ロスト・クライアント

hinafuyu

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独立行政法人 アスラビツ・テムノータ学園

人魔の討伐

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「皮膚の硬さはドラゴンの鱗より硬いくらいで、柔らかい場所はない。体の内部が弱点としか言いようがない。目を潰してもいいけど、暴れられたら、死人が増える。吹き飛ばされた生徒の中には息がある者がいた。」
 鑑定眼の持ち主である死野宮は仁王立ちになった敵をすぐに探った。有利になる情報こそないが、情報がないよりかはましと言ったところだろう。
「じゃあ、今の一撃で何人か死んだと考えるべ・・・・・・。」
――まじか・・・・・・このタイミングはまずい!
「古和稀?」
 不自然に言葉を切った古和稀に死野宮が名前を呼ぶが、古和稀は前方に走り始めていた。その先を確認した死野宮は状況を理解し、後に続く。その視線の先には、一人の生徒が木陰に立ち、上級魔法を放とうとしていた。敵もそれに気付き、笑みを浮かべながら拳を振りかざしている。先程の一撃で距離があるため、間に合うかどうか定かではない。死野宮は身体強化魔法を掛け、曲刀――刀身が全体的に曲がっている剣を腰から抜く。死野宮が敵の間近に着き、攻撃を仕掛けようとした瞬間、そこに敵はおらず、死野宮の剣は空を切った。
「古和稀!」
 敵は死野宮が叫んだところにおり、古和稀は敵の影に包まれていた。死野宮の声は聞こえるが、古和稀はそれどころではない。古和稀は身体強化を苦手とし、その剣技だけで実力を積み上げてきた人物だ。その上、全力疾走しているが故に、止まれない。古和稀の目の前には敵の拳が迫っていた。それも束の間。敵はその拳を振り切った。
「くそっ!」
 死野宮は声を漏らし、敵の方へ走る。しかし。
「きゃあっ!」
 女性の悲鳴が聞こえ、死野宮はそちらを向く。するとそこには女性に覆い被さる古和稀の姿があった。死野宮は若干安心するが、何をどうやったらそうなるのか質問したい気持ちもあった。
「いってぇ・・・・・・。」
「早くどけ、変態っ!」
 風魔法でこれまた吹き飛ばされる古和稀。助けてくれ、と懇願するような目で死野宮に訴えるが、自業自得だと言って、これを無視した。それにより、二度目の墜落となる。
「すばしっこいな、小僧。」
 できた瘤を撫でながら、古和稀は言い返す。
「その図体とパワーで、その素早さは卑怯だろ。俺死んだぞ。」
「何言っているんですか、変態。」
 死んでいないのに死んだと言うのは死んだ者に対して失礼ではないだろうか。生徒の冷たい言い方も酷い。古和稀はその生徒の言葉は無視し、言葉を続ける。
「ま、ロストタイムも効果はないし、今の感じで弱点属性は分かったし、切れるんじゃね?」
 その言葉を耳にした生徒は、嘘言っているという顔をしているが、死野宮は相変わらずと言った溜息を漏らしている。敵は笑い始めた。
「弱点属性が分かったところで、この大群を切り抜けなければ、この俺には届かないぞ。そんな細い剣で俺を切れるわけもないがな! ぶわぁはっはっ。」
 その言葉の通り大量の魔物に取り囲まれている。中にはダブルSに相当する魔物もおり、一筋縄では通れないだろう。
「全部、S以上の魔物ではありませんか・・・・・・。こんなの・・・・・・無理・・・・・・ですよ・・・・・・。」
 一緒に取り囲まれてしまった生徒は戦意喪失し、俯いてしまった。古和稀も座り、というより座禅を組んでいる。物の数秒で立ち上がったため、敵はこう思ったらしい。
「祈りでも捧げたか、小僧。」
「まさか。」
 たった三文字で敵の言葉を一蹴する。その状況に表情を曇らせる敵は、やれ! という一言で魔物たちに命令した。
(ダブルSが十、Sが百、Aが千、その他と合わせて二千ちょい。)
(うわぁ、魔力的にそれは無理かなぁ・・・・・・。)
 その一瞬で死野宮と古和稀は少しの会話をした。作戦を立てる間もなく魔物たちは襲い掛かって来る。一人は戦意喪失。一人は長期戦ができない。この時点で短期決戦に持ち込むほかなかった。しかし、古和稀の中で、一つの疑念があった。敵の攻撃手段が、傀儡術、ロストタイム、肉弾戦の他にもある可能性。それを捨てきれない以上、踏み込むことができずにいた。
「きゃあっ!」
「ちっ!」
 ギリギリ生徒を守れてはいるが、それはまだ、Sランク以上の魔物に遭遇していないからである。古和稀自身まだ全力ではないが、元手を断とうとしている以上、下手に全力を出せない。疲弊しきったところを狙うつもりである敵の思う壺になるからだ。死野宮も古和稀も必死に食い止める。まさに持久戦。敵はやられるか、疲弊するのをただ待つのみ。高みの見物というわけだ。
「おいおい、まだ雑魚は残ってるだろ・・・・・・?」
「流石にこのタイミングでダブルSはきついな・・・・・・。」
 苦笑せずにはいられない死野宮と古和稀。二人が諦めかけたその時だった。
――敵は、攻撃手段が残っていない。ある程度疲弊しきったら殺すつもりだぞ、天音。
 僅か一秒だけ時が止まり、古和稀の脳内に言葉が走り去って行った。その瞬間、古和稀はようやく刀に手を掛けた。
――ナイス、理事長!
