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第三章 平民の実習期間
46 とろけるお茶会(回想)
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※回想シーンです。
世界は淡く滲んでいる。
誰かの笑い声が、遠くに聞こえる。
子どもたちの声。年若い少年少女ははしゃぎ歩く。
この場所には、選ばれたものしか入ることができない。
季節にかかわらず美しいバラが咲き誇る。かぐわしい匂いの中で貴族の少女が四人、メイドを控えさせて談笑していた。
「ユーフェミア様は、ご冗談がお好きですのね」
ふふふ、と笑ったのは、金色の髪の少女だった。広いおでこに、幼い目元の彼女は、笑いながらもその緋色の瞳に不満を浮かべる。その仕草すらも可愛いのが、彼女――ドロシーの羨ましいところ。
「どうしてですの?
私、本当にドロシーの能力が羨ましく思いますの」
正直者の私は、僅かな嫉妬も紛らわせて早口で言う。
「領地の開拓には、必ず役に立つ能力ですわ」
例えば鉱脈を見つけたら、魔族に攻め込まれたら、肥沃な未開の森を手に入れられたなら。
そう、妄想が膨らんで頬が緩む。ドロシーは目の前の紅茶を睨みつけると、ゆっくりと白磁のカップをゆらした。
その香りを、堪能するようにドロシーは目を閉じる。目の前にはドライフルーツが練り込まれて、甘い蜜を垂らした焼き菓子。シフォンケーキには砂糖がたっぷりとコーティングされているから、紅茶がなければ食べられたものではない。
小さいサンドイッチ、一口サイズのそれは誰も手を付けていない。女の子は甘いお菓子が好きなのよ、と一つ焼き菓子を手に取った。
「こんな穴掘り魔法なんて……お兄様には見せられません。
それよりもこの紅茶、とても美味しいわ。キリル様のご婚約者の領地ですわよね」
「……ええ。ジェイクの領地は山深い場所にあります。ユーフェミア様にお教えいただいたとおり、この品種を勧めましたら、見事に根付きましたわ」
おとなしいキリルは、そっと細い指を縁に添わせた。目を伏せると、緑色のまつげが目元に影をつける。真っ直ぐで、キリルの印象そのままの美しさだ。いつだかキリルは自分の外見が地味だとこぼしていたけれど、印象が少し薄いだけで、洗練された仕草と気遣いは、いつだって皆を幸せにしてくれる。
「でしょう! これは我が領でも芳しい香りなのだけれど、その土地土地で風味が変わると言っていたから。キリルからスタンフォードの領地についてお聞きした時に、絶対に上質な茶葉が育つと思ったの」
「ああ、わたくしの領地でも育てばよかったのに」
「ドロシーの領地には鉱山があるでしょう。上質な魔石が採れるじゃない」
「忌々しいモンスターがいなければ、ですわ」
だから、ドロシーの魔法を使えばいいのに、と私は思う。
ドロシーは、自分の魔法を最初は教えてくれなかった。あれは物の序でのように、彼女が行使したのをたまたま私が目撃して、問い詰めてやっと教えてくれたのだ。それは土系の形状を変異させ――粉々にしてしまうもの。その魔法しか使えないから、「魔力なし」と判断されたと彼女は恥ずかしげに告白した。
でも、と私は事ある毎にその魔法を羨む。
だって、ドロシーの魔法は、土の定義が広いのだ。
岩でも、――もしかしたら、宝石のように硬い鉱石も、彼女の魔法なら貫通するかもしれない。
以前魔法を使った時は、堅い一枚岩に穴があいていた。それは小さな穴であったけれども――そうだからこそ、私は羨ましかった。
役に立つ魔法を、一つでも使えるのだから。
私が使うことができるのは、水を出したり、乾燥させたり、少し植物を成長させるような、微細なものばかり。
私には魔力がないのだから、仕方がない話だけれど、――だったら、お父様のようにモンスターを素手で握りつぶせるような怪力が欲しかったわ。三人がかりでやっと持つことのできる剣を、軽くいなせるような力でもあれば……いいえ、本当は。
