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4章今更戻れと言われてもお断りです
35.継母からの手紙
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グスタフとの第一子を妊娠した僕はその年の秋に無事出産した。
ブロンドの髪に青い目の元気な男の子だった。民衆はもちろんのこと、グスタフも大喜びで、しばらくは公務が手につかず宰相のマルセルをやきもきさせたほどだ。
――それから二年後。
僕は二十二歳にして二児の母になっていた。
一人目のハンスは二歳、二人目のディアナは女児で現在生後五ヶ月になる。僕は医師の診断通り、特殊タイプのオメガだったようで、第二子の妊娠の際もヒートが起きないまま身籠ったのだった。
これまでの慣例でいうと子育ては基本的に乳母が担当するが、僕はエミールを養子に出さざるをえなかった寂しさもあってグスタフとの子はなるべく自分で面倒を見るようにしていた。もちろん、設計の勉強の時間などは乳母に見てもらっている。
その日も乳母に子どもたちを預けて書斎で製図台に向かっていた。するとそこへグスタフが現れた。
「ルネ、ここにいたのか。お前に手紙が届いているよ」
手にしていたペンを置いてそれを受け取る。
「ありがとう。珍しいな、誰からだろう?」
「この封蝋、リュカシオン公国からでは?」
「……ああ、本当だ」
僕は祖国からの手紙に不吉な予感を感じて眉を顰めた。
(今更、誰が何の用だろう?)
ペーパーナイフで封を切り、中の手紙を取り出した。
『親愛なる息子へ
お元気ですか。殿下が亡くなって、今私とヘクターは大変な窮地に立たされています。
助けが必要なのです。あなたがしたことは全て水に流しますから、すぐに国へ戻っていらっしゃい。
急を要します。
リュカシオン公妃 イヴォンヌ』
リュカシオン公ジェルマン二世が亡くなったのが約半年前のことだった。
(親愛なる、だなんて白々しいことを……。父の葬儀にも参加を許してくれなかったくせに)
僕はため息混じりに背後のグスタフに手紙を掲げて見せた。
「見て、継母からだよ」
夫は手紙に目を走らせた。
「ふん、何を今更ふざけたことを」
そう言いながら彼は手紙を奪うとくしゃくしゃに丸めて屑籠へ放り投げた。
「あっ……何するの」
「ルネ、気にすることはない。もうリュカシオン公国のことは関係無いだろう? お前は俺の妻であり大公妃なんだから」
屑籠を見つめる僕の顔を自分の方に向けると長身のグスタフは屈み込んで唇と唇を重ねた。
「ん……」
「休憩しようルネ。少しは俺にも構ってくれ」
夫が淡い緑色の瞳でじっと見つめてくる。
「でも、まだ図面が出来ていないし……」
僕の発言を無視して彼は僕を立ち上がらせるとソファに向かった。そして自分の膝に僕を座らせる。
「ルネ。子ども達をせっかく預けたのにお前が作業に没頭してるんじゃ意味がないじゃないか。最近水道橋工事の件で俺も忙しかったから今日は二人きりでゆっくり過ごそうって言っただろう?」
「うん……でも……」
「でもでもって、いつも図面にばかり夢中で俺を放っておくなんて酷いじゃないか」
「グスタフ……だけどあの手紙も気になって……」
「なんだ? まさか継母のところへ行く気なのか?」
「そういうわけじゃないけど」
「ルネ、もうお前が気にすることはないんだよ」
グスタフはまた僕に口付ける。角度を変えて何度も唇をついばまれ、呼吸が浅くなったところで押し倒された。首筋を舐められる。
「あ……グスタフ……んっ」
僕は今設計の勉強に忙しい。それに子育てだって大変だ。だから今更追放されたリュカシオン公国に関わるつもりはない。
「忘れろ、ルネ。行かせないぞ」
「うん……でもどうして今更僕に手紙なんて送ってきたんだろう?」
グスタフは僕の肌から唇を離して言う。
「お前の父親が亡くなってもう半年になるが、兄弟たちが領地の分配で未だに揉めていると聞いた」
「そうなの?」
(グスタフは何か知っているんだ……)
「大方、出来の悪いお前の弟の形勢が悪くなって継母が泣きつこうと考えたのだろう」
「え? でもヘクターはそもそも公位継承順位でいったら三位で全然関係ないんじゃ……?」
「それでも継母はそのヘクターを後継者にしたいんだろう」
(ヘクターを後継者に、だって?)
「そんな、だってアラン兄様もドミニク兄様もいるんだよ?」
「それをどうにかしたくてお前に手紙を出したんじゃないのか」
「でも、僕になんの用があるの?」
「さあな……」
(はぐらかされたような気がする。グスタフは何を知っているの?)
