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13.Subだとバレていた

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 最近すごく調子が良い。それはきっと煌星のミルクティーをここのところよく飲むようになったからだ。
 なぜって、あいつ急に海外出張決まったって言い出したんだよな。来月頭から二週間ちょい不在にするというから、今のうちにたくさん飲んでおこうと思ったってわけ。
――いや、これは嘘かな。

 今までは自分から飲みたいなんて思ったことも言ったこともなかった。だけど最近無性にあれが欲しくなって仕方ないんだ。
 Subの発作は全然起きてないし、仕事中もかなり調子が良い。なのに夜になると妙に口寂しいっていうか……アル中のミルクティー版? なんて笑えないけど――。
 煌星も俺から欲しがるなんてと意外そうにしてる。ミルクティー飲んだ後は大抵そのままうとうとして寝てしまうから、あいつは「虫歯になる」とか「太るよ」と注意してくる。
 でも俺にミルクティー最初に飲ませたのはあいつだろ? だったら責任取れよって話。

 そんなわけでここ最近は週に何度も強請って煌星にミルクティー入れさせてた俺は絶好調。
――だったはずなのに。


 
 それは煌星が成田からフランクフルト行きの飛行機に乗って、今どの辺り飛んでるのかなという日のこと。

「先輩最近忙しいのに調子良さそうすね」

 定食屋で昼飯を食べながらそう言ったのは後輩の津嶋だ。俺はとんかつと大盛りのご飯を頬張りながら図体のデカい後輩を見る。忙しくなると食が細くなる津嶋は、かけ蕎麦をもそもそと口に運んでいた。

「ほとんど寝る間も無いってのによくそんなもの食えますね」
「あ……なんか悪いな。揚げ物の匂い嫌だった?」
「いえ、そういうことじゃないんすけど……肌ツヤもいいし、パートナーさんと上手くいってるんすね。羨ましいす。俺激務すぎて先月彼女にフラれちゃって」

――何?

「パートナーってH社の後藤さんのことか? 別に普通だけど……」
「先輩なにすっとぼけたこと言ってるんすか。彼氏さんのことすよ。コーセイさん」

 津嶋が急に煌星の名を出したので、米粒が気管に入ってむせた。以前居酒屋でつぶれて煌星に迎えに来てもらったときに津嶋も顔を合わせてはいるが、それ以来俺たちの間で煌星のことを話題にしたことなど無かった。

「ゲホ、ゲホ! はぁ? 彼氏って何言ってんだ?」
「いやいや、俺がフラれたからって遠慮しなくていいっすよ。いいなぁ先輩、面倒見の良いDomに愛されてて」
「はぁ?」
「だって帰ったら煌星さんが待っててくれるんでしょ? 聞きましたよあのとき。激務なSubをDomが優しく甘やかしてくれるって最高じゃないすか。俺ももっと早く帰れるとこに転職しよっかなぁ。そしたらもっとパートナーとうまくやれるかもしれないし――」

 津嶋がペラペラと話している内容がすっと頭に入ってこない。
――なんでこいつは俺がSubで煌星がDomだって前提で話をしてるんだ?

「先輩どしたんすか? 腹いっぱいになったなら行きます?」
「――いや、つーかなんでお前……俺がSubだって知ってんだよ」
「え。だからこの間煌星さんが迎えに来たじゃないですか」
「それはそうだけど」
「あのときの先輩めーちゃくちゃ可愛かったっす。でもだめですよ? 俺みたいな善良なDomばかりとは限らないからね。あんなふうに抱きついて甘えた声でお願いされたら、さすがに俺でもグラっと来そうでしたよ」
「は……? え、なに? どういうこと?」

 飲んだ日の記憶が無い俺に津嶋が全部説明してくれた。要するに、俺は酒を飲んだら変なスイッチ入ったみたいにいきなり津嶋を煌星と勘違いして甘えだしたという。プレイが始まったと思い込んだ俺は「ベッドに連れてって」とか「お願いします」とか言って津嶋に支配権コントロールを預けようとした――……。

「煌星さんと何かこう、プレイ開始の合図決めてるんですよね? 多分酒飲んだらとか――」
「ふざけんな! そんなはずない。俺は煌星には自分がSubだって隠してるんだ」
「はい……?」

 俺が津嶋の言葉を遮ってきつめに言い返したので彼は目を瞬かせた。

「どういうことすか?」
「どういうことって、こっちが聞きたいよ。俺はあいつにSubだって話してないんだ。隣に住んでて、世話になってるのはたしかだけど……あいつとは付き合ってもいないし二人でプレイなんてしたことない!」
「待ってくださいよ。だって煌星さんも先輩も慣れてる風でしたよ――え、じゃあもしかして煌星さんが勝手に先輩の意識ないときに同意なしでプレイしてたんじゃ……?」
「は――? だってお前、そんなわけ……」

