【完結】隠れSubの俺は幼馴染の腹黒Domにこっそり催眠プレイで甘やかされていることを知らない

grotta

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17.仕方ないから貰ってやる

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 久しぶりに会う煌星の姉、茜音あかねは当時の記憶をそのまま成長させたような美人だった。煌星の姉だけあり、モデルみたいに顔が小さくてスタイルも良い。
 土曜の午後に人の多い駅前で待ち合わせをしたが、先に到着していた彼女は男性に言い寄られて困った顔をしていた。近づいて声を掛ける。

「あの……三浦さん?」
「あ、西岡久しぶり~! ほら言ってるでしょ、本当に待ち合わせなんだって」と彼女は男性に背を向け俺の腕を引っ張ってその場を離れた。

「今のってナンパ?」
「そう、待ち合わせだって言ってるのにしつこくて。それにしても西岡全然変わってないねえ。いきなり呼び出してごめん」

 カフェの席に着いて注文するなり、彼女は話を始めた。

「で、いきなり本題だけど。煌星に会ってもらえない?」
「……はは。いきなりだね」
「ごめんね、私回りくどいの嫌いなんだ。率直に言うと、煌星が今かなりヤバくて」
「ヤバい?」
「そうなの。あいつがしたことに関してはほんっと申し訳ないと思ってる。姉として謝るよ。好きな相手サブドロップに追い込んで実家に逃げ帰るとかどんだけ最低野郎なんだってことはもう西岡の代わりに言ってやったから」
「え、そ、そんなこと……」

 そうだった。煌星はすごく温厚な性格なのに彼女は対照的ですごく気の強い性格だったのを思い出す。しかも俺とのことはある程度知られてるようで恥ずかしい。
 しかしこちらの動揺にはおかまいなしで茜音は話し続ける。

「ありえないでしょ。同じDomとして恥ずかしいよほんとに。それはそうと、煌星もかなり精神的に追い込まれちゃっててね。端的に言うと、問題行動起こしまくり」
「問題行動?」
「うん。Subの女の子泣かせたり、あとはDom同士で喧嘩してグレア撒き散らして通報されたり」
「えっ、通報!?」

 俺が驚いて声を上げたので彼女が人差し指を立てて口に当てる。

「しーっ! ごめん驚かせて。でも話が話だからおさえて、ね」
「悪い、つい。……っていうかどういうこと?」
「あいつふてくされてお酒飲みに行ってね。バーで言い寄って来た女の子と話したら気に入られちゃって……誘い断って泣かせたみたい。それでなぜかそこにいたDomと言い合いになって」

 茜音は肩をすくめた。

「――嘘だろ」
「その後会社でもグレアのコントロールができなくなっちゃって、上司とか同僚にグレア向けたっていうんで今は休職中なんだ。そんなことする子じゃないんだよ? 知ってるよね。あいつ本性は腹黒いし西岡に対してストーカー丸出しの執着っぷりだけど、表では優等生演じてたじゃない?」

――本性? 表では優等生……?

「たぶん本来私より煌星のほうがDomとしては攻撃的なんだよね。そういう意味でも私、西岡には感謝してるんだ」
「俺に?」
「うん。煌星が丸くなったのは西岡と会ってからなの」

 茜音とはこれまでほとんど喋ったこともなかった。彼女は小学六年で転校してきたときも田舎の人間とは馴染まず早く東京に戻りたそうにしていた。そして煌星の家に遊びに行った時、弟が俺と仲良くしているのを見て「こっちの奴と友達になるなんて」と鼻で笑っていたものだ。
 その頃から怖い姉ちゃんだなとは思ってたし、嫌われこそすれ感謝なんてされる覚えはないのだが――。

「煌星がお菓子作り始めたとき、マジでキモいと思ったわ」
「お菓子?」
「そう。あの煌星がお菓子作ってるのよ。友達びびらせて転校させられたような問題児がお菓子だなんて、何の冗談かと思った。でもやり出したら才能あったのね、すごく上手で」
「ああ、あいつ料理上手いよな」
「西岡に食べさせたくて練習したんだよ」
「俺に?」
「そう、西岡のため」

――あいつが俺のために……?

「おかげで私も彼氏に配るお菓子には事欠かなかったわ」
「え?」
「私、料理の腕が壊滅的なの」
「ああ……そういうこと」
「それでね、西岡。お願いだから煌星と仲直りして。困ってんのよ。もうすぐバレンタインでしょ?」
「そうだけど……」

――なんの話だ?

「あいつが復活しないと、彼氏に渡すチョコ作ってもらえなくて私が困るの」
「そういうこと!?」

 茜音が大きな目でこちらをじっと見つめる。

「それに私はあんたに貸しがある」
「え? 貸し?」

――なんのことだ……?

