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第4章
進展と後退 6
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あれから白石さんの寝息が聞こえるか聞こえないかぐらいのタイミングで自分も眠りに落ちていたようで、
朝になりパンの焼ける香ばしい匂いで目が覚めると隣で寝ていたはずの白石さんはキッチンで朝食を用意していて、
まだじんわりと乾燥機の熱を残す服は当たり前のようにピシッと畳まれて用意されていて、
当たり前のようにピッカピカの高級車で家まで送ってもらって、
へぇあれが黒原さんのお家ですか、今度招待してくださいねなんて言われて、
その後はぼんやりと家で怠惰な休日を過ごし夜寝るタイミングになって、
白石さんと健全なお泊まりデートで朝帰りをしてしまった!!!
と布団の中でゴロゴロバタバタしていたのはつい昨夜の話。
白石さんとあまりにも穏やかな朝を迎え当たり前のようにエスコートされ当たり前のように紳士的な対応をされて、夢を見ていたかのような現実感のないホワホワとした気分だったが冷静に考えると普通におかしいし何も当たり前じゃなかった!!!
何がどうなって健全なお泊まりデートを!!白石さんと!!してるんだよ!!?
いや健全で良いんだけど!問題はそこではなく!!
布団の中で暴れ夢の中でも混乱したまま朝を迎え、うまく働かない頭のまま出社し訳もわからないまま定時を迎えた今でも頭の中はゴチャゴチャしたままだった。
あの甘い空気と甘い雰囲気と、実際にベッド傍のリードディフューザーから漂っていたほのかな甘い香りで完全に甘い気分になっていたが、好きとかどうとかより相手は白石さんという同性の男だぞしっかりしろ黒原三芳!!
いや、好きかどうか分からないから悩んでいる部分もあるんだけど!!
いや、今はそうじゃなくて!!!
頭の中で自問自答を繰り返しながら少しだけ残業をして、落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせながら会社を後にして駅に向かってると、
「あ、黒原さん!お疲れ様です!」
「え!?」
駅のロータリーすぐそばの街路樹にもたれていた男が突然声を掛けて来た。
見覚えのある男。この人は…
「えっと、青木さん?」
「そうです!覚えててくれたんですね、嬉しいです!」
一昨日、白石さんと一緒に病院から出てきた同僚…青木さんが会釈をしながら近付いてくる。
何だ?何でここにいる?明らかに俺を待ってたよな?
「すみません、待ち伏せみたいなことをしてしまって!今日ちょっとこれから時間ありますか?」
「え!?ええ大丈夫ですけど、俺…いや僕に何か…?」
「ちょっと話したいことがあるんです!そんな悪い話とかじゃないんで!身構えなくて大丈夫ですよ!」
ニッコニコの眩しい笑顔と缶コーヒーを差し出され、こんな所じゃアレなんでと言うと駅と反対方向に歩き出す。
え?これ、俺大丈夫だよな?リンチに遭ったりしないよな?普通に怖いんだけど大丈夫だよな??
青木さんは他愛もない話を振ってくるが正直それどころではなく、なんとなく身の危険を感じ半歩下がって周りに不審な人間はいないか警戒しながら話半分で青木さんの後をついていく。
いつも白石さんと行く公園とはまた別の道を歩き、行ったことのない通りのベンチに青木さんがおもむろに腰掛けた。おもむろにというか何か言ったりしてたんだろうけど、全く耳に入って来ていなかった。
辺りを見渡す。大丈夫、ちらほら人通りある。いざとなれば叫べば良い。
「すみません、話っていうのは浩太とのことなんですけど」
身構えながら俺が座るとすぐに話を切り出し、ビクーン!と体が跳ねた。
「あ、白石さんの?話ですか?」
「はい!すみません、あまり人に聞かれたくなくてこんな所まで」
「えっと…白石さんに何かあったんですか?」
「あ、いやそうじゃなくて!その…」
頭をかきながらモゴモゴと口籠る青木さん。
仕事終わりに待ち伏せした上で人にあまり聞かれたくなく、かつ言いづらそうな白石さんの話とは一体どんなものなんだろうか…
「あー…いいや!俺、上手い言い方とかできないんで!単刀直入に言いますね!」
さっと姿勢を正しベンチに座り直して、髪をかき上げながらこちらに真剣な眼差しを向けてくる。
こちらもつられてぴっと背筋を伸ばし、青木さんの言葉を待つ。
「あまり驚かれないで聞いてくださいね、黒原さん。俺、実は…」
実は?何だ!?言いづらそうに溜めるので、余計に続きが気になりぐぐっと少し身が乗り出る。
「好きなんです、ずっと前から!」
すきなんです ずっとまえから…
「は…?」
一度会っただけの男に唐突に愛の告白をされて、頭がフリーズする。
す…好き…?
