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番外編【マルセル視点】
歪んだ真珠の肖像(14)
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「あなたに何かあったら私は生きていけません」
強い力で私の手を握りしめているせいで彼の手には血管が浮いていた。それを見ながら私はため息をついた。
「何を馬鹿なことを。そんなことを言うものではない。君にはもう妻も子どももいるじゃないか」
――君を失って生きていけなけなくなるのは私の方だ。
実際彼に子どもができたと知っただけで私はこの体たらくなのだから。
――そう、彼には守っていくべき妻子がいるのだ。私など生きていようがいまいが関係ない。
私はある決意をし、彼の手を解いて言った。
「私のことなどもう放っておいて欲しい。君にこうして傍にいられるのはつらいんだ」
「なぜそんなことを仰るんです。私がこうして押しかけるのが迷惑なのですか?」
今回受けた精神的な痛手に加え、肉体的にももう自分は限界なのだと悟った。これまでずっとアードラー家の名誉のため尽力してきた。しかしオットーが私の傍からいなくなるなら、もうそんなことはどうでも良いのだと気づいてしまった。
「君に子どもができるのを見る前にこの世を去るべきだった。どうせ私一人が生きながらえても未来のない、断絶する家系でしかないのだからね」
「マルセル? 一体何の話です……?」
「全部黙って最後まで生き抜くつもりだったがもうその気力すらなくなったよ。宰相としてやっていく自信も……もう無い。君がいなければ何をする力も無いんだ」
オットーが眉をひそめてこちらを窺っている。
「君を失って初めて本音が言えるよ。私は君を愛していた――本当はずっと。君に妻子ができるまでこの気持を打ち明けないでいたことだけは自分を褒めたい。君の人生を台無しにせずに済んで良かった……。君が私を捨ててくれたから、私はようやく本来の私に戻ることが出来たような気がする」
「ちょっと待ってください、何を仰ってるんです? 私に妻など――」
「いいんだ、オットー。今はすごく自由な気分だ。この不完全な肉体を捨てて、魂だけになって何処へでも行けそうだ。アードラー家の当主でもなく、貴族でもなく、一国の宰相でもなく、ただ君を愛した愚かでいびつな魂としてね」
最早恥ずかしいという感情もどこかへ消え去ってしまった。目の前の愛する男に全て洗いざらい話してしまいたい。
「今まで黙っていたが、私の身体は十二歳のときの事故で傷を負って完全には元に戻らなかった。私は性的に不能なんだよ」
オットーが息を呑んだ。
「君に口づけされたとき、私は悦んでいたし興奮していたよ。だけどどんなに気持ちが良くても身体は反応しないんだ」
「マルセル……」
「私には生殖能力がない。君は何度も私に結婚しないのは何故か聞いたね? それはこの身体のせいだ。どんな性別の相手であろうと私は子孫を残すことができない。だから――誰とも結婚しないと決めたんだ」
生殖能力の無いアルファが如何に中途半端な存在か、誰にもわかるまい。生き物として子孫を残すこともできず、かと言ってこうして精神的に落ち込んで仕事に打ち込もうとすれば倒れてしまい職務を全うできなくなる。
これがオメガなら仕事ができなくても子を産むという大切な役割を果たせるのに――アルファで仕事ができない人間なんてこの世に必要もないだろう。
「そういうことでしたか……」
オットーは頷いた。
「では、好都合ですね」
私は聞き間違いかと思って尋ね返した。
「何だと?」
「誰とも結婚できないと聞いて安心しました。やはり、あなたは私と共に生きるべきなのです」
「何度言えばわかるんだオットー。君はもう妻子ある身じゃないか。私のことは放っておいてくれ」
「いいえ。マルセル、私には子どもはおりますが妻はまだおりません」
「どういうことだ? 何を言っている」
婚外子ということか? 行きずりの女を孕ませたのだろうか。
「あの日お見せした赤ん坊は……エミールは私の養子です。血は繋がっていないのです」
「なに?」
「アルファ男性同士で子の望めない私達ですから、エミールを二人の子どもということにして育てれば良いと思ったのです」
――なんだって? 養子……私達の……二人の子ども?
「あなたは世継ぎの心配ばかりなさっていましたからね。子どもさえいれば私のプロポーズを受け入れて貰えるんじゃないかと思ったんです」
「そんな……たったそれだけの理由で養子を迎えたと?」
私へのプロポーズは本気だったということか?
病み上がりの頭では理解が追いつかない。
「自分から探したわけではありません。たまたま先方から養子を受け入れるよう打診をされたのです」
「先方から……?」
「先方と言ってもグスタフ殿下なんですがね」
「殿下が? なぜ……」
まさかあの赤子はグスタフ殿下の隠し子なのか?
「エミールはルネ様の産んだ子どもなのです」
「なに……!?」
どういうことだ? 殿下とルネ様の子なら養子に出す理由などない。大体、あの子を一体いつ産んだというのだ?
