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第二章 教会生活
18 反省部屋の時間です
しおりを挟む髪を切った。
思えば失恋にはちょうどいい。
思い出す度にボロボロ泣くような、乙女な私が存在するだなんて、前世の私には想像もつかない。
あの時は少し胸を痛めて、苦笑いが関の山だった。
恋愛が幼いのは多分変わらないんだけど、努力したかしてないか、っていうのは大きい。
それだけ終わった後の沈み方が半端ない。
あとは周囲のサポートなしなのが辛いところか。友達が休日潰してやけ酒に付き合ってくれるとかないしね。
あー、いかんいかん。このマイナス思考。
過去の『よかった』探しをしても、現状に繋げなきゃ意味がない。
繋げられないことを嘆くのは、ただのマイナス思考の垂れ流しだ。
短くなった自分の毛先をひっぱる。
前髪はすこし引き連れて、目に刺さるように揺れた。
すれ違う聖職者さま達の、一部の視線が気になる。
蔑むまではいかないまでも、意図的に侮蔑の感情を抑えるような、一瞬眉をひそめるようなその表情。
すぐに引っ込めてるから、わからないとでも思った? 残念! そこらじゅうで受けてたから悪意アンテナは良好です。
これからの生活も、役に立ってくれるだろうから捨てるつもりもないし。
気がついていないその演技は見破られていないらしい。流れていく数人の人々に、驚くような素振りはない。
息を止めないように、深く肺に空気を満たす。植物が多いからか、精霊がたくさんいるせいか、ここは空気がおいしい。冬の、凍るような冷たさの中に、細胞に染み渡るような活気がある。空気を吸うごとに、足を踏みしめる感覚や、指先が寒さでしびれるような感覚が今日はより一層鮮明に自分に伝わる気がする。
変な感じ。
「ユーフェミアさま」
まあ、そう声をかけられたら、気にならなくなる変化なんだけど。
長い廊下の先に、なんでもないような扉がある。外から鍵を掛けられる仕様になっているのも想定の範囲内。
部屋の中に入ると、そこは簡素な作りになっていて、壁はコンクリートみたいな土壁で、格子のついた小さな窓が、見上げる高さにある。
ベッドと、机と、――トイレはおそらく、奥に見える戸の向こうかな?
私が監禁されていた部屋と違って、とても清潔で、保温効果のせいか部屋もあたたかく、薄暗いだけの、ごく普通の部屋である。
ええ、想定の範囲内。
私を屋敷から連れ出してくれた厳しい顔をしたおじさまが、私に座るように促す。お言葉に甘えて、机とセットで置かれた背もたれのない椅子に腰掛けた。
総司祭様ではない、それでも偉いくらいの人だろうな、という雰囲気のおじさまは、立ったままで私に告げた。
「これから一週間、教会内で過ごしていただきます。
まず三日間この部屋で過ごしていただきます。」
口元にへの字が形状記憶されたそのおじさま――おじさんは、特にそれ以上はお話しない。
私とは目も合わせてくれないのが、とてもほほえましく思います。
憂いを含んだお目目が、疑いを持って私の姿を上から下まで動いていたのを、隠せていたとでもお思いでしょうか。
迎えに来てくれた時は業務を着実に遂行する形で感情を隠せていたのでしょうけれど、私と同じ空間にいるということにたいして、少しの不快感が垣間見える。
私、この方に何か無礼を働いたかしら?
ああ、思い当たることがございましてよ。秘密裏に報告するはずだった父親の言葉を、そのまま伝えてしまったこと? 記憶媒体に刻まれてしまって、教会保管となるとはいえ、穏便に事態を収集するわけにはいきませんものね?
それともあれ?
アリアたんとの素敵なお話の、悪役令嬢たるわたしの現状をザマアねえな、とか思ってたりしますか?
奥歯を噛み締めそうになって、そうなると笑みも引きつると思い出して、噛み締めた歯の間に舌を挟んだ。
別に、いいよ。慣れてるから――でも、この状態でまた断食とかあったら、私ぶちギレますよ。
この世界の貴族が断食趣味とか聞いたことないんですけど。
この一ヶ月まともにご飯食べてない私の脂肪は潰え、次の犠牲は筋肉なんだよ! 加護亡き今私に必要なのは肉! 肉! そして野菜! 雑穀!! 卵とかでもイイよ!!
「こちらの鞄の中身を拝見してもよろしいか」
「ええ。鍵はかけないまま持ち出しました。
お好きにご覧になってください」
そう言って渡す。非常食や冒険用の道具一式が入っている部分がバレて没収されるかな、と思ったけど、おじさんではなく後ろからひょっこり現れた修道士の少年がパンパン、と鞄を叩き、中身をひっくり返して終わった。こげ茶色の髪を、襟足だけ伸ばしている。ヤンキーか。ふいに小学校の時にいた、ウェイウェイ系のいたずらっ子を思い出した。
「中には特に何もありません」
一応魔法印に私の魔力を通すのが鍵代わりだから、それだけじゃ何も落ちてこないよね。
鍵穴は模様と一体になっていて、あんまり目立たないから、気づいてないのかな?
まあ、もちろん私もわざわざ、「これ亜空間収納能力があるんですけど、よろしいんですの?」なんて訊かない。
気づかれてないのか、鍵を開ける魔法に反応するから大丈夫なのかは判断がつかない。
見た目入っているのは、下着とかタオル代わりの布とかだし。
「その小瓶類は、お預かりいたします」
気付けやら化粧水やらの小瓶は回収された。
「お心遣い、感謝いたします」
偉い!
