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2章.追放と新たな苦難

10.新しい暮らしと冷たい人々

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 三週間もすれば新しい土地での暮らしにも慣れてきた。それと同時に自分がここに来た時に抱いていた希望は全て幻だったと思い知らされた。
 実際のところ、ここベサニル辺境伯領においてもリュカシオン公国と変わらないくらいオメガへの対応は冷たいものだった。ペネロープを連れてこなかったので、こちらで誰か小間使いを付けて貰えると思っていたのだけどそんなものは用意されていなかった。基本的に身の回りのことは全て自分でしなければいけない。
 その上オメガである僕への使用人たちの視線は冷ややかどころか侮蔑すら込められているように感じられた。そしてここ最近気付いたことだが、使用人の中でも特につらい仕事を押し付けられているのは大体オメガの者たちであった。
(これのどこがオメガに優しい国なんだ? ベサニルが第二の性への差別が無いだなんて一体誰が言ったんだ)

 僕がこちらに越してくるにあたって、父が僕の生活費としてまとまった金銭を送ってくれることになっていた。だから最低限の衣服と身の回り品だけしか持って来なかったのだけど、こちらで新しい衣服などを用意してくれてはいなかった。案内された部屋の家具調度品も屋敷の立派さに比較して質素で、仮にも一国の公子を居住させるための部屋とは思えない粗末さだった。
(お金はどこに使われてるんだろう。食費? それとも僕を受け入れる迷惑料として辺境伯が懐に入れたってことなのかな)
 姉の夫、つまり義理の兄であるフェリックスは着飾るのが好きな人で毎日パーティーでもないのに華美な服装をしていた。おそらく僕のために送られた金は彼の衣服代に注ぎ込まれているのだろう。たしかに彼は着飾るのに値する容姿をしていた。長身で鍛えられた体躯をしており、長く伸ばしたブロンドの髪が印象的な美男子だ。
 対する姉は地味な女性で、彼女は着飾ることに興味は無いようだった。義兄フェリックスはそんな彼女に不満を持っており、あちこちに愛人を作って夜な夜な通っているのだという。これは噂好きな使用人の少女から教えてもらった話だった。その少女はこうも言っていた。
「ルネ様はお綺麗だから気を付けたほうが良いですよ」
「え? どういう意味?」
「旦那様はルネ様のような綺麗な方がお好きなんです。ほら、このお部屋ってすごーく奥まっているでしょう? 大声を出しても誰にも聞こえないですからねぇ」
「そんな、まさか」
 たしかにこの部屋は居住区域の中でもかなり他の居室から離れていた。しかも両隣の部屋は物置のようになっていて誰も使っていないのだった。
「私達はここのことをよーく知っておりますから。とにかく、私も同じオメガですから親切で申し上げてるんです。旦那様には気をつけるのがようございますよ」
(なんだか気味が悪いことを言う子だなぁ。やれやれ、姉さんも僕と仲良くしてくれる気はないみたいだし……思うようにはいかないものだな)

 ベータの姉がオメガの僕に理解を示してくれるだろうと思い込んでいたのだけど、それも甘い考えだった。姉は僕のことが気に入らないらしく、ほとんど会話すらしてくれなかった。
 食事の際に同席した時ですら、こちらを見もしないのだ。それでも僕はせっかくだからと一生懸命話しかけようとする。ペネロープに言われたように、なるべくにこやかに――と気を付けながら。
「あ、お姉様。これ美味しいですね。リュカシオンではあまり食べない実じゃありませんか?」
「そうね」
 やはり彼女はこちらを見ず、その後も黙々と食事を続けた。義兄のフェリックスはそれを可笑しそうに見ているだけで助け舟を出してはくれなかった。こうなるとこちらもこれ以上は話しかけにくくて、結局無言で食べるだけ食べて自室に戻ることとなる。
「あーあ、僕はここでも嫌われているんだな……」
 ペネロープに会いたかった。今思えばリュカシオンで暮らしていた頃は彼女がそばにいたからまだ笑えていたのに、ここにはまともに話ができる相手すらいないのだ。
 僕は埃っぽい部屋で粗末なシーツの敷かれたベッドに横たわる。ゴワゴワしていてところどころネズミか虫に食われて穴が空いていた。リュカシオン公国もそこまで裕福な国ではなかったけど、こんなシーツで寝たことはない。それに部屋の掃除もかなり適当に行われているのが見て取れる。
 神経質なタイプではないものの、部屋の隅や窓の桟に溜まっていく埃を見ると僕が歓迎されていないことは明白だった。一度ここに越してきたときに案内されたフェリックスの書斎は綺麗に掃除されていたから間違いない。
「明日、掃除道具を借りて自分で掃除しちゃおうかな」
 僕はそう心に決めて、寝間着に着替えてベッドに入った。無意識のうちに薬指に唇を付けていた。
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