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22 どちゅこ~い妖精ラキちゃん

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※冒頭のみ、パッパこと冒険者ギルドのギルドマスター、グレゴリオの視点でお送りします。

【グレゴリオ視点】

 嵐のような忙しさから、ようやくつかの間の休息をとることを許された俺は...夜更けにこっそり、子供たちの部屋を訪れた。
 静かに静かに、気配を消して。
 こう見えて図体の割りに、俺は隠密行動の訓練もみっちりと受けていて、気配を消すのは得意な方だ。
 …それで、何をしに来たのかというと。もちろん、可愛いチビ助たちの寝顔をちょこっと見て癒されに来たのだ。

 キリキリキリッ…

   灯りの消えた子供たちの部屋に、一歩踏み込んだその時。音のない張り詰めた糸のような殺意が飛んできた。
   見ると、部屋の入口のすぐ脇に…俺の死角になる左斜め後ろに、いつの間にか『その子』が立っていた。

「(…わりぃ、合図すんの忘れてたわ)」

   俺が声を潜めて謝ると、その子はふう、と小さくため息を吐いて...指ぬき手袋のような暗器から引っ張り出していた鋼の糸を静かに収納し、殺気を霧散させた。
   この部屋に入る際に取り決められていた合図は、気配を消さずに扉を指の腹で軽く3回トントンだ。

「(気をつけて…下さい。そんなに完璧に気配を消されたら、逆に警戒…します)」

  その子…トマシュは、ジトッと目をすわらせて、可愛らしく口を尖らせた。…そういう顔をしていると、本当に年相応の幼い子供に見えるんだが。
  実は、こう見えて彼は隠密諜報組織、『月影げつえいの蝶』で厳しく訓練されて育った、ある意味特殊な子供だ。
   縁あって、あの組織の壊滅後はうちで保護して育てることになった。
 子供をさらって、心を持たぬ冷酷な暗殺者に仕立て上げる。そんな非人道的なことを長く行ってきた胸糞の悪い組織だったが、若い構成員たちを捕縛した際、涙を流してトマシュを託されたのだ。


「お願いします…どうか、その子だけは普通の…幸せな子供に戻してやってください」
「こんなことを頼めた義理じゃないのはわかってる。ただ、その子はまだ、人を殺してねえから。…俺たちの手はもう、汚れ切ってて戻れやしないが…その子は…まだ、きっと間に合う!」

「「どうか…、人間にもどしてやってください…!!」」

 そう、捕縛されて連れていかれる際に必死に頭を下げてきた彼らもまた…かつてのトマシュと同じ。さらわれてきた子供たちだったのだ。
 俺たちはもうダメだ、だけどこいつだけはとさみしそうに言って、優しくトマシュを見ていた彼らこそ、よほど人間らしい目をしていたと思う。

  しっかし、トマシュも。ここに来た当時は人形のように表情を動かさない子供だったが。幼子たちの面倒をみるうちに、随分と人間くさい、子供らしい表情をするようになったものだ。
 ふふふっ、これなら、獄中のあいつらにも、喜ばしい報告をすることができ…

「(あぶなかった。もうちょっとで、首ちょんぱしちゃうとこだった…ふふっ)」

「(…ゴクリ)」

 随分と…人間くさい、子供らしい表情を…あれぇ?
 …ま、まあ、心のケアは、焦らず、時間をかけてじっくりいこうじゃないか。

 そこへ、ドアの前にふいに気配がした。きちんと、静かに指の腹でドアをトントンしている。

「(どうぞ…)」
 
 合図を受けて、トマシュがそっとドアを開けた。…そこに立っていたのは、やっぱりテミシス…神聖騎士団の精鋭部隊の副団長が立っていた。いつ見ても、繊細な砂糖細工のような麗しいご面相だ。

 俺とトマシュに黙礼をして、静かに入ってきたテミシスは、子どもたちのベッドの中で、すやすや、ぷうぷうとかわいらしい寝息を立てているラキアとロッポ少年を見て、優しく微笑んだ。

「(ふ…愛らしい寝顔ですね…)」

 わかる。ちっちゃいおててをつないで、仲良くねんねしている幼子たち。
 その愛らしい寝顔を見ると、仕事の疲れが溶けて流れていくようだ。

「(…そんで?お前のことだ、癒されに来ただけじゃないだろ?)」
「(…例の『伯爵』というラキア様の石の件です。世界樹の下流の河原の石は、ほとんどすべて聖魔力を宿し、
一般的な家庭用の魔道具に使われている、魔晶石の代用品として使用できることが明らかとなりました)」

