家族内ランクE~とある乙女ゲー悪役令嬢、市民堕ちで逃亡します~

りう

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第一章 断罪から脱出まで

14 教会はボロくて素敵

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父親が馬車に同乗した。道の途中、延々お話をしてくださっていました。でもそれってとても寝不足な私にはつらいです。お父様適度とか最適とかそういった言葉をご存じですの? 大声で、耳元で、抑揚はあっても意味がありません。横にいるおばさまが表情をなくしてお父様を見つめているのがおわかりいただけないだろうか。ねえ、ねえねえねえ。
そう思う一方で、私は笑顔を絶やさずお父様の言葉に頷き続けた。いつものように、諦めた顔をして、ただただ頷き続けた。今回は耳栓などは使用していない。早くも意識が遠のきそうだ。顔色だって悪くなる一方だ。
朝の街頭を進み、お腹がグーと鳴くのも構わずにそのまま一刻程過ぎると、馬車はようやく目的地に到着した。
この教会は、王都の中で比較的小さい。おそらく大きな教会では目立つと踏んだんだろう。そういうところだけは姑息だな。小さい教会の中に入ると、更に転送装置を使って四の教会の総本山、総教会にたどり着いた。

「四の教会の中心、総教会フォリアステに着きました。総司祭様による問答の後、宣誓をおこない、平民の降格が正式に決定いたします」
ここの宗教の教会には十二まで番号がついている。それぞれ大まかな教区を表すもので、四の教会はチロル国を担当している。国家と教会はそれぞれに同等の権力を有する。なぜなら魔力持ちの力を判定したり、祝福を与えて精霊の加護をつけやすくしたり、精霊のいる場所を維持するために働きかけているのが教会とその使徒達だ。教会は名を持つ場合もある。火、水、風、土、光、闇の精霊を主とするものや、生、死、剣、盾、など称号が就くものもあり、それぞれ特性がある。
私が孤児院来訪やら冒険者一日体験講座に赴いた際に行った教会はそういう名前はちいさく、「ミモザ」やら「ローズマリー」やらダブる名前も多かった。つまりチロル国ローゼン村のミモザ教会、ってな感じ。それで特定できるから大丈夫なのだ。
総教会に訪れるのは、これが初めてではない。魔力がないと判断されたその時に、滝行等の苦行とセットでここに来た。五才児には辛い思い出だ。家族とも会えず、半年ほど教会に閉じ込められ、身を清める生活を送った。手紙は出しても誰も返事をせず、冷たい寝台では、枕を涙で濡らすことも諦めた。
ああ、そんな話はどうでもいい。幼少期に一部過ごしただけで、次期王妃関連の儀式はすべて王都付きの教会にておこなった。重要な儀礼の際に訪れたかったけど、なんか体が震えたんだよね、高熱出たんだよね。仕方ない。

記憶ではただの黒い森に囲まれ、霧に周囲を消した「魔王城」みたいな場所だった。
教会の白い壁には、ところどころヒビが入っている。ちゃんと修復してあるんだけどね。総本部で、資金には困っていないはずなのに、それでもこういう跡があるっているのは、聖職者たちの着服か、慈善事業へ回しているかのどちらか。
周囲にある植物は全部食べられたり、焚き火に利用できるような実用的なものだ。家族で通っていた王都の教会は、もっと香りのいい花を植えていたし、ステンドグラスや建物も荘厳なもので、一年に一度は増築やら建て替えを行っていた。きらびやかで、お金をかけて、偉そうな司祭様が王と同じように玉座に座る。――そことは趣がことなる、自然に囲まれた清涼な空気。付き従うように静かに鍛錬に向かう修道士達。隣接する修道会から通っているのだろう、その顔付きは男も女も凛々しく引き締まっている。
幼い頃に、私が感じ取れなかった清らかな世界がそこにはあった。
ゆらゆらと、ふらふらと、筋力のない体で不安定に歩きながら、私は教会の景色に見入った。
「――お前は何をしている! それがシュトレン家の一族の者の態度かっ」
目ざとくその様子を見つけた父親が、大声で掴みかかった。怒鳴られると反射的に、体をすくませて止まってしまう。悔しい。私はもうこの人達から離れようとしているのに、突然威圧的に来られると、昔の感覚を思い出して怯えてしまう。
思わずよろけそうになったけど、足に力を入れて耐える。つ、と針で刺されたような痛みが走ったけど、私の表情は何も変わらなかった。
本当なら、もっと怒りたい。
泣いたってかまわない。――ままならない感情を、友達にぶつけて、お母さんに泣きついて、お父さんがスイーツを買ってきて、兄ちゃんからメールが来て、そんでお気に入りのお酒を買って、チーズなんかと一緒に飲んで、寝て忘れて。
ドバドバと、起伏とともに溢れ出る前世の記憶が、私の涙腺を刺激する。歯を食いしばることですらできないその波に、目の前にある父親の形相が重なって、温室でのあの人達の笑い声と、断罪に膝を折った土の感触と、いろんなものがぐるぐると回った。そして最後に一人で毒をあおったあの冷たい部屋の震える指先を思い出した。
今も同じようにかすかに震える指先を、ドレスの端をつかむことでごまかした。
こんな状況で、負けてなんかいられない。
「そうですか」
ただ言葉を返して、父親を視界から外した。
そしてその先に、大きな扉が見えた。
神に声を届ける場所――それは聖堂だった。

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