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第一章 互いの立場
決意
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うちの国の最上段、つまるところの一番偉い人は、最上段らしくないことで有名だ。最上段専用の執務室に居る時の方が珍しいと言えるほど、執務室にいないのは当たり前。常に国の何処かを歩いている。最上段など、国のトップや上層を担う存在は、その権力を振りかざすものらしいが、うちの最上段にそれはない。国の祭りで並んだ屋台の中で、焼きそばを売っていたのを覚えているが、その姿のどこにも威厳などはなかった。
そして、現在進行系で執務室にいない最上段を探しているために、執務室にある座布団の上で待たされている。
「・・・(あ、茶柱。)」
出されたお茶に浮いていた茶柱を眺めながら、ヨウは、カナがよくここにいた事を思い出した。
カナは訓練所で出された課題は、全てここでやっていた。カナは自分よりも年下なのに、自分と同じ学年にいて、自分と同じタイミングで卒業した。カナは確か三年飛び級していた。自分が、誕生日を迎えずに十二だから、カナは今九つ。今年の誕生日を迎えたら、十になる。三年飛び級は、歴代の中でも初めてらしく、卒業時になにか表彰されていた。
カナがよくここに居たのは、カナを保護していたのは最上段様だったからだ。
最上段様によると、カナはいつか、どこかの戦に巻き込まれ、怪我をしていたのを保護したらしい。記憶がなく、戦争時代真っ只中故に行き場もなく、最上段様が直接保護するかたちになったとか。
カナには個人の家はなく、来客用の部屋で寝泊まりを繰り返して過ごしていた。あくまで保護のかたち故に、個人の家を与えるわけにはいかなかったらしい。
「お、もう着ていたのか。ヨウ。」
不意に、ヨウの後ろから声をかけたのは、白髪混じりの黒髪を短くした最上段。名を『銀牙』といい、歳は今年で五十五。戦争時代にしては、長生きな方である。
シワの増えた瞼に包まれた瞳は、いつも優しく国の者を見つめる。それは、ヨウも例外ではなかった。
例外は、カナだけであった。
「さて、いったい私に、なんの御用かの。」
最上段は一段上がっている所に置かれた座布団の上に座り、一緒にいた最上段の秘書は一段上がっているとこの横に正座する。一段上がっている所に座れるのは、最上段を名乗ることを許された者だけである。
ヨウは、最上段が座布団に座ったのを確認すると、持ってきていた巻物を最上段に投げて渡す。
「貴様っ!!」
秘書が刀を抜こうとしたのを、最上段は笑って、よいよい、と止める。
「この先、国を護る優秀な忍の一人だ。それくらい威勢がなければ務まらぬだろう。」
最上段は笑いながらそう言っていたが、巻物の内容を読むと、表情を真顔に戻した。
巻物には『カナについて教えてほしい。』という内容のことが書いてあり、最上段はその文とヨウとを交互に見て、ふぅ、と息をついた。
「知りたい・・・か。そうか。お前はあの子と、仲が良かったものな。」
最上段は少し考えると、秘書に席を離れるように言い、人払いをした。
部屋にいるのは最上段とヨウのみ。
静かな時間が、少し過ぎて、最上段は口を開いた。
「喋れなくなったと聞いた。お前が、そこまであの子のことを思ってくれていたこと、本当に嬉しく思っている。」
最上段はそう言うと、一冊の本を取り出して、挟んであった栞を取り出して、見つめる。
藤の花を押し花にした栞で、綺麗に作られている。
「あの子は・・・カナは、我が国と友好関係にある組織・・・『クシ』の幹部だった。」
「?!」
最上段の言葉に、ヨウは目を見開くが、最上段は止まることなく話を続ける。
「そうだと分かり、返そうと思った。だが、クシは暫く頼みたいと、言って来たのだ。私はその要望をのんで、カナをこの国においていた。
そしてカナは、少し前、記憶が戻っていたことを教えてくれ、昨日、この国を去った。クシに戻ると言っていた。」
