上 下
54 / 60
第三章 平民の実習期間

53 温度差の理由

しおりを挟む
「使えてないでしょ? 初級魔法で、なおかつ起動領域も段違いで悪いんだよ」
「それはちゃんと教育を受けていないからだろう。誰かから見聞きしていて、教わっていないんじゃないか?」
「それは――そう、だけど」
「だいたい、初級魔法だけで十分『魔法使い』の分類に入る」
なぜか説明を続けてくれる。この人は一体何をしたいんだろう。
「こんなの何の役にも立たないわ」
「……いや、だから」
反論を、反論で返す。
「立たない、って言われたの。お父様、お母様、シャ……それに、教会の人にだって」
余計なことを、と思いながらも止まらない。ぎゅ、とネネルちゃんを抱きしめた。小さくてふわふわの生き物。心配そうに私の顔を覗き込んで、抱き返してくれる。だから私も耐えられる。泣かないでいられる。
「え?」
「言われたわ! いらない能力だって、魔法を学ぶに値しない、小さな魔力だって、だから魔力なしだって、そう」
混乱を口に出しながら、一方で私は、温度差の理由を探っていた。

私はあの家では「魔力なし」だった。
だから、魔法の教育を受けていなかった。
でも、独学で少しずつ勉強して、初級魔法らしきものは身につけている。でもそれって生活に必要な魔法で、特に「能力」にはならないはずじゃない? そもそも小規模な魔法は詠唱が要らないのに、これが能力になるのか大きな疑問だ。
私の周囲の魔法は、こんなものじゃなかった。
湖凍らせてオブジェ・ドカーンでアリアさん、どうですか僕の実力、どや、とする義弟のシャルトラトや、屋敷を焼きつくすような火を一瞬で巻き起こし同時に鎮めることができるような母親、その他同程度の能力を持つ家族や上級貴族・王族の人たち。だから、私は「魔力なし」になっても仕方ない。

なら、もしかしたら平民と基準が違うのかもしれない
平民は魔法石をつかって生活している。スイッチに使うような魔力を皆持っているが、魔法石に魔力を充填したり、自ら陣を書き詠唱をして魔法を生み出すことができるということは、殆どできない。大掛かりな魔法使いとは違い、そういった小さな魔法を使用することで、十分仕事として成り立つ部類に入る、って『よく分かる! 街の職業一覧』(児童書)に書いてあった。
この人の言うことが正しいのは、ヨーイ君の様子で明らかだ。

「――私、魔法を使えるの?」
ぽかんと、口をあけて、間抜け面だろう。ネネルちゃんに視線を置いたままで、見開いた目が痛い。痛くて熱くなる。ピリピリと、赤い点が目の端に移った。
目の前の人は落ち着いて、私を見つめ返している。
「だから、そうだと言っている。
なんで何度も同じことを繰り返して言うんだ?」
「毒舌妖精は黙ってて」
問いかけたのに、身勝手な言葉が勝手に出る。
感情の波が抑えられない。あの時と同じだ。人に当たらないと、制御できない。これは悪い癖だ。
「……何だと」
「毒舌で妖精みたいな見た目の美青年様は黙ってて、って言ったの!」
分かった、この人喋りだすとキラキラ度が増すんだ。今ちょっと直視できない。ムカつくのに。なんて理不尽なイケメン! だからって怒鳴る理由にはならない。コレじゃあさっきの酔っぱらいの人と同じだ。
どうやって止めたらいいんだろう、感情を、どうやって沈めたらいいんだろう。
「ああああもう、うるさい!」
一番大きな声を出したのは、ヨーイ君だった。
私の手をつかむ。
「サラさん、とにかく教会に戻りますよ。この状況は総……上に報告しなければいけない案件です!」
「え……はい」
その一方で、ヨーイ君は妖精な男の人に頭を下げた。
「事情はこちらがちゃんとお聞きします。お話くださってありがとうございました」
「こちらこそ、そちらの事情に立ち入ってしまってすまない。
 ――サラ、と言ったか」
「はい」
「君はおそらく不完全な状態で、魔法を使っているだろう。魔力を貯めすぎるのも良くはないが、未完全な魔法も魔力を不必要に浪費する。各器官への影響も考えられる。
 慢性的な倦怠感に陥ったり、感情の制御が難しくなることもある。思い当たることがあるんじゃないのか?」
言われたとおり、思い当たることが、ないでもなかった。だからってあっさりと肯定はできない。いろんな問題が重なって、巻き起こった結果だ。
わからない。
答えがわからない。
微かに体が震える。答えがない。どうすべきかわからない。王妃のための教育を受けて、即行動に結びつけていたのに。やっぱり駄目だ。私はどうしても、能力が足らない。
「今から鍛錬を積めば、状況は改善される。
 そうでなくても魔法を身につけることは生活面では損にならない」
その人は動かず、暴言を吐いた私にも落ち着いた様子で話しかける。だからこそ、説得力があるように思えたし、だからこそ、その行為の意味がわからなかった。
「サラさん、行きましょう」
ヨーイ君が急かす。私も一歩、足を進める。
「幸運を」
今更震えだした口で、その人に伝えた。
離れるとその人は、見失いそうになるくらい存在感がなくなる。
やっぱり、何かしらの「設定」があるんだろう。精霊の加護か、それに類するものを受けて生きている人なんだろう。
「ああ。幸運を祈っている」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

このやってられない世界で

みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。 悪役令嬢・キーラになったらしいけど、 そのフラグは初っ端に折れてしまった。 主人公のヒロインをそっちのけの、 よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、 王子様に捕まってしまったキーラは 楽しく生き残ることができるのか。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

婚約破棄されたので王子様を憎むけど息子が可愛すぎて何がいけない?

tartan321
恋愛
「君との婚約を破棄する!!!!」 「ええ、どうぞ。そのかわり、私の大切な子供は引き取りますので……」 子供を溺愛する母親令嬢の物語です。明日に完結します。

転生者の取り巻き令嬢は無自覚に無双する

山本いとう
ファンタジー
異世界へと転生してきた悪役令嬢の取り巻き令嬢マリアは、辺境にある伯爵領で、世界を支配しているのは武力だと気付き、生き残るためのトレーニングの開発を始める。 やがて人智を超え始めるマリア式トレーニング。 人外の力を手に入れるモールド伯爵領の面々。 当然、武力だけが全てではない貴族世界とはギャップがある訳で…。 脳筋猫かぶり取り巻き令嬢に、王国中が振り回される時は近い。

処理中です...