――いや、そうだ。ルネ様はデーア大公国に越して来られてからずっと療養と称して誰にもお会いにならなかった。
「そうか……妊娠していたから離宮に籠もっていらしたのだな」
「そうです」
「それで……つまり殿下の子ではないのだな? 一体誰の子なんだ?」
「これには複雑な事情がありますが、父親はベサニル辺境伯です。ルネ様がこちらに来られる前にお過ごしだったクレムス王国の――」
「ああ……ああ、そうか。わかった、わかったぞ。ベサニルのあの気取り屋か」
彼とは何度か会ったことがあるが、見た目ばかり気にしている軽薄そうな男だった。そういえば彼はリュカシオンの公女と結婚していたはず。義理の弟に手を出すとはなんという罪深いことを――。
「エミールの美しさは親譲りということです。ベサニル辺境伯のしたことは決して許されることではありませんが、彼の容姿と美意識だけは一流ですので」
強い力で私の手を握りしめているせいで彼の手には血管が浮いていた。それを見ながら私はため息をついた。
「何を馬鹿なことを。そんなことを言うものではない。君にはもう妻も子どももいるじゃないか」
――君を失って生きていけなけなくなるのは私の方だ。
実際彼に子どもができたと知っただけで私はこの体たらくなのだから。
――そう、彼には守っていくべき妻子がいるのだ。私など生きていようがいまいが関係ない。
私はある決意をし、彼の手を解いて言った。
「私のことなどもう放っておいて欲しい。君にこうして傍にいられるのはつらいんだ」
「なぜそんなことを仰るんです。私がこうして押しかけるのが迷惑なのですか?」
今回受けた精神的な痛手に加え、肉体的にももう自分は限界なのだと悟った。これまでずっとアードラー家の名誉のため尽力してきた。しかしオットーが私の傍からいなくなるなら、もうそんなことはどうでも良いのだと気づいてしまった。
「君に子どもができるのを見る前にこの世を去るべきだった。どうせ私一人が生きながらえても未来のない、断絶する家系でしかないのだからね」
「マルセル? 一体何の話です……?」
「全部黙って最後まで生き抜くつもりだったがもうその気力すらなくなったよ。宰相としてやっていく自信も……もう無い。君がいなければ何をする力も無いんだ」
オットーが眉をひそめてこちらを窺っている。
「君を失って初めて本音が言えるよ。私は君を愛していた――本当はずっと。君に妻子ができるまでこの気持を打ち明けないでいたことだけは自分を褒めたい。君の人生を台無しにせずに済んで良かった……。君が私を捨ててくれたから、私はようやく本来の私に戻ることが出来たような気がする」
「ちょっと待ってください、何を仰ってるんです? 私に妻など――」
「いいんだ、オットー。今はすごく自由な気分だ。この不完全な肉体を捨てて、魂だけになって何処へでも行けそうだ。アードラー家の当主でもなく、貴族でもなく、一国の宰相でもなく、ただ君を愛した愚かでいびつな魂としてね」
最早恥ずかしいという感情もどこかへ消え去ってしまった。目の前の愛する男に全て洗いざらい話してしまいたい。
「今まで黙っていたが、私の身体は十二歳のときの事故で傷を負って完全には元に戻らなかった。私は性的に不能なんだよ」
オットーが息を呑んだ。
「君に口づけされたとき、私は悦んでいたし興奮していたよ。だけどどんなに気持ちが良くても身体は反応しないんだ」
「マルセル……」
「私には生殖能力がない。君は何度も私に結婚しないのは何故か聞いたね? それはこの身体のせいだ。どんな性別の相手であろうと私は子孫を残すことができない。だから――誰とも結婚しないと決めたんだ」
生殖能力の無いアルファが如何に中途半端な存在か、誰にもわかるまい。生き物として子孫を残すこともできず、かと言ってこうして精神的に落ち込んで仕事に打ち込もうとすれば倒れてしまい職務を全うできなくなる。
これがオメガなら仕事ができなくても子を産むという大切な役割を果たせるのに――アルファで仕事ができない人間なんてこの世に必要もないだろう。
「そういうことでしたか……」
オットーは頷いた。
「では、好都合ですね」
私は聞き間違いかと思って尋ね返した。
「何だと?」
「誰とも結婚できないと聞いて安心しました。やはり、あなたは私と共に生きるべきなのです」
「何度言えばわかるんだオットー。君はもう妻子ある身じゃないか。私のことは放っておいてくれ」
「いいえ。マルセル、私には子どもはおりますが妻はまだおりません」
「どういうことだ? 何を言っている」
婚外子ということか? 行きずりの女を孕ませたのだろうか。
「あの日お見せした赤ん坊は……エミールは私の養子です。血は繋がっていないのです」
「なに?」
「アルファ男性同士で子の望めない私達ですから、エミールを二人の子どもということにして育てれば良いと思ったのです」
――なんだって? 養子……私達の……二人の子ども?
「あなたは世継ぎの心配ばかりなさっていましたからね。子どもさえいれば私のプロポーズを受け入れて貰えるんじゃないかと思ったんです」
「そんな……たったそれだけの理由で養子を迎えたと?」
私へのプロポーズは本気だったということか?
病み上がりの頭では理解が追いつかない。
「自分から探したわけではありません。たまたま先方から養子を受け入れるよう打診をされたのです」
「先方から……?」
「先方と言ってもグスタフ殿下なんですがね」
「殿下が? なぜ……」
まさかあの赤子はグスタフ殿下の隠し子なのか?
「エミールはルネ様の産んだ子どもなのです」
「なに……!?」
どういうことだ? 殿下とルネ様の子なら養子に出す理由などない。大体、あの子を一体いつ産んだというのだ?
――いや、そうだ。ルネ様はデーア大公国に越して来られてからずっと療養と称して誰にもお会いにならなかった。
「そうか……妊娠していたから離宮に籠もっていらしたのだな」
「そうです」
「それで……つまり殿下の子ではないのだな? 一体誰の子なんだ?」
「これには複雑な事情がありますが、父親はベサニル辺境伯です。ルネ様がこちらに来られる前にお過ごしだったクレムス王国の――」
「ああ……ああ、そうか。わかった、わかったぞ。ベサニルのあの気取り屋か」
彼とは何度か会ったことがあるが、見た目ばかり気にしている軽薄そうな男だった。そういえば彼はリュカシオンの公女と結婚していたはず。義理の弟に手を出すとはなんという罪深いことを――。
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