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第一章 断罪から脱出まで
17 平民になることを誓います
しおりを挟む教会の、女神像の前、一本の赤絨毯が道を作るその先頭に立ち、私はひざまづいた。
ここでもお肉がないことにより、よろけたけど、無事両膝をつけ、祈りの形を取ることができたので、良しとしよう。
聖堂は、私と教会職員が数名、そして怒りのあまり肩を震わせるシュトレン家当主。
静かなその場所は、総司祭様が唱えた言葉で、光満たされる場所となる。
書記みたいな人が、一枚の紙を転移させた。
これは、教会に記録されている私の出生証明書だ。
儀式が終わったら、これは破棄されて、私は貴族ではなくなる。
喜びで手に力が入る。祈りのために組んだ指が少しだけ痛い。
「ユーフェミア・シュトレンは、シュトレン家における私刑の罰として、これより名を捨て、その身を貴族から平民に移行します」
「はい」
「持っていたものはすべて、家の帰属となり貴女には残りません。また、シュトレン家より受けていた加護の恩恵は全て破棄されます」
「――本当に、それでよいのか!」
鋭い父親の一喝は、天井の高い聖堂に何重にもこだまする。
「はい」
淡々とした私の声は、ただ短く、どこにも響かない。
私はまっすぐ女神像を見つめた。
総司祭様は、宙を見て頷く。
「対価を示しなさい」
凛と声が響いた。
「神の子として、今からすべての物を手放し、神の身元でその罪を洗い流すために」
一番困っていたやつ――!
いや違うか、決意の対価の後、金銭の授受が発生いたしますのね、でもどうしよう。何かあったっけ?
心のなかで叫びながら、表面上は悠々と立ち上がる。
その目にうつるのは、つややかな水色から灰色のグラデーション。
息をひとつ吐いた。
「私に差し出せるものはありません」
そう言って、女神の像を見上げる。周囲に舞う精霊たちが輝いている。
キラキラとした精霊は、感情を読み取るという。
だから私は、嘘偽り無く、その真実を述べなければいけない。
「だけれど唯一、差し出せるものがあります。
――私が大事にしていたものですが、どれほどの価値はあるかどうかわかりません」
そう言って、手を後ろにやり、留め具を外した。
手に重くかかるそれが、冷たい空気を吸って手に刺さるように痛い。
「どうぞ」
差し出したものに、総司祭様は一瞬目を見開く。
それでも浅く頷いて、側にいた一人に目配せをし、ナイフを持ち出した。
「お前、何をしている!」
父親が駆け寄ろうとして、教会の人たちに抑え込まれた。
本来ならば、抑え込まれても軽くいなすことができる豪腕の持ち主だけれど、そもそも神聖な儀式の最中だからか、バリアみたいなものに阻まれて入ってこられないようだ。
ナイフが首筋にかかるのを見たあと、私は一瞬目を閉じた。
ぼと。
結ったままの髪が、編み込みをそのままに私から離れた。
「な……!」
驚き口を開いた父親は、それでも言葉を出さずに耐えた。
ただ圧がすごい。もし漫画で描いたなら、ゴゴゴゴゴゴ、って効果音が付くような感じだ。あと劇画調で線がたくさん入ってるかも。
父親には守護精霊もなく、魔力も平均。追加するとすれば母親の精霊の加護による恩恵だけなのですけれど、その圧迫感のあるオーラどこから出してますの?
私は軽くなった頭を軽く振り、ドレスに付いた髪の毛を手で払う。
髪が頬に触れた。ちくちく、いたずらに動く。
そんな経験は、今世では一瞬たりともない。
長い間、私はどこに居ても、この髪を結い上げていた。ガチガチに固めて最新のファッションを決め込んでいた。
今の私は、刈り上げちゃん? おかっぱちゃん? 切り上げた端はざんばらで、あとで整えないといけない。
精巧な人形のような、柔らかく細く、すべらかなそれは、きっとよいカツラになるだろう。
髪の毛って他にどんなのに利用されるんだっけ? 筆とかにも使えるんだっけ? 可愛い人形でも作ってくれたら嬉しいな。
ちょっとだけ微笑んで、まばたきをすると、隙間から涙が流れ落ちた。
『おかあさまと、ミルフィーと一緒なのです』
小さかった私の、舌足らずな声が聞こえた。
『そうか――でもあなたの髪は一等、柔らかくて美しいよ』
小さかったあの人の声も聞こえた。
ありがとう。
あの時、その言葉にどれだけ救われたか。
褒めてもらう経験なんてなかった私の、髪を優しくなでてくれた人。
鞭で打たれて痛い背中を、それでも正して私はあの人と向き合った。
母親から与えられた精霊の加護はいびつで、魔力すらも微弱なこの身を嘲笑われて、蔑まれて、眉を潜められて、夜会で下を向いた。
『二人の祝いの席を台無しにする馬鹿な連中は、あとで制裁をすればいい。
だからユフィーは微笑んで、僕の隣にいてほしい。
君が婚約者であるということは、変わらないよ』
その後も、何度も、何度も助けてくれた。
言葉をかけられる前に、立ち上がれるようにもなった。
でも、それが駄目だったんだね。
私があの人を救うことは、一度としてなかった。
私を救ってくれたあの人は、他の人を愛しました。
「対価となりましたか」
お腹に力を入れて、大きく訪ねた。
総司祭様に、――女神にも、その声が届くように。
「ええ」
髪はビロードの布に包まれ、献上される。総司祭様はまた何かを唱えて、布の上から髪をなでた。
「これより貴女の身は教会が預かります。
神の子として生まれ変わり、己の罪を受け入れ、罰を受けるのです」
私は落ちる涙を手のひらで拭い、深く頷いた。
「感謝いたします」
まっすぐ見つめたその先には、精霊たちが光の筋をつくり踊っていた。
後ろで騒いでる父親だった人? 早々にお帰りいただいて! なんか喚いてて怖い!!
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