 俺は血の気が引いてぶっ倒れそうになった。今食べた物が胃からせり上がって来るのをぐっと堪える。
――煌星に俺がSubだってバレてた? しかも勝手にプレイさせられてたかもだって……? ばかな、そんなはずは……。

「先輩。これが本当ならまじでやばいっすよ。部屋隣なんですよね?」
「いや……大丈夫……」
「大丈夫じゃない。すぐ逃げたほうがいい。かかりつけ医に連絡して、一時的にシェルターに――」
「ちがうんだ。今あいつ、日本にいないから」
「え?」
「出張で……ドイツ行ってて……」
「よかった! でもそれずっとじゃないすよね。帰ってくるまでになんとかしないと」

 津嶋の声が遠くに聞こえる。俺は頭を抱えた。
 一体どうなってるんだよ。あいつにはとっくの前にSubだってバレてたっていうのか……いつから?

「でも、何かの間違いってことはないか。だってあいつ小学校からの幼馴染なんだぜ。ありえねえだろ。大体なんのメリットがあるんだ? 俺みたいなの騙してプレイして何が楽しいんだよ。そうだ――そうだよ。あいつほら、あの見た目だろ? すげーモテるんだ。だから俺なんか相手にしなくたっていくらでも――」
「先輩、ちょっと落ち着いて。とりあえず出ましょう」

 周りの客の目を気にした津嶋に腕を引っ張られるようにして店を出た。

「津嶋――俺、本当に騙されてたのかな……」
「わかりません。だけど、あの晩煌星さんは先輩のことパートナーなのかと聞いても否定しませんでした。パートナーなんだからこういうしつけをして何が悪いって怒られたくらいですよ」
「躾って……」

 まじかよ。俺たち一度もそんなこと話したこともないのに――。

「ちょっと変だなって俺も思ってたんです、先輩いきなりプレイが始まったと勘違いしたから。俺、パートナーに変なプレイの仕方教えたら危ないですよって煌星さんにも言ったんです」
「そんな……俺本当にあいつとプレイなんて一度も……」
「そうだったんすか。俺てっきり二人はパートナーだと思いこんで……。ねえ先輩、何か心当たりはないですか? 酒を飲んで煌星さんの前で気を失ったりしたことありません? それがプレイ開始の合図になってるとか」
「そんなのあるわけねえじゃん、もう何がなんだかわかんねえよ」

 急にそんなこと言われても何も思い当たらない。普通にあいつはいつものようにうちに来て、掃除して、洗濯して、飯を作って、それから――。
――あ!

「ミルクティー……?」
「ミルクティー? え、もしかして煌星さんとミルクティーよく飲むんですか?」
「あ、ああ。たまに俺が疲れてるときにあいつが淹れてくれて、飲むとすぐに眠くなって俺……」
「それだ、それですよ! 先輩あの晩最後にカルーアミルク飲んでそこからおかしくなったんです」

 そんな――嘘だろ。あのミルクティーがプレイ開始の合図になってたってこと? だって数日前だってアレ飲んだぞ。今までに何度も、何度も俺は――……。

「Subに催眠掛けてコマンドに従わせやすくるのは、カウンセラーとか信頼関係厚いパートナー同士ならやることはあります。だけどこれ、同意なかったら普通に犯罪っすよ」

 津嶋が心配そうな顔でこちらを覗き込んでくる。

「警察行くなら、俺もDomだし証言できるんで仕事終わったら着いていきます」
「警察……?」
「先輩しっかりしてよ。いくら幼馴染だってこれ放っておいたらやばいすよ」

 津嶋が俺の両肩を掴んだ。Domの大男に凄まれて、俺は反射的に体を硬直させる。

「ごめ……俺今、頭働かなくて……」
「あっ! いきなり掴んですいませんでした。Domの被害に遭ってんのに無神経でした」

 彼はパッと手を話して一歩離れた。これまで隠してたのにいきなりSub扱いされて複雑な気分だ。普段は馬鹿話をして笑ってるような間柄なのに――。
 しかも津嶋に聞いた話でショックをうけたせいか急に具合が悪くなってしまった。発作を抑えるSub用の薬を飲んだ俺に津嶋がしょんぼりした様子で言う。

「先輩すいません。グレアは出てなかったと思うんだけど大丈夫すか?」
「大丈夫、お前が謝ることないから。とりあえずもう昼休み終わるし、会社に戻らないと……」
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