白と黒

上野蜜子

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第2章

羞恥と戸惑い 1

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「お先に失礼します、お疲れ様でした」

申し訳程度の残業をして、荷物をまとめ職場を後にする。

今日も何も起こらずに終わった。

今日も…何も起こらずに…

スマホを取り出しメッセージアプリを開くが、新規メッセージはニュースと公式アカウントからの広告…

白石浩太という名前とアイコンは、下の方に埋もれてしまっている。

…あの後、青臭くなっているであろう寝室に意を決して入ると、なぜかふわっと花の香りがした。きっちりファブリーズをかけたのだろう。これなら、白石さんが寝室で寝ても問題なかったじゃないか!と2度恥ずかしい気持ちになったが、またからかわれそうなので何も言わずにベッドを使わせてもらった。

夜中のうちに洗濯物を仕上げてくれたようで、翌日起きるとリビングの壁にぴしっとシャツとスラックス、そしてパンツと靴下が掛けられていた。

何度もお礼を言って、更に会計の記憶がなかったことも思い出し、金を払おうとするも「次飲みに行った時、黒原さんがおごってください」と財布の口をギュッと閉じられた。

帰宅後も何度か謝罪とお礼のメッセージを送って、少しやりとりが続いたが、

ーじゃあ空いてる日が合いましたらぜひまた飲みにいきましょう。次いつ空いていますか?

ー了解です。空いてる日が分かりましたら連絡しますね~v(^_^)v

というやりとりで終わってしまっている。

前回の飲みから1ヶ月…

そろそろ次の予定が立ってもおかしくない頃ではないか!?

毎日仕事が終わってはメッセージを確認し、読み返したりしている。

空いてる日が!分かるのは!いつなんだよ!?

こちらから一度予定を聞いてしまっている分、追撃がしにくい。

しかし会計を支払って頂いたことを考えると、早く借りを返したい気持ちも強い。

しかししかし、あんなことがあった後に、どんな顔をして会ったら良いのかも分からない。

向こうももしかしたら会いにくいのではないか。こちらの出方を窺っているのかも知れない。

蘇る恥ずかしい記憶…白石さんも、忘れているわけではあるまい。少なくとも自分にとっては、人生に大打撃を与えてくるような出来事だった。

…白石さんは、今何を考えて…何をしているんだろうか…

毎日メッセージを見返しては、同じことを繰り返し考えている。考えども考えども、ことは全く進まない。

連絡、しよう。こっちから。

何もおかしいことはない。

前回払ってもらった分をお返しするだけだ。

とにかく、予定を取り付けないことには借りを返せない。

よし、と力を入れてメッセージを入力する。

ーお久しぶりです、黒原です。予定の方はいかがですか?

送信。

しつこいと思われるだろうか?あんなことの後で、しつこく会いたがられていると思われたらどうしよう?いや、余計なことは考えるな。もう送信したんだ。俺にできることはただ1つ、返事を待つだけ…

ふぅっと息を吐いて、駅に向かい、改札を通り、ホームに向かう。

電車到着まで、あと5分。見慣れた電光掲示板に、見慣れたホーム。疲れた顔をした同志が同じ方向を向いて電車を待っている。

…そういえば白石さん家は会社から歩いて行ける距離にあったな…

いや、行く気は無いけど。いやいや、何をストーカーみたいなことを考えてるんだ。

ちょうどその時、ブブッとスマホが震えた。

画面を開くと、新着メッセージの文字。

ーお久しぶりです、白石ですv(^_^)v 今週土曜日の夜はいかがでしょうか?

「はは、またこの顔文字…」

ホッとして、思わず独り言が漏れた。

ー土曜の夜、大丈夫です。良さそうな店を見繕って予約しておきます。

送信。

早速、周辺の居酒屋を探す。口コミが良くて、雰囲気の良さそうなところ…。

ブブッと、また新着メッセージのバナーが出る。

ー良いんですか?わーいo(^▽^)o楽しみにしています。

…わーい。可愛すぎんか。

電車が到着して、すし詰めになりながら電車に乗り込む。

いつもは苦痛でしか無いツンとした匂いがするこの電車内だが、今日はいつもよりも良い気分で最寄り駅まで運ばれることができた。
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