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1章.狂った一族
8.父の怒りと追放
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その後は散々な目にあった。
父はこの件を知って火がついたように怒り狂い、僕を頭ごなしに罵倒した。
「お前がそのようなことをするとは思わなかったぞ、ルネ。なんというふしだらなことを!」
「大変申し訳ありませんでした」
「美しいのは顔だけか、このたわけ者が! 兄を誘惑するなど、人のすることではない。恥を知れ、この淫売め」
「申し訳ございません……どうかお許しを」
「許しだと? どの口が許しを乞うのだ? 今までお前のことを心の清らかな人間だと信じていたのにこの私を騙したんだぞ。何が神に愛された美貌だ、笑わせる。この悪魔め!」
こんなに怒っている父は初めてで、僕はこれまでほとんど叱られたことがなかったのだと初めて気が付いた。
(オメガとわかったときでさえこんなには怒らなかったというのに……)
脅されて無理矢理抱かれたのは僕なのに、全ては僕が誘ったせいであり兄は被害者ということにされてしまった。僕の言い分は誰にも聞いてもらえない。
「お前をベサニル辺境伯領へ隔離措置とする! 私が許可するまで、この国に足を踏み入れることは一切禁ずる!」
僕は無言で頭を下げた。
(いくらあがこうとも僕はオメガで、この国に僕の居場所は無いのか……)
最終的に父により言い渡されたのは、異母姉のモニークが嫁いだベサニル辺境伯領へ移り住むということだった。要するに厄介払い――リュカシオン公国からの追放というわけだ。
オメガとわかり、いつかはどこかへ嫁ぐことになるとは思っていたもののまさか結婚するわけでもなく他国の領地へ隔離されることになるとは思わなかった。
ベサニルは隣国クレムス王国内の領地だ。ちょうど我が国との境界に位置している。
その昔大陸一帯の広大な領土を治める帝国が存在した。その皇帝位を代々独占していたレーヴェニヒ家の統治するクレムス王国は現在も周辺国の中で強い発言権を持つ。
現在帝国は解体され我がリュカシオン公国は他の数カ国共々独立したものの、経済的にも軍事的にも未だにクレムスの属国のような位置付けとなっていた。
先代のベサニル辺境伯と父は旧知の中で、その縁もあって姉は辺境伯子息に嫁いでいた。現在は先代が他界して姉の夫が辺境伯の爵位を継いでいる。
今回問題を起こした僕を受け入れてくれるのは親戚筋のベサニルくらいしかなかった。隣国クレムス王国はオメガへの差別が無いことでも知られており、僕が移り住むにはうってつけと言える。
僕の移住が決まり、侍女は当然のように言い放った。
「このペネロープもルネ様とご一緒いたします!」
しかし僕はその申し出を断った。
「ごめんね、今回は連れて行けないんだ」
「どうしてでございますか? 私はずっとルネ様の身の回りのお世話をして来たんですよ。今更離れることなど出来ません」
「ありがとうペネロープ。そう言ってもらえるのは嬉しいよ。だけど、僕について来て貰ってこれ以上悲しい思いをさせるのは嫌なんだ」
「構いませんわ! 私、お役に立ちたいんです」
「気持ちだけもらっておくよ。こちらの様子も気になるし、たまに手紙で知らせてくれないか?」
「ルネ様……。お別れだなんて寂しゅうございます」
ペネロープをまた泣かせてしまった。母のいない僕にずっと優しく接してくれた彼女は僕の母であり友人でもあった。その彼女と別れるのは辛いが、僕と一緒に来ると言えば継母にどんな仕打ちを受けるかわからない。僕との関係を断って、このまま城での仕事を続けた方が彼女は一生安全に暮らせるだろう。
それに、今後もリュカシオン公国の様子が知りたいというのは本心だった。
◇◇◇
慌ただしく準備がなされ、僕はとうとう生まれてから十八年間を過ごした城を後にした。
馬車から遠ざかる城を眺め、もう戻らないのだと思うと不思議でならなかった。
(こんなことなら兄の要求を受け入れずにさっさと逃げ出せば良かったんだ……)
実際に外に出てみると、外に出ることなど何ともないことのように思えた。しかし中に居るとそのようには見えないもので、逃げ出す事などできないと勝手に思い込んでいた。
途中宿などで宿泊しつつ数日馬車に揺られて国境を越え、クレムス王国内ベサニル辺境伯領に辿り着いた。
ベサニルには公務や姉の結婚式などで何度か訪問したことがあって、見覚えのある景色に幾分ほっとした。
(当時は自分がオメガだとは思いもしなかったから気にもとめなかったけど――本当にオメガに寛容な土地だといいな)
生まれ育った国を出るのは寂しかったが、あの国でオメガとして生きるのはあまりにも辛すぎる。恐ろしい兄からもこれで解放されるし、数日間の移動により旅の気分を味わえてちょっとだけ気分転換ができた。
姉のモニークとはそれほど仲が良かったわけではないけれど、何よりも彼女はベータだ。彼女がもしアルファだったらもっと格上の家に嫁げたのだが、ベータだったので父の知り合いを頼って第二の性に差別の無い土地へ嫁いだという事情があった。
きっとオメガの僕に理解を示してくれるだろうし、これからは仲良くやって行けるだろう。
