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【最終話】皇帝の最期
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そして俺は無事、男の子を出産した。皇太子の子だったら辛いつわりに耐えられなかったかもしれない。しかし自分とヴィダルの子だと思えば苦にならなかった。
生まれた子は、ヴィダルに似ていて通常時には耳も尻尾も出ていなかった。俺に似なかったせいか、皇太子は自分に似ていると思いこんで上機嫌なのがおかしかった。
子どもはアクシスと名付けられた。アクシスはヴィダルに似てすくすくと大きく育った。十五歳になる頃には俺の背丈もすっかり追い抜き、剣術も武術も、学問においても優秀だった。
息子には俺とヴィダルから真実を打ち明けて、彼の果たすべき使命を教え込んでいた。
対して、正室ヤンネの産んだ四人の子のうち三人は五歳の誕生日を迎える前に儚くなった。そして残る一人は先月十七歳になったが、病弱な上に性別がオメガであった。
アゴル帝国ではオメガは世継ぎになれない。そして現時点で側室の産んだ子の中で一番優秀なのは誰から見ても我が息子アクシスだった。
これは願ってもないことだった。皇太子――今はもう皇帝の座に着いた――を倒さずとも、皇帝自らが俺とヴィダルの息子を皇位継承者に選んだのだ。
◇
それから数年後。
皇帝は度重なる遠征により、未知の病にかかり状態が悪化。宮廷に戻って懸命の治療を受けるも、とうとう最後の時が来た。
俺はこの時をどれだけ待ったかわからなかった。
医師は「最後のお別れを」と正妃のヤンネに告げた。
ヤンネは皇帝にすがりこう言った。
「どうして、どうして私の息子を皇太子にしてくれなかったのです! お恨み申し上げます!」
あんなに甘い言葉を囁き合っていた相手なのに、最後がこれか。皇帝はヤンネを運命の伴侶と呼んで可愛がっていたのに、哀れな男だ。
ヤンネは言いたいことを言い終えると、皇帝の最後を看取ることもせず部屋を出て行った。
代わりに皇太子となったアクシスが枕元へ呼ばれた。母親として俺もその隣に付き添う。
アクシスを身籠もってからは、皇帝の寝所に近寄ることもなかった。
この国へ来てからの辛い日々がようやく終わりを告げる。もう言葉を発することすら出来ない皇帝にアクシスが言う。
「父上。父上亡き後のことは俺にお任せ下さい。帝国は今よりもっと発展し、より良いものになるでしょう」
皇帝は虚な目をしていたが、聞こえてはいるようで小さく頷いた。
「母上からも何か一言」とアクシスに促されて俺は皇帝の耳元に唇を寄せた。周囲に聞こえぬように囁く。
「長い間、よくも獣人を虐げてくれましたね。残念ながらこの可愛いアクシスは、あなたの子どもではありません。私と従僕ヴィダルの子です。これからは獣人の子孫がこの帝国を統治するのです。どんな気分です? 私は愉快でなりません」
すると、それを聞いた皇帝が目を見開いた。虚ろだった目に一瞬光が差し、ギロリと睨まれる。しかし、涙が一筋溢れただけで彼はもう俺を罵ることもできない。ルーカスは目を見開いたまま、二度と瞬きをすることはなかった。
医師が駆け寄り脈を計る。そして重々しく皇帝の死を宣告した。
それは人間の支配する帝国の終わりを意味し、獣人たちにとっての夜明けを告げる言葉だった。
〈完〉
――――――
最後までご覧いただきありがとうございました。
別で書いてるものが全年齢の初恋拗らせ話なのでその反動で暗めなのを書いちゃいました。
良ければ「もう一度恋に落ちる運命」の方ももう少しで完結なので覗いてみて下さい!
生まれた子は、ヴィダルに似ていて通常時には耳も尻尾も出ていなかった。俺に似なかったせいか、皇太子は自分に似ていると思いこんで上機嫌なのがおかしかった。
子どもはアクシスと名付けられた。アクシスはヴィダルに似てすくすくと大きく育った。十五歳になる頃には俺の背丈もすっかり追い抜き、剣術も武術も、学問においても優秀だった。
息子には俺とヴィダルから真実を打ち明けて、彼の果たすべき使命を教え込んでいた。
対して、正室ヤンネの産んだ四人の子のうち三人は五歳の誕生日を迎える前に儚くなった。そして残る一人は先月十七歳になったが、病弱な上に性別がオメガであった。
アゴル帝国ではオメガは世継ぎになれない。そして現時点で側室の産んだ子の中で一番優秀なのは誰から見ても我が息子アクシスだった。
これは願ってもないことだった。皇太子――今はもう皇帝の座に着いた――を倒さずとも、皇帝自らが俺とヴィダルの息子を皇位継承者に選んだのだ。
◇
それから数年後。
皇帝は度重なる遠征により、未知の病にかかり状態が悪化。宮廷に戻って懸命の治療を受けるも、とうとう最後の時が来た。
俺はこの時をどれだけ待ったかわからなかった。
医師は「最後のお別れを」と正妃のヤンネに告げた。
ヤンネは皇帝にすがりこう言った。
「どうして、どうして私の息子を皇太子にしてくれなかったのです! お恨み申し上げます!」
あんなに甘い言葉を囁き合っていた相手なのに、最後がこれか。皇帝はヤンネを運命の伴侶と呼んで可愛がっていたのに、哀れな男だ。
ヤンネは言いたいことを言い終えると、皇帝の最後を看取ることもせず部屋を出て行った。
代わりに皇太子となったアクシスが枕元へ呼ばれた。母親として俺もその隣に付き添う。
アクシスを身籠もってからは、皇帝の寝所に近寄ることもなかった。
この国へ来てからの辛い日々がようやく終わりを告げる。もう言葉を発することすら出来ない皇帝にアクシスが言う。
「父上。父上亡き後のことは俺にお任せ下さい。帝国は今よりもっと発展し、より良いものになるでしょう」
皇帝は虚な目をしていたが、聞こえてはいるようで小さく頷いた。
「母上からも何か一言」とアクシスに促されて俺は皇帝の耳元に唇を寄せた。周囲に聞こえぬように囁く。
「長い間、よくも獣人を虐げてくれましたね。残念ながらこの可愛いアクシスは、あなたの子どもではありません。私と従僕ヴィダルの子です。これからは獣人の子孫がこの帝国を統治するのです。どんな気分です? 私は愉快でなりません」
すると、それを聞いた皇帝が目を見開いた。虚ろだった目に一瞬光が差し、ギロリと睨まれる。しかし、涙が一筋溢れただけで彼はもう俺を罵ることもできない。ルーカスは目を見開いたまま、二度と瞬きをすることはなかった。
医師が駆け寄り脈を計る。そして重々しく皇帝の死を宣告した。
それは人間の支配する帝国の終わりを意味し、獣人たちにとっての夜明けを告げる言葉だった。
〈完〉
――――――
最後までご覧いただきありがとうございました。
別で書いてるものが全年齢の初恋拗らせ話なのでその反動で暗めなのを書いちゃいました。
良ければ「もう一度恋に落ちる運命」の方ももう少しで完結なので覗いてみて下さい!
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