも付き合ってもないんだって。なんか変な錯覚しそうになるし、むしろ錯覚しかけてるけど、友達同士なんだって。
…友達同士、だよな?だって、告白もしてないし。
でも白石さん、俺のこと好きって言ってたよな。あれ告白じゃないの?
…告白って、何だっけ…?付き合うってなんだっけ…?どこからが付き合うなんだっけ…?恋人の定義は…?ていうか、友達って何…?人間って…?
脳が段々宇宙を彷徨い出してしまったことに気づき、急いで現実に帰ってくる。だめだ、考えても分からん。考えるのやめよう。
その後も他愛もない話をしながら食事を取り、食べ終わったところで白石さんがはっとする。
「あ、お風呂…用意するのすっかり忘れてました。黒原さん、今日湯船浸かります?」
そういえば白石さん、前も家に着いてすぐ風呂の用意してたな。今日は俺が驚かせてしまったから、ルーチンが崩れてしまったのか。ちゃんと事前に伝えておくべきだったな…いやなんかちょっとサプライズしたい気持ちになっちゃって…迷惑な男、黒原三芳…
「いや、俺はシャワーでいいんですけど、外寒かったですよね。俺にもできるなら、用意してきますよ」
「じゃあ…僕もシャワーにしようかな。せっかく黒原さんが居てくれるんですから、1人でじっくりお風呂入るより2人で一緒に過ごしたいですよね」
「そ、そうですね…!?」
な、なんでそういう可愛いことを何の躊躇いもなく言えるかな~!!
一瞬で顔が赤くなったのが分かったので、さっと下を向いて茶碗の米粒を取るふりをする。深呼吸…深呼吸…こんなことでいちいち赤面してたら身が持たないし、白石さんに気付かれたくない!!
「じゃあ僕が後片付けしますので、黒原さんはその間にシャワー浴びてきちゃってくださいね」
かちゃ、と食器を重ねる白石さん。
「あ!いや、俺がやりますよ、白石さんお先に入ってきてください」
白石さんが重ねた食器を、慌てて自分の食器に合体させる。
「いえ、黒原さんが時間と手間をかけてお料理して下さったんですから、片付けは任せて欲しいです」
その食器を、白石さんが更に自分の方に移動させる。
「いやでも」
立ち上がり更にその食器を手に取ろうとすると、するっと細い指先が俺の手を絡めとる。
「僕がやりたいんです。ね?お願いします」
きゅっと白石さんの指が俺の指を優しく締めつけ、見上げるように目を覗き込まれる。
ただ指が絡まって間近に目が合ってるだけでもすごい破壊力なのに、少し甘えたような声が合わさると脳の思考を一瞬で停止させる恐ろしいコンボ技。勝手に「はい…」という返事のみが口から出てくる。
「ありがとうございます。黒原さん、ごちそうさまでした。ゆっくり温まってきてください」
するっと指がほどかれたところで正気に戻る。
白石さん、昨晩俺のことをずるいと言ったけど、そっちの方が絶対にずるいだろ!
完全にコントロールされている。白石さん、もしかして俺が白石さんのこと好きなの分かってる?可愛いって思ってるの分かってやってるだろ?自分が可愛いのもしっかり分かってるよな?分かっててあの言動してる?こんな対応、もしかして誰にでもしてるのか?そりゃ青木さんも首っ丈になって納得だよ!!
小悪魔すぎる…恐ろしい白石さん。改めて、恐ろしい人に恋をしてしまった…
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