ずっと前から…?
「いや、いきなりこんなこと言われても困りますよね!?けどこんなに人を好きになるのは初めてで、そう、心の底から!なのでどうしても諦めたくないんです!!」
真剣な表情で身を乗り出して熱の籠った告白を続ける青木さん。
いや、待て待て待て、
ずっと前から?
心の底から?
俺が好きで諦めたくなくて!?
一体何を言ってるんだこの男は!?一昨日が初対面のはずだろ!?
「だから…お願いします!浩太とこれ以上親密にならないで下さい!!」
「いや、あの、ちょっと待って…!落ち着いてください、あの、俺は…」
混乱して働かない頭が必死に青木さんを傷付けないような(というか逆上させないような)言葉をなんとか弾き出す。
「その、青木さんを否定するわけではないんですけど…!僕は女性が好きでして!彼女を募集中でして!!」
「本当ですか!?それは良かったです!!」
ニカー!と青木さんが笑う。
何が良かったんだよ!!!何も良くねえよ!!!
「いや、ですから…白石さんと親密になろうがどうなろうがあまり関係ないというか…」
「いえ!浩太が自分から誘って飯食いに行くなんて今まで無かったんです!いくら黒原さんが浩太に特別な感情がなかったとしても、これ以上黒原さんと浩太が親密になったら俺が入り込む隙ないじゃないですか!?」
入り込む隙って何だよ!!
白石さんと俺がこれ以上親密になろうがなかろうが!!
そんなもんそもそも最初からないわ!!!
「こんなこと突然すみません、気分悪いですよね…!?けど俺も本気なんです、もうこれ以上浩太と親密になって欲しくないんです…!」
ガバッと手を合わせて、オネガイシマスッ!と必死な形相で頭を下げる青木さん。
何もかも全く分からない。一昨日知り合ったばかりだと思っていた男が実はずっと俺のことが好きで、とにかく想いが真剣で、白石さんと仲良くなると入り込む隙が無くなるからこれ以上親密になるなって…?
いや、確かに白石さんは俺のことが好きなんだろうけど!いやそうじゃなくても!俺の気持ちは完全に無視なのか!?
女性が好きだという意思の尊重はしてもらえないのか!?!?
訳がわからなさすぎて頭の中がゴチャゴチャして、むしろ一周回って少し冷静になってきている自分がいた。
「あ、の、その、えっと…とりあえず、熱意は伝わりましたが…」
「黒原さん…!」
青木さんがバッと嬉しそうな顔を上げる。
「いや!けど、その…」
いっそここで、俺も白石さんが好きなんです!とか言っておいた方が諦めてもらえるのだろうか?
しかし女性が好きだとこちらから言ってしまった手前、それもなかなか言いづらいな…
そもそも青木さんは俺にかなりのお熱のようだし、そんなことを言ったところで何も納得しなさそうだ…
ひとまずここは要求を飲んで、冷静になってもらったタイミングで改めて打ち明けよう。
ふぅと短く息を吐いて気持ちを落ち着けて、青木さんのペースに流されないよう慎重に話を切り出す。
「親密になるなって言うのはつまり…どうすれば…」
「浩太の誘いをさりげなく断っていただいて…それで少し距離を置いてもらえるだけで良いです!あとは俺が頑張るので!」
「が、頑張る?」
「はい!がっつりアプローチしていく所存です!!」
「がっつりアプローチ!?」
何を言うんだこの男はーーー!!
本人を目前にしてそんなことを嬉しそうな顔でよく言い出せるな!!
