白と黒

上野蜜子

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第2章

羞恥と戸惑い 6

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カチャ、カチャ…と、ベルトの金具を外す音だけが静かな部屋に響く。

その音が鳴るたびに、自分は今、同性の…いや、友人の目前で服を脱ごうとしているのだと痛いぐらいに実感させられて、めまいがするぐらいに顔を熱くさせた。

ベルトを外し、ズボンのボタンに手をかける。

ちら、と白石さんを見ると、先ほどと変わらない目線。何か言うでも反応するでもなく、ただ静かにソファーからこちらの様子を視ていた。

まだ引き返せるかも、などという思考は、その蛇のような視線が重なるとすぐに遠くに飛んで行った。

震える手でズボンのボタンを外して、チャックを下げる。

くそ、もうここまで来て逃げるなんて、できっこない。意を決して、ズボンを床まで下ろした。

左足を抜き、続けて右足も抜く。下半身はくたびれた下着と、靴下だけになる。

はぁぁ、と胸につっかえていた息を大きく吐いて、前かがみの姿勢のまま、白石さんを見上げる。

しかし、白石さんは何も言わない。表情も変えず、じっとこちらを見ている。

ズボンだけじゃないのか…!?

まさか、下着も?嘘だろ?

何か声を掛けられるのでは、と思っていたが、何もない。かなり決意してズボンを脱いだわけだが、これだけでは済まないらしい。

下着まで目の前で脱ぐのは、さすがに人として…

いや、先月、あの手でこねくり回されたものだ…1度目も2度目も変わるまい、と下着に手をかけ、潔くぐっと下ろす。

しかし、下着を床まで下ろしきってむき出しになった自分のモノを見て、は…と、心底情けない気持ちになった。

何をやってるんだ、俺は。

何で人前で、しかも同性の友人の前で、自分の下半身を晒け出しているんだ。

今すぐに逃げ出したい。何もなかったことにしたい。家に帰って、風呂に入って寝て、朝起きて、変な夢を見ていただけだったんだと思いたい。

しかし、今更そんなことができないということは、顔を上げた向こうで今もなおこちらを見据えているであろう白石さんの目を思い浮かべるだけで、すぐに分かる。

下着から足を抜き取った後、しばらく体を起こせないでいたが、このまま居ても仕方がないと、ゆっくりと起き上がる。あまりの情けなさ、恥ずかしさで、白石さんの顔が見れない。今どんな顔をしてるのか。

俯いて、白石さんの声を待つ。が、おかしい。何も言われない。動く気配もない。

「…あの」

恐る恐る顔を上げると、更にギクリと体がこわばる。

あの、目線のままだ。

全く反応もせず、鋭い眼差しをこちらに向けているだけ。

脱いだ…脱いだよな?汚れないようにって、ズボンだけじゃなくて…パンツだけでも足りなくて…

上も、なのか?

ドックンドックンと、心臓が大きく鳴る。音が聞こえているんじゃないかというぐらい、体も揺れているんじゃないかと思うぐらい、仕事で会議の司会進行を直前に任された時よりも、動揺している。

目だけで、まだ終わってないでしょ、と言われているような、いや、間違いなくそう言われているであろうことが分かる。

このままズボンを履き直して玄関から飛び出てしまうことは、物理的には簡単にできるはずだ。白石さんに、拘束されているわけでも脅されているわけでも何か弱みを握られているわけでもないからだ。しかし、なぜだか抗えない。白石さんが怖いから?自分の言動が招いた結果だから?もうここまで自ら脱いでしまったから?分からない。理由を見付けようとしても、未知の体験だからか、混乱しているからか、あるいはそもそも見付かるはずのないことだからか。