「うちは煌星が都内の小学校で問題を起こしたのが原因で田舎に引っ越したの。でも煌星が中学に上がる頃には問題は解決してた。だから私は都内に戻れるはずだったのよ」
「え、そうなの?」
「そう。だけど煌星がどうしても西岡と同じ中学に通いたいって駄々をこねたの」

 茜音がこちらを睨む。

「私は東京へ帰ろうって言ったわ。だけど、あいつ西岡と同じ中学に通わせてくれなかったら今まで彼氏にあげたお菓子は自分が作ったものだとバラすって言い出した」

――待ってよそれ、俺のせいなの?

「だから私は中学卒業まであのど田舎で暮らすことになったのよ! わかるでしょ? 一人のいたいけな少女の自由をあんたは奪ったの。だから西岡は私に借りがある。それを返してもらうときが来たってわけよ」
「ええ~、そんな……」
「――ねえ西岡、煌星はとにかく小学生の頃からずっと西岡一筋だよ。だから――今更見捨てないでやってよ」

 そう言ってコーヒーカップを握る彼女の指は力が入りすぎて白くなっていた。チョコレートだの貸しだの理由を付けながらも、ただただ弟が心配なのだということが見て取れた。そもそも俺としても、煌星と会うつもりでここに来ている。

「なんかごめんな。俺のせい、なのかわかんないけど。煌星を見捨てるつもりはないから安心して」
「本当? よかったぁ……」

 微笑んだ目元に煌星の面影を感じて、胸がぎゅっと締め付けられる。
 煌星の現状を聞くに急を要すると判断した俺はそのまま煌星の実家に向かうことになった。約束があるというので茜音とはそこで別れた。




  煌星の実家はマンションから見て隣の区にある。そもそも俺の職場への通勤を考慮して選んだ物件で、煌星の職場へは実家からの方が近い。本来煌星が一人暮らしをするメリットはないのだが、わざわざ俺の隣に住んでいる。

「俺のために料理を始めた、か――」

 俺がSubだと知っていながら黙っていた煌星。あの日彼が言ったように、俺のことを馬鹿にしていたわけじゃなかったんだ。本当に俺のことを大事に思ってくれてたからこそ、知らないふりをしていてくれた。その気持ちを俺は信じられず、煌星を追い出してしまった。

 三浦家のインターホンのボタンを押す。名乗ってしばらくすると、煌星の母親が出てきた。

「久しぶりね凪くん。茜音から聞いてるわ。ごめんなさいね、わざわざ来てもらって」
「いえ、俺のせいで煌星くんが大変みたいで。こっちこそすみません」
「いいえ~。さ、どうぞどうぞ」
「お邪魔します」

 靴を脱ぎながら「煌星は上ですか?」と尋ねると彼女が「そうなの」と答えた。

「せっかく来てもらったのに、もしかするとドアを開けないかもしれないわ。私もずっと顔も見てないの。でも声だけでも掛けてやってくれる?」
「はい。じゃあ、ちょっと行ってきますね」

 俺は階段を上がって煌星の部屋の前にたどり着いた。深呼吸をし、ノックする。

「煌星、俺だよ」

 静かに声を掛けたが、何も返事がない。

「煌星、いるんだろ? なあ、少し話せないか?」

 すると中から低い声で「帰って」と聞こえた。ちゃんと生きてるようだ。俺はもう一度ノックする。

「おい、開けろよ。俺も悪かったからちゃんと話そう、な? 入るぞ」
「だめ! 入ってこないで!」

 ドア越しでもビリッと空気が張り詰めるほどの威圧感に俺は硬直した。グレアだ。
――そういや煌星はグレアのコントロール失ってるって言ってたっけ。
 俺は恐る恐るドアノブに触ってみる。すると静電気みたいなものが指先に走った。

「いてっ……!」
「ごめん。グレアをうまく抑えられないんだ……危ないから帰って」

 部屋の中から沈んだ声が聞こえる。しかし俺はそれくらいで諦めるつもりはなかった。

「嫌だね」

 忠告を無視して俺は気合を入れ、ドアノブを掴んだ。その瞬間背筋がぞくっとするほどの恐怖を感じたがそのままドアを開ける。

「凪だめだ。入らないで」

 カーテンを締め切った部屋で煌星はゲームをしていたようだ。PCモニターからの明かりにぼんやりと浮かんだのはスウェットにTシャツ姿で髪の毛はボサボサ、無精髭の生えた酷い姿。こんなに荒んだ煌星は今まで見たこともなかった。

