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独立行政法人 アスラビツ・テムノータ学園
失われた執行機関―ロストガヴァメント―
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死野宮は結局、妹である不幸を連れて、課外授業に出向いたそうだ。そして、古和稀はある場所に赴いていた。
「五年ぶりか。」
古和稀の目の前には、鉄格子で作られた門があり、その奥には薄暗く、光の届かない広大な敷地が広がっていた。そして、その奥に、巨大な建物が存在している。
「お待ちしておりました、古和稀様。中でポラリス一同お待ちしております。」
「承知いたしました。」
タキシードを着た執事のような人に案内され、巨大な建物に入っていく。その中は一言で言えば教会。どちらかと言えば、政府機関に似ているかもしれない。案内の間、執事と他愛もない会話をする。
「本日、学校の方は如何ほどに?」
「病欠を取ってきました。まだ、始まったばかりですので。」
「しかし、今回は招集が日中ということですので、多くの者に目が触れたのではありませんか?」
「隠蔽護服を着ているから流石に気付けないと思いますよ。念のため、全音遮断してきましたけど。」
すると、執事は高らかに笑い始める。
「失礼しました。」
「気にしていませんよ。」
「相変わらず抜かりのない古和稀様に感心しております。他の者は老骨の扱いが雑でして、助かっております。」
「とんでもないですよ。常に近くにいない我々がいけないのですから。自分の不始末は自分でしないとやっていけない世の中になっていますからね。」
今度は、低く、着きました、と言い、一瞬でその場から消えた。小さく深呼吸した古和稀は静かに歩きだし、中央へと向かう。そこには既に五人いて、前方斜め上を見上げている。
「これはこれは『アルカイド』殿ではありませんか! 久しぶりですなぁーっ! てっきり死んでしまったのかと・・・・・・。」
金髪の男が話し出す。声が一般男性よりも高く、その風貌は気品さが溢れている。馬鹿にしたような話し方は常に他人を見下していることを窺わせる。腹の中では何を考えているかすら分かったものではない。しかし、ここにおり、選ばれているという時点で、それは折り紙付きの実力を持ち、また人格者である。コードネーム「メグレズ」。そして、先程この男が口にした「アルカイド」というのは他でもない。古和稀のことなのだ。古和稀がいなければ、最年少での登録はこの男だったのである。根に持っているのかもしれない。
「あなたが死んでいなくてよかったです、アルカイドさん。」
「久しぶりですね、ミザールさん。」
「ちょっと、無視ですかぁー?」
コードネーム「ミザール」。ここに集まった中で、最も浅い経験の女性である。古和稀の一つ下の年齢で、古和稀のことをよく慕っている。
「そろそろ敬語はよしてください。私の方が年齢も経歴も下なのですから。」
「善処します。」
頬膨らませる彼女は、金髪で、エメラルドの瞳をしている。あろうことか、メグレズの実妹にあたる。上品さと可憐さを併せ持つ彼女は、この場の女神とも言えるほど輝いている。
「坊やが死んでいなくてよかったよ。坊やがいないとこの場が纏まらないからね。一人うるさいのがいるけれど。」
その瞬間、誰にでも分かるほどの圧力をメグレズに放った。彼も黙り込んでしまい、急に静かになった。漆黒の短髪に、紫色の瞳をした彼女は、この場にいる中で最も長い経歴を持つ。そして、魔道で右に出るものはまずいない。言わば、世界最強の魔導士。見た目は三十代半ばだが、実際の年齢は随分と上なのだとか。
「お久しぶりです。メラクさん。」
この場にそぐわない褌のみを纏い、筋トレに励む男が一人。スキンヘッドで朱色の瞳をしている。五十代とは思えないほどの筋力を有し、パワーで右に出る者はいない。人格者ではあるものの、考えることが非常に苦手で、はっきり言って馬鹿である。
「相変わらず、凄い筋肉ですね、アリオトさん。」
「おぉ、アルカイドか! やっぱりお前もそう思うだろ?」
「はい。」
周りは若干引いているが、実力はその筋肉量を遥に超越する。