一瞬で青木さんのセリフに何もかも持っていかれ、落ち着けた気持ちが一瞬でバラバラになってしまった。
「本当にありがとうございます、黒原さん!急で自分勝手な言い分を聞いて頂いて…」
「うッッ」
グッと手を握られ、ヒィーーと全身が鳥肌を吹き脅威から逃れようとぐぐぐっと後ろに仰反る。
これはいけない。真剣に身の危険を感じる。この男は危険だ!!と本能が叫んでいる。
「と、とりあえず一旦落ち着きましょう!ね!」
「あっ、すみませんつい!」
パッと青木さんが手を離す。心臓がバックバックと嫌な動き方をしている。これは不整脈か?頻脈か?指先が冷たくなるような変な感覚だ。
青木さんはホコホコと満足そうな顔をしているが、とりあえず俺にその気はないということはしっかり分かってもらわないと今後がヤバい!!
「し、しかしですね!白石さんと距離を置いたからってすぐに何がどうこうとは…」
「勿論分かってます!それに、黒原さんに浩太への好意を分かってもらえたのでまず一歩前進です!」
「分かっ、え、は?」
は?
は??
「黒原さんが偏見のない方で本当に良かったです…!そもそもこんなことカミングアウトするのが人生で初めてだったので!」
なん?
ん?
「こんな要求しておいてアレなんですけど、黒原さんの不利益になるようなことには絶対しません!それは約束致します!」
「えっと、ん?」
「あ、もしの話ですけど!浩太と付き合えたとしても、黒原さんとの交流を断たせたい訳ではないので!」
「そ、そう…」
「あの、もし迷惑じゃなければまた会いにきても良いですか!?」
「え、えっと…」
「また色々お話したいんで!看護師でよければ紹介もできますし!」
「そ、そうですか…?」
「あーもう本当によかった!黒原さんが良い人で!!」
その後のことはよく覚えていないが、陽キャ100%の青木さんの楽しそうなノリと勢いと会話に流され、電車が同じ方面ということが判明し、なぜか2人で並んで座り電車に揺られるという奇行を果たし、帰宅しベッドに倒れ込み…
そっちかよ…
と、一気に脱力。
いやよく考えれば最初に白石さんの話だと言われた時点から主語は白石さんだったんだよな。
会話を思い返してみると普通に最初から勘違いをしていた。そもそも先日の2人の様子からも汲み取れたはずだったのに…
とんでもない解釈違いをしていたために白石さんと距離を置かなければならなくなってしまったこと、結果的に青木さんを応援するような立場になってしまったこと、
そして白石さんの誘いをさりげなく断るという難易度の高すぎる要求を飲んでしまったことを酷く後悔した。
朝になりパンの焼ける香ばしい匂いで目が覚めると隣で寝ていたはずの白石さんはキッチンで朝食を用意していて、
まだじんわりと乾燥機の熱を残す服は当たり前のようにピシッと畳まれて用意されていて、
当たり前のようにピッカピカの高級車で家まで送ってもらって、
へぇあれが黒原さんのお家ですか、今度招待してくださいねなんて言われて、
その後はぼんやりと家で怠惰な休日を過ごし夜寝るタイミングになって、
白石さんと健全なお泊まりデートで朝帰りをしてしまった!!!
と布団の中でゴロゴロバタバタしていたのはつい昨夜の話。
白石さんとあまりにも穏やかな朝を迎え当たり前のようにエスコートされ当たり前のように紳士的な対応をされて、夢を見ていたかのような現実感のないホワホワとした気分だったが冷静に考えると普通におかしいし何も当たり前じゃなかった!!!
何がどうなって健全なお泊まりデートを!!白石さんと!!してるんだよ!!?
いや健全で良いんだけど!問題はそこではなく!!
布団の中で暴れ夢の中でも混乱したまま朝を迎え、うまく働かない頭のまま出社し訳もわからないまま定時を迎えた今でも頭の中はゴチャゴチャしたままだった。
あの甘い空気と甘い雰囲気と、実際にベッド傍のリードディフューザーから漂っていたほのかな甘い香りで完全に甘い気分になっていたが、好きとかどうとかより相手は白石さんという同性の男だぞしっかりしろ黒原三芳!!
いや、好きかどうか分からないから悩んでいる部分もあるんだけど!!
いや、今はそうじゃなくて!!!
頭の中で自問自答を繰り返しながら少しだけ残業をして、落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせながら会社を後にして駅に向かってると、
「あ、黒原さん!お疲れ様です!」
「え!?」
駅のロータリーすぐそばの街路樹にもたれていた男が突然声を掛けて来た。
見覚えのある男。この人は…
「えっと、青木さん?」
「そうです!覚えててくれたんですね、嬉しいです!」
一昨日、白石さんと一緒に病院から出てきた同僚…青木さんが会釈をしながら近付いてくる。
何だ?何でここにいる?明らかに俺を待ってたよな?
