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しおりを挟む夕陽の光が玲央の輪郭をなぞる。まつげの影が長く伸び、雪のような肌が夕焼けに照らされていて。
そしてその瞳の奥には、僕の想像以上の深い感情が潜んでいた。
「晴彦。君は『本当の自分を見ていない』んだよ」
「……」
一瞬、何を言われたかわからなかった。
しばしの沈黙が流れて。
そしてゆっくりと、次第に、玲央の言葉が僕の心に降ってくる。雪のように。
「本当の、自分?」
「そうだ」
玲央は少しだけ視線を下ろし、また僕を見つめた。
その瞳には、どこか寂しさを感じさせるような、深い感情が宿っていた。
「俺は幼少の頃から芸能界で生きてきて、嫉妬や憎悪の渦巻く世界をずっと見てきた。だからこそわかることがある。相手の『心』がどんなものか、自然とわかるんだ」
「心……?」
「そう。そして先日のあの日、晴彦を喫茶店で直で見た時……わかってしまった。晴彦がどんなに自分を押し殺して
いるかを」
「……」
「誰も気づかないだろうけど、君は必死に心の殻の中に閉じ込められている。いや、自分から閉じ込めている」
僕の胸が、ぐっと締め付けられるのを感じた。玲央の言う通りだった。僕は、自分の気持ちや本当の姿を隠して生きてきた。
それが辛いことだって、わかっていた。
でも……これは、どうしようもないことだよ。
僕は、玲央のようにはなれない。
小学生の頃には戻れない。
「俺もずっと、周りの期待に応えるために演じ続けてきた。『白銀玲央』として生きることに精一杯だった。でも、そんな人生だけじゃ意味がないって気づいたんだ。晴彦もそうだろう? 本当の自分を隠して生きるなんて、息苦しいだけだ」
「たしかに息苦しいけど、これは僕の性格だ。どうしようもないことだよ」
「そんことはないさ。だって晴彦は俺を助けてくれたじゃないか」
「……あれは、その……偶然だっただけで」
「本当に?」
玲央の言葉を受けて、僕は固まる。
……そう、普段の僕なら、あんなことはしなかった。
自分でも不思議だった。でも、その理由が僕ですらわからない。そう思っていたら、玲央が声高らかに両手を広げながら口を開く。
「晴彦は殻を破ろうとしているのさ」
「殻を……?」
「そう、皆が持っているものだよ。このままの自分じゃ駄目だ。もっと成長したい。もっと自分が求める人物になりたい。でもそう簡単にはいかないよな。漫画やドラマみたいにはいかないよ」
「……」
「あの日、君を見た時に悟ったんだ。必死に今を変えたいと思っていると。けれどそう簡単にはいかない自分に苦悩していた」
玲央の言葉が、心の中に染み込んでくる。変えたい自分と、変えられない自分に苦悩していた日々が嫌でも脳内で再生される。
そう、確かに僕は変えたかった。でも、現実はそう簡単には……
「だから俺がいるんだよ、晴彦!」
玲央の言葉が、より力強くなった。
「だから俺はここへ来たんだよ、晴彦。君はきっと殻を破れる。キッカケが必要なだけ。なら俺がそれをすればいい。君を、君の殻を外から破る存在がいればいい!」
「玲央……」
その言葉に、胸の奥がぐっと熱くなる。
僕は何も言えずに、ただ彼を見つめることしかできなかった。
僕の心の殻が、少しずつ、ひび割れている感覚がした。
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