世界はあるべき形を知らぬ

洋上の養生

牧田宗一は変わらぬ昨日を眺めながら、デッキの上で、コーヒーを飲む。穏やかな天候で、波も比較的落ち着いて、絶好な休養日だ。

訓練以外で使われない武装の数々を全て清掃する今日は、船内もだが看板上も人で賑わっている。

海軍の伝統は未だ廃れることなく、むしろお祭りのように発展され、毎年行われている。海に目を向ければ、このためだけ(建前上災害時の真水の大量輸送)に建造された、散水艦が近くから管をのばし、複数の軍艦に水を供給している。

他にも民間人を乗せた小型船がいくつもあり、ロープアクセスで船体横などを洗う船員に手を振っている。

こんな緩い雰囲気が、牧田はたまらなく好きだった。戦うこと、敵艦を沈めることを目的に作られたはずの、機能美は、多くの人を魅了し、図らずも能力を発揮せずともこうしてしっかりと評価されているわけだ。

もはや恒例となりつつある、日付変更線での日米の睨み合いは今なお続いている。

大量の散水艦と活発に動く船員と、そのまわりに集まる多くの小型船は、一応警戒する必要があるらしい。

｢What are you doing?｣

定型文がオープンな通信で聞かれる。
すると、戦艦が返すまでもなく、民間船に乗る子供から、｢We enjoy “Kansensai”！｣と通信が入る。

｢This is the Japanese Navy aircraft carrier Akagi. We are currently holding a ship festival. We have no intention of engaging in war.｣

｢Roger｣

数隻の米国駆逐艦が、日付変更線付近で航行する。民間人はその様子を、楽しそうに見ている。これも長らく続く、この祭りの醍醐味のようなものだ。

正直あまり大きな祭りでもないし、知名度も高くない。それでも見逃されているだけかもしれないが、この瞬間は良いものだと思う。

良い時間はあっという間に流れ、日が暮れ始める。民間船は辺りにはない。

少し肌寒くなった空気を感じながら、看板に寝転がり、空を眺める。
1958年以降アジアでは軍隊による攻撃等は一切行われていない。テロ行為は数度あったものの、全て警察組織にて対処された。

統計的に言えば、軍隊は多くの組織の中で人を殺さない部類に入るようになった。世界的に見ても珍しいくらい平和な秩序が維持されている。

そして近年は経済的にも好調だとよく見聞きする。文明開化をし、列強となった先達のようにまた列強と大国と言われる日はそう遠くないかもしれない。

自身に仕事のない嬉しさを噛み締めながら、洋上で養生する牧田は、ゆったりと起き、自室に戻って行った。