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番外編【マルセル視点】

歪んだ真珠の肖像(13)

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 私は酷く動揺したまま帰宅し、使用人を呼びつけた。
「リーゼンフェルト伯爵の屋敷宛に、赤ん坊用の洋服を誂えて送り届けるように。性別は男だ」
「かしこまりました。もしかしてお子さんがお生まれになったのですか?」
「そうだ。もう一歳だそうだから、相応の大きさのものを用意させろ」
「左様でございましたか。私も存じ上げませんで……。ところで旦那様、意匠にご希望はありますか? お色ですとか、形ですとか……」
「そんなもの何だって良い。お前に任せる」
「では、布地の見本を取り寄せますので――」
「必要ない。全部お前の好きにしろ」
「旦那様がお選びにならずお作りしてよろしいのですか?」
「ああ。いいからさっさとやってくれ」
 何か言いたげな使用人を置き去りにして私は部屋に籠もった。

◇◇◇

 それからしばらく私は食事も喉を通らず、考え事をしたくないがために仕事に没頭した。殿下にはまた仕事をし過ぎだと笑われたが、私はふと思いついて尋ねた。
「殿下は、オットーに子どもができたことをご存知だったのですか?」
 すると殿下は一瞬驚いた顔をして、その後なんと答えるか迷う様子を見せた。
――知っておいでだったのか。
「そうですか、ご存知だったのですね。知らされていなかったのは私だけでしたか」
 なぜだ? いや、昔から殿下とオットーは親しい。そこに私が後から加わっただけで、本当に信用されてはいなかったというだけのことか。
「先日誕生祝いを持っていったらいきなり赤ん坊を見せられて驚きました。なぜ生まれてすぐに教えてくれなかったんでしょう」
「それは……俺には答えられん」
 殿下は目を逸らした。後ろめたいことがあるときの表情だ。一体何を隠しているんだ?
「そうですか」
「マルセル、オットーからきちんと話を聞け」
「ええ、そうですね」
 実際オットーから何度も話がしたいから会おうと打診を受けていた。しかし私は仕事が忙しいからと断り続けていた。

 そうこうしているうちにオットーはグスタフ殿下の命を受けてリュカシオン公国へ行くことになった。何を命じたのかは聞いても教えてはくれなかった。「公費も使わないし個人的なことだから」と言われたら私にそれ以上追求することはできない。

 リュカシオン公国という言葉を耳にして私はふとルネ様のことを思った。もしかして殿下がリュカシオンの公子をお妃として迎えられたのと同じように、オットーもリュカシオン公国から妻を迎えるのではないだろうか? アルファの女性か……あるいはオメガの……。
「くだらない詮索だ」
 私は頭を振って仕事に戻った。 

◇◇◇

 その年の秋から冬にかけて、国内外で熱病が流行した。私は執務室に籠もって仕事を続けていたから関係無いと思っていたが、夏場からずっと働き詰めで体力が衰えていたのが災いしてとうとう体調を崩してしまった。
 しかしそれでも休むことなく仕事を続けた。熱病流行のせいで各地から対応を求める声が上がっており、仕事自体が忙しくなったため休むどころではなかったのだ。
「マルセル、この件だが」
「……はい? 何でしょう……殿下」
「おい、大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
「それは殿下も同じです……。眠れていますか?」
 突然目眩がして床に膝をついてしまった。
「マルセル! おい、誰か!早く来てくれ! マルセルしっかりしろ、おい、返事をするんだ」
「……?」
 私は返事をしたつもりだったが、殿下には聞こえていないようだ。少し目眩がして座り込んだだけ……。すぐに起き上がれる――いや、身体が動かない。
「ちっ、酷い熱じゃないか。こんなになるまでどうして黙っていた! すぐに医者を呼ぶからしっかりするんだぞ」
 殿下が焦って医者を呼ぶなどと言っている。このくらい少し寝れば治るというのに、大げさな。しかし体に力が入らず殿下にもたれかかったまま私は起き上がれなくなってしまった。

◇◇◇

 その後意識を手放した私は、自室のベッドで目を覚ました。頭がぼんやりする。体がだるい。
「ぁ……」
 声を出してみるが、掠れてまともに喋れそうもなかった。
 のどが渇いた。誰か水を……声が出ない……。
 体を起こそうとするが、やはり力が入らずに頭を少し持ち上げただけで力尽きた。そしてまた私は眠りに落ちた。


◇◇◇


 次に目を覚ました時、ベッドの横には人が居た。
「オットー……?」
――リュカシオンに行ったはずのオットーがなぜここに?
 執着の念が強すぎて幻でも見ているのか。
「マルセル……! よかった、目が覚めましたか……!」
 気付くと彼は私の手を握りしめていた。温かく大きな手だ。
「こんな所でどうしたんだ? 国外にいたのでは……」
 そもそも誰が客人をわざわざ寝室になど通したのだ? それに主が寝ている部屋に無断で入るオットーも無礼ではないか。
「あなたが倒れたと聞いて飛んで帰ったのですよ。でも良かった、目が覚めて良かった……! もう二度と目を開けないんじゃないかと気が気ではありませんでした」
「何を大げさな。しかしよく一晩でリュカシオンから帰って来られたな」
「あなたこそ何を仰っているんです。倒れられてからもう四日経っているんですよ!」
「なに……?」
――四日間も眠っていたというのか? そんなはずは……。
「とにかく良かったです。痛いところはありませんか? あ、そうだ水はいかがです?」
「ああ……水をもらおう」
 オットーは水差しからグラスに水を注いでくれた。そんなに長い間眠っていたのだとしたら喉が渇くのも無理はない。
「あなたは無理をして仕事をし過ぎなのです。私も殿下も休むように何度も言いましたのに……」
「心配をかけてすまない。しかし仕事が……」
 そう言いかけたところ、彼が珍しく悲痛な様子で言った。
「まだ仕事だなんて言うのですか? 私がどれだけ心配したと思うんです! あの日からずっとずっと無視され続けてこのまま話も出来なかったらどうしようと思いましたよ」
「それは……申し訳なかった。全く私は友人失格だな」
 それに、一番忙しいときに倒れて四日も寝込むなんて宰相としても失格だ……。
 するとオットーが静かに言った。
「あなたに何かあったら私は生きていけません」
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