僕は前向きな気持ちで辺境伯の屋敷を訪れたのだった。
父はこの件を知って火がついたように怒り狂い、僕を頭ごなしに罵倒した。
「お前がそのようなことをするとは思わなかったぞ、ルネ。なんというふしだらなことを!」
「大変申し訳ありませんでした」
「美しいのは顔だけか、このたわけ者が! 兄を誘惑するなど、人のすることではない。恥を知れ、この淫売め」
「申し訳ございません……どうかお許しを」
「許しだと? どの口が許しを乞うのだ? 今までお前のことを心の清らかな人間だと信じていたのにこの私を騙したんだぞ。何が神に愛された美貌だ、笑わせる。この悪魔め!」
こんなに怒っている父は初めてで、僕はこれまでほとんど叱られたことがなかったのだと初めて気が付いた。
(オメガとわかったときでさえこんなには怒らなかったというのに……)
脅されて無理矢理抱かれたのは僕なのに、全ては僕が誘ったせいであり兄は被害者ということにされてしまった。僕の言い分は誰にも聞いてもらえない。
「お前をベサニル辺境伯領へ隔離措置とする! 私が許可するまで、この国に足を踏み入れることは一切禁ずる!」
僕は無言で頭を下げた。
(いくらあがこうとも僕はオメガで、この国に僕の居場所は無いのか……)
最終的に父により言い渡されたのは、異母姉のモニークが嫁いだベサニル辺境伯領へ移り住むということだった。要するに厄介払い――リュカシオン公国からの追放というわけだ。
オメガとわかり、いつかはどこかへ嫁ぐことになるとは思っていたもののまさか結婚するわけでもなく他国の領地へ隔離されることになるとは思わなかった。
ベサニルは隣国クレムス王国内の領地だ。ちょうど我が国との境界に位置している。
その昔大陸一帯の広大な領土を治める帝国が存在した。その皇帝位を代々独占していたレーヴェニヒ家の統治するクレムス王国は現在も周辺国の中で強い発言権を持つ。
現在帝国は解体され我がリュカシオン公国は他の数カ国共々独立したものの、経済的にも軍事的にも未だにクレムスの属国のような位置付けとなっていた。
先代のベサニル辺境伯と父は旧知の中で、その縁もあって姉は辺境伯子息に嫁いでいた。現在は先代が他界して姉の夫が辺境伯の爵位を継いでいる。
今回問題を起こした僕を受け入れてくれるのは親戚筋のベサニルくらいしかなかった。隣国クレムス王国はオメガへの差別が無いことでも知られており、僕が移り住むにはうってつけと言える。
僕の移住が決まり、侍女は当然のように言い放った。
「このペネロープもルネ様とご一緒いたします!」
しかし僕はその申し出を断った。
「ごめんね、今回は連れて行けないんだ」
「どうしてでございますか? 私はずっとルネ様の身の回りのお世話をして来たんですよ。今更離れることなど出来ません」
「ありがとうペネロープ。そう言ってもらえるのは嬉しいよ。だけど、僕について来て貰ってこれ以上悲しい思いをさせるのは嫌なんだ」
「構いませんわ! 私、お役に立ちたいんです」
「気持ちだけもらっておくよ。こちらの様子も気になるし、たまに手紙で知らせてくれないか?」
「ルネ様……。お別れだなんて寂しゅうございます」
ペネロープをまた泣かせてしまった。母のいない僕にずっと優しく接してくれた彼女は僕の母であり友人でもあった。その彼女と別れるのは辛いが、僕と一緒に来ると言えば継母にどんな仕打ちを受けるかわからない。僕との関係を断って、このまま城での仕事を続けた方が彼女は一生安全に暮らせるだろう。
それに、今後もリュカシオン公国の様子が知りたいというのは本心だった。
◇◇◇
慌ただしく準備がなされ、僕はとうとう生まれてから十八年間を過ごした城を後にした。
馬車から遠ざかる城を眺め、もう戻らないのだと思うと不思議でならなかった。
(こんなことなら兄の要求を受け入れずにさっさと逃げ出せば良かったんだ……)
実際に外に出てみると、外に出ることなど何ともないことのように思えた。しかし中に居るとそのようには見えないもので、逃げ出す事などできないと勝手に思い込んでいた。
途中宿などで宿泊しつつ数日馬車に揺られて国境を越え、クレムス王国内ベサニル辺境伯領に辿り着いた。
ベサニルには公務や姉の結婚式などで何度か訪問したことがあって、見覚えのある景色に幾分ほっとした。
(当時は自分がオメガだとは思いもしなかったから気にもとめなかったけど――本当にオメガに寛容な土地だといいな)
生まれ育った国を出るのは寂しかったが、あの国でオメガとして生きるのはあまりにも辛すぎる。恐ろしい兄からもこれで解放されるし、数日間の移動により旅の気分を味わえてちょっとだけ気分転換ができた。
姉のモニークとはそれほど仲が良かったわけではないけれど、何よりも彼女はベータだ。彼女がもしアルファだったらもっと格上の家に嫁げたのだが、ベータだったので父の知り合いを頼って第二の性に差別の無い土地へ嫁いだという事情があった。
きっとオメガの僕に理解を示してくれるだろうし、これからは仲良くやって行けるだろう。
僕は前向きな気持ちで辺境伯の屋敷を訪れたのだった。
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