 心の中で、理事長にお礼を言い、魔物と交戦しながら死野宮に話しかける。
「一人で何分持つ!」
「精々二十秒が限界だ!」
 時間が圧倒的に足りない。たった一撃で古和稀が仕留められるのであれば、問題はないだろう。しかし、ドラゴンの鱗より硬い皮膚を切るのにどれだけの力が必要になるか未知数でしかなく、その二十秒に賭けるにはリスクが大きすぎる。全力の攻撃を二回しないといけない場合、明らかに時間が足りなくなる。そこで考えた古和稀は最も高い可能性に賭けた。
「ビビるのもいい。泣きじゃくるのもいい。だが、今することじゃないだろ! 生徒だろうが教師だろうが関係ねぇ! お前は死にたいのか、アルファナ!」
 生徒の震えがピタリ止み、顔を上げた。それを背中で感じ取った古和稀は更に続ける。
「目の前を見ろ! これが現実だ! 魔物の大群! 得体の知れない怪物! 死ぬのは怖いだろう。死に目に遭うのはもっと怖いだろう。だがな、恐怖に支配されていたら、守れるものも守れないんだぞ! それとも変態に守られて死んだことを公開されるか? 変態に助けられて生き延びましたというか? 生きたいなら選べ! 今戦うか、変態と死ぬか!」
 古和稀は思った。我ながら恥ずかしいことを連発していると。しかし、使えるものは使う。どれだけ恥ずかしかろうと、どれだけみじめだろうと、どれだけみっともなかろうと、今日を生きた者こそが明日を生きられるのだ。
「ぜっっっっっっっっっっっっったい嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 生徒は立ち上がり、恐らく人生で二度とない程の拒絶を示した。もはや恐怖なんてないような目をしている。
「変態さんに守られて死ぬのも生き延びるのも、一緒に死ぬのも絶対に嫌です!」
 何が火種になるかは分からないものだ。古和稀は若干複雑な気持ちにはなるが、背に腹は代えられない。
「だったら、イケメン教師とこの場を耐えてくれ!」
「命令しないでください! 元よりそのつもりです!」
 気を持ち直した生徒は土魔法を使い、二つの短剣を作り出した。ふんっ、と鼻を鳴らし、魔物たちと対峙する。
「二分。それが俺の限界だ!」
「承知。」
 死野宮は古和稀に自分の限界ギリギリ耐えられる時間を提示した。二分以内にこの大群を切り抜け、敵を討たなければ、全員が死ぬ。
「この大群、どうやって切り抜けるつもりですか、変態さん!」
「どうやってって、最短。」
「はい?」
 生徒の方を見ることもせず、再び刀に手を掛ける。大きな足音を立てて、他の魔物たちを掃きながらダブルS相当の魔物が二体同時に立ち塞がった。カバーに入ろうとした生徒を死野宮が言葉で止める。
「彼から少し離れて!」
「でも!」
「いいから!!」
 生徒は言われるがまま、古和稀から離れ、別の魔物と対峙する。しかし、生徒からの不安は消えない。それはそうであろう。ダブルS相当の魔物だけならまだしもその他にも多くの魔物が立ち塞がっているのだ。通常なら、一人で辿り着くことは不可能に近い。
――空気は乾燥している。時折吹くささやかな風。威力は落ちるけど、いける。
 一人で辿り着くことが不可能に近かろうとも、それをやってのけなければ、プラウスの名折れだと古和稀は思っている。
――流儀・雷我らいが
「ぬぅおっ!」
 黄色い光が集まり始めた直後、古和稀は既にその場におらず、同時に敵の呻き声が響いていた。そして、彼が通った後を示すかのように、ダブルS相当の魔物二体を始めとする、その直線状にいた全ての魔物がほぼ同時に灰になった。その光景は魔物までもが立ち止まり、動けずにいた。
「凄い・・・・・・。」
 生徒もまた呆気に取られていた。死野宮だけは常に体を動かし、少しでも生き延びられるように動きを止めた魔物たちを狩る。
「そろそろ動き始めるよ!」
「え、あ、はい!」