「久しいな、小僧。」
「相変わらず怖いよ、あんたは。」
メラクに注意される彼は、貫禄があり、雰囲気だけで怖気づく者も多い。本人はそのつもりが全くないらしいが、ただものでないオーラが染み出している。この中で、彼に勝てるものはいない。若者が成長すれば、無きにしも非ずだが、最も長い経歴を持つメラクですら敵う相手ではない。事実上、世界最強。彼のコードネームを聞くだけで逃げる者さえもいる。それほどまでに強さが異常なのだ。
「ご無沙汰しております。ドゥーベさん。」
「ほぉ。」
珍しく立ち上がり、古和稀に近づく。古和稀は不思議そうにドゥーベを見ている。
「あんた、何やってるんだい。」
「いや、何。小僧が腕っぷしを上げてやるからな。そろそろ抜かされるのではないかと冷や冷やしただけだ。」
その言葉に四人が古和稀の方を見る。古和稀は慌てて首を振るが、歴戦を戦い抜いてきた者には誤魔化すことができないらしい。
「なるほど。坊やが着ている服のおかげで気付きにくくなっているんだね。こりゃあ、あたしも敵わないかもしれないよ。」
「とんでもない! 自分は魔法が苦手なので、メラクさんには敵いませんよ。」
「嘘をおっしゃい。あたしの見立てが間違っていなければ、あんた、一定の威力の魔法なら切れるんじゃないのかい?」
メラクは笑みを溢しながら古和稀を見る。古和稀は両手を上げ、降参したかのように溜息を吐く。
「お二人には、本当に敵いません。仰る通りです。Aランク魔法までなら文字通り切ることができるようになりました。」
一名の悔しがる声を除けば、歓声が上がった。魔法を切るという行為自体は、できなくはない。弱点属性の魔法を剣に纏い、斬撃にもその魔法を乗せることができれば可能だ。習得が難しいが、決してできないわけではない。加えて、下級魔法と呼ばれる、DあるいはCランクの魔法のみが可能である。しかし、古和稀は中級魔法に該当するAランクの魔法をも切ることができるというのだ。世界でも数が少ない。
「静まりなさい。」
一瞬にして、空気が変わる。初めに彼らが見ていた場所に、五人の人物が居座っている。この者たちこそが、古和稀たちを呼び出した張本人なのだ。その五人を纏めてポラリスと呼んでいる。
「此度の呼びかけに応じていただき感謝致します。」
「前置きはいい。本題に入れ。」
ドゥーベがとてつもない威圧を放ちながら、前方に投げかける。ポラリスは少しだけ青ざめ、頷き合い、咳払いをして本題に入った。
「では、本題に入る。・・・・・・フェクダが殺された。」
その一言は誰もが息を呑んだ。本来七人いるはずが、六人しかいなかった理由がこれだ。ドゥーベという存在が現れるまで、世界最強に君臨していた男。常に第一線で活躍し続けた男こそがフェクダなのだ。その悲報は歴史を一変させる出来事に他ならない。
「ロストガヴァメントと呼ばれるようになって、今年で百年を迎えるが、今までプラウスが欠けることはなかった。」
誰もが沈黙する。これがどういうことなのか分かっているからこそ、沈黙をせざるを得ないのだ。
「フェクダともなる者が殺された今、我々もいつ何時殺されるか分からない。それほどまでに実力を上げてきている者もいる。プラウスが欠けることが問題なのではない。殺される世の中になってしまったことが問題だ。認知度が高まりつつあるのも事実。今や、ロストガヴァメントを知らぬ者の方が少ない。お主らも気を付けてほしい。」
悲しみに包まれる中、世界最強の男が口を開いた。
「フェクダさんを殺ったのは、誰だ。」
その言葉には怒りや憎しみのようなものはなく、純粋に気になっているように思えた。口籠るポラリスに対し、言葉を付け足す。
「いや、何。フェクダさんに実力で勝つことができたのは、俺と小僧だけだ。つまり、少なくともそのレベルの奴がいるということだ。場合によっては俺たちも殺される可能性があるわけだ。知らないわけにはいかないだろう。これ以上、プラウスが欠けることは信用問題にもなりかねん。そうなれば」
「皆まで言うな、ドゥーベよ。この話を知っている者は既に不安になっている。これ以上、下の者に不安を煽るようなことがあってはならん。故に、一刻も早くこの事態を収拾しなければならない。」
