家族内ランクE~とある乙女ゲー悪役令嬢、市民堕ちで逃亡します~

りう

文字の大きさ
上 下
47 / 60
第三章 平民の実習期間

46 とろけるお茶会(回想)

しおりを挟む
※回想シーンです。



世界は淡く滲んでいる。
誰かの笑い声が、遠くに聞こえる。
子どもたちの声。年若い少年少女ははしゃぎ歩く。

この場所には、選ばれたものしか入ることができない。
季節にかかわらず美しいバラが咲き誇る。かぐわしい匂いの中で貴族の少女が四人、メイドを控えさせて談笑していた。

「ユーフェミア様は、ご冗談がお好きですのね」
ふふふ、と笑ったのは、金色の髪の少女だった。広いおでこに、幼い目元の彼女は、笑いながらもその緋色の瞳に不満を浮かべる。その仕草すらも可愛いのが、彼女――ドロシーの羨ましいところ。
「どうしてですの?
私、本当にドロシーの能力が羨ましく思いますの」
正直者の私は、僅かな嫉妬も紛らわせて早口で言う。
「領地の開拓には、必ず役に立つ能力ですわ」
例えば鉱脈を見つけたら、魔族に攻め込まれたら、肥沃な未開の森を手に入れられたなら。
そう、妄想が膨らんで頬が緩む。ドロシーは目の前の紅茶を睨みつけると、ゆっくりと白磁のカップをゆらした。
その香りを、堪能するようにドロシーは目を閉じる。目の前にはドライフルーツが練り込まれて、甘い蜜を垂らした焼き菓子。シフォンケーキには砂糖がたっぷりとコーティングされているから、紅茶がなければ食べられたものではない。
小さいサンドイッチ、一口サイズのそれは誰も手を付けていない。女の子は甘いお菓子が好きなのよ、と一つ焼き菓子を手に取った。
「こんな穴掘り魔法なんて……お兄様には見せられません。
それよりもこの紅茶、とても美味しいわ。キリル様のご婚約者の領地ですわよね」
「……ええ。ジェイクの領地は山深い場所にあります。ユーフェミア様にお教えいただいたとおり、この品種を勧めましたら、見事に根付きましたわ」
おとなしいキリルは、そっと細い指を縁に添わせた。目を伏せると、緑色のまつげが目元に影をつける。真っ直ぐで、キリルの印象そのままの美しさだ。いつだかキリルは自分の外見が地味だとこぼしていたけれど、印象が少し薄いだけで、洗練された仕草と気遣いは、いつだって皆を幸せにしてくれる。
「でしょう! これは我が領でも芳しい香りなのだけれど、その土地土地で風味が変わると言っていたから。キリルからスタンフォードの領地についてお聞きした時に、絶対に上質な茶葉が育つと思ったの」
「ああ、わたくしの領地でも育てばよかったのに」
「ドロシーの領地には鉱山があるでしょう。上質な魔石が採れるじゃない」
「忌々しいモンスターがいなければ、ですわ」
だから、ドロシーの魔法を使えばいいのに、と私は思う。
ドロシーは、自分の魔法を最初は教えてくれなかった。あれは物の序でのように、彼女が行使したのをたまたま私が目撃して、問い詰めてやっと教えてくれたのだ。それは土系の形状を変異させ――粉々にしてしまうもの。その魔法しか使えないから、「魔力なし」と判断されたと彼女は恥ずかしげに告白した。
でも、と私は事ある毎にその魔法を羨む。
だって、ドロシーの魔法は、土の定義が広いのだ。
岩でも、――もしかしたら、宝石のように硬い鉱石も、彼女の魔法なら貫通するかもしれない。
以前魔法を使った時は、堅い一枚岩に穴があいていた。それは小さな穴であったけれども――そうだからこそ、私は羨ましかった。
役に立つ魔法を、一つでも使えるのだから。
私が使うことができるのは、水を出したり、乾燥させたり、少し植物を成長させるような、微細なものばかり。
私には魔力がないのだから、仕方がない話だけれど、――だったら、お父様のようにモンスターを素手で握りつぶせるような怪力が欲しかったわ。三人がかりでやっと持つことのできる剣を、軽くいなせるような力でもあれば……いいえ、本当は。
本当はやっぱり、皆が望むような魔法がほしい。
いろいろな課題がこの国にはある。それは教えてもらった。外交面はもちろん、内部の問題――資源活用は国力をつける上で大切なことなのです、そう暗記した。そしてドロシーの領には大きな山脈がある。最近河川から魔石が出てきたという。その欠片でさえも十分な魔力を内包できると教えてくれた時、ドロシーはとても喜んでいた。『お父様お母様、お兄様と領民の皆でお祝いをいたしましたの!』頬を赤らめて、そう教えてくれた。それはそうだ。近くに良質な魔石の鉱山がある証拠なのだから。道中に住まうモンスターと硬い岩盤に邪魔されてはいるが、そこは文字通り宝の山のはずだ。
むくれたドロシーは、甘いアイシングのたっぷりかかったシフォンケーキを口いっぱいに頬張った。小動物のように頬が膨らむ。すねたその仕草も、彼女の愛らしさを強調していて――私はそれが羨ましい。
「まあまあ。とりあえずお茶でも。――こちらは新しい香りを試してみましたの。ぜひご感想を聞かせていただきたいですわ、ユーフェミア様」
「ま、まあマドレーヌがそう言うのなら」
「ありがとうございます」
「まあ、手元のレース、とても素敵だわ。朝顔のモチーフかしら」
「お気づきですか? 以前お伝えいたしました、職人の意匠ですの。ユーフェミア様が仰ったように、裾の下に差し込むと粗野な私でも優雅に見えます」
「あら! 面白い冗談ね」
「マドレーヌ様ほど、お優しい方もいらっしゃいませんわ」
「どうせなら、その意匠をお揃いにしませんこと? 私達の絆の証に」
「まあ!」
皆が穏やかに笑っている。少しの苦笑が目尻に見えて、私は怒るのを止める。スカートが生ぬるい風に揺れる。ああ、本当にマドレーヌのレースはきれい。手触りもいいし、染料が特殊で、夜になると淡い光を放つ。童話の妖精の羽のように、と誰かが賛美した。
でもね、これは昼間に光を当てないといけないのよ? 私こっそりマドレーヌにに聞いたのだから、ねえ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

このやってられない世界で

みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。 悪役令嬢・キーラになったらしいけど、 そのフラグは初っ端に折れてしまった。 主人公のヒロインをそっちのけの、 よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、 王子様に捕まってしまったキーラは 楽しく生き残ることができるのか。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

処理中です...