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第2章
羞恥と戸惑い 5
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「この時期ですけど、夜風は冷えますね~。僕、今日湯船沸かす予定だったので、もしよかったら入って行ってください」
「あ、ど、どうもです…」
「黒原さんは無糖の紅茶ですよね。それともコーヒーにしますか?」
「あ、いえ、紅茶で…」
「紅茶ですね、今淹れるのですこしお待ちくださいね」
おかしい…。
白石さんの家に向かっている最中、一言も話すことなくずっしりと重苦しい空気がのしかかっていたというのに、家に着いた途端「あ、黒原さんは意識がある状態でこの家に入るのは初めてですよね。前は気持ちよさそうに寝ていらっしゃったから」とくるっと振り向いて楽しそうに笑ってみせた。
呆気にとられて何も反応できずにいたら、ん?どうされましたか?と来たもんだ。あんた、道中何考えて歩いてたんだ?そして今は何を考えてるんだ!?
あの空気は一体何だったんだ。公園での雰囲気も鋭く感じた。しかし今の白石さんは、丸い感じがするというか、いたっていつも通りというか。
「スイッチだけ入れて来ちゃうので、少しゆっくりしていてくださいね、すぐに戻りますので」
はい、とまた某ネズミがプリントされたカップを渡される。
なぜいつも通りなんだ!?
さっきまで、誘うだの…公園でするだの…なんだの…ヘビのような鋭い目線で俺を睨まれたカエル状態にしていたあの白石さんは、どこに行ったんだ!?
考えども考えども、混乱するばかり。いや、1度冷静になろう。俺は今、試す…ために白石さんの家に来、いや、この時点で冷静になれないな。おかしい。
そもそも、どうしてこういう流れになったんだっけか。そうだ、白石さんが全く先月のことを気にしていなさそうなのが納得できないというか、自分だけ悶々としているのが悔しかったので、反応してくれるまで粘ろうとして、それが裏目に出て怒らせてしまった。そうかと思えば、家に着いた白石さんはいつも通りだし、紅茶を淹れてくれて、風呂まで沸かしてくれて、つまり怒らせてしまったわけではなかった?じゃああの公園での冷たい感じは何だったんだ。
「あ、部屋寒くないですか?」
「はっ!」
唐突に白石さんがリビングに戻ってきて、自分でもびっくりするぐらい、なんていうかびっくりした。くそ、語彙力にも支障をきたしている。
「あ、驚かせてしまいました?すみません」
「い、いえ、大丈夫です、丁度良いです」
いけない、いつも通りに接することができない。ここまできた経緯を考えれば考えるほど、なぜ白石さんがいつも通りに振舞うことができているのか、理解ができない。
「…黒原さん、何もそんなに警戒しなくても、僕は急に襲ったりしませんよ」
白石さんが少し困ったような顔をして短くため息をつく。
「お、襲っ!?いや、そんなこと心配してないですよ!」
「そうですか?いつもと様子が違うように見えましたが…気のせいでしたかね」
自分用に淹れていた、おそらくレモンが入っているであろう紅茶を飲みながら、こちらの様子をうかがってくる白石さん。
なんで、俺がおかしいみたいな空気になってる!?いや、襲うだのそういう心配をしているわけじゃないが、そういうことをするためにここに来たんじゃなかったか?いや、あれは冗談だった?そんなことはないよな。
「そ…そうですよ。そんな、警戒とか…するはずないじゃないですか」
ずずっと貰った紅茶に口を付ける。
とりあえず、これ以上場をややこしくするのはやめよう。もしかしたら公園でのやりとり、ここまでくる道のり、白石さんは特に何も考えてなかったのかもしれない。会話の内容はさておきとして。少しからかわれていただけなのかもしれない。そうだ、そう考えれば…
「まあ、それもそうですよね。試してみたいと言い出したのは黒原さんですもんね」
「ぶっ!」
「その本人が警戒する必要なんてありませんものね。僕の勘違いでした、すみません」
待て、待て待て待て待て待て、
今何と言った?試してみたいと!言い出したのは!黒原さんですもんね!?
俺か!?俺なのか!?
