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番外編【マルセル視点】

歪んだ真珠の肖像(11)

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 そしてオットーの四度に渡るプロポーズを断って私が三十歳になる年に、グスタフ殿下が旅先から婚約者を連れて帰ってきた。
 この時は本当に驚いた。早く結婚していただきたいとは思っていたものの、まさかなんの前触れも無しにいきなりお会いしたこともない人物と結婚すると仰るとは――。

 病気療養されていた婚約者のルネ様も最近すっかりお身体が良くなられたとのことで私もようやく謁見が叶うこととなった。
 結婚式を一週間後に控えてようやくお会いできることになったのは良いものの、私は久しぶりにオメガ性の人物と会うことになって緊張していた。
 もう何年もの間オメガとの関わりを避け続けていたので、もしお妃になられる方に失礼な態度をとってしまったらどうしようかと不安だったのだ。
――いや、何も発情中のオメガに近づくわけじゃない。きっと冷静でいられるさ。大丈夫だ。
 このように自分がオメガに対して抱いている嫌悪感を悟られはしないかと実際にお会いするまでずっと悶々としていた。しかしそんな心配は杞憂に終わった。

 初めてお会いしたルネ様は若く気品に溢れ、聖母のような慈愛に満ちていた。そのお姿は左右対称で寸分の狂いもない彫像のような美しさだった。それでいて、病弱ながらも夫の役に立とうとする様には心打たれた。
 直前まで恐れていた対面だったが、ルネ様に対する嫌悪感は全く感じられなかった。それどころかむしろ神々しいものを前にして、自分の歪んだ性質とその醜さが恥ずかしくなり打ちのめされる思いがした。

 オメガに対して自分が羨望と憧憬の念を抱いているということに私は気がついてしまった。オメガを嫌悪しているとばかり思っていたが、それは羨ましさの裏返しでもあったのだ。
 ルネ様のような方に嫉妬するなどおこがましいが、私は彼のように生きてみたかった。もし私がオメガであれば、オットーからのプロポーズを受けてすぐにでも結婚できるのに。
――いいや、こんなことを考えてはいけない……。

 しかしどうしてもルネ様に会ってからその思いが消えなかった。彼のようにオメガであれば、愛する人に結婚しようと言われてなんのためらいも無く連れ去ってもらえるのだから。
 この時私はルネ様にも複雑な事情があってこの国に来られたということを知らずにそんなことを考えていたのだった。


◇◇◇


 このような考え事をしながら眠ったため、その晩私はおかしな夢を見た。
 私はあの狩りの日に一夜を過ごした山小屋でオットーと抱き合っていた。それも、お互い一糸まとわぬ姿で。
 深い口付けとそれ以上の行為によって私の身体の中心は勃ち上がっていた。そんなはずはないのに、夢の中の私は自分がオメガであると思い込んでいて快楽に溺れている。オットーの身体に揺さぶられながらやがて絶頂し背中を仰け反らせた。

 すると窓に自分の顔が映ったのが見えた。その顔は私自身の顔ではなく、私がかつて婚約解消したルイーゼの恍惚とした表情だった。私はあまりの恐怖に叫び声を上げた。
――やめてくれ!

 そこで目が覚めた。息は荒く、全身が汗でぐっしょりと濡れていた。
「うぅ……」
――こんな夢を見るなんて……!
 私の願望と、恐れているものが入り混じった酷く醜悪な夢だった。
 おぞましいのはオメガのルイーゼではない。オメガを妬んでいる自分自身だ。

◇◇◇

 グスタフ殿下とルネ様の結婚式が済み、殿下が慣例に則ってしばらくの間公務に取り掛かる時間を減らしたため、私の仕事が増えた。でもこのときの私にとってそれはありがたいことだった。仕事に打ち込んでさえいれば、嫌なことは忘れられる。

 しかもその後も私の提案により水道橋工事の資金集めを目的としたパーティーを行うことが決定し、忙しい時期はしばらく続くこととなった。
 暇になるとろくなことを考えないから、これで良い。
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