そんなことは誰でも分かる。ここにいるということはそういうことなのだ。引退を除けば、欠けることの許されない立ち位置にある。その責任と重みはどんな誰が背負うことになろうとも決して軽いものではない。
「少し考えておりましたが、我々も打って出ることにしました。ここにいる六名が彼のモノを消すまで、ロストガヴァメントに属する者の全てのクエストを禁止とし、日常生活を送らせることを決断致しました。当面の間、あなた方の任務は、彼のモノを討伐することとします。報酬は、序列決戦の申し出を無償で行える。現在の上位二人に対しては」
「報酬なんているか!」
「報酬なんていりません!」
ポラリスの言葉を遮る二つの言葉。最年長記録と最年少記録を持つ二人の男は顔を見合わせていた。
「珍しく意見があったな、小僧。」
「そのようですね、ドゥーベさん。」
二人は笑みを溢しているが、雰囲気はまるで別だ。火花が散っているかのように見える。
「本当によろしいのですか。ともすれば死ぬのですよ。」
「「だから?」」
二人揃って、眼を飛ばす。発言をしたポラリスは二人の圧に思わず一歩退いてしまう。その間を物怖じせずに割って入るメラク。
「報酬の云々はともかく、今の序列ってどうなっているんだい?」
三人の行動に残りの三人は驚きしかなく、内心焦りしかなかった。ポラリスはその様子をやはり、一歩退いたところから見ていた。故に、メラクの質問を答えるものは声が震えていた。
「ええ・・・・・・と、じょ、序列は、第六星メグレズ殿、第五星アリオト殿、第四星ミザール殿・・・・・・。」
そこで一度途切れてしまった。読み上げていた者が何やら中央に集まり、話している。節々に間違いはないのかという確認を行っている。プラウスの序列は、実力で決まる。プラウスに選ばれたという時点で、他の者との実力は雲泥の差であり、忠誠心も任務の数も関係ない。それ故に、下の者からの信頼も厚く、いざという時に駆り出される。
「し、失礼しました。第三星メラク殿、第二星アルカイド殿、第一星ドゥーベ殿。以上が現序列となります。」
これはこれで誰もが驚く結果になっていた。一年に一度変化するものとはいえ、ミザールとアルカイドの躍進が凄まじい。フェクダが亡くなり、席が空いたとはいえ、ミザールは第七星から、アルカイドは第五星からの躍進である。
「なるほど。」
メラクの一言でその場の空気が凍る。これまで十数年間、第二星を保ってきたメラクが第三星に落ちたのだ。緊張が走るのは当然であろう。
「上位二人が報酬いらないと言ったんだ。あたしも報酬はいらないよ。」
一気に緊張が解けた。分かりやすい空気にメラクが疑問を投げる。
「一体どうしたってんだい。何か、そんなに緊張することでもあったかい?」
「俺はてっきり、お前が不服の申し立てでも行うかと思っていたぞ。」
ドゥーベの言葉に納得がいったようで、初めは頷いていたが、やがて笑い始めた。
「あたしが不服の申し立てを行うわけないだろう。あたしの方が序列が下のような気がしたから序列を聞いたわけだし、それに・・・・・・あたしは随分と前から坊やには負けていたからね。あたしが第二星だった時は、寧ろ申し立てをしていただろうね。」
「メラクさん・・・・・・。」
その言葉に誰もが安心をしていたが、当然、メグレズは歯を食いしばっていた。だが、それでも不服の申し立てを行わないのは、本人自身、実力が追い付いていないことを理解しているからだろう。
「こりゃあ、もう少し鍛えないといけないかもな。まだ、抜かされるわけにはいくまい。なぁ、小僧。」
不敵な笑みを浮かべ、空気に重みを乗せるドゥーベに対し、臆することなく跳ね除ける古和稀。古和稀もまた、不敵な笑みを浮かべていた。
「ようやくここまで来ました。今はまだ、挑みませんが、いずれ必ず挑みに行きます。それまで死なないでくださいね。」
「言うてくれる。小僧こそ、俺に挑む前に死ぬなよ?」
そう言って、笑いながら出て行った。
「全く・・・・・・。あんたたちはもう少しましな鼓舞の仕方がないのかい? うちの旦那も悪いんだけどさ。」
メラクも苦笑しながらドゥーベの後を追った。
「他の三人はいかがなさいますか。報酬の件なのですが。」