よく思い出せ、確か俺は、白石さんから試してみるかと提案?されて、公園か家がいいかどちらが良いかと聞かれて、
…家がいいと答えたな。
「あ、あの、白石さん、その話なんですが」
「ああ、そうですよね。試そうにもまたお洋服が汚れてしまうかもしれませんよね」
「あの、ちょっと…」
「僕は構わないのですが、汚れずに済むに越したことはありませんね。とりあえず脱いで頂きましょうか」
「は!?」
「え?僕、何かおかしいこと言いましたか?」
まるで会話の流れを止められることもできず、どんどんと話が進んで行く。
その上、白石さんは固まる俺を不可解な面持ちで眺めては首をかしげている。
お、俺がおかしいのか?違うよな?普通、友人の、しかも同性の家に上がり込んで服を脱ぐなんてことは起きないよな。30年間生きてきて、そんな場面に遭遇したことは一度もない。しかし、相手がバイセクシャルだった場合は?分からない。男の経験はもちろん、女の経験値だってほとんどゼロに等しいんだから。
そもそも、今考えるとあの二択はおかしくないか?公園か家かって、NOの選択肢がなくないか?それでもなぜ家だと答えたんだ、黒原三芳。あそこで、なーに言ってるんですかー、とか何とか受け流していればこんなことにはならなかったのではないか。
いや、その前に、自分だけ意識しているのが悔しいだの、そんなことを考えずに普通に楽しく飲んで普通に楽しく解散すればよかったじゃないか。よくよく考えてみると、今この状況を作り出したのは全て自分の言動によるものじゃないだろうか。白石さんがバイセクシャルだの何だのは関係ない。自分が勝手に悔しがって挑発して、白石さんはただそれを指摘しただけ。白石さんの家に来ることを決めたのも、最終的には自分じゃないか。無理やり連れ込まれたわけでもない。白石さんの後ろを自分の意思でついて歩いてきたんじゃないか。
固まったまま頭の中でぐるぐると思考を張り巡らせていると、ふぅ、と白石さんが小さくため息をついた。
「黒原さん、どうしたいんですか?服を着たままが良いですか?」
「あ、えっと、その…」
「今ここで脱ぐか帰るか、どちらかにしてください」
どかっと少し乱暴にソファーに座って、足を組んでこちらを見上げる。
またあの、蛇みたいな視線。
びくっと体がこわばる。
どうしてこうなってしまった…
どうして…
「黒原さん」
もう一度、鋭い視線を向けられたまま名前を呼ばれる。
気付いたら、震える指先が腰のベルトに触れていた。
「あ、ど、どうもです…」
「黒原さんは無糖の紅茶ですよね。それともコーヒーにしますか?」
「あ、いえ、紅茶で…」
「紅茶ですね、今淹れるのですこしお待ちくださいね」
おかしい…。
白石さんの家に向かっている最中、一言も話すことなくずっしりと重苦しい空気がのしかかっていたというのに、家に着いた途端「あ、黒原さんは意識がある状態でこの家に入るのは初めてですよね。前は気持ちよさそうに寝ていらっしゃったから」とくるっと振り向いて楽しそうに笑ってみせた。
呆気にとられて何も反応できずにいたら、ん?どうされましたか?と来たもんだ。あんた、道中何考えて歩いてたんだ?そして今は何を考えてるんだ!?
あの空気は一体何だったんだ。公園での雰囲気も鋭く感じた。しかし今の白石さんは、丸い感じがするというか、いたっていつも通りというか。
「スイッチだけ入れて来ちゃうので、少しゆっくりしていてくださいね、すぐに戻りますので」
はい、とまた某ネズミがプリントされたカップを渡される。
なぜいつも通りなんだ!?
さっきまで、誘うだの…公園でするだの…なんだの…ヘビのような鋭い目線で俺を睨まれたカエル状態にしていたあの白石さんは、どこに行ったんだ!?