「お前――……」

 ヘッドホンを外しながら彼が虚ろな目でこちらを見る。

「危ないから帰ってって言ったよね」
「俺は話しに来たって言ってるだろ」

 煌星はため息をついて首を振る。

「僕は凪に会う資格ないから――お願い帰って。怒ってるのはわかるけど今はごめん、正直凪の顔見るのもつらいから……」

 煌星はそう言ってこちらに背を向けた。

「煌星……」
「どうせ姉ちゃんか母さんから連絡でもあったんでしょ? 凪は優しいから、あんなことした僕のことでも心配して来てくれたんだろうけど」
「ああ、仕事休んでるって聞いた。大丈夫か?」
「わざわざありがとう。でも大丈夫。もう少し時間を置いたら元の僕に戻ってちゃんと会社に行くよ。だから……これ以上みっともないところ見られたくないし今日は帰って。気持ちの整理がついたら、マンションもちゃんと引き払う。もうつきまとったりしないから安心して」

 煌星は肩を震わせながらかすれた声で言った。
 こいつをこんな状態にしたのは俺なんだ。煌星が王子様でいるのも、こうやって酷い姿になるのも、全部俺が――……。
 俺は散らかった部屋に足を踏み入れた。

「凪、入っちゃだめだ! Stop」

 煌星がとっさにコマンドを出し、俺は反射的に足を止めた。深呼吸してもう一歩踏み出すと煌星は焦ってまた俺を止めようとする。

「ごめん僕……でもだめだよ、Stay 凪!」
「うっせー」

 俺は煌星のコマンドを無視して歩み寄る。煌星が意図せずに発しているグレアの中、Domのコマンドに背く行為に俺の体は震えていた。足は重たくて磁石で床にくっついてるみたいに動かしにくいが、それでも一歩ずつ進んでいく。

「凪……来ないで。Stop……St……っ」
「く……」

 最後は立っていられず、床を這うようにして煌星のところへ到達する。達成感と共に煌星の膝に抱きついた。

「凪やめて! 僕、お風呂も入ってなくて汚いし臭いから。凪、Stop!」

 更にコマンドを出されて怯みかけるが、俺は腕にしっかりと力を込める。煌星の膝に頬をぐっと押し付けた。

「舐めんなよ、こっちは寝ずに働く社畜だ。風呂入ってない男の匂いくらい慣れてるよ」

 匂いなんかより正直コマンドに背いてる方が何倍もキツいのだ。

「凪……」
「もういいから。かっこいいお前なんてクソ食らえだ。そのままでいろよ。情けないとこも、昔から俺は全部見てるだろ」
「でも……」
「お前は高給取りで背も高くて、顔も声も良いし、家事も完璧。だけど冴えないリーマンに執着して催眠かけてプレイするようなド変態。最低の自己中男だ」
「な、凪ごめん、僕本当に反省して――」
「そんなしょうもないお前のこと、もう誰も相手してくんないよな?」
「うん、ちゃんとわかってるよ……。許されることじゃないってわかってる」
「いいやわかってない。ちゃんと聞けよ? あのな、仕方ないから俺がお前を嫁にもらってやるって言いに来たんだ」

 返事がないので見上げると、煌星が驚愕に目を見開いている。

「え……?」
「俺はDomのくせに情けなくて残念なお前のことが好きだよ。大体お前みたいなDom、誰も手に負えないだろ。そのままのお前を俺が貰ってやるから、引きこもってないで帰ってこい」

 煌星が見る間に顔をくしゃくしゃにして俺の名前を呼ぶ。

「凪……これ夢……?」
「夢じゃねえ、現実だよ! だからさっさと俺をケアしろよ。お前のコマンド無視するのすっげーストレスなんだよ」
「ごめん、凪 Good boy! 嬉しいよ。来てくれてありがとう。大好きだよ、抱きしめてくれてありがとう凪。かわいい、天才、いい子!」

 煌星は俺を褒めちぎって頭を撫でまくる。それで俺はようやく詰めていた息を吐いた。泣き笑いみたいな顔をしている煌星を見てこっちも笑ってしまう。

「ったくお前ひっでー顔だな」
「だって、僕のこと許してくれるなんて……」
「もう俺に黙って変なことすんなよ」
「しない!」
「さあ、そしたら風呂入って着替えてこいよ。うちに帰ろうぜ」

 煌星は地面に座っていた俺をいきなり持ち上げ、自分の膝に乗せたかと思うと力いっぱい抱きしめた。

「凪……ありがとう凪」

 俺も煌星のゴワゴワする髪の毛に手を伸ばして撫でてやる。さっきまで部屋中に漂っていたグレアの気配はすっかり消え去り、煌星と触れ合った部分からじわじわと温かいものが伝わってくる。
 俺はこれでようやく昔みたいにこいつのことを受け止めてやれそうな気がした。
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