「(はあああっ!?)」

 俺はあまりのことに、ついついでかい声を出しそうになっちまった!
 すぐそばで寝ているラキアが、ちょこっと起きそうになって肝を冷やした。
 …いっててて!わるかった!もう静かにするから。尻をつねり上げるのをやめてくれ、トマシュ。

「(…マジかよ)」
「(マジです)」

 はあ~~~~…、なんてこった。なんてこった!
 俺たちがず~っと試行錯誤してきた、世界的なエネルギー不足問題。
 1度滅びかけた世界は、圧倒的に自然界のマナが不足していて、魔道具の燃料となる魔晶石が採掘されにくくなっている。
 つまり、目の玉が飛び出るくらい高い。一般家庭ではとても用意できず、魔道具の使用を断念せざるを得ない者は多い。
 エネルギー不足で空調が使えず、例年、少なくはない厳しい夏の暑さと冬の寒さによる犠牲者が出てしまう。それを防ぐため、必死で知恵を出し合って、実行し、エネルギー問題を緩和してきた。…ただ、不甲斐ないことに、成果は充分ではなかった。

 そこに、厳しい夏を目前に、ラキアが教えてくれたのだ。
 本人には自覚がないだろうが、俺達には大きな救いとなった。

 なんと、世界樹の下流で拾ってきたただの河原の小石が、ほとんど全てエネルギー現として使えることがわかったのだ!

 え?いつからそうなった?前はそんなバカみたいに都合のいい話はなかった。
 いやいやいや、だって、ただの河原の石だぞ?今までも、何度も環境調査がされている。気が付かないはずがない。
 しかも世界樹の下流の川は…この街の中にまで続いている。
 聖域に指定されて、特別な許可のある者しか入ることができない地域とは違い、下流も下流の地域であれば、だれでも…それこそ、魔晶石を買うことができない一般の家庭であっても、簡単に代替え品を拾ってくることができるではないか。…無料で。

「(しかも、時間はかかるものの、川の水につけたり、日に当てるとゆっくりとマナが充填されて、やがて再利用が可能になる見込みだそうです)」
「(おおお…なんてこった、神よ…!)」

 簡単に誰でも拾って来られる上に、エネルギーをチャージして再利用できるとは。…最高かよ。
 これで、どれだけの街の住民たちの生活が助けられるのだろう。

「(ただちに、全国の世界樹の近隣の国に緊急伝達を出せ。…河川の見張りを強化しよう。根こそぎ取ってって売ろうとするやつの取り締まりや、石ひろいに来た子供たちが、溺れたりしないように注意する必要がある)」

「(了解です)」

 静かに黙礼をして、去っていくテミシス。俺も急いで後を追おうとして…ふっと振り返って、ラキアのふわふわなナイトキャップに包まれた頭を、起こさないように気を付けつつ、優しくなでなでした。

「(…本当にありがとうな。ラキア。俺のかわいい子)」

 すると、ねんねしながらも、ちょっとくすぐったそうな笑顔になったラキアが、もにゅもにゅと口を動かした。

「…んう~。パッパあ…」
「(うん…?どうした?)」

 寝ながら俺を呼ぶ愛らしい声に、たまらない愛おしさがこみあげてくる。やさしく、ひそめた声でたずねてみると…

「パッパ、うふふ…くちゃい、にょ…」
「(エッ…!?)」

 そ、そんなああああ…!やっぱり俺は臭いのか…!?

「(おやすみ…。もう一仕事したら、念入りに風呂に入ってくる…)」
「(ぷふうっ…)」

 俺が泣きそうになりながら部屋を後にすると、トマシュのやつが小さく噴き出しているのが聞こえた。
 笑いごとじゃねえよ、まったく…。



【ラキア視点】

「んん~っ、ちゃわやかな、朝ねえ~」
 
  パッパやギルドのみんなが、朝の鍛錬をしているお庭の隅っこで。ボクは元気にのび~をした。
  ん~。お目覚めスッキリ。い~いお天気!グッスリ眠れて、コンディションはバッチリ、よお~!

  パッパ達は、今日は2人ずつペアになってお相撲をとってるみたい。みんな真剣にがっぷり4つでぶつかり合っていて、とっても白熱してるの!
  うふふ!勝負に本気になっちゃって。男の子ね~。(あ、ごめんなさい。女の子も少ないけど混ざってた!)

