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16.回復と煌星への想い
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目が覚めると俺はベッドの上だった。ぼんやりした頭で今日が平日だったか休日だったか思い巡らせる。
――えっと……たぶん土曜日だよな。もうひと眠りすっか。
「凪くんおはよう。眠たいところ申し訳ないけどちょっといいかな」
「うわぁあああっ!!」
誰もいないと思っていたのにいきなり声を掛けられて飛び上がった。
「え、洋一郎さん……?」
ベッドを覗き込んできたのは母の従兄弟で、ダイナミクス専門医の洋一郎だった。眼鏡を掛けていていつも優しい40代後半のおじさん。俺がSubだとわかったときも親身になって相談に乗ってくれた人だ。以来、体調を崩したときには世話になっている。
「びっくりしたぁ……。どうしてここに?」
「驚かせてごめんね。君が体調を崩したと三浦くんから知らせを受けて来たんだ」
「煌星が? そうだったんですか――でも俺、どこもなんともないですけど……?」
洋一郎はちょっと困ったような表情で「それならよかった」とつぶやいた。
――あれ、でもなんであいつがここにいないんだ? 俺が具合悪くなったなら大騒ぎして泊まり込みでもしそうなのに。
「あの、煌星は……?」
「覚えてないんだね。凪くん、今三浦くんは実家に帰ってるよ」
「実家に――?」
「起きられそうなら、詳しいことはリビングで話そうか」
何がなんだかわからないままリビングへ移動し、ダイニングテーブルに向かい合って座る。
「えーっと、とりあえずコーヒー飲みます?」
「ありがとう、後でいただくよ。ところで凪くん、今日が何曜日かわかる?」
俺が土曜と答えると、洋一郎が首を振った。
「今は月曜日のお昼だ」
「え……? 嘘、どういうこと? 待って、じゃあ俺会社……!」
――やべえ、無断欠勤してるってことじゃん!
慌てて立ち上がった俺を洋一郎が身振りで止める。
「凪くん落ち着いて。会社にはちゃんと連絡してあって申請書は後から提出でいいって許可も貰ってるから」
「どういうことですか? 申請書って、なんの?」
「サブドロップ状態のSubが取れる特別休暇の申請書だよ」
「へ? サブドロップ……?」
「君は三浦くんと金曜日の夜に口論になって、そのショックでサブドロップに陥ったんだ。三浦くんがすぐに私に連絡をくれて、その日のうちに様子を見に来た。それから一日一回寄らせてもらっているんだ」
――煌星と口論になった……? なんのことだ? しかもなんであいつが洋一郎さんのことを知ってるんだ……?
「よくわからないんですけど、ちょっと記憶が曖昧で……別に口論なんてした覚えは無いし」
金曜のことを思い出そうとすると記憶にモヤがかかってるみたいで頭がふわふわしてくる。
「あれ、なんでだろ。思い出せない……はは、おかしいな?」
「凪くん、無理に思い出さなくていいよ。まだちゃんと回復していないんだ。自分では普段と変わらないように思えるかもしれないけど、体が正常じゃない証拠だよ。煌星くんとの間にあったことを思い出すのを脳が拒否しているんだろう」
自分としては体調が悪いわけでもないし、記憶が不確かなこと以外に異変は感じられなかった。だけど、金曜からずっと寝ていたということなら明らかにどこかおかしい。
「回復して仕事に復帰できるまでは僕も様子を見に来るよ。今日ちゃんと目が覚めたからそうだな……あと一週間ほど会社は休んで、来週から出勤できるように治療とケアをしていこうか」
「はぁ……そうですか……」
サブドロップと言われても、なんの実感もない。だからケアすると言われてもいまいちピンとこなかった。ただ煌星のことを思い出そうとすると、霞がかかったみたいに頭がぼんやりする。
「さっき煌星は実家にいるって言ってましたよね?」
「ああ、そうなんだ。彼の言うことには君がここを出ていくと言うから、自分が実家へ帰ることにする――とね」
「俺がここを出てくって言ったんですか?」
洋一郎が「そうらしいね」と頷く。
「洋一郎さんは、俺と煌星がなんで言い争いしてたか聞いてるんですか?」
彼は一瞬目を伏せた後頷いた。
「ああ。大まかには聞いてる。だけどそれを私の口から言うのはよしておくよ。回復するにつれて次第に思い出すだろう」
煌星にとうとう自分がSubだとバレたのだということはこの状況から想像できた。だけど自分でも不思議なことに、秘密が無くなったことで心が軽くなったような気がしていた。
――あんなにバレたくないって思ってたのになぁ……。
煌星は俺がSubだと知って嫌気がさして実家に帰ったのかもしれない。そんな日がいつか来るだろうとは思っていたけど、実際にはあっけなかった。元々自分の気持ちを煌星に伝える気はさらさらなかったし、近くにいるより離れている方が良いのかもしれない。
なんとなく重荷から解放されたような気分だった。
◇
その後一週間、洋一郎が度々自宅まで来てケアをしてくれた。といっても煌星とのことを思い出せない以外は普通の生活に支障がなかったので、ただ単に仕事をサボって親戚のおじさんと過ごしただけみたいなものだ。
普通と違うことといえば、ケアとして彼の手から食事や薬を口に運んでもらったり、頭を撫でてもらったり、ひたすら褒めてもらっていたことくらい。
そもそも洋一郎はDomではないのでこうしたケアも形式的に行うだけだ。それでもSubにとっては一定の効果があるそうで、以前体調を崩したときにもこうして治療してもらっていた。
「さて、これなら明日から仕事復帰して大丈夫そうだね。このあとは週に一度クリニックに通ってもらえるかな?」
「はい。わざわざ自宅まで来てもらって、お世話おかけしました」
「気にしないで。少しでも体調に異変を感じたらすぐ呼んでね」
洋一郎のお陰で俺は翌週から仕事に復帰できた。津嶋は何か聞きたそうにしてはいたものの、何も尋ねてはこなかった。
通院が終わるまでの間、俺は定時退社し規則正しい生活を送ることになった。そして毎週土曜日の午前中にはクリニックで診てもらい、徐々に回復していった。
◇
煌星が実家に帰ってから約二ヶ月後。
俺は治療や対話のお陰で煌星との間に何があったか、ほとんど思い出せるようになっていた。その内容は目を覆いたくなるようなものだったが、洋一郎の説明によると催眠では相手の嫌がることはさせられないという。煌星との間に起きたことは、心の奥にあるSubとしての願望が解放された結果でもあると言われた。
俺は煌星との肉体関係を具体的に望んでいたわけではない。だけど程度は違いこそすれ、俺が煌星の恋人に嫉妬して、自分がそうなりたいと思っていたこともたしかだ。対話を続けていくうちに、ようやく俺はそのことを認められるようになった。
洋一郎による対話は、煌星とのことを思い出すことでもあり同時に自分を見つめ直すことでもあった。結局のところ、俺は自分にすら嘘をついて生きていた。Subとして煌星に支配されたい、甘えたいという気持ちを自分自身が認められない限り、俺は楽にはなれない。
洋一郎は「ここから先はもう私では完全にケアできない。君と信頼関係を築けるDomにしか、君を本当の意味で満たすことはできない」と言った。
――信頼関係、か……。
煌星も俺も、お互いのことを近くでよく見ていたつもりで結局自分のことしか考えていなかったのだ。
別に俺は煌星が完璧な王子様だから好きになったわけじゃない。はじめて会ったとき煌星は情けないいじめられっ子だったし、俺が守ってやってるつもりだった。だけど、成長するにつれてあいつの上っ面だけ見て自分を卑下し、手の届かない相手だと思い込むようになっていった。
俺と口論になった時の煌星はまるで子どもの頃みたいに頼りない顔だった。勝手になんでもできるイケメン様というイメージを抱いていたけど、あいつの中身は昔から変わらないんだ。
ショックは受けたけど、それでも俺はあいつのことを嫌いになったわけじゃない。この数ヶ月で、あの時何に最も腹を立てていたのかと洋一郎に聞かれ、考えた。
俺が一番我慢ならなかったのは、されたことよりも煌星が黙って俺とプレイしていたということ。俺との間に信頼関係がない証拠だ。あいつに、俺の気持ちが全然伝わってなかったことが悲しかった。でもそれはあいつのせいじゃない。俺があいつにも、そして自分にすら隠していたからなんだ。
子どもの頃からずっと、煌星の望みを叶えられる人間でいたいと思ってた。あいつのパートナーとして他の誰でもなくこの俺が尽くしてやりたい。それが今の俺の望みだ。
「三浦くんもちょっと手のかかる子みたいだからねぇ。今度ここへ連れて来てくれないかな。皆で話をしよう」
洋一郎はそう言った。
――煌星、もう帰ってこないのかな。
引っ越しが行われた様子はないから、隣の部屋を引き払ったわけではないと思う。
俺はあの日一瞬で頭に血がのぼってそのままバッドトリップしてしまった。だからちゃんと話し合えていない。
煌星の「好き」という言葉がどこまで本当なのかわからないが、もし本当ならお互い精神的に大人になれないまま片想いをしていたようなものだ。俺は自分の頭がそれほど良くない自覚があるが、煌星も頭がいいわりにやってることはかなり間抜けだ。
――だって普通好きなやつに催眠かけてエッチなことしようとか本気で思うかよ? しかもあの見た目でだぞ。宝の持ち腐れってこのことだな。
誰もが羨むようなルックスで仕事もできるし家事もできる。なのに、俺みたいな冴えないリーマン相手にコソコソしやがって……Domらしく堂々と告ってパートナーになりゃいい話じゃなかったのかよ?
記憶が戻ってからしばらくは俺の了承もなく勝手にアレコレされたことに怒っていた。しかし今となっては「あいつも俺と同じただの人間なんだな」と思えるようになった。そうなると急に煌星の顔が見たくなる。
――あいつ、今頃落ち込んでるかな?
◇
そんなある日知らないアカウントからLINEにメッセージが入った。
『突然失礼します。煌星の姉の茜音です。覚えてますか? 弟のことで話しがあるので一度会うことはできないでしょうか?』
――え、煌星の姉ちゃん……?
煌星の姉とは同じ学年で、クラスは違ったけど小学校では顔見知りだった。しかし彼女が都内の高校へ進学してからは全く交流がなく、当然連絡先も知らない。煌星からアカウントを聞いてメッセージを送ってきたんだろうか。
こちらとしてもそろそろ煌星と話をする必要があると思っていたし、俺は会う意思がある旨の返事をした。
――えっと……たぶん土曜日だよな。もうひと眠りすっか。
「凪くんおはよう。眠たいところ申し訳ないけどちょっといいかな」
「うわぁあああっ!!」
誰もいないと思っていたのにいきなり声を掛けられて飛び上がった。
「え、洋一郎さん……?」
ベッドを覗き込んできたのは母の従兄弟で、ダイナミクス専門医の洋一郎だった。眼鏡を掛けていていつも優しい40代後半のおじさん。俺がSubだとわかったときも親身になって相談に乗ってくれた人だ。以来、体調を崩したときには世話になっている。
「びっくりしたぁ……。どうしてここに?」
「驚かせてごめんね。君が体調を崩したと三浦くんから知らせを受けて来たんだ」
「煌星が? そうだったんですか――でも俺、どこもなんともないですけど……?」
洋一郎はちょっと困ったような表情で「それならよかった」とつぶやいた。
――あれ、でもなんであいつがここにいないんだ? 俺が具合悪くなったなら大騒ぎして泊まり込みでもしそうなのに。
「あの、煌星は……?」
「覚えてないんだね。凪くん、今三浦くんは実家に帰ってるよ」
「実家に――?」
「起きられそうなら、詳しいことはリビングで話そうか」
何がなんだかわからないままリビングへ移動し、ダイニングテーブルに向かい合って座る。
「えーっと、とりあえずコーヒー飲みます?」
「ありがとう、後でいただくよ。ところで凪くん、今日が何曜日かわかる?」
俺が土曜と答えると、洋一郎が首を振った。
「今は月曜日のお昼だ」
「え……? 嘘、どういうこと? 待って、じゃあ俺会社……!」
――やべえ、無断欠勤してるってことじゃん!