「・・・(じゃあ、カナは・・・僕にだけ、何も言わずに・・・)」
それほど信頼が無かっただろうかと思い、また少し胸のあたりが痛くなる。
「分かっていたことだった。」
だが、最上段の次いででた言葉で痛みが消える。
「いつか、記憶が戻らなくとも、あの子がこの国を去ることは分かっていた。だからこそ、私はあの子にこの国のことは一切教えなかった。教えたとしても、訓練所で習う簡単な歴史程度。あの子にも、常に監視がつき、常に見張られていた。あの子も気づいていただろう。気づいていた上で、何も言ってこなかった。」
最上段の話を聞いていて、ヨウは段々と苛々してきた。つまり、最上段はカナを捨て札と扱ったということ。例え居なくなっても問題がないようにした。カナが、何も言わないことをいいことに。
さっき、最上段が優しく見つめることの例外にカナをあげた。その理由は、最上段がカナを見つめるときは、国民を見つめるときよりも優しくて暖かい視線を向けていたからだ。本当に、我が子や孫を見るときの視線だった。
なのに、最上段はカナを捨て札と扱っていた。そしてカナは、最上段の予想通り捨て札となった。
「カナが戻ったクシは、国とは友好関係にある。故に、あの子がした行動は、本当の保護者のもとに帰っただけだが、どうやら国の者たちは、クシを良い目では見ていないようでな。
あまり、誤解はしないよう」
最上段の言葉が途中だったのは、分かっていたが、ヨウはこれ以上聞けば、手が出てしまう気がして、全速力で部屋を出て、いつからか雨が降っている外へと走っていった。
「・・・やはり、彼にくらいは、一言、言ってやるべきではなかったのか?カナよ。」
残された最上段は、静かに呟くと、栞を優しく撫でる。
✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢(これは、大きな場面変更のときに使います)
雨が降る中、ヨウは人目も気にせず走り続けた。
頭を冷やせと言わんばかりに雨は強くなり、ヨウは冷えから身体を護ろうと、体温が高くなっていくのを感じる。
「・・・(意味がわからない)」
最上段の話の、半分が理解できなかった。あれだけ優しく接していたのに、捨て札扱いだった。いずれ居なくなるからと、国に居場所をあえて与えなかった。
疑い半分、理解不能半分で、頭がごちゃごちゃになりながら走り続け、公園に入って、ようやく足を止めた。
「・・・(何、してるんだろ。)」
ヨウは、冷静な疑問にたどり着き、公園に生えていた大きな広葉樹の根にしゃがみ込んだ。雨は激しく、木の葉を通り抜けて、ヨウの頭を冷やすように降り注いだ。
「あの・・・大丈夫・・・?」
不意に頭に降り注いでいた雨が止まり、声をかけられ、顔を上げると、そこには同い年に見える女の子が一人、立っていた。買い物袋を片手に持ち、片手でヨウに傘を差し出していた。
肩くらいに伸びた薄い茶色の髪を二つにくくった、綺麗と可愛いの間のような顔つきをしていた。綺麗に染まった水色の瞳は、色の作用とは裏腹にとても暖かく見えた。
「さっきから走ってるの見えたけど、修行?」
「・・・(フルフル)」
声を出すかわりに、首を横に振って否定する。
「そっか・・・。あの、傘ないなら、この傘使う?私の家もうすぐそこで・・・」
ヨウは、その提案を断る意志で立ち上がり、顔を背けてまた走り出した。
女の子の目を見て思い出したカナの目は、女の子と同じ様に色の作用とは真逆に思えた気がして、それを否定したくてたまらなくなったからだ。
「あっ・・・」
女の子は止めようとしたが、もう声の届かない所まで進んだヨウの背中を見送り、ふぅ、とため息を付いた。
そこに
「紬ー?何してるのー?」
と、声がかかり、女の子は声の方を向いて答える。
「ううんー!なんでもないよ!」
紬と呼ばれた女の子は、そう言うと、家の玄関へと行き、家の中へと入っていった。
✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢
