追放されたΩの公子は大公に娶られ溺愛される

grotta

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3章.新たな人生のはじまり

18.行き過ぎたもてなし

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 途中でトレーに乗せた葡萄酒とグラスを受け取って、姉と共にデーア大公の寝泊まりしている部屋を訪れた。
(こんな馬鹿げた姿で訪問したら失礼だと怒られるんじゃないだろうか。お姉様は何を考えているんだ?)
 薄い布で覆われた身体に、足元は裸足だ。娼婦でもあるまいし、気が触れていると思われるかもしれない。
(別に今後もう会うことも無いのだし、リュカシオンの公子は頭がおかしくなったと思われても構わないか……)
 姉がドアをノックすると殿下の低くて柔らかい声が入室を許可した。
「失礼いたします。お休みになる前に葡萄酒をお待ちしました」
「ほう、気が利くな」
 姉の後ろから僕が俯いたまま葡萄酒を持って入る。おかしな衣装の使用人が現れたと思った殿下は面白がって笑った。
「これはまた変わった趣向だな……ん? なんだ、まさか……」
 彼の突き刺さるような視線が痛い。腹の膨らみを見て、殿下が息を呑む気配がした。僕が誰だかわかったようだ。
(今すぐここから消えてしまいたい)
 僕の気持ちなどお構いなしに姉が僕の背中を押して冷たく言う。
「これは誰でも誘惑してまわる悪魔でございまして。ほほほ! 煮るなり焼くなりお好きになさって下さいませ。気に入らなければ切って捨てて下さっても構いませんわ。それではお休みなさいませ、殿下」
 姉はとんでもないことを言って部屋を出て行った。
(なんてことを言うんだ。お姉様はどうかしてる! しかも僕だけ残されてどうしたらいいの? お酒を置いて帰っていいんだよね……?)
「……ただいまグラスに注ぎますのでお待ちください」
 こんなことはしたことがなく、デキャンタを持つ手が震えてグラスに当たりカチカチと音がする。きちんとしようとすればするほど酷くなり、とうとう葡萄酒を溢してしまった。
「あっ! 申し訳ありません。今すぐ拭くものを……」
 僕が慌てて布巾を取りに行こうとしたら手首を掴まれた。
「よい。そんなことより、君はここで何をしている?」
「あ……」
 澄んだ緑色の目がじっと僕を見つめる。責めているわけではなく、その視線には気遣わしげな色が見えた。
(何を? あなたに酒を注いでいるんだ。馬鹿みたいな格好で――)
「殿下をおもてなしするようにと言われまして……」
「そういうことじゃない。なぜリュカシオンからここに来た? さっき辺境伯から聞いたが、夫人は君の姉なんだな?」
「……はい」
「他人の家のことに口出しなどする趣味は無いんだが、君を見ていたらなぜか放っておけなくてね。困っているんじゃないのか?」
(困っている? そんなこと聞かれたのは初めてだ)
 困っている、と言えば困っているんだろう。でももうそんな感覚は忘れてしまうほどこの状況に慣れて何もかもを諦めてしまっていた。
僕が答えないので殿下が更に質問してきた。
「ここに来たのはオメガだからか?」
「え……あ……」
 図星を刺されて何も言い返せなかった。
「そうか。なるほどな、それで? そのお腹の子は……聞くまでもないか。あの好き者め」
 フェリックスの女遊びの激しさは方々にに知れ渡っているようだ。
「義弟にまで手を出すとはな。しかしこの美しさならあの男が放っておくわけもないか」
(ああ――死んでしまいたい)
 自分の置かれた状況も、今の装いも、何もかもが最低過ぎて今大公の前に顔向けしていることが死ぬよりつらい辱めに思えた。
「不快な気分にさせてしまい申し訳ありませんでした。すぐに拭くものを持って来させますのでお許しください」
「おい、俺の話を聞いているのか? 拭くものはいいから質問に答えるんだ」
(何を聞きたいんだ? これ以上僕を惨めにして何の利益が?)
「困っているなら助けてやろう」
「はい……?」
(助ける?)
「俺と一緒に来るか?」
「え?」
(この方は何を仰っているんだろう)
「ダムを見たいと言ったな? 我が国の治水技術を見物に来たいなら俺がここから連れ出してやろう」
「えっ!」
(見たい! どうして? なぜ僕を連れて行ってくれるんだろう。でもそんなことはどうでも良いから僕はデーア大公国の治水技術が見てみたい)
「見てみたいです」
「ふっ。やっと本音を話したな。そんなに見たいのか、くくっ。おかしな若者だな君は」
 端正な顔の彼が柔らかく微笑んだ。僕はそれを見てなぜか胸がギュッと締め付けられるような感じがした。
「見たいです……出来ることなら」
「わかった。では辺境伯に話しておこう。さぁ、そんな格好では風邪をひく。部屋に戻って温かくして寝ると良い」
「あ……もうよろしいのですか?」
「おい、まさか夫人の言うことを間に受けて本当に俺が君に手を出すとでも思ったのか?」  
 僕は自分の無意識な発言に焦った。
「いえ、そういうわけではありません。それでは失礼いたします!」
僕はそそくさと部屋を辞した。
(変なことを言ってしまった! あれじゃまるでまだ帰りたくないと言ったみたいじゃないか。ああ、しかも溢したお酒をそのままにして来てしまった……)
 顔が熱い。なぜか殿下と話すと胸が苦しい。自分で自分がわからなくて恐ろしくなった。
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