ポラリスが声を掛ける。二人がいなくなり、ようやく気が楽になったのであろう。
「アルカイドさんが要らないと仰いましたので、私も不要です。それに、フェクダさんがどのような方かあまり知らないので、貰うわけにはいきません。」
ミザールは満面の笑みで答え、それを見たポラリスもつられて笑顔になっている。
「わしもいらんぞ。」
声高らかに笑い、そのまま去って行った。ただ、ダンベルを持って走って行った。
「俺はありがたくいただく。その挑戦権だけは!」
図太い。流石はメグレズといったところだろう。貰えるものは貰う。その代わりやることはやるし、気遣いもする。それが彼なのだ。
「アルカイド! 今年の交流会は、貴様に勝ち、貴校の聖女に惚れさせる! 必ず出陣しろ。さもなくば、地の果てまで追いかけてやる!」
妙な捨て台詞吐いて走り去って行った。
「勝てるわけないのに、何を考えているのかしら。アルカイドさん、兄の無礼お許しください。」
「気にしてませんよ。それに、皆さん、どうやって敵を探すつもりなのでしょうか。」
古和稀は空気が固まったのを感じた。そう、誰一人として敵の特徴を聞こうとすらしていなかった。
「お前さんたちに伝えておくから、必要があれば他の者にも伝えてくれまいか。」
「承知いたしました。」
もう一度招集はしたくないらしい。たった六人ですら、これだけの濃さを持つのだから、もう一人増えていたらどうなっていたのだろうか。特徴を聞いた二人はロストガヴァメントを後にした。しかし、その特徴は一つも当てはまることなく、それどころか、最強と謳われる二人を追い詰めすらする脅威であった。戦闘スタイルも容姿も、動き方も・・・・・・。ポラリスの間違った情報が多くの犠牲者を出してしまうことは、まだ誰も知らない。
「五年ぶりか。」
古和稀の目の前には、鉄格子で作られた門があり、その奥には薄暗く、光の届かない広大な敷地が広がっていた。そして、その奥に、巨大な建物が存在している。
「お待ちしておりました、古和稀様。中でポラリス一同お待ちしております。」
「承知いたしました。」
タキシードを着た執事のような人に案内され、巨大な建物に入っていく。その中は一言で言えば教会。どちらかと言えば、政府機関に似ているかもしれない。案内の間、執事と他愛もない会話をする。
「本日、学校の方は如何ほどに?」
「病欠を取ってきました。まだ、始まったばかりですので。」
「しかし、今回は招集が日中ということですので、多くの者に目が触れたのではありませんか?」
「隠蔽護服を着ているから流石に気付けないと思いますよ。念のため、全音遮断してきましたけど。」
すると、執事は高らかに笑い始める。
「失礼しました。」
「気にしていませんよ。」
「相変わらず抜かりのない古和稀様に感心しております。他の者は老骨の扱いが雑でして、助かっております。」
「とんでもないですよ。常に近くにいない我々がいけないのですから。自分の不始末は自分でしないとやっていけない世の中になっていますからね。」
今度は、低く、着きました、と言い、一瞬でその場から消えた。小さく深呼吸した古和稀は静かに歩きだし、中央へと向かう。そこには既に五人いて、前方斜め上を見上げている。
「これはこれは『アルカイド』殿ではありませんか! 久しぶりですなぁーっ! てっきり死んでしまったのかと・・・・・・。」
金髪の男が話し出す。声が一般男性よりも高く、その風貌は気品さが溢れている。馬鹿にしたような話し方は常に他人を見下していることを窺わせる。腹の中では何を考えているかすら分かったものではない。しかし、ここにおり、選ばれているという時点で、それは折り紙付きの実力を持ち、また人格者である。コードネーム「メグレズ」。そして、先程この男が口にした「アルカイド」というのは他でもない。古和稀のことなのだ。古和稀がいなければ、最年少での登録はこの男だったのである。根に持っているのかもしれない。
「あなたが死んでいなくてよかったです、アルカイドさん。」
「久しぶりですね、ミザールさん。」
「ちょっと、無視ですかぁー?」
コードネーム「ミザール」。ここに集まった中で、最も浅い経験の女性である。古和稀の一つ下の年齢で、古和稀のことをよく慕っている。