ぷつ、とシャツのボタンを外す。考えるより先に動く、震える指先。

また1つ、また1つと、少しずつ下におりていく。

その動作の全てを変わらない目で観察し続ける白石さん。むしろ、心の中まで見透かされているのではないかとすら思う。

ゆっくり時間をかけて全てのボタンを外し、シャツを脱ぎ、インナーのすそに手をかけて、迷う前に一気に脱ぎ捨てる。白石さんにできる、せめてもの抗いだった。

身につけているものは、靴下だけ。情けない。とんでもなく、情けない男だ。こんなに恥ずかしく惨めな気持ちになったのは、何年振りのことだろうか。

「…ぬ、ぎました」

何の報告だ、何の…

しかし、この静かな部屋の中で、何も言わずに白石さんの反応を待っていたとしたら、そしてもし何も反応されなかったとしたら、これ以上何をしたら良いか分からなくなっていただろうし、更に自分を追い詰めることになるだろう。

そうして混乱しながらも導き出したのが、自ら報告をする、という選択だった。

「…いい子ですね」

白石さんがふっと微笑んで、やっと体のこわばりが解けた。その一言とやわらいだ口元に、こんなにも安心させられるなんて。そう思っていた。…次の言葉を聞くまでは。

「けど、ズボンだけで良かったのに。全部脱いで下さったんですね、黒原さん」

クスクスと白石さんが笑う。

安心したのも束の間、カーッと顔が熱くなって、ぷるぷると体が震える。

あんたが、脱げって言ったからだろうが!そんで、ズボンだけ脱いでも、何も言わなかったからだろうが!

これ以上恥ずかしいことがあるのだろうか。かなり固く決心して、ここまで脱ぎ進めてきたというのに、この仕打ちはさすがに酷すぎるのではないか。

「ごめんなさい、黒原さん。怒りましたか?」

「お、お、お、怒るっていうか…」

「黒原さん、こちらに」

ちょいちょい、と手招きされる。

こんな仕打ちまで受けて、更にフルチンで、そっちまで行けってか!

絶対に、自分が女だったら泣いている。現に今、あまりの恥ずかしさで泣きそうだ。というか、死にそうだ。

「いい子ですから。こちらに来なさい」

ついに命令口調になった。

ぐっと強く拳に力を入れて、震える足を動かして白石さんが座るソファーの方に向かう。

「そう、本当にいい子ですね」

白石さんの目の前で止まった俺の体にすっと手を伸ばして、脇腹に指先を掠める。

「よくできました」

つつ、と指先で体をなぞっていく。こそばゆさで、びくっと体が跳ねる。地黒の自分の体に白石さんの指が触れると、より白さが映えて、淡く光っているようにも感じられる。

「じゃあ黒原さん、どうされたいですか?」

「ど、どうって…」

「ご自分の意思でここまで来られて、僕の言うこともちゃんと聞けたじゃないですか。次は、黒原さんがされたいことを、僕に分かるように教えてください」

されたいことって!

するすると指先でからだをなぞられて、嫌でも体が跳ねてしまう。これ以上、醜態を晒したくないのに。

「…わ、分からない」

ここまで来て脳が出した答えは、逃げること、だった。既にオーバーヒートを起こして間もない頭は、とにかくこれ以上自分を追い詰めることのないよう、保身に走っていた。

だが、そんな浅はかな頭で白石さんに勝てるわけもない。

「分からないじゃないでしょう?黒原さん」

指先がモノに触れ、びくっと体が震える。

何度かつつくような動きをして、ゆるく手のひらで包まれ、ふにふにと握られている。

やばい。嫌でも血流が体の中心に向かっていく。なんでこの人に触られると、おかしくなるんだ。

「ま、待っ…」

「ええ、待ちます」

ぱ、と手を離される。

「な、なんで…」

「黒原さんが分からなければ、僕にも分からないじゃないですか。どうされたいんですか?黒原さん」

にこっと、下から顔を覗き込まれる。くそ、またこの男は、一体どこまで俺を辱めたら気が済むんだ…

「い、今みたいに…」

声が震える。あまりの恥ずかしさで本当に涙が出そうだ。

「今みたいに?こうですか?」

またモノをふんわりと握られて、しかし今度は動かさず、じっとこちらを見つめる。

「さ、触って…」

「触ってますよ?」

「…こ、この間みたく…」

「この間みたく?」

白石さんの手のぬくもりなのか、本当に熱が行っているのか。体の中心をはじめとして、どんどん体が熱くなっていく。もちろん顔なんて、発熱してるんじゃないかってぐらい熱い。真っ赤な顔をしてるんだろう、その顔を見つめられていると思うと、余計に熱くなる気がした。