「なぁ、そんなことはもう良いから、俺の相手のほうが大事だろう?」
「もう……」
僕にできることなど何も無いしする気もない。手紙を拾うことなく、無視を決めこむことにした。
ブロンドの髪に青い目の元気な男の子だった。民衆はもちろんのこと、グスタフも大喜びで、しばらくは公務が手につかず宰相のマルセルをやきもきさせたほどだ。
――それから二年後。
僕は二十二歳にして二児の母になっていた。
一人目のハンスは二歳、二人目のディアナは女児で現在生後五ヶ月になる。僕は医師の診断通り、特殊タイプのオメガだったようで、第二子の妊娠の際もヒートが起きないまま身籠ったのだった。
これまでの慣例でいうと子育ては基本的に乳母が担当するが、僕はエミールを養子に出さざるをえなかった寂しさもあってグスタフとの子はなるべく自分で面倒を見るようにしていた。もちろん、設計の勉強の時間などは乳母に見てもらっている。
その日も乳母に子どもたちを預けて書斎で製図台に向かっていた。するとそこへグスタフが現れた。
「ルネ、ここにいたのか。お前に手紙が届いているよ」
手にしていたペンを置いてそれを受け取る。
「ありがとう。珍しいな、誰からだろう?」
「この封蝋、リュカシオン公国からでは?」
「……ああ、本当だ」
僕は祖国からの手紙に不吉な予感を感じて眉を顰めた。
(今更、誰が何の用だろう?)
ペーパーナイフで封を切り、中の手紙を取り出した。
『親愛なる息子へ
お元気ですか。殿下が亡くなって、今私とヘクターは大変な窮地に立たされています。
助けが必要なのです。あなたがしたことは全て水に流しますから、すぐに国へ戻っていらっしゃい。
急を要します。
リュカシオン公妃 イヴォンヌ』
リュカシオン公ジェルマン二世が亡くなったのが約半年前のことだった。
(親愛なる、だなんて白々しいことを……。父の葬儀にも参加を許してくれなかったくせに)
僕はため息混じりに背後のグスタフに手紙を掲げて見せた。
「見て、継母からだよ」
夫は手紙に目を走らせた。
「ふん、何を今更ふざけたことを」
そう言いながら彼は手紙を奪うとくしゃくしゃに丸めて屑籠へ放り投げた。
「あっ……何するの」
「ルネ、気にすることはない。もうリュカシオン公国のことは関係無いだろう? お前は俺の妻であり大公妃なんだから」
屑籠を見つめる僕の顔を自分の方に向けると長身のグスタフは屈み込んで唇と唇を重ねた。
「ん……」
「休憩しようルネ。少しは俺にも構ってくれ」
夫が淡い緑色の瞳でじっと見つめてくる。
「でも、まだ図面が出来ていないし……」
僕の発言を無視して彼は僕を立ち上がらせるとソファに向かった。そして自分の膝に僕を座らせる。
「ルネ。子ども達をせっかく預けたのにお前が作業に没頭してるんじゃ意味がないじゃないか。最近水道橋工事の件で俺も忙しかったから今日は二人きりでゆっくり過ごそうって言っただろう?」
「うん……でも……」
「でもでもって、いつも図面にばかり夢中で俺を放っておくなんて酷いじゃないか」
「グスタフ……だけどあの手紙も気になって……」
「なんだ? まさか継母のところへ行く気なのか?」
「そういうわけじゃないけど」
「ルネ、もうお前が気にすることはないんだよ」
グスタフはまた僕に口付ける。角度を変えて何度も唇をついばまれ、呼吸が浅くなったところで押し倒された。首筋を舐められる。
「あ……グスタフ……んっ」
僕は今設計の勉強に忙しい。それに子育てだって大変だ。だから今更追放されたリュカシオン公国に関わるつもりはない。
「忘れろ、ルネ。行かせないぞ」
「うん……でもどうして今更僕に手紙なんて送ってきたんだろう?」
グスタフは僕の肌から唇を離して言う。
「お前の父親が亡くなってもう半年になるが、兄弟たちが領地の分配で未だに揉めていると聞いた」
「そうなの?」
(グスタフは何か知っているんだ……)
「大方、出来の悪いお前の弟の形勢が悪くなって継母が泣きつこうと考えたのだろう」
「え? でもヘクターはそもそも公位継承順位でいったら三位で全然関係ないんじゃ……?」
「それでも継母はそのヘクターを後継者にしたいんだろう」
(ヘクターを後継者に、だって?)
「そんな、だってアラン兄様もドミニク兄様もいるんだよ?」
「それをどうにかしたくてお前に手紙を出したんじゃないのか」
「でも、僕になんの用があるの?」
「さあな……」
(はぐらかされたような気がする。グスタフは何を知っているの?)
「なぁ、そんなことはもう良いから、俺の相手のほうが大事だろう?」
「もう……」
僕にできることなど何も無いしする気もない。手紙を拾うことなく、無視を決めこむことにした。
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