「そろそろ敬語はよしてください。私の方が年齢も経歴も下なのですから。」
「善処します。」
頬膨らませる彼女は、金髪で、エメラルドの瞳をしている。あろうことか、メグレズの実妹にあたる。上品さと可憐さを併せ持つ彼女は、この場の女神とも言えるほど輝いている。
「坊やが死んでいなくてよかったよ。坊やがいないとこの場が纏まらないからね。一人うるさいのがいるけれど。」
その瞬間、誰にでも分かるほどの圧力をメグレズに放った。彼も黙り込んでしまい、急に静かになった。漆黒の短髪に、紫色の瞳をした彼女は、この場にいる中で最も長い経歴を持つ。そして、魔道で右に出るものはまずいない。言わば、世界最強の魔導士。見た目は三十代半ばだが、実際の年齢は随分と上なのだとか。
「お久しぶりです。メラクさん。」
この場にそぐわない褌のみを纏い、筋トレに励む男が一人。スキンヘッドで朱色の瞳をしている。五十代とは思えないほどの筋力を有し、パワーで右に出る者はいない。人格者ではあるものの、考えることが非常に苦手で、はっきり言って馬鹿である。
「相変わらず、凄い筋肉ですね、アリオトさん。」
「おぉ、アルカイドか! やっぱりお前もそう思うだろ?」
「はい。」
周りは若干引いているが、実力はその筋肉量を遥に超越する。
「久しいな、小僧。」
「相変わらず怖いよ、あんたは。」
メラクに注意される彼は、貫禄があり、雰囲気だけで怖気づく者も多い。本人はそのつもりが全くないらしいが、ただものでないオーラが染み出している。この中で、彼に勝てるものはいない。若者が成長すれば、無きにしも非ずだが、最も長い経歴を持つメラクですら敵う相手ではない。事実上、世界最強。彼のコードネームを聞くだけで逃げる者さえもいる。それほどまでに強さが異常なのだ。
「ご無沙汰しております。ドゥーベさん。」
「ほぉ。」
珍しく立ち上がり、古和稀に近づく。古和稀は不思議そうにドゥーベを見ている。
「あんた、何やってるんだい。」
「いや、何。小僧が腕っぷしを上げてやるからな。そろそろ抜かされるのではないかと冷や冷やしただけだ。」
その言葉に四人が古和稀の方を見る。古和稀は慌てて首を振るが、歴戦を戦い抜いてきた者には誤魔化すことができないらしい。
「なるほど。坊やが着ている服のおかげで気付きにくくなっているんだね。こりゃあ、あたしも敵わないかもしれないよ。」
「とんでもない! 自分は魔法が苦手なので、メラクさんには敵いませんよ。」
「嘘をおっしゃい。あたしの見立てが間違っていなければ、あんた、一定の威力の魔法なら切れるんじゃないのかい?」
メラクは笑みを溢しながら古和稀を見る。古和稀は両手を上げ、降参したかのように溜息を吐く。
「お二人には、本当に敵いません。仰る通りです。Aランク魔法までなら文字通り切ることができるようになりました。」
一名の悔しがる声を除けば、歓声が上がった。魔法を切るという行為自体は、できなくはない。弱点属性の魔法を剣に纏い、斬撃にもその魔法を乗せることができれば可能だ。習得が難しいが、決してできないわけではない。加えて、下級魔法と呼ばれる、DあるいはCランクの魔法のみが可能である。しかし、古和稀は中級魔法に該当するAランクの魔法をも切ることができるというのだ。世界でも数が少ない。
「静まりなさい。」
一瞬にして、空気が変わる。初めに彼らが見ていた場所に、五人の人物が居座っている。この者たちこそが、古和稀たちを呼び出した張本人なのだ。その五人を纏めてポラリスと呼んでいる。
「此度の呼びかけに応じていただき感謝致します。」
「前置きはいい。本題に入れ。」
ドゥーベがとてつもない威圧を放ちながら、前方に投げかける。ポラリスは少しだけ青ざめ、頷き合い、咳払いをして本題に入った。
「では、本題に入る。・・・・・・フェクダが殺された。」
その一言は誰もが息を呑んだ。本来七人いるはずが、六人しかいなかった理由がこれだ。ドゥーベという存在が現れるまで、世界最強に君臨していた男。常に第一線で活躍し続けた男こそがフェクダなのだ。その悲報は歴史を一変させる出来事に他ならない。
