11 / 60
第一章 断罪から脱出まで
10 さよなら私の従者たち
しおりを挟む静かな部屋の片隅で、もぐもぐと私は口を動かすことに集中していた。
あの後、夜になって、窓から月光が降り注いでいる。小さく遠くに、フクロウみたいな鳥の鳴く声が聞こえる。
足音はどこからも聞こえない。私の部屋は端にあって、暖房も当たり前のように切ってある。
以前なら、ここに私のメイドであった、クランシーがいるのだけれど――断罪が終わり、私の従者はすべて任を解かれた、んだって。外で口の軽いメイドさんがお話していましたよ。
『――だから、無駄だと申しましたのに』
ああやって、声をかけたクランシー。最後に声を聞けてよかった。聞こえてないかもしれないけど、ありがとうって言えてよかった。
本当なら、コラッドにもちゃんと伝えたかったけど、まあ全部の願いをかなえられるほど、現実は甘くないもんね。オッケーオーライ。あっちはそんなに気にしてないし、私だけの問題だし。
メイドのクランシーには、とってもかわいい、そして勇ましい従兄弟がいるのである。
その従兄弟、コラッドは可愛い顔をしてるんだけど、『マカリ』ではモブですらもない。残念。あのいい性格はぜひともアリアちゃんとの分岐がほしいところ。絡めば天然×天然の妙技で読めないシナリオに一喜一憂できる自信がある。
川に入って魚と山賊釣ってくるような、おちゃめな子だったからなー。
私に懐いてくれていたような気もする。苦しい修行から、傷だらけで帰ってきてくれたもの。――でも、野生が服着てひなたぼっこが大好きですと宣言するような天然が主だった性格だから、きっとすぐに別の主人を向けられて、「あ、今日から宜しくでーす」なんて言っててももう、納得できてしまう。
だってクランシーがそうだったんだから。
私に生涯を捧げます、と専従の儀礼をしたのは、結局は私という不完全なお嬢様未満の補助として、有能なメイドを引っ付けるためだったんだろう。
私の行動を唯一諌めるように、――それでも私を怒らせないようコントロールできたのは、乳母でも母でも妹でもなく、この子だった。
掴みどころないんだよなー、クランシーは。そんでコラッドは天然で空気読まないから読めないの。
思い出すと、少し笑ってしまう。遅れて目の奥がじわりと熱くなった。だから落ち着くために、私は深く息を吐く。
二人もきっと、他の人達と同じだ。
私が屋敷に帰ってきたら、もう別の人達の下について、きっちり仕事していたもの。
私付きだった頃は、お嬢様として命令した数々を、ちゃっちゃとやってくれた二人だった。でも、今思えばおバカさんな私が違和感があるくらいには、軽くあしらったり子供だましな対応もしていたんだよね。――アリアへのいじめだって、最終的には私自身の手でやった。つまり、従者たちは手伝ってはくれなかった。
表向き、私が信頼していた人たちは、私に従ってはいたけれど、本音はこんな我儘で無能な主人なんて嫌だったんだろう。
それに気づいたのも、あの寒々しい独房もどきの監禁部屋でのことだった。
私はこれでも、いろいろ教育やら賞与やら目をかけてたはずなんだけどなあ。
思い出さない間でも、現世の記憶の名残があったのか、私は他の貴族連中と比べ、待遇を良くしていたのだ。
賞与とか、前世の私が最も欲していたものだったからね。仕方ない。あのクリスマスの、女子会に参加する時に眼球を震わせながらATMの前にただ立つしかできなかったあれはトラウマだったなー。震える。私はあの時の寒々しい懐に震える。あれは、あの経験は二度とあってはならない。
――違う違う。
とにかく、そう私の大切な戦力としての従者さまには、手厚い保証のもののびのび育っていただいたという話。そういう話。私のトラウマはなし、忘れてください。
将来自分を支える人物なればと、教育のための資金や期間は惜しまなかった。クランシーは髪結が得意だったから、その道で有名なメイドがいる貴族に頼み込み、長期間修練に行かせた。コラッドは武術が得意で、でも規則的な戦術は不得意だったから、とある冒険で有名になった剣士に弟子入りさせた。他にも目をかけていた従者には同じように一人ひとりにあった教育と賞与を与えたつもりだ。もちろん辞めるという者もいたけど、条件を満たせば円満退職させたし。辞めた人も、手紙くれたり色々優しかったな。……それも、きっと私が今の地位にあればこそだったんだろうけど。うわー、泣ける。
今考えると、貴族として、この世界の人間としては非常識なことも含まれていたけれど、権力者のわがまま娘のやることだといって、けっこう無理聞いてもらったかな。
知ってる。
分かってる。
モブですらもないコラッドはともかく、クランシーは後日談のスチルで妹のミルフィランゼの側にいる。
あの子の要望に、スムーズに、すぐに対応し、付き従うシーンもあった。
――だから、諦める。
私が学園・公衆の面前・断罪後、帰ってきたら私のメイドも従者も一人もいなくなっていましたっていう話ですよ。ちゃんちゃん。
そうやって、物語は終わっていく。
――その方が、未練がなくていいかもしれない。
誰も残らないから、私はここに残らなくていい。
目線を合わせない、あの子達を置いていっても、いい。
そう、身軽になったんだ。
だから証拠に、笑ってみようと思ったんだけれど――あら不思議。私の目からは、ぼたぼた涙が出てきてしまった。
「……ぅ、い……いやだ」
小さく、抵抗するように声が出た。
だめだめ。
まだ家族はすぐに見切りがつけられたんだけど、従者の皆様方は私の我儘聞いてくれたり、気を遣ってくれたもんだから捨てきれないんだわ。
でも、ちゃんと区切りつけないと。
ぱん、と顔をたたいて涙を拭うと、冒険者セットの干し肉を無理やり口に詰め込んだ。
8
お気に入りに追加
2,623
あなたにおすすめの小説

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。
木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。
彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。
こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。
だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。
そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。
そんな私に、解放される日がやって来た。
それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。
全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。
私は、自由を得たのである。
その自由を謳歌しながら、私は思っていた。
悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

悪役令嬢の独壇場
あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。
彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。
自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。
正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。
ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。
そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。
あら?これは、何かがおかしいですね。

【完結】私ですか?ただの令嬢です。
凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!?
バッドエンドだらけの悪役令嬢。
しかし、
「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」
そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。
運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語!
※完結済です。
※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)
※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。
《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》

シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした
黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる