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 突如として玲央に名前を聞かれた瞬間、心臓の音が太古のように鳴り響いた。
 ただ名前を聞かれただけなのに、どうしてこんなにも心が跳ねるのだろう。
 まるで……「神様に見初められた」みたいだ。

「つ……、月井晴彦」
「良い名前だ。空に関する『月』と『晴れ』か。素敵だね」
「……そ、そうかな、名前負けしてるだけだよ」

 玲央は再び僕の方を見つめ、少しだけ笑顔を見せた。その笑顔は、どこか優しさがにじみ出ていて、テレビで見る彼とは一線を画す。

 こんなに美しくて、才能もある彼でも、普段は誰もが知っている顔を隠して過ごさなければならない。その孤独を、ほんの少しでも感じ取ることができた気がした。

「それに、君みたいな人と出会えたことが何より嬉しかった。凄く興奮したよ。守られる立場の経験をしたのは初めてだ」
「たまたまさ。ぼ、僕も自分で驚いてる。こんなことする人間じゃないんだ」
「そうかな?」

 玲央は微笑みながら視線を僕に向ける。
 その笑顔に、僕は思わずまた息を呑んでしまった。

「君は勇気を出した。ほとんどの人が出せない勇気を。それだけで君は他の人とはまるで違うよ。少なくとも、俺の目にはそう映っている」
「……そう言ってもらえると、救われる思いだよ。でも普段の僕はこうじゃないんだ。本当だ。いつも誰とも話せずに学校生活を送っているからさ」
「そうなの?」

 うん、と頷いて僕はいつもの日常を話した。

 玲央はそれを真剣に聞いてくれて、合いの手を入れていくれる。その優しさが嬉しくて、つい自分の過去のことも話してしまった。

 小学校の時の自分や、中学校で失敗して自分に自信がもてなくなったこと。生まれて初めて他人にそのことを話してしまった。

 たぶん、目の前の相手が神様のような……どこか遠い存在だからだったと思う。話せば話すほど、心にあった重りが軽くなっていく感触がして……。ツィ――と涙が頬を伝っているのを、感じる。

「……ははっ、なにこれ。ごめんね、変な感じにさせて」

 思わず苦笑いする僕を、玲央は笑わなかった。
 さらに彼は僕の頬に手を伸ばして……涙を指ですくうと

「全然、変じゃないよ。辛かったんだから、泣いていいんだよ」

 その言葉に、僕の感情は歯止めが効かなくなった。

 目からは止めようのない涙があふれ、ただ落ちていくそれを見続けるしかない。
 玲央はそんな僕のことを一切笑うことなく、最後まで見守ってくれていた。

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