「ロストガヴァメントと呼ばれるようになって、今年で百年を迎えるが、今までプラウスが欠けることはなかった。」
誰もが沈黙する。これがどういうことなのか分かっているからこそ、沈黙をせざるを得ないのだ。
「フェクダともなる者が殺された今、我々もいつ何時殺されるか分からない。それほどまでに実力を上げてきている者もいる。プラウスが欠けることが問題なのではない。殺される世の中になってしまったことが問題だ。認知度が高まりつつあるのも事実。今や、ロストガヴァメントを知らぬ者の方が少ない。お主らも気を付けてほしい。」
悲しみに包まれる中、世界最強の男が口を開いた。
「フェクダさんを殺ったのは、誰だ。」
その言葉には怒りや憎しみのようなものはなく、純粋に気になっているように思えた。口籠るポラリスに対し、言葉を付け足す。
「いや、何。フェクダさんに実力で勝つことができたのは、俺と小僧だけだ。つまり、少なくともそのレベルの奴がいるということだ。場合によっては俺たちも殺される可能性があるわけだ。知らないわけにはいかないだろう。これ以上、プラウスが欠けることは信用問題にもなりかねん。そうなれば」
「皆まで言うな、ドゥーベよ。この話を知っている者は既に不安になっている。これ以上、下の者に不安を煽るようなことがあってはならん。故に、一刻も早くこの事態を収拾しなければならない。」
そんなことは誰でも分かる。ここにいるということはそういうことなのだ。引退を除けば、欠けることの許されない立ち位置にある。その責任と重みはどんな誰が背負うことになろうとも決して軽いものではない。
「少し考えておりましたが、我々も打って出ることにしました。ここにいる六名が彼のモノを消すまで、ロストガヴァメントに属する者の全てのクエストを禁止とし、日常生活を送らせることを決断致しました。当面の間、あなた方の任務は、彼のモノを討伐することとします。報酬は、序列決戦の申し出を無償で行える。現在の上位二人に対しては」
「報酬なんているか!」
「報酬なんていりません!」
ポラリスの言葉を遮る二つの言葉。最年長記録と最年少記録を持つ二人の男は顔を見合わせていた。
「珍しく意見があったな、小僧。」
「そのようですね、ドゥーベさん。」
二人は笑みを溢しているが、雰囲気はまるで別だ。火花が散っているかのように見える。
「本当によろしいのですか。ともすれば死ぬのですよ。」
「「だから?」」
二人揃って、眼を飛ばす。発言をしたポラリスは二人の圧に思わず一歩退いてしまう。その間を物怖じせずに割って入るメラク。
「報酬の云々はともかく、今の序列ってどうなっているんだい?」
三人の行動に残りの三人は驚きしかなく、内心焦りしかなかった。ポラリスはその様子をやはり、一歩退いたところから見ていた。故に、メラクの質問を答えるものは声が震えていた。
「ええ・・・・・・と、じょ、序列は、第六星メグレズ殿、第五星アリオト殿、第四星ミザール殿・・・・・・。」
そこで一度途切れてしまった。読み上げていた者が何やら中央に集まり、話している。節々に間違いはないのかという確認を行っている。プラウスの序列は、実力で決まる。プラウスに選ばれたという時点で、他の者との実力は雲泥の差であり、忠誠心も任務の数も関係ない。それ故に、下の者からの信頼も厚く、いざという時に駆り出される。
「し、失礼しました。第三星メラク殿、第二星アルカイド殿、第一星ドゥーベ殿。以上が現序列となります。」
これはこれで誰もが驚く結果になっていた。一年に一度変化するものとはいえ、ミザールとアルカイドの躍進が凄まじい。フェクダが亡くなり、席が空いたとはいえ、ミザールは第七星から、アルカイドは第五星からの躍進である。
「なるほど。」
メラクの一言でその場の空気が凍る。これまで十数年間、第二星を保ってきたメラクが第三星に落ちたのだ。緊張が走るのは当然であろう。
「上位二人が報酬いらないと言ったんだ。あたしも報酬はいらないよ。」
一気に緊張が解けた。分かりやすい空気にメラクが疑問を投げる。
「一体どうしたってんだい。何か、そんなに緊張することでもあったかい?」
「俺はてっきり、お前が不服の申し立てでも行うかと思っていたぞ。」
ドゥーベの言葉に納得がいったようで、初めは頷いていたが、やがて笑い始めた。
