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第二章 教会生活
19 一週間後の朝のスープ
しおりを挟む今日は生姜やネギ、キノコ類を主体に、少しだけ干し戻した鶏肉の欠片、クズ野菜を煮込んだスープ。米粒みたいな細かいパスタが入っている。どっちかっていうとエスニック料理に出てきたクスクスに見た目が似ている。牛乳が少し入っていて、すこしとろっとしたスープを、木でできたスプーンで掬い、ゆっくり咀嚼する。よく噛まないといけない、ということでキノコやネギは大きめ。噛み締めるとじゅわっと濃い出汁が口の中に広がる。
ベッドに横たわって食事をしてもいい、と言われたけど、前世でも今世でも、そんなことしたことないから丁重にお断りし、備え付けの机を使った。横で心配そうに見ているのは、おばさまと、おじいさん。ふたりとも、私の一挙一投足を見逃さないように、前のめりになっているのが、ちょっと困る。
「いかがですかな」
おじいさんが、そう声をかけた。この世界でも、医者は白衣を着ているらしい。丸い縁のメガネは少し擦れて曇っている。眉毛がもりもりあって、白くて、同じく白い髪を後ろに流している。うん、翁だ。
「今日はもう、このくらいにしておきますわ。お恵みに感謝いたします」
スプーンを置いた。
大丈夫、完食しましたよ。
そう微笑みかけると、ほ、とおばさまから安堵の息が漏れる。
「どこか違和感のある箇所はありますかな?」
「いいえ」
「先日のように、どこかが痛む、ですとか蕁麻疹が出るといったことは?」
「はい、もうすっかり。そろそろ肉もつけて、運動をしたいと思いますけれど、可能ですか?」
「もう少し待ちなさい。――ですが、そうですな。いつもの、柔軟や歩行訓練に加えて、本日から重りを使い腕と足の筋肉を鍛えましょうかの」
「はい。ありがとうございます」
そう言って、私は深く頭を下げた。
この部屋は、一週間前にいた部屋と違い、少し広く、木張りの床がぬくもりを与えてくれる。大きく取られた窓に、生成りのカーテンは少し分厚いけれど、朝それを引くと、たっぷりとした日光が目に眩しくて嬉しくなる。
唯一、鏡がないのが不安。生まれてこの方、鏡を見て身支度するのが当たり前だったから、ちょっと違和感。
まあ、長い長い髪はもう短くなったし、顔を洗うための水や支度するためのものは揃っている。といっても、たらいと水、あとはタオル代わりの布くらいしか使ってないけど。布に水を浸した後、蒸し蒸し状態にしてホットパックして体の芯から温めてます。油汚れが不安だったけど、幸いにして布がそういうのを除去する魔法を付与してくれているようで、あらかたは取れる。ただ、すべてが以前どおりとはいかない。皮膚は透き通るような白ではなくなった。髪はよく洗っても、ゴワゴワしてるし、色も赤茶けてきたような……残念。まあ、これで外で気づかれる確率が下がったかな。
部屋の中に行動は制限されているけど、よく運動し、よく食べ、よく寝る。そうやって日々、ご令嬢時代とは違う体つきになっているのが嬉しい。
本当は、もう外に出て、運動の幅を広げていける段階だけど、外に出られない。仕方がない。
私が悪役令嬢だから。
私の外見とその所業はもちろん、当初想定していたとおり王都では知らない人が居ないらしい。これから人形やら人間やらを使った劇団や、吟遊詩人、商人からも広がって、もうそろそろ末端の村々まで広がるだろう。
そうして着々と、書籍化も行われているらしい。
いえい、ヒャッホウ私時の人! 悪役だけど! 悪役令嬢だけど!!
もちろん教会内にも、この話を知らない人はいない。平民と貴族をつなぎ、神の名のもとに精霊と人をつなぐ役目を担う教会であれば、なおさら、平民超絶精霊使いアリアたんの味方につくのは当然のことだ。
というわけで、良心の塊であるとされる聖職者であっても、私の存在は秘匿の対象となった。
一部口の軽い修道士少年三人組にバレてる件はどうしてくれるんだっていう話なんだけど、あの堅物顔の眉間シワよりおじさん、ことドリムイさまとお仕置き付きの誓いを交わしたらしいので。
あの子達結構問題児みたい。
『すまなかった。私の思い込みが招いた結果だ』
ドリムイさんは、私の現状が判明した後、謝罪してくれた。
小娘に、深く頭を下げた。
だからまあ、いっかと思う。
「一週間前を思えば、本当に……よく頑張りましたね」
座る位置を変え、屈伸を始めた私に、おばさまは琥珀色の目を細めた。
「ありがとうございます」
そう微笑み返す。
医者のおじいさんとおばさまが退室すると、部屋には再び、鍵がかけられた。
え? 監禁三日間の結果?
楽勝だった。
私の家より快適だった。
以上。ひゃっほぅ!
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