「すみません、待ち伏せみたいなことをしてしまって!今日ちょっとこれから時間ありますか?」
「え!?ええ大丈夫ですけど、俺…いや僕に何か…?」
「ちょっと話したいことがあるんです!そんな悪い話とかじゃないんで!身構えなくて大丈夫ですよ!」
ニッコニコの眩しい笑顔と缶コーヒーを差し出され、こんな所じゃアレなんでと言うと駅と反対方向に歩き出す。
え?これ、俺大丈夫だよな?リンチに遭ったりしないよな?普通に怖いんだけど大丈夫だよな??
青木さんは他愛もない話を振ってくるが正直それどころではなく、なんとなく身の危険を感じ半歩下がって周りに不審な人間はいないか警戒しながら話半分で青木さんの後をついていく。
いつも白石さんと行く公園とはまた別の道を歩き、行ったことのない通りのベンチに青木さんがおもむろに腰掛けた。おもむろにというか何か言ったりしてたんだろうけど、全く耳に入って来ていなかった。
辺りを見渡す。大丈夫、ちらほら人通りある。いざとなれば叫べば良い。
「すみません、話っていうのは浩太とのことなんですけど」
身構えながら俺が座るとすぐに話を切り出し、ビクーン!と体が跳ねた。
「あ、白石さんの?話ですか?」
「はい!すみません、あまり人に聞かれたくなくてこんな所まで」
「えっと…白石さんに何かあったんですか?」
「あ、いやそうじゃなくて!その…」
頭をかきながらモゴモゴと口籠る青木さん。
仕事終わりに待ち伏せした上で人にあまり聞かれたくなく、かつ言いづらそうな白石さんの話とは一体どんなものなんだろうか…
「あー…いいや!俺、上手い言い方とかできないんで!単刀直入に言いますね!」
さっと姿勢を正しベンチに座り直して、髪をかき上げながらこちらに真剣な眼差しを向けてくる。
こちらもつられてぴっと背筋を伸ばし、青木さんの言葉を待つ。
「あまり驚かれないで聞いてくださいね、黒原さん。俺、実は…」
実は?何だ!?言いづらそうに溜めるので、余計に続きが気になりぐぐっと少し身が乗り出る。
「好きなんです、ずっと前から!」
すきなんです ずっとまえから…
「は…?」
一度会っただけの男に唐突に愛の告白をされて、頭がフリーズする。
す…好き…?
ずっと前から…?
「いや、いきなりこんなこと言われても困りますよね!?けどこんなに人を好きになるのは初めてで、そう、心の底から!なのでどうしても諦めたくないんです!!」
真剣な表情で身を乗り出して熱の籠った告白を続ける青木さん。
いや、待て待て待て、
ずっと前から?
心の底から?
俺が好きで諦めたくなくて!?
一体何を言ってるんだこの男は!?一昨日が初対面のはずだろ!?
「だから…お願いします!浩太とこれ以上親密にならないで下さい!!」
「いや、あの、ちょっと待って…!落ち着いてください、あの、俺は…」
混乱して働かない頭が必死に青木さんを傷付けないような(というか逆上させないような)言葉をなんとか弾き出す。
「その、青木さんを否定するわけではないんですけど…!僕は女性が好きでして!彼女を募集中でして!!」
「本当ですか!?それは良かったです!!」
ニカー!と青木さんが笑う。
何が良かったんだよ!!!何も良くねえよ!!!
「いや、ですから…白石さんと親密になろうがどうなろうがあまり関係ないというか…」
「いえ!浩太が自分から誘って飯食いに行くなんて今まで無かったんです!いくら黒原さんが浩太に特別な感情がなかったとしても、これ以上黒原さんと浩太が親密になったら俺が入り込む隙ないじゃないですか!?」
入り込む隙って何だよ!!
白石さんと俺がこれ以上親密になろうがなかろうが!!
そんなもんそもそも最初からないわ!!!
「こんなこと突然すみません、気分悪いですよね…!?けど俺も本気なんです、もうこれ以上浩太と親密になって欲しくないんです…!」
ガバッと手を合わせて、オネガイシマスッ!と必死な形相で頭を下げる青木さん。
何もかも全く分からない。一昨日知り合ったばかりだと思っていた男が実はずっと俺のことが好きで、とにかく想いが真剣で、白石さんと仲良くなると入り込む隙が無くなるからこれ以上親密になるなって…?