時はさかのぼり、カナが国を出たその日の夜のこと。
「・・・大分歩いたな。」
長い白髪を風に揺らしながら、カナは周りを見渡した。
森の木々の隙間を通り抜ける風は雨の気配を連れていて、カナに、早くしないと、という焦りを抱かせた。
時々聞こえる呼ぶような声と、懐かしい琴の音を聞きながら、森の道とは言えない道を進んでいく。
近くに滝でもあるのか、水の轟音が、微かに聞こえてきた。
そして、森を抜けた先に見えた、開けた土地。
崖の側面がそびえるように立っていて、その横には滝が流れている。
カナが覚悟を決めて一歩、その土地に踏み込んだ瞬間、懐かしい匂いを連れた向かい風が吹き、カナの髪の毛を少し乱す。
とっさに閉じた目を開けると、そこにはさっきまでなかった、二階建ての屋敷が現れていた。滝と川を挟んで橋がかけられ、その先にも豪華な離れが建てられている。
「・・・・・・。」
カナが驚きのあまり絶句していると、玄関と思われる扉が開き、中から黒いフードを被った人が出てくる。
「おかえり、カナちゃん。ちゃんと、迷わずに帰ってこれたみたいだね。」
優しげな声で、フードの人がそう言うと、カナは表情を驚きの表情から真顔に戻し、堂々と歩いていく。
「申し訳ございません。記憶がなかったとはいえ、ニ年間も、皆のもとを・・・。」
カナがそう言いながら玄関をくぐると、フードの人は笑いながら、いいよ、と答える。
「荷物ちょうだい。片付けておくから。
それから、謝罪よりも先に、言うべきことがあるんじゃないの?カナちゃん。」
カナはそう言われ、荷物を渡しつつ、少し微笑みながら答える。
「カナ、ただいま、戻りました。」
「うん。おかえりなさい。
さぁ、我らがリーダーが、カナちゃんを待ってるよ。」
カナはそれを聞くと、表情を引き締めて屋敷の中を進んでいく。
この先にいるのは、カナがもっとも慕い、敬う存在。厳格と強さでカナが所属しているクシを統制している張本人である。
「・・・(怒られるかな・・・)」
カナは少し不安になりながらも、リーダーのいる部屋の前まで来て、呼吸を整える。
「リーダー。ただいま戻りました。」
「・・・入れ。」
障子越しに帰ってきた言葉からは、怒っているのかどうかも読み取れず、カナは緊張しながら障子に手をかけた。
そして、現在進行系で執務室にいない最上段を探しているために、執務室にある座布団の上で待たされている。
「・・・(あ、茶柱。)」
出されたお茶に浮いていた茶柱を眺めながら、ヨウは、カナがよくここにいた事を思い出した。
カナは訓練所で出された課題は、全てここでやっていた。カナは自分よりも年下なのに、自分と同じ学年にいて、自分と同じタイミングで卒業した。カナは確か三年飛び級していた。自分が、誕生日を迎えずに十二だから、カナは今九つ。今年の誕生日を迎えたら、十になる。三年飛び級は、歴代の中でも初めてらしく、卒業時になにか表彰されていた。
カナがよくここに居たのは、カナを保護していたのは最上段様だったからだ。
最上段様によると、カナはいつか、どこかの戦に巻き込まれ、怪我をしていたのを保護したらしい。記憶がなく、戦争時代真っ只中故に行き場もなく、最上段様が直接保護するかたちになったとか。
カナには個人の家はなく、来客用の部屋で寝泊まりを繰り返して過ごしていた。あくまで保護のかたち故に、個人の家を与えるわけにはいかなかったらしい。
「お、もう着ていたのか。ヨウ。」
不意に、ヨウの後ろから声をかけたのは、白髪混じりの黒髪を短くした最上段。名を『銀牙』といい、歳は今年で五十五。戦争時代にしては、長生きな方である。
シワの増えた瞼に包まれた瞳は、いつも優しく国の者を見つめる。それは、ヨウも例外ではなかった。
例外は、カナだけであった。
「さて、いったい私に、なんの御用かの。」
最上段は一段上がっている所に置かれた座布団の上に座り、一緒にいた最上段の秘書は一段上がっているとこの横に正座する。一段上がっている所に座れるのは、最上段を名乗ることを許された者だけである。