慌てて立ち上がった俺を洋一郎が身振りで止める。
「凪くん落ち着いて。会社にはちゃんと連絡してあって申請書は後から提出でいいって許可も貰ってるから」
「どういうことですか? 申請書って、なんの?」
「サブドロップ状態のSubが取れる特別休暇の申請書だよ」
「へ? サブドロップ……?」
「君は三浦くんと金曜日の夜に口論になって、そのショックでサブドロップに陥ったんだ。三浦くんがすぐに私に連絡をくれて、その日のうちに様子を見に来た。それから一日一回寄らせてもらっているんだ」
――煌星と口論になった……? なんのことだ? しかもなんであいつが洋一郎さんのことを知ってるんだ……?
「よくわからないんですけど、ちょっと記憶が曖昧で……別に口論なんてした覚えは無いし」
金曜のことを思い出そうとすると記憶にモヤがかかってるみたいで頭がふわふわしてくる。
「あれ、なんでだろ。思い出せない……はは、おかしいな?」
「凪くん、無理に思い出さなくていいよ。まだちゃんと回復していないんだ。自分では普段と変わらないように思えるかもしれないけど、体が正常じゃない証拠だよ。煌星くんとの間にあったことを思い出すのを脳が拒否しているんだろう」
自分としては体調が悪いわけでもないし、記憶が不確かなこと以外に異変は感じられなかった。だけど、金曜からずっと寝ていたということなら明らかにどこかおかしい。
「回復して仕事に復帰できるまでは僕も様子を見に来るよ。今日ちゃんと目が覚めたからそうだな……あと一週間ほど会社は休んで、来週から出勤できるように治療とケアをしていこうか」
「はぁ……そうですか……」
サブドロップと言われても、なんの実感もない。だからケアすると言われてもいまいちピンとこなかった。ただ煌星のことを思い出そうとすると、霞がかかったみたいに頭がぼんやりする。
「さっき煌星は実家にいるって言ってましたよね?」
「ああ、そうなんだ。彼の言うことには君がここを出ていくと言うから、自分が実家へ帰ることにする――とね」
「俺がここを出てくって言ったんですか?」
洋一郎が「そうらしいね」と頷く。
「洋一郎さんは、俺と煌星がなんで言い争いしてたか聞いてるんですか?」
彼は一瞬目を伏せた後頷いた。
「ああ。大まかには聞いてる。だけどそれを私の口から言うのはよしておくよ。回復するにつれて次第に思い出すだろう」
煌星にとうとう自分がSubだとバレたのだということはこの状況から想像できた。だけど自分でも不思議なことに、秘密が無くなったことで心が軽くなったような気がしていた。
――あんなにバレたくないって思ってたのになぁ……。
煌星は俺がSubだと知って嫌気がさして実家に帰ったのかもしれない。そんな日がいつか来るだろうとは思っていたけど、実際にはあっけなかった。元々自分の気持ちを煌星に伝える気はさらさらなかったし、近くにいるより離れている方が良いのかもしれない。
なんとなく重荷から解放されたような気分だった。
◇
その後一週間、洋一郎が度々自宅まで来てケアをしてくれた。といっても煌星とのことを思い出せない以外は普通の生活に支障がなかったので、ただ単に仕事をサボって親戚のおじさんと過ごしただけみたいなものだ。
普通と違うことといえば、ケアとして彼の手から食事や薬を口に運んでもらったり、頭を撫でてもらったり、ひたすら褒めてもらっていたことくらい。
そもそも洋一郎はDomではないのでこうしたケアも形式的に行うだけだ。それでもSubにとっては一定の効果があるそうで、以前体調を崩したときにもこうして治療してもらっていた。
「さて、これなら明日から仕事復帰して大丈夫そうだね。このあとは週に一度クリニックに通ってもらえるかな?」
「はい。わざわざ自宅まで来てもらって、お世話おかけしました」
「気にしないで。少しでも体調に異変を感じたらすぐ呼んでね」
洋一郎のお陰で俺は翌週から仕事に復帰できた。津嶋は何か聞きたそうにしてはいたものの、何も尋ねてはこなかった。
通院が終わるまでの間、俺は定時退社し規則正しい生活を送ることになった。そして毎週土曜日の午前中にはクリニックで診てもらい、徐々に回復していった。
◇
煌星が実家に帰ってから約二ヶ月後。