いや、確かに白石さんは俺のことが好きなんだろうけど!いやそうじゃなくても!俺の気持ちは完全に無視なのか!?
女性が好きだという意思の尊重はしてもらえないのか!?!?
訳がわからなさすぎて頭の中がゴチャゴチャして、むしろ一周回って少し冷静になってきている自分がいた。
「あ、の、その、えっと…とりあえず、熱意は伝わりましたが…」
「黒原さん…!」
青木さんがバッと嬉しそうな顔を上げる。
「いや!けど、その…」
いっそここで、俺も白石さんが好きなんです!とか言っておいた方が諦めてもらえるのだろうか?
しかし女性が好きだとこちらから言ってしまった手前、それもなかなか言いづらいな…
そもそも青木さんは俺にかなりのお熱のようだし、そんなことを言ったところで何も納得しなさそうだ…
ひとまずここは要求を飲んで、冷静になってもらったタイミングで改めて打ち明けよう。
ふぅと短く息を吐いて気持ちを落ち着けて、青木さんのペースに流されないよう慎重に話を切り出す。
「親密になるなって言うのはつまり…どうすれば…」
「浩太の誘いをさりげなく断っていただいて…それで少し距離を置いてもらえるだけで良いです!あとは俺が頑張るので!」
「が、頑張る?」
「はい!がっつりアプローチしていく所存です!!」
「がっつりアプローチ!?」
何を言うんだこの男はーーー!!
本人を目前にしてそんなことを嬉しそうな顔でよく言い出せるな!!
一瞬で青木さんのセリフに何もかも持っていかれ、落ち着けた気持ちが一瞬でバラバラになってしまった。
「本当にありがとうございます、黒原さん!急で自分勝手な言い分を聞いて頂いて…」
「うッッ」
グッと手を握られ、ヒィーーと全身が鳥肌を吹き脅威から逃れようとぐぐぐっと後ろに仰反る。
これはいけない。真剣に身の危険を感じる。この男は危険だ!!と本能が叫んでいる。
「と、とりあえず一旦落ち着きましょう!ね!」
「あっ、すみませんつい!」
パッと青木さんが手を離す。心臓がバックバックと嫌な動き方をしている。これは不整脈か?頻脈か?指先が冷たくなるような変な感覚だ。
青木さんはホコホコと満足そうな顔をしているが、とりあえず俺にその気はないということはしっかり分かってもらわないと今後がヤバい!!
「し、しかしですね!白石さんと距離を置いたからってすぐに何がどうこうとは…」
「勿論分かってます!それに、黒原さんに浩太への好意を分かってもらえたのでまず一歩前進です!」
「分かっ、え、は?」
は?
は??
「黒原さんが偏見のない方で本当に良かったです…!そもそもこんなことカミングアウトするのが人生で初めてだったので!」
なん?
ん?
「こんな要求しておいてアレなんですけど、黒原さんの不利益になるようなことには絶対しません!それは約束致します!」
「えっと、ん?」
「あ、もしの話ですけど!浩太と付き合えたとしても、黒原さんとの交流を断たせたい訳ではないので!」
「そ、そう…」
「あの、もし迷惑じゃなければまた会いにきても良いですか!?」
「え、えっと…」
「また色々お話したいんで!看護師でよければ紹介もできますし!」
「そ、そうですか…?」
「あーもう本当によかった!黒原さんが良い人で!!」
その後のことはよく覚えていないが、陽キャ100%の青木さんの楽しそうなノリと勢いと会話に流され、電車が同じ方面ということが判明し、なぜか2人で並んで座り電車に揺られるという奇行を果たし、帰宅しベッドに倒れ込み…
そっちかよ…
と、一気に脱力。
いやよく考えれば最初に白石さんの話だと言われた時点から主語は白石さんだったんだよな。
会話を思い返してみると普通に最初から勘違いをしていた。そもそも先日の2人の様子からも汲み取れたはずだったのに…
とんでもない解釈違いをしていたために白石さんと距離を置かなければならなくなってしまったこと、結果的に青木さんを応援するような立場になってしまったこと、
そして白石さんの誘いをさりげなく断るという難易度の高すぎる要求を飲んでしまったことを酷く後悔した。
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