 死野宮の言葉通り、動きを止めていた魔物が動き始める。敵は傷を負い、手でその個所を抑える。
「一メートル以内にいるものを巻き込んで連鎖的に感電を起こし、数秒間動けなくする。」
 敵は空を見上げた。声がする方向を見たのだ。目を丸くする。先程まで魔物の中心にいた男が今、頭上にいるのだ。
「何故、そこにいる・・・・・・!?」
――流儀・風我ふうが
 敵は理解ができないまま、古和稀の斬撃を避けることができなかった。しかし、敵は笑い始める。小さかった声はやがて大きくなり、そして、また小さくなる。
「言ったはずだぞ、小僧。貴様のその細い剣では、俺は切れないと!」
「足りねぇ・・・・・・。」
 古和稀は敵の言葉を無視し、着地と同時に考えていた。敵への斬撃が浅すぎるために、先の傷をなぞることしかできなかったのだ。再びピンチが訪れる。
「さて、今度は俺の番だ。死ね。」
 敵は古和稀に向かって拳を加速させる。そして、そのまま地面に叩きつけられた。
「くそっ。」
 地面が揺れ、辺りの木々が薙ぎ倒され、更地が広がる。しかし、古和稀はそれを避けた上で、敵の腕を走っていた。
「今だ!」
「どうなっても知りませんよ!」
 死野宮と生徒の声が響き渡る。
「なんだ?」
「おいおい、まじかよ。」
 嵐を超えるような風が吹き荒れ始めた。そう、死野宮の合図で生徒が超級風魔法を発動させたのだ。ただ、超級風魔法は攻撃性がなく、ただ嵐を超えるような風が激しく吹くというだけなのだ。人に向けて撃てばたちまち吹き飛ばされるだろうが、巨体の敵はびくともしない。しかし、この状況下で、古和稀は敵の目の前に飛んでいた。
「終わりだ。」
 古和稀の言葉に危機感を覚えた敵は持ち前の俊敏さで後退する。その慣性を利用し、拳を古和稀に向けた。刹那。
――流儀・風我
 ピシりという音とともに敵の首がずれ、大きな音を立てて地面に落ちた。その直後に辛うじて拳が当たった挙句に豪風に晒された古和稀は木々が折れる音を立てながら飛ばされてしまった。後一秒でもずれていたら死んでいたかもしれない状況にまで追い詰められていた死野宮と生徒は敵の首が落ちたことで魔物たちが一斉に灰となって消え、無事死野宮の軽傷で済んだ。現場へ各教師が到着し、理事長の状態、各生徒の状態を確認した後、医療班によりすぐに治療が開始された。重傷を負った理事長と古和稀、生徒一名は医療機関へと転送される運びとなった。
「先生。私たち生きています・・・・・・。」
「ああ、生きているね。」
「生きてますよぉ!!」
 生徒は死野宮に泣きついていた。生きていることに安堵し、涙腺が緩んだのだろう。その様子を見て死野宮も静かに涙をこぼしていた。ある意味死に際からの生還と言えよう。二人は生きていることを噛みしめるのであった。
 この一件は政府、ロストガヴァメント、学園上層部に報告され、三者三様の意見が出るが、結論として、各学園に対し、対策強化措置が取られた。国には七つの学園があることから、その強化措置として、各学園にロストガヴァメント自らプラウスの配置を決定づけた。それに対し、珍しくも政府は異論を唱えることはなかった。それもそのはずで、各学園の保護者からの叱責が多く、政府の説明責任を問われているのだ。このような事態は異例であり、今後起きるとも起きないとも言えないが故に、民間からの支持が厚いロストガヴァメントの決定を良しとしたのだろう。専門家はそういう見解を示している。同時に、ロストガヴァメントは現在受注を禁止していることから、各学園に防衛網の一環としてロストクライアント全員を均等に配置させることも決定した。逆に言えば、それ程までに異常事態と言わざるを得ないのだ。これに対しても政府は何も言えず、ただ舌打ちをしながら見て見ぬふりをしたとか、してないとか。
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