俺は治療や対話のお陰で煌星との間に何があったか、ほとんど思い出せるようになっていた。その内容は目を覆いたくなるようなものだったが、洋一郎の説明によると催眠では相手の嫌がることはさせられないという。煌星との間に起きたことは、心の奥にあるSubとしての願望が解放された結果でもあると言われた。
俺は煌星との肉体関係を具体的に望んでいたわけではない。だけど程度は違いこそすれ、俺が煌星の恋人に嫉妬して、自分がそうなりたいと思っていたこともたしかだ。対話を続けていくうちに、ようやく俺はそのことを認められるようになった。
洋一郎による対話は、煌星とのことを思い出すことでもあり同時に自分を見つめ直すことでもあった。結局のところ、俺は自分にすら嘘をついて生きていた。Subとして煌星に支配されたい、甘えたいという気持ちを自分自身が認められない限り、俺は楽にはなれない。
洋一郎は「ここから先はもう私では完全にケアできない。君と信頼関係を築けるDomにしか、君を本当の意味で満たすことはできない」と言った。
――信頼関係、か……。
煌星も俺も、お互いのことを近くでよく見ていたつもりで結局自分のことしか考えていなかったのだ。
別に俺は煌星が完璧な王子様だから好きになったわけじゃない。はじめて会ったとき煌星は情けないいじめられっ子だったし、俺が守ってやってるつもりだった。だけど、成長するにつれてあいつの上っ面だけ見て自分を卑下し、手の届かない相手だと思い込むようになっていった。
俺と口論になった時の煌星はまるで子どもの頃みたいに頼りない顔だった。勝手になんでもできるイケメン様というイメージを抱いていたけど、あいつの中身は昔から変わらないんだ。
ショックは受けたけど、それでも俺はあいつのことを嫌いになったわけじゃない。この数ヶ月で、あの時何に最も腹を立てていたのかと洋一郎に聞かれ、考えた。
俺が一番我慢ならなかったのは、されたことよりも煌星が黙って俺とプレイしていたということ。俺との間に信頼関係がない証拠だ。あいつに、俺の気持ちが全然伝わってなかったことが悲しかった。でもそれはあいつのせいじゃない。俺があいつにも、そして自分にすら隠していたからなんだ。
子どもの頃からずっと、煌星の望みを叶えられる人間でいたいと思ってた。あいつのパートナーとして他の誰でもなくこの俺が尽くしてやりたい。それが今の俺の望みだ。
「三浦くんもちょっと手のかかる子みたいだからねぇ。今度ここへ連れて来てくれないかな。皆で話をしよう」
洋一郎はそう言った。
――煌星、もう帰ってこないのかな。
引っ越しが行われた様子はないから、隣の部屋を引き払ったわけではないと思う。
俺はあの日一瞬で頭に血がのぼってそのままバッドトリップしてしまった。だからちゃんと話し合えていない。
煌星の「好き」という言葉がどこまで本当なのかわからないが、もし本当ならお互い精神的に大人になれないまま片想いをしていたようなものだ。俺は自分の頭がそれほど良くない自覚があるが、煌星も頭がいいわりにやってることはかなり間抜けだ。
――だって普通好きなやつに催眠かけてエッチなことしようとか本気で思うかよ? しかもあの見た目でだぞ。宝の持ち腐れってこのことだな。
誰もが羨むようなルックスで仕事もできるし家事もできる。なのに、俺みたいな冴えないリーマン相手にコソコソしやがって……Domらしく堂々と告ってパートナーになりゃいい話じゃなかったのかよ?
記憶が戻ってからしばらくは俺の了承もなく勝手にアレコレされたことに怒っていた。しかし今となっては「あいつも俺と同じただの人間なんだな」と思えるようになった。そうなると急に煌星の顔が見たくなる。
――あいつ、今頃落ち込んでるかな?
◇
そんなある日知らないアカウントからLINEにメッセージが入った。
『突然失礼します。煌星の姉の茜音です。覚えてますか? 弟のことで話しがあるので一度会うことはできないでしょうか?』
――え、煌星の姉ちゃん……?
煌星の姉とは同じ学年で、クラスは違ったけど小学校では顔見知りだった。しかし彼女が都内の高校へ進学してからは全く交流がなく、当然連絡先も知らない。煌星からアカウントを聞いてメッセージを送ってきたんだろうか。
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