本当はやっぱり、皆が望むような魔法がほしい。
いろいろな課題がこの国にはある。それは教えてもらった。外交面はもちろん、内部の問題――資源活用は国力をつける上で大切なことなのです、そう暗記した。そしてドロシーの領には大きな山脈がある。最近河川から魔石が出てきたという。その欠片でさえも十分な魔力を内包できると教えてくれた時、ドロシーはとても喜んでいた。『お父様お母様、お兄様と領民の皆でお祝いをいたしましたの!』頬を赤らめて、そう教えてくれた。それはそうだ。近くに良質な魔石の鉱山がある証拠なのだから。道中に住まうモンスターと硬い岩盤に邪魔されてはいるが、そこは文字通り宝の山のはずだ。
むくれたドロシーは、甘いアイシングのたっぷりかかったシフォンケーキを口いっぱいに頬張った。小動物のように頬が膨らむ。すねたその仕草も、彼女の愛らしさを強調していて――私はそれが羨ましい。
「まあまあ。とりあえずお茶でも。――こちらは新しい香りを試してみましたの。ぜひご感想を聞かせていただきたいですわ、ユーフェミア様」
「ま、まあマドレーヌがそう言うのなら」
「ありがとうございます」
「まあ、手元のレース、とても素敵だわ。朝顔のモチーフかしら」
「お気づきですか? 以前お伝えいたしました、職人の意匠ですの。ユーフェミア様が仰ったように、裾の下に差し込むと粗野な私でも優雅に見えます」
「あら! 面白い冗談ね」
「マドレーヌ様ほど、お優しい方もいらっしゃいませんわ」
「どうせなら、その意匠をお揃いにしませんこと? 私達の絆の証に」
「まあ!」
皆が穏やかに笑っている。少しの苦笑が目尻に見えて、私は怒るのを止める。スカートが生ぬるい風に揺れる。ああ、本当にマドレーヌのレースはきれい。手触りもいいし、染料が特殊で、夜になると淡い光を放つ。童話の妖精の羽のように、と誰かが賛美した。
でもね、これは昼間に光を当てないといけないのよ? 私こっそりマドレーヌにに聞いたのだから、ねえ。
世界は淡く滲んでいる。
誰かの笑い声が、遠くに聞こえる。
子どもたちの声。年若い少年少女ははしゃぎ歩く。
この場所には、選ばれたものしか入ることができない。
季節にかかわらず美しいバラが咲き誇る。かぐわしい匂いの中で貴族の少女が四人、メイドを控えさせて談笑していた。
「ユーフェミア様は、ご冗談がお好きですのね」
ふふふ、と笑ったのは、金色の髪の少女だった。広いおでこに、幼い目元の彼女は、笑いながらもその緋色の瞳に不満を浮かべる。その仕草すらも可愛いのが、彼女――ドロシーの羨ましいところ。
「どうしてですの?
私、本当にドロシーの能力が羨ましく思いますの」
正直者の私は、僅かな嫉妬も紛らわせて早口で言う。
「領地の開拓には、必ず役に立つ能力ですわ」
例えば鉱脈を見つけたら、魔族に攻め込まれたら、肥沃な未開の森を手に入れられたなら。
そう、妄想が膨らんで頬が緩む。ドロシーは目の前の紅茶を睨みつけると、ゆっくりと白磁のカップをゆらした。
その香りを、堪能するようにドロシーは目を閉じる。目の前にはドライフルーツが練り込まれて、甘い蜜を垂らした焼き菓子。シフォンケーキには砂糖がたっぷりとコーティングされているから、紅茶がなければ食べられたものではない。
小さいサンドイッチ、一口サイズのそれは誰も手を付けていない。女の子は甘いお菓子が好きなのよ、と一つ焼き菓子を手に取った。
「こんな穴掘り魔法なんて……お兄様には見せられません。
それよりもこの紅茶、とても美味しいわ。キリル様のご婚約者の領地ですわよね」
「……ええ。ジェイクの領地は山深い場所にあります。ユーフェミア様にお教えいただいたとおり、この品種を勧めましたら、見事に根付きましたわ」