ヨウは、最上段が座布団に座ったのを確認すると、持ってきていた巻物を最上段に投げて渡す。
「貴様っ!!」
秘書が刀を抜こうとしたのを、最上段は笑って、よいよい、と止める。
「この先、国を護る優秀な忍の一人だ。それくらい威勢がなければ務まらぬだろう。」
最上段は笑いながらそう言っていたが、巻物の内容を読むと、表情を真顔に戻した。
巻物には『カナについて教えてほしい。』という内容のことが書いてあり、最上段はその文とヨウとを交互に見て、ふぅ、と息をついた。
「知りたい・・・か。そうか。お前はあの子と、仲が良かったものな。」
最上段は少し考えると、秘書に席を離れるように言い、人払いをした。
部屋にいるのは最上段とヨウのみ。
静かな時間が、少し過ぎて、最上段は口を開いた。
「喋れなくなったと聞いた。お前が、そこまであの子のことを思ってくれていたこと、本当に嬉しく思っている。」
最上段はそう言うと、一冊の本を取り出して、挟んであった栞を取り出して、見つめる。
藤の花を押し花にした栞で、綺麗に作られている。
「あの子は・・・カナは、我が国と友好関係にある組織・・・『クシ』の幹部だった。」
「?!」
最上段の言葉に、ヨウは目を見開くが、最上段は止まることなく話を続ける。
「そうだと分かり、返そうと思った。だが、クシは暫く頼みたいと、言って来たのだ。私はその要望をのんで、カナをこの国においていた。
そしてカナは、少し前、記憶が戻っていたことを教えてくれ、昨日、この国を去った。クシに戻ると言っていた。」
「・・・(じゃあ、カナは・・・僕にだけ、何も言わずに・・・)」
それほど信頼が無かっただろうかと思い、また少し胸のあたりが痛くなる。
「分かっていたことだった。」
だが、最上段の次いででた言葉で痛みが消える。
「いつか、記憶が戻らなくとも、あの子がこの国を去ることは分かっていた。だからこそ、私はあの子にこの国のことは一切教えなかった。教えたとしても、訓練所で習う簡単な歴史程度。あの子にも、常に監視がつき、常に見張られていた。あの子も気づいていただろう。気づいていた上で、何も言ってこなかった。」
最上段の話を聞いていて、ヨウは段々と苛々してきた。つまり、最上段はカナを捨て札と扱ったということ。例え居なくなっても問題がないようにした。カナが、何も言わないことをいいことに。
さっき、最上段が優しく見つめることの例外にカナをあげた。その理由は、最上段がカナを見つめるときは、国民を見つめるときよりも優しくて暖かい視線を向けていたからだ。本当に、我が子や孫を見るときの視線だった。
なのに、最上段はカナを捨て札と扱っていた。そしてカナは、最上段の予想通り捨て札となった。
「カナが戻ったクシは、国とは友好関係にある。故に、あの子がした行動は、本当の保護者のもとに帰っただけだが、どうやら国の者たちは、クシを良い目では見ていないようでな。
あまり、誤解はしないよう」
最上段の言葉が途中だったのは、分かっていたが、ヨウはこれ以上聞けば、手が出てしまう気がして、全速力で部屋を出て、いつからか雨が降っている外へと走っていった。
「・・・やはり、彼にくらいは、一言、言ってやるべきではなかったのか?カナよ。」
残された最上段は、静かに呟くと、栞を優しく撫でる。
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雨が降る中、ヨウは人目も気にせず走り続けた。
頭を冷やせと言わんばかりに雨は強くなり、ヨウは冷えから身体を護ろうと、体温が高くなっていくのを感じる。
「・・・(意味がわからない)」
最上段の話の、半分が理解できなかった。あれだけ優しく接していたのに、捨て札扱いだった。いずれ居なくなるからと、国に居場所をあえて与えなかった。
疑い半分、理解不能半分で、頭がごちゃごちゃになりながら走り続け、公園に入って、ようやく足を止めた。