いくら不快感を感じる相手であったとしても、自死の可能性のあるものを遠ざけているその教会の姿勢感涙いたします。
ちゃんと刃物もないし、毒を持参している可能性もないし。私、ちゃんと大事にされてるなー。ははは。乾いた笑いが溢れそう。
外で「あれが平民を嘲った罰だろ」と聞こえたのを、舌打ち気味に睨みつけたのは、一体何の矜持ですか?
「三日間、私はどのような条件でこの部屋に滞在しますか?」
「……」
無言で向き合うおじさんに、問い合わせるのだけれど、なんの反応もない。
もうゴーレムでも置いといたほうがマシなんじゃない?
あ、あの、と私の鞄をたたいて埃を散らばらせた少年が代わりに口を開いた。
「お嬢さん……あ、えー貴方様、え? ゴホン、貴女には三日間、この部屋にて懺悔の祈りを捧げていただきます。
食事は日に二度、水はそこの水差しに。紅茶等の嗜好品は口にすることができません。身を清めるための時間も設けますが、香水等は身につけることはできません。今までとはまるで違う生活になる――痛っ。違和感をもつ生活になるかと思いますが、これが禊であると心得、望んでいただくようお願い――望むように」
つっかえつっかえ、睨まれながら、こめかみを押さえながらの説明で、とりあえず安心した。ごっはーん、ごっはーん! 何かな煮物かな、スープとあとは、パンかな? 黒パンかな? 白パンはないよ、ならハード系だね! 麦粥と揚げパンの合わせ技もお待ちしております!
「お答えいただき、ありがとう御座います」
礼をすると、少年はぎょっと目を見開く。
眉間のシワを一瞬だけ谷のように深めて、私に無表情で向き合ったおじさんは、「――その身の穢れを懺悔し、罪に向き合うためです」と言葉を添えた。
「あと、って! 最後にお伝えいたします。
本来扉には、本来鍵を掛けられる仕組みとなっていますが、解錠したままといたします。扉の外で私の他、二名が見張っています。出るならご自由に、ただ、理由なき場合は処罰が加わります」
そうして、おじさんは去る。追従した修道士の少年がきょろきょろと周囲に目を動かし、「ここだけの話」と小声で続けた。
「こう言ってはなんですが、お試し期間ですよ。
まれに家出の一環や口論の延長線上でこちらにいらっしゃる方もいます。
俺たち、真面目に修行を受ける身としては、ちょっと迷惑、っていうか――まあ、それも修行だって総司祭様はおっしゃるんですけど」
「心得ております。ご教示ありがとうございます」
扉の外で声が聞こえた。
「なあなあ、あと何時間保つと思う?」
「朝には泣き叫ぶだろ。お貴族様の部屋とは段違いだぞ、悪い意味で」
「だってヨーイも泣き叫んでたもんなー」
「あれはドリムイ様が怖かったからだよ! 今だって、魔法で小突かれながら説明したんだからなっ」
「泣き叫ばなかったのはさすが元王妃候補?」
「いくら完璧だって、慈愛がなきゃ、童話の魔女だよ」
鍵をかけないから、防音の魔法も効いていないらしい。
外に立った修道士――声からして皆少年達、ぴよぴよ、よく回る口でお話してくれる。
夜には静かになるといいんだけど。
総司祭様とのやり取りを聞いていない人。
聞いていても、今までの貴族対応の経験から納得していない人。
私自身を疑う人。
受け入れがたい理由は様々だ。
私が断罪されてから一週間は経っている。
私の噂――ハイド様とシュトレン家に捨てられた、醜い嫉妬女のエピソード――は、教会にも浸透しているのだろう。
ゲームで見かけた、市内の広場でのアリアたん爆誕物語の人形劇での再現も、きっとすぐ起こるだろう。
はー、教会の人たち、信頼したかったのになー。
まあ、私も別の立場だったら醜聞まみれで性格悪いって噂のセレブが目の前で「改心したから身分捨てちゃう☆」とか言い出しても信用しないか。ましてや「だから部屋貸して!」とか押しかけられたらちょっと眉潜めちゃうね。
家族内の惨状なんて、身内以外は誰も知らないし、そもそも知ってる部下が調子乗って虐めても、それを娘が訴えても信用しない現状だし。
正直、この部屋の状況はありがたい。あの幽閉されていた部屋と違って、見晴らしもよく、清潔で、食事も出て、睡眠が保証されている。
ちょっと苦い顔をされても、ちゃんと会話して、忠告までしてくれる人もいる。
――私がそんな状況で何回も暮らしてたなんて、誰も知らない。一度言って信用されず、そのままだ。
このままだと、シュトレン家と内通して、私を教会から追い出そうとする輩も発生するかもしれない。
私利私欲じゃなくて、正義感で行動する馬鹿はもう見飽きている。
やだなあ。
「――俺は三日に賭けようかなあ」
「おー、次なる毒牙にかかったかヨーイ!」
「はあ?!」
ありがとう、ヨーイくん。
声からして、私の鞄点検と説明してた少年だな。
ヨーイくんのためにも、私頑張るわ。
修道士で賭けしてる現状は、その後ちゃんとドリムイさま? に報告してあげる。
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