おとなしいキリルは、そっと細い指を縁に添わせた。目を伏せると、緑色のまつげが目元に影をつける。真っ直ぐで、キリルの印象そのままの美しさだ。いつだかキリルは自分の外見が地味だとこぼしていたけれど、印象が少し薄いだけで、洗練された仕草と気遣いは、いつだって皆を幸せにしてくれる。
「でしょう! これは我が領でも芳しい香りなのだけれど、その土地土地で風味が変わると言っていたから。キリルからスタンフォードの領地についてお聞きした時に、絶対に上質な茶葉が育つと思ったの」
「ああ、わたくしの領地でも育てばよかったのに」
「ドロシーの領地には鉱山があるでしょう。上質な魔石が採れるじゃない」
「忌々しいモンスターがいなければ、ですわ」
だから、ドロシーの魔法を使えばいいのに、と私は思う。
ドロシーは、自分の魔法を最初は教えてくれなかった。あれは物の序でのように、彼女が行使したのをたまたま私が目撃して、問い詰めてやっと教えてくれたのだ。それは土系の形状を変異させ――粉々にしてしまうもの。その魔法しか使えないから、「魔力なし」と判断されたと彼女は恥ずかしげに告白した。
でも、と私は事ある毎にその魔法を羨む。
だって、ドロシーの魔法は、土の定義が広いのだ。
岩でも、――もしかしたら、宝石のように硬い鉱石も、彼女の魔法なら貫通するかもしれない。
以前魔法を使った時は、堅い一枚岩に穴があいていた。それは小さな穴であったけれども――そうだからこそ、私は羨ましかった。
役に立つ魔法を、一つでも使えるのだから。
私が使うことができるのは、水を出したり、乾燥させたり、少し植物を成長させるような、微細なものばかり。
私には魔力がないのだから、仕方がない話だけれど、――だったら、お父様のようにモンスターを素手で握りつぶせるような怪力が欲しかったわ。三人がかりでやっと持つことのできる剣を、軽くいなせるような力でもあれば……いいえ、本当は。
本当はやっぱり、皆が望むような魔法がほしい。
いろいろな課題がこの国にはある。それは教えてもらった。外交面はもちろん、内部の問題――資源活用は国力をつける上で大切なことなのです、そう暗記した。そしてドロシーの領には大きな山脈がある。最近河川から魔石が出てきたという。その欠片でさえも十分な魔力を内包できると教えてくれた時、ドロシーはとても喜んでいた。『お父様お母様、お兄様と領民の皆でお祝いをいたしましたの!』頬を赤らめて、そう教えてくれた。それはそうだ。近くに良質な魔石の鉱山がある証拠なのだから。道中に住まうモンスターと硬い岩盤に邪魔されてはいるが、そこは文字通り宝の山のはずだ。
むくれたドロシーは、甘いアイシングのたっぷりかかったシフォンケーキを口いっぱいに頬張った。小動物のように頬が膨らむ。すねたその仕草も、彼女の愛らしさを強調していて――私はそれが羨ましい。
「まあまあ。とりあえずお茶でも。――こちらは新しい香りを試してみましたの。ぜひご感想を聞かせていただきたいですわ、ユーフェミア様」
「ま、まあマドレーヌがそう言うのなら」
「ありがとうございます」
「まあ、手元のレース、とても素敵だわ。朝顔のモチーフかしら」
「お気づきですか? 以前お伝えいたしました、職人の意匠ですの。ユーフェミア様が仰ったように、裾の下に差し込むと粗野な私でも優雅に見えます」
「あら! 面白い冗談ね」
「マドレーヌ様ほど、お優しい方もいらっしゃいませんわ」
「どうせなら、その意匠をお揃いにしませんこと? 私達の絆の証に」
「まあ!」
皆が穏やかに笑っている。少しの苦笑が目尻に見えて、私は怒るのを止める。スカートが生ぬるい風に揺れる。ああ、本当にマドレーヌのレースはきれい。手触りもいいし、染料が特殊で、夜になると淡い光を放つ。童話の妖精の羽のように、と誰かが賛美した。
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