「・・・(何、してるんだろ。)」
ヨウは、冷静な疑問にたどり着き、公園に生えていた大きな広葉樹の根にしゃがみ込んだ。雨は激しく、木の葉を通り抜けて、ヨウの頭を冷やすように降り注いだ。
「あの・・・大丈夫・・・?」
不意に頭に降り注いでいた雨が止まり、声をかけられ、顔を上げると、そこには同い年に見える女の子が一人、立っていた。買い物袋を片手に持ち、片手でヨウに傘を差し出していた。
肩くらいに伸びた薄い茶色の髪を二つにくくった、綺麗と可愛いの間のような顔つきをしていた。綺麗に染まった水色の瞳は、色の作用とは裏腹にとても暖かく見えた。
「さっきから走ってるの見えたけど、修行?」
「・・・(フルフル)」
声を出すかわりに、首を横に振って否定する。
「そっか・・・。あの、傘ないなら、この傘使う?私の家もうすぐそこで・・・」
ヨウは、その提案を断る意志で立ち上がり、顔を背けてまた走り出した。
女の子の目を見て思い出したカナの目は、女の子と同じ様に色の作用とは真逆に思えた気がして、それを否定したくてたまらなくなったからだ。
「あっ・・・」
女の子は止めようとしたが、もう声の届かない所まで進んだヨウの背中を見送り、ふぅ、とため息を付いた。
そこに
「紬ー?何してるのー?」
と、声がかかり、女の子は声の方を向いて答える。
「ううんー!なんでもないよ!」
紬と呼ばれた女の子は、そう言うと、家の玄関へと行き、家の中へと入っていった。
✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢
時はさかのぼり、カナが国を出たその日の夜のこと。
「・・・大分歩いたな。」
長い白髪を風に揺らしながら、カナは周りを見渡した。
森の木々の隙間を通り抜ける風は雨の気配を連れていて、カナに、早くしないと、という焦りを抱かせた。
時々聞こえる呼ぶような声と、懐かしい琴の音を聞きながら、森の道とは言えない道を進んでいく。
近くに滝でもあるのか、水の轟音が、微かに聞こえてきた。
そして、森を抜けた先に見えた、開けた土地。
崖の側面がそびえるように立っていて、その横には滝が流れている。
カナが覚悟を決めて一歩、その土地に踏み込んだ瞬間、懐かしい匂いを連れた向かい風が吹き、カナの髪の毛を少し乱す。
とっさに閉じた目を開けると、そこにはさっきまでなかった、二階建ての屋敷が現れていた。滝と川を挟んで橋がかけられ、その先にも豪華な離れが建てられている。
「・・・・・・。」
カナが驚きのあまり絶句していると、玄関と思われる扉が開き、中から黒いフードを被った人が出てくる。
「おかえり、カナちゃん。ちゃんと、迷わずに帰ってこれたみたいだね。」
優しげな声で、フードの人がそう言うと、カナは表情を驚きの表情から真顔に戻し、堂々と歩いていく。
「申し訳ございません。記憶がなかったとはいえ、ニ年間も、皆のもとを・・・。」
カナがそう言いながら玄関をくぐると、フードの人は笑いながら、いいよ、と答える。
「荷物ちょうだい。片付けておくから。
それから、謝罪よりも先に、言うべきことがあるんじゃないの?カナちゃん。」
カナはそう言われ、荷物を渡しつつ、少し微笑みながら答える。
「カナ、ただいま、戻りました。」
「うん。おかえりなさい。
さぁ、我らがリーダーが、カナちゃんを待ってるよ。」
カナはそれを聞くと、表情を引き締めて屋敷の中を進んでいく。
この先にいるのは、カナがもっとも慕い、敬う存在。厳格と強さでカナが所属しているクシを統制している張本人である。
「・・・(怒られるかな・・・)」
カナは少し不安になりながらも、リーダーのいる部屋の前まで来て、呼吸を整える。
「リーダー。ただいま戻りました。」
「・・・入れ。」
障子越しに帰ってきた言葉からは、怒っているのかどうかも読み取れず、カナは緊張しながら障子に手をかけた。
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