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1章.狂った一族
3.弟ヘクターの誕生日
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その二日後、予定通りヘクターの誕生祝い兼成人祝いの宴が盛大に催された。
乾杯の際には僕の許嫁であったヴィクトリーヌが僕との婚約を解消し、改めてヘクターと婚約したことも発表された。彼女は微笑みを浮かべてヘクターに寄り添う。そして僕の方を鋭い目で睨みつけた。
(どうして睨まれたんだろう……?)
この時は意味が分からなかった。
城の庭園は昼間から酒を飲む来客者で溢れ賑わっていた。僕は居心地の悪い思いで隅っこの方に立ってうつむいていた。するとピカピカに磨かれた革靴の先が視界に入ったので顔を上げた。
「おい、出来損ないのオメガ。こんな所で何をしている?」
「ヘクター……」
来訪者に挨拶をして回っていたヘクターがいつの間にか僕の前に来ていたのだ。
「ふん、俺様の誕生日だっていうのにシケた面しやがって。目障りなんだよ、その生っ白い顔」
ヘクターの肉厚で湿った手が僕の顎と頬をわし掴みする。
「や、やめて……」
「いやぁ~それにしてもヴィクトリーヌはいい女だよなぁ? 胸がデカいのが俺好みだよ。お前みたいな男なのか女なのかわからないような奴に嫁がずに済んで良かったって言ってたぜ」
ヘクターは僕の顔を離してニヤニヤと笑った。頬の肉に細い目が埋もれる。
「はぁ……」
(そんなこと言われてたのか――別になんと言われても構わないけど)
「へへっ。俺も成人したからな。これで晴れてヴィクトリーヌにも手を出し放題だよ。羨ましいか? え?」
ヘクターは腰を前後に振って見せた。下品にも程がある。見るに耐えなくて僕は顔をそむけた。
「別に……僕はそういうの興味ないから」
「けっ! つまらない奴だ。そんなだからオメガなんだよお前は。気持ち悪いぜ、メス臭い匂いを撒き散らしやがって」
ヘクターはわざと僕の顔に鼻を近づけて匂いを嗅ぐふりをし、ドンと胸を突いた。
「痛いじゃないか」
「失せろよ。お前みたいな奴がここに居たらパーティーの雰囲気が台無しになる」
「………」
(ふん、言われなくたってそうするよ)
僕はどうしても家族が並んでいなければならないタイミングだけ参加し、その後は自室に下がって閉じこもることにした。
◇
遠くに聞こえる華やいだ歓声は僕の心に虚しく響く。先程のヘクターの勝ち誇った笑顔がくっきりと脳裏に焼き付いている。
(あんなこと言われて言い返せないなんて情けないな……)
そして先程ヴィクトリーヌに睨まれた話をペネロープにしたら彼女はその理由を知っていた。
「ヴィクトリーヌ様はルネ様との婚約を楽しみになさっていて、以前から美貌のアルファ公子に嫁ぐんだと周囲に自慢していたそうですわ。ですがルネ様がオメガ判定されてしまって、急に肥満体型のヘクター様と結婚しなければならなくなったでしょう? それで逆に周囲の貴族令嬢たちの笑い物になってしまっているんですって。それで彼女はルネ様を逆恨みしてるんですわ」
(そんなこと言われたって僕のせいじゃないのに……)
「はぁ……こんなパーティー早く終わらないかな」
最近夜になると目が冴えてなかなか寝付けない。あれこれと考え込んでしまうのだ。そのせいで日中頭がぼんやりとしてスッキリしない。
これまでは将来国政に携わるための英才教育を受けていた。僕自身、物事を研究するのが好きだった。
特に興味があるのが治水技術で、中でも力を入れて研究していたのは農耕に使用する灌漑の技術についてだった。遠い国で行われているその技法を是非この国でも応用できないかと考えたのだ。
僕は村外れに住む風変わりな老人(発明家を名乗っている)の協力を得て、数年前から用水路を使った畑で多くの作物を実らせることに成功していた。おかげで生産量はこれまでの二倍に増えた。
このように僕は学んだ知識を国のため役立てたかったのだけど、もうそれも必要なくなってしまった。きっとそのうち僕は政略結婚にでも使われてどこかに嫁ぐことになるのだろう。
乾杯の際には僕の許嫁であったヴィクトリーヌが僕との婚約を解消し、改めてヘクターと婚約したことも発表された。彼女は微笑みを浮かべてヘクターに寄り添う。そして僕の方を鋭い目で睨みつけた。
(どうして睨まれたんだろう……?)
