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14.不調になる凪

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 自分がSubだとバレていたことを津嶋に聞かされてからというもの、俺は急激に体調を崩してしまった。体調というより、メンタルと言ったほうがいいか。

 煌星にだけは、自分がSubだと知られたくなかった。俺はあいつの前ではせめて兄貴風を吹かせて、頼られる存在でいたかった。格好つけたかったんだ、あいつのことが好きだから――。なるべく情けない姿を見せたくなくて虚勢を張ってきた。煌星もなんだかんだ俺を頼りにしてくれてるものだと思ってた。だけど、あいつが困ったと言って俺に頼ってきてたのも、全部演技だったってことか。
 そりゃそうだよな。煌星と比べたら俺なんて、激務薄給のくたびれたリーマン。しかも世の中でも蔑まれる存在であるSub。子どもの頃あいつを助けてやれた俺は――もうどこにもいないんだ。

「なんで黙ってたんだよ……。俺を憐れんでたってことか?」

 それとも、あいつに家事させていい気になってるSubの俺にムカついてた? それで催眠かけて密かにプレイして、日頃の鬱憤を晴らしてたとでもいうのか?

「んな回りくどいことしないで直接ムカつくならムカつくって言えよ」

 子どもの頃から俺のそばにいて、俺のことをずっと頼ってくれてると思ってたのに――。誰からも好かれる優しい煌星。人が良くて冷静で、料理も洗濯も完璧な王子様。そんな奴の恋人になれるなんて思うほど自惚れてはいない。だけどせめて幼馴染として好かれてるんだって信じたかった。あいつの柔和な笑顔の裏側に何が隠れているのか気づいてもいなかった自分が情けない。
――結局俺は、あいつの上っ面だけ見て好きだと思い込んでいただけなんだろうか?

 俺は煌星と長年築いてきた関係が全部幻想だったことがショックで、なかなか眠れなくなった。あいつに騙されていたのも悔しいが、それより自分の間抜けさにも腹が立っていた。
 会社には行けていて、仕事のことを考えている間だけがある意味人間らしく過ごせる時間だった。体調不良をおして出勤する俺を見て後輩が心配そうに言う。

「先輩、本当に無理しなくていいすよ。あとは俺たちやっておくんで」
「んだよ、俺がSubだと思って気ぃつかってるならやめろよ」
「そういうんじゃないですって。つーかまじで具合悪そうすよ。俺で良ければ軽くプレイしますか? 変なことはしないですから、社内で軽くできるようなのだけ」
「はぁ? そんなこと頼めるわけないだろ」

 津嶋はあの後、事情も知らずに憶測だけで煌星のことを俺に話したのは無神経だったと謝ってきた。俺が体調を崩したのは自分のせいだと責任を感じているようだ。
 たしかに煌星本人に聞いてみないと、実際に俺たちがプレイをしていたかまではわからない。単にミルクティーを飲まされて眠らされていた可能性だってあるのだ。
 だから、煌星が帰ってきて本人の口から真実を聞くまで、事を荒立てるのはよそうということになった。




 仕事が忙しいのもあって、煌星が帰国する日までの二週間はあっという間だった。その間具合が悪くて俺にしては珍しくかなりの頻度で薬を飲んでいた。普段こんなに薬が減ることはないし、仕事の方も忙しくてクリニックへ行く暇もなかった。帰りにコンビニかドラッグストアで市販薬だけ買おうと思いつつ終業時間となった。
 今夜煌星が海外研修から帰ってくる。俺は冷静に顔を合わせられる気がせず、隣で帰り支度をしている後輩に声を掛けた。

「おい津嶋、今夜暇?」
「暇ですけど、どうかしましたか?」
「飲みに行かねえ?」
「え。でもたしか今日って煌星さんが帰国する日じゃ――」
「そうだけど、どうせ海外から帰ってきてすぐ込み入った話はできないし。今夜は会いたくないっつーか……」

 津嶋は俺の意向を汲んでくれ、明るく言った。

「じゃあ、山村さん誘って行きますか」

 


 先輩の山村が腕時計を見て慌てて腰を上げる。

「お、やばい。俺そろそろ帰るわ」
「え? もうですか。山村さん全然飲んでないじゃん」
「早く帰って子どもの寝かしつけやらないと」

 小さい子どもがいる山村はビールを飲み干してお札をテーブルに置くとさっさと帰ってしまった。奥さんに怒られる、などと口では言っているが彼は愛妻家だし4歳の娘にベタぼれなのは社内の誰もが知っていた。

「山村さんすげーいいパパっすよね。奥さんも美人だし。いいなぁ」
「なんか幸せそうだよな」

 優しくて家族想い――きっと煌星も結婚したらああいう良い父親になるだろう。俺みたいなSubにわけのわからない嫌がらせをしていないで、あいつは奥さんもらって身を固めるべきなんだ。
 俺はむしゃくしゃしてハイボールを喉に流し込む。なるべくダイナミクスの話を避け、後から思い出せないくらいくだらないバカ話をして過ごした。津嶋は気を遣っているのか、普段以上に饒舌で自分の知り合いの失敗談を話して俺を笑わせてくれた。

 飲み始めは煌星のことが頭にちらついていたが、酔いとともに次第に気分がよくなってきていた。グラスを片付けに来た店員にウーロンハイを注文したら、津嶋がそれを遮ってホットウーロン茶を頼んだ。
 眼の前に置かれた湯のみ越しに後輩を睨む。

「お前何勝手にこんなもの頼んでんだよ」
「先輩、今夜はこのくらいにしておきましょう」
「ああ? お前になんの権利があって――」
「心配なんです」
 
 津嶋の言いたいことがわかって俺は黙り込んだ。熱いウーロン茶を一口飲む。

「ちっ。俺だってそろそろやめようと思ってたよ」

 自宅まで送るとしつこく言われ、仕方なく津嶋と共にタクシーに乗り込む。帰り道、Sub用の薬を買いたかったから俺は最寄りのコンビニでタクシーを停めてもらった。マンションまでは徒歩2~3分の距離なのでここで別れるつもりだったのに、津嶋は「危ないから」と言って自分までタクシーを降りようとした。

「だから、タクシー待たせて俺もコンビニ行きますって」
「いーや、いらねえ。一人で歩けるっつってんだろ」

 力ずくで車のドアを閉めようとする俺と車を降りようとする津嶋で押し問答になった。するとその時背後から低い声が聞こえた。

「おい、離せよ」
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