「あたしが不服の申し立てを行うわけないだろう。あたしの方が序列が下のような気がしたから序列を聞いたわけだし、それに・・・・・・あたしは随分と前から坊やには負けていたからね。あたしが第二星だった時は、寧ろ申し立てをしていただろうね。」
「メラクさん・・・・・・。」
その言葉に誰もが安心をしていたが、当然、メグレズは歯を食いしばっていた。だが、それでも不服の申し立てを行わないのは、本人自身、実力が追い付いていないことを理解しているからだろう。
「こりゃあ、もう少し鍛えないといけないかもな。まだ、抜かされるわけにはいくまい。なぁ、小僧。」
不敵な笑みを浮かべ、空気に重みを乗せるドゥーベに対し、臆することなく跳ね除ける古和稀。古和稀もまた、不敵な笑みを浮かべていた。
「ようやくここまで来ました。今はまだ、挑みませんが、いずれ必ず挑みに行きます。それまで死なないでくださいね。」
「言うてくれる。小僧こそ、俺に挑む前に死ぬなよ?」
そう言って、笑いながら出て行った。
「全く・・・・・・。あんたたちはもう少しましな鼓舞の仕方がないのかい? うちの旦那も悪いんだけどさ。」
メラクも苦笑しながらドゥーベの後を追った。
「他の三人はいかがなさいますか。報酬の件なのですが。」
ポラリスが声を掛ける。二人がいなくなり、ようやく気が楽になったのであろう。
「アルカイドさんが要らないと仰いましたので、私も不要です。それに、フェクダさんがどのような方かあまり知らないので、貰うわけにはいきません。」
ミザールは満面の笑みで答え、それを見たポラリスもつられて笑顔になっている。
「わしもいらんぞ。」
声高らかに笑い、そのまま去って行った。ただ、ダンベルを持って走って行った。
「俺はありがたくいただく。その挑戦権だけは!」
図太い。流石はメグレズといったところだろう。貰えるものは貰う。その代わりやることはやるし、気遣いもする。それが彼なのだ。
「アルカイド! 今年の交流会は、貴様に勝ち、貴校の聖女に惚れさせる! 必ず出陣しろ。さもなくば、地の果てまで追いかけてやる!」
妙な捨て台詞吐いて走り去って行った。
「勝てるわけないのに、何を考えているのかしら。アルカイドさん、兄の無礼お許しください。」
「気にしてませんよ。それに、皆さん、どうやって敵を探すつもりなのでしょうか。」
古和稀は空気が固まったのを感じた。そう、誰一人として敵の特徴を聞こうとすらしていなかった。
「お前さんたちに伝えておくから、必要があれば他の者にも伝えてくれまいか。」
「承知いたしました。」
もう一度招集はしたくないらしい。たった六人ですら、これだけの濃さを持つのだから、もう一人増えていたらどうなっていたのだろうか。特徴を聞いた二人はロストガヴァメントを後にした。しかし、その特徴は一つも当てはまることなく、それどころか、最強と謳われる二人を追い詰めすらする脅威であった。戦闘スタイルも容姿も、動き方も・・・・・・。ポラリスの間違った情報が多くの犠牲者を出してしまうことは、まだ誰も知らない。
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20歳の子爵家令嬢オリビエは母親の死と引き換えに生まれてきた。そのため父からは疎まれ、実の兄から憎まれている。義母からは無視され、異母妹からは馬鹿にされる日々。頼みの綱である婚約者も冷たい態度を取り、異母妹と惹かれ合っている。オリビエは少しでも受け入れてもらえるように媚を売っていたそんなある日悪女として名高い侯爵令嬢とふとしたことで知りあう。交流を深めていくうちに侯爵令嬢から諭され、自分の置かれた環境に疑問を抱くようになる。そこでオリビエは媚びるのをやめることにした。するとに周囲の環境が変化しはじめ――
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ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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