考えども考えども、混乱するばかり。いや、1度冷静になろう。俺は今、試す…ために白石さんの家に来、いや、この時点で冷静になれないな。おかしい。
そもそも、どうしてこういう流れになったんだっけか。そうだ、白石さんが全く先月のことを気にしていなさそうなのが納得できないというか、自分だけ悶々としているのが悔しかったので、反応してくれるまで粘ろうとして、それが裏目に出て怒らせてしまった。そうかと思えば、家に着いた白石さんはいつも通りだし、紅茶を淹れてくれて、風呂まで沸かしてくれて、つまり怒らせてしまったわけではなかった?じゃああの公園での冷たい感じは何だったんだ。
「あ、部屋寒くないですか?」
「はっ!」
唐突に白石さんがリビングに戻ってきて、自分でもびっくりするぐらい、なんていうかびっくりした。くそ、語彙力にも支障をきたしている。
「あ、驚かせてしまいました?すみません」
「い、いえ、大丈夫です、丁度良いです」
いけない、いつも通りに接することができない。ここまできた経緯を考えれば考えるほど、なぜ白石さんがいつも通りに振舞うことができているのか、理解ができない。
「…黒原さん、何もそんなに警戒しなくても、僕は急に襲ったりしませんよ」
白石さんが少し困ったような顔をして短くため息をつく。
「お、襲っ!?いや、そんなこと心配してないですよ!」
「そうですか?いつもと様子が違うように見えましたが…気のせいでしたかね」
自分用に淹れていた、おそらくレモンが入っているであろう紅茶を飲みながら、こちらの様子をうかがってくる白石さん。
なんで、俺がおかしいみたいな空気になってる!?いや、襲うだのそういう心配をしているわけじゃないが、そういうことをするためにここに来たんじゃなかったか?いや、あれは冗談だった?そんなことはないよな。
「そ…そうですよ。そんな、警戒とか…するはずないじゃないですか」
ずずっと貰った紅茶に口を付ける。
とりあえず、これ以上場をややこしくするのはやめよう。もしかしたら公園でのやりとり、ここまでくる道のり、白石さんは特に何も考えてなかったのかもしれない。会話の内容はさておきとして。少しからかわれていただけなのかもしれない。そうだ、そう考えれば…
「まあ、それもそうですよね。試してみたいと言い出したのは黒原さんですもんね」
「ぶっ!」
「その本人が警戒する必要なんてありませんものね。僕の勘違いでした、すみません」
待て、待て待て待て待て待て、
今何と言った?試してみたいと!言い出したのは!黒原さんですもんね!?
俺か!?俺なのか!?
よく思い出せ、確か俺は、白石さんから試してみるかと提案?されて、公園か家がいいかどちらが良いかと聞かれて、
…家がいいと答えたな。
「あ、あの、白石さん、その話なんですが」
「ああ、そうですよね。試そうにもまたお洋服が汚れてしまうかもしれませんよね」
「あの、ちょっと…」
「僕は構わないのですが、汚れずに済むに越したことはありませんね。とりあえず脱いで頂きましょうか」
「は!?」
「え?僕、何かおかしいこと言いましたか?」
まるで会話の流れを止められることもできず、どんどんと話が進んで行く。
その上、白石さんは固まる俺を不可解な面持ちで眺めては首をかしげている。
お、俺がおかしいのか?違うよな?普通、友人の、しかも同性の家に上がり込んで服を脱ぐなんてことは起きないよな。30年間生きてきて、そんな場面に遭遇したことは一度もない。しかし、相手がバイセクシャルだった場合は?分からない。男の経験はもちろん、女の経験値だってほとんどゼロに等しいんだから。
そもそも、今考えるとあの二択はおかしくないか?公園か家かって、NOの選択肢がなくないか?それでもなぜ家だと答えたんだ、黒原三芳。あそこで、なーに言ってるんですかー、とか何とか受け流していればこんなことにはならなかったのではないか。
いや、その前に、自分だけ意識しているのが悔しいだの、そんなことを考えずに普通に楽しく飲んで普通に楽しく解散すればよかったじゃないか。よくよく考えてみると、今この状況を作り出したのは全て自分の言動によるものじゃないだろうか。白石さんがバイセクシャルだの何だのは関係ない。自分が勝手に悔しがって挑発して、白石さんはただそれを指摘しただけ。白石さんの家に来ることを決めたのも、最終的には自分じゃないか。無理やり連れ込まれたわけでもない。白石さんの後ろを自分の意思でついて歩いてきたんじゃないか。
固まったまま頭の中でぐるぐると思考を張り巡らせていると、ふぅ、と白石さんが小さくため息をついた。
「黒原さん、どうしたいんですか?服を着たままが良いですか?」
「あ、えっと、その…」
「今ここで脱ぐか帰るか、どちらかにしてください」
どかっと少し乱暴にソファーに座って、足を組んでこちらを見上げる。
またあの、蛇みたいな視線。
びくっと体がこわばる。
どうしてこうなってしまった…
どうして…
「黒原さん」
もう一度、鋭い視線を向けられたまま名前を呼ばれる。
気付いたら、震える指先が腰のベルトに触れていた。
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