  エッ?どうして、異世界にお相撲があるのかって?
  うふふっ、それはねえ。
  パッパたちが、妖精の国の体術ってどんなのがあるんだ?って興味を持ってくれたから、ボク嬉しくなっちゃって。お相撲や柔道を、おでこゆんゆんしてみんなにお伝えしたのよ。
 そしたら、パッパもダンも、朝の鍛錬に集まってきていたみんなも感動に打ち震えてたの!
 
「なんてこった…なんて恐ろしくよくできた、体術のジャンルなんだ…。試合をこの目で見てみたかった…!」(パッパ)
「俺も、達人にこの体術の稽古をつけてもらいたかった…!やっぱすげえぞ、妖精の国…!」(ダン)

  ほほほ!そうでしょ~。日本の誇る、素晴らしき文化なのよ~!
  ボクはとっても誇らしい気持ちになって、朝のウォーキングに加えて、とある鍛錬をはじめたの。それは何かというと…

「んん~、どちゅこぉ~い!」
  
  てぺちーん!
  ボクは、元気に張り手を繰り出した!
  ボクの渾身の張り手を、何故か半笑いでプルプルしながら優しく受け止める、ダン。
 
「んもお~!ダンしゃん、どうちて笑うのよお」
  
  むっぷう。
  ボクが、いつものように大きな木の下までウォーキングをしていって。
  ゴールの木の幹に、ニコニコタッチしてから、よおーっち!今日のボクはお相撲ちゃんの気分だから、このまま木の幹をお借りして、どすこい張り手の練習をしようと思ったの。

  そしたら、「あぶなああああああい!」って驚くような勢いで、そばで見ていたダンがぶっ飛んで来て止めるのよお。

「おーい、ラキア。危ないからやめな?おてて痛い痛いしちゃうだろ?」

 心配そうに、張り手を繰り出していたおててをやんわり握って邪魔してきたの。

「しちゅれいしちゃう!ボク、大丈夫よお~!」

  そりゃあ、おててはぷにぷにだし、戦うのはからっきしダメだけどさ。
   あの最強のパッパの子なのよお。木の幹でおてて、痛い痛いなんてしないもん。大丈夫よお。
   ボクの今朝のお衣装、マーサおばちゃまがやたら熱心にオススメしてくれた、真っ白なフワフワのタオル地でできたうさぎさんのフワモコ着ぐるみジャンプスーツが、一見頼りなさそうにみえちゃうのかもしれないけどね。
   

「でもよお…?」

  ボクの両方のおててをにぎにぎしながら、まだ心配そうなダン。
  すると、それを見兼ねて、ダンの部下のミエルくんがニコニコと近づいてきた。あら、今日はミエルくんも鍛錬に参加してたのねえ。

「ねえ、ラキちゃん?木の幹さんにえいえいってしたら、木の幹さんが痛い痛いってしちゃいますよ?」
「ああ~っ!ちょれも、ちょうねえ」

  そうかあ。ボクが叩いたら、木の幹さんが痛い痛いしちゃうよね。ボクったら、全然木の幹さんのことを考えられてなかった。

「ボク、どちゅこい、やめるのお…」

  ションボリ申し訳ない気持ちになって、木の幹さんを優しくなでなでしていたら…ダンたちが、ボクの練習に付き合ってくれることになった。

  つまり、木の幹さんじゃなくって、ダンやミエルくんが交代で、ボク渾身のどすこい張り手を優しくおててで受け止めてくれることになったんだけど…。

「どちゅこおい!…んん~、どちゅこおい!」

  てぺちっ!てっちーん!

「プーックックック!…いや、すまんすまん!…しっかし、ひーっ、お前のその、どちゅこいっていう掛け声…!」

「「可愛すぎて、力が抜けるう~!」」

  ボクの相手をしてくれてるダンもミエルくんも、たった数回の張り手を受け止めただけで、ヘナヘナになって草原に転がっちゃうのよ。ホワイ~?

「ンンン~!どちゅこっ、どちゅこい、どちゅこおおい!」

 「ヒイイイ…だめだあ、可愛すぎんだろ…あ~っはっはっはっは!」

 んもお、転がされたら負けなのよお?どうして2人とも、嬉しそうに笑いながらヘナヘナになっちゃうの~?
  もしかして、ボクのどすこい張り手。…強すぎちゃった?

「「ひい、ひい、参りました~!」」

  涙目になって笑いながら、両方のおててを上げて降参した2人に、ボクは重々しくうなづいて言ったのだった。

「ごっちゃんでちゅ…」

「「あ~っはっはっはっは!!!」」
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