この時は意味が分からなかった。
城の庭園は昼間から酒を飲む来客者で溢れ賑わっていた。僕は居心地の悪い思いで隅っこの方に立ってうつむいていた。するとピカピカに磨かれた革靴の先が視界に入ったので顔を上げた。
「おい、出来損ないのオメガ。こんな所で何をしている?」
「ヘクター……」
来訪者に挨拶をして回っていたヘクターがいつの間にか僕の前に来ていたのだ。
「ふん、俺様の誕生日だっていうのにシケた面しやがって。目障りなんだよ、その生っ白い顔」
ヘクターの肉厚で湿った手が僕の顎と頬をわし掴みする。
「や、やめて……」
「いやぁ~それにしてもヴィクトリーヌはいい女だよなぁ? 胸がデカいのが俺好みだよ。お前みたいな男なのか女なのかわからないような奴に嫁がずに済んで良かったって言ってたぜ」
ヘクターは僕の顔を離してニヤニヤと笑った。頬の肉に細い目が埋もれる。
「はぁ……」
(そんなこと言われてたのか――別になんと言われても構わないけど)
「へへっ。俺も成人したからな。これで晴れてヴィクトリーヌにも手を出し放題だよ。羨ましいか? え?」
ヘクターは腰を前後に振って見せた。下品にも程がある。見るに耐えなくて僕は顔をそむけた。
「別に……僕はそういうの興味ないから」
「けっ! つまらない奴だ。そんなだからオメガなんだよお前は。気持ち悪いぜ、メス臭い匂いを撒き散らしやがって」
ヘクターはわざと僕の顔に鼻を近づけて匂いを嗅ぐふりをし、ドンと胸を突いた。
「痛いじゃないか」
「失せろよ。お前みたいな奴がここに居たらパーティーの雰囲気が台無しになる」
「………」
(ふん、言われなくたってそうするよ)
僕はどうしても家族が並んでいなければならないタイミングだけ参加し、その後は自室に下がって閉じこもることにした。
◇
遠くに聞こえる華やいだ歓声は僕の心に虚しく響く。先程のヘクターの勝ち誇った笑顔がくっきりと脳裏に焼き付いている。
(あんなこと言われて言い返せないなんて情けないな……)
そして先程ヴィクトリーヌに睨まれた話をペネロープにしたら彼女はその理由を知っていた。
「ヴィクトリーヌ様はルネ様との婚約を楽しみになさっていて、以前から美貌のアルファ公子に嫁ぐんだと周囲に自慢していたそうですわ。ですがルネ様がオメガ判定されてしまって、急に肥満体型のヘクター様と結婚しなければならなくなったでしょう? それで逆に周囲の貴族令嬢たちの笑い物になってしまっているんですって。それで彼女はルネ様を逆恨みしてるんですわ」
(そんなこと言われたって僕のせいじゃないのに……)
「はぁ……こんなパーティー早く終わらないかな」
最近夜になると目が冴えてなかなか寝付けない。あれこれと考え込んでしまうのだ。そのせいで日中頭がぼんやりとしてスッキリしない。
これまでは将来国政に携わるための英才教育を受けていた。僕自身、物事を研究するのが好きだった。
特に興味があるのが治水技術で、中でも力を入れて研究していたのは農耕に使用する灌漑の技術についてだった。遠い国で行われているその技法を是非この国でも応用できないかと考えたのだ。
僕は村外れに住む風変わりな老人(発明家を名乗っている)の協力を得て、数年前から用水路を使った畑で多くの作物を実らせることに成功していた。おかげで生産量はこれまでの二倍に増えた。
このように僕は学んだ知識を国のため役立てたかったのだけど、もうそれも必要なくなってしまった。きっとそのうち僕は政略結婚にでも使われてどこかに嫁ぐことになるのだろう。
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