「…この間みたく…触って欲しい…です」

くそ、言ってしまった。

本気で泣きそうだ、悔しい。

「言えるじゃないですか、黒原さん。お利口さんですね」

ふっと白石さんに笑われて、羞恥心が限界を突破、本当に涙が出てきた。

「や、やっぱ無理!!俺、もう無理です!!」

白石さんの手をぱっと払いのけて服を脱ぎ捨てた場所に引き返す。

「ええ?黒原さん、どこに行くんですか」

さっと立ち上がって手を掴まれる。

その手も払おうとするが、力が強く、振り払えない。

「嫌だ、もう本当に、無理です!!すみません、帰ります、やめます!」

「やめませんよ、ちゃんと言えたご褒美をしてあげないと」

掴んだ手を押し込まれ、ドンッと壁に叩き付けられる。

「痛ッ…」

「気持ちよくしてあげますから。ね?」

耳元で囁かれ、脇腹を下から上になぞられ、ゾクゾクとしたものがせり上がってくる。

「今日は何も汚れるものもないので、心配いらないですよ。黒原さんがちゃんとできたからですね」

手首を壁に押し付けられたまま、もう片方の手が胸元からつつつ、と下におりていく。

はっ、はっ、と自分の荒い呼吸が妙に大きく聞こえる。辱められて呼吸が激しくなったものなのか、背中を強く打ったからか、それとも今の白石さんの指先によるものなのか。

おりていく指先が寸前で止まり、ニコ、と笑いかけられてから、きゅっと掴まれる。

「う…」

「黒原さん、ちゃんと言えて偉いですね。僕の言うこと、ちゃんと聞いてくださいますものね」

ぐにぐにと手のひら全体で刺激され、頭の方をくるっとなぞられたり、下から上に撫で上げられたり。

「…ほら、黒原さん、また」

「は…」

「下、見てください」

ちら、と下を見ると、白石さんの指の中で確かに大きく主張している、自分のモノが。

「大きくなってるでしょう?ね、だから言ったじゃないですか」

「…は、い」

また勃たされてしまった。いや、自分で望んで…ここまで来たわけだが。白石さんの手はなんで、こんなに…

「ココがお好きなんですね。気付いてますか?撫でる度に震えてますよ。すごく気持ち良いんですね」

「や、やめてください…」

「どうして?乳首まで立ってるじゃないですか。気持ち良くてしょうがないんでしょう?」

「…は、恥ずかしいんです…」

「大丈夫、黒原さん。恥ずかしがることなんて何もないですよ。僕が気持ち良くさせているだけなんですから」

耳元で、いわゆる言葉責めというものをされて、股間を攻め立てられ、泣き顔を見られ、こんなに恥ずかしいことが他にあるものか。

涙に気付いたのか、掴まれていた手首を離されると、指先でそっと目元を拭われた。優しく微笑みかけられる。勿論、もう片方の手は攻め立て続けているが。

「怖くない、怖くない。大丈夫ですよ、黒原さん」

子供に語りかけるように、頬を撫でられ、一方ではしゅっしゅっと一定のリズムで擦られ、呼吸は一向に荒くなるばかりだ。

「う、…うっ…」

ヤバイ。この人の手は、自分でする時のように、いや…それ以上に、的確に高みに上り詰めさせる。

「どうしました?黒原さん」

「っそろそ、ろ…」

「ああ、イく時はちゃんとお願いしてくださいね」

はっ!?

「お、お願い!?」

「ええ、できますよね?」

「なんで、そんな…」

「できませんか?ならここでやめておきましょうか」

ピタ、と動かしていた手を止められる。

「な…っ、このっ…」

「僕は良いんですよ、このままでも」

じくじくと熱を帯びている下半身が、あと少しで達するところだったモノが、その寸前で止められ不完全燃焼を起こしている。

「ぐっ…」

「黒原さん、どうするんですか?」

ゆるゆると、弱い力でゆっくりと擦られる。

そんな触り方…本当にこの人は…

「…い、」

「ん?」

「イきたい…です」

絞り出すようにして出た声だが、白石さんは握る強さを戻さず、もどかしい触り方を続ける。

「…い、今!言ったじゃないですか!」

「ん?人にお願いする時は、お願いします、でしょう?」

「はぁ!?」

「お願いします、イカせてください、でしょう?」

ニコーッと、それはもう楽しそうな顔で笑う白石さん。

「あ、あんた…本当に…」

「ほら、黒原さん。どうするんですか?」

キュッと強く握られる。

「うっ」

「ちゃんとお願いしないと、イケませんよ。黒原さん」

ふふっと笑って、ゆっくりゆっくり、いたぶるように攻めてくる。

「こ、この…」

鬼畜野郎!

「ほら、黒原さん」

ゆるゆる、むにむに、じくじく…こんなものじゃ、足りない。むしろ、余計に体の芯が疼いて、苦しい。

くそ…。

「………かせて…ください」

「ん?」

ぐりぐりと頭を指先で刺激され、ビクビクと体が震える。

「…イカせて下さい、お願いします…!」

ああ…言ってしまった。

自分のプライドというものは、この人の前では役に立たないどころか、むしろ自分を追い詰めるものなのだと痛感した。

「…お利口さんですね」

握る強さが戻り、しゅっしゅっと、またリズミカルに擦られ、徐々にスピードが上がっていく。

さっきまで限界寸前まで来ていたものが、また込み上げてくる。

「あ、…くっ」

ヤバい。ものすごく、気持ち良い。

手の動きに合わせて、白石さんのさらさらとした髪が揺れ、衣擦れの音が聞こえる。

白石さんがじっと顔を覗き込んでくる。その目はもう鋭いものではなく、優しいものだった。

「…あ、もう、」

「良いですよ、黒原さん。ちゃんとお願いできましたからね」

ヤバい、ヤバいヤバいヤバい。ギュッと目を瞑る。ずっと宙ぶらりんだった手が、白石さんの腕を掴む。

「気持ち良いですね、黒原さん。イッて良いですよ」

「あっ、く、……うぁ」

耳元で囁かれるのと同時ぐらいに、びゅ、びゅく、と熱が吐き出される。

最後までギュッギュッ、と絞り出すように手が動いて、やがて、止まった。

はぁはぁと荒く息をして、全身をじっとりと汗が包む。ゆっくり目を開けると、

「あっ…」

白石さんの手、だけでなく、服にべっとりと…

「し、白石さん、服…すみま…」

言い終わらないうちに、汚れていない手で顎を掴まれ、口付けをされた。

…?

口付け…?

時間が止まる。

チュウーーーーーーー、と長い時間(に感じただけかもしれないが)唇を付けられた後、何度かちゅっちゅっと短くキスを交わし…交わし?

顔を離して、キツネのような顔で、ニコッと笑いかけられた。

暫く放心状態になったが、はっと我に返る。

「な、な、な、な、何して…!!」

ばっと体を引き離すと同時に、ファ~ン♪という機械音が流れ、オフロガワキマシタ!オフロガワキマシタ!と機械的な女性の声が部屋にこだました。

「あ、丁度湯船が沸きましたね」

「え、え、な、え、」

「黒原さん、全身汗だくなので、どうぞ入ってきて下さい」

「あ、え、あの、」

「僕はがありますので。ね?」

べっとりと汚れた手を目の前にちらつかされ、にっこりと笑いかけられる。

カーッと顔が熱くなる。

「え、な、あ、す、す、すみません…お先に…頂きます…」

「ええ、ごゆっくり」

これ以上床を汚さないように股間に手を当てて、この場から逃げるように風呂場に急ぎ足で向かった。

な、何だ?

何が起きた?

またやらかして!?

その上今、俺は白石さんに何をされたんだ!?

叫びたくなる衝動をぐっと抑え、風呂場に着き、バタンと扉を強く締めた。
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