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5.俺が自尊心を保てる理由
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週末は煌星の買い物に付き合わされた。あいつはスタイルもいいし、ファッションに興味のない俺より絶対センスがある。なのに、たまに俺を誘って買い物に連れ出し洋服を選ばせようとする。
「そんなの俺じゃなくて店員に聞けよ」と言っても「だって店員さんの意見なんてどうでもいいし、流行も興味ない。ただ凪の気に入る服を着たいから選んでほしいだけなんだ」と言う。
そして笑顔で俺に「黒がいい? 白がいい?」などと聞いてくる。どうせあのルックスだからどっちを着たってイケメンなのには変わりがない。だから適当に選ぶんだが、あいつは「ありがとう。凪に助けてもらわないと僕は服も決められないから」と嬉しそうに言うのだった。
そしてその日はいつの間に予約したのか煌星の高校時代の後輩が勤めているサロンで髪の毛を切ってもらった。最後に夕飯を食べてから帰宅する。
「はい、凪どうぞ」
「なんだよこれ」
それぞれの部屋に入ろうと鍵を開けていたら、煌星が紙袋の一つを差し出してきた。
「今日のお礼。きっと似合うと思ってついでに買っちゃった」
「はぁ? 何勝手なことしてくれてんだよ。髪の毛だって頼んでもないのにお前払っただろうが」
「まあまあ。そう目くじら立てないでよ。ただのTシャツだし、気に入らなかったら部屋着にしてくれていいから。ね?」
「……ったく、お前にこんなもん貰う理由がねえんだよ」
――普通に考えていつも飯とか作ってもらっててお礼するべきなのはこっちだろ。
「何言ってるの。今日だって買い物付き合ってもらったしいつも助けてもらってるんだもんこれくらい当然でしょ」
「とにかくもう勝手に服買うなよ」
――時間も金も余ってるなら、俺んちで時間つぶしてないでどっか別のところで使えよ。
「ゴメンね。嫌だった?」
「別に――もっと有効なことに金使えって言ってるだけ」
「うーん、考えてみる」
煌星は優しく微笑んで隣の部屋に入って行った。
部屋に帰ってから紙袋の中身を見る。シンプルな黒Tシャツだったが、タグを見て検索したら五万円くらいするものだった。明らかにおかしいだろ。誕生日でもないし、俺がこんなものを貰う理由は無い。
しかし煌星はあくまでも俺に助けられているというスタンスを崩さない。
小学生のときは俺があいつをいじめっ子から守ってた。
中学生になると、俺は他の男子と比べて背も伸び悩んだし頭も良くないことがわかってきた。部活にも入らず、気づけばクラスの中でも地味な日陰者になっていた。でもこの頃はまだそこまで自分のことを悲観してなかった。
だけど中学校に煌星が入ってきたことで、なんとなく違和感を覚え始めた。いじめられっ子だった煌星はぐんぐん背が伸び、俺が中学を卒業する頃にはあいつはクラスの一軍グループにいた。いじめの原因だった明るい髪色は、女子から憧れられる要素に変わった。あいつは俺なんかよりずっと頭も良く、スポーツもできた。
俺が守ってるはずだった奴が自分よりずっとハイスペだと気づいたのがこの頃。そして、中学時代に煌星に彼女ができて俺はショックを受けた。自分がいつの間にか煌星を恋愛対象として見ていて、女の子に嫉妬してると初めて気づいて愕然とした。
正直恥ずかしくて死にたくなるくらいだったけど、そんな俺に煌星は相変わらず懐いていて、ひどく優しかった。
あいつならもっといい学校に行けたはずなのに、高校もなぜか俺と同じところを受験してきた。本命の都内私立校に落ちた、なんて笑っていたがあいつより偏差値低いやつも合格してたのにおかしいだろ。小学校の頃あいつを助けた恩義をそこまで感じてるっていうのか。
そして俺が高校二年、あいつが高校一年のときに、煌星がDomだってことがわかった。
高校に入るとダイナミクスの特徴が現れる生徒がちらほらいて、その一人が煌星だった。ただし本人は特になんとも思わなかったみたいだ。Domだとわかったからといって煌星が変わることはなかった。
以前と同じく優しい王子様キャラで女子に好かれていたし、ご近所さんとして何かと理由をつけてうちに来た。陰キャで何もできない俺を兄のように頼りにしてくれ、あいつに彼女がいない時期は俺の部屋で一緒にゲームばかりやっていた。
さすがに大学は別の所へ行った。煌星は父親の住む都内に戻り、有名私立大に通った。小学生の頃出会って以来、大学時代が一番煌星と離れる時間が長かった時期だ。そしてちょうどその頃俺は体調を崩し、通院したことでSubだと診断されたのだった。
俺は煌星のヒーローとして十分失格だったというのに、更にSubだなんて絶対知られたくなかった。だからこのことは煌星には言わなかった。
「ちっ。こんな高いTシャツ、着ていくところなんてねえんだよ」
五万もするTシャツを部屋着にしろだなんて、頭どうなってるんだよ?
◇
翌朝オフィスに行くとエレベーター前で後輩の津嶋と一緒になった。
「西岡さんおはようざいます」
「あー、おはよ」
「あれ? 先週地獄だったのに土日ですっかり復活してるっすね。肌ツヤツヤじゃないすか。髪もさっぱりしちゃって」
「は? 別に普通だろ」
「いえいえ、金曜帰る時ひっでー顔でしたよ。こりゃ月曜出て来ないんじゃないかなんて俺、山村さんと話してたくらいですし」
「へー、そう」
どんだけくだらないこと話してるんだ。
「先輩に倒れられたら俺らもキツいっすから。特に山村さんは皆の体調管理に命かけてるっすもん」
山村は先輩社員で、俺の同期が俺以外皆辞めた責任が自分にあると思ってるような人だ。だけどこの会社がブラックなのは山村のせいじゃなくて社長のせいだろ。
社長は自分の経験から「忙しくてナンボ」だと思ってる。残業してない奴は仕事してないレッテルはられて嫌がらせされ最後は自主退職に追い込まれる。そんな社員が毎年多数いて、入れ替わりの激しい会社だ。俺なんてまだそんな年数働いてないけど、同期やそれ以上の年数の人たちがどんどん辞めまくったせいで古株みたいな扱いをされている。
こんな会社で働き続けるメリットなんて無い。だけど、俺は自分の能力が足りないのはわかってるし、比較的怒られ耐性も強い。これはSubだからってのもあるけどな。
それに、どんなに仕事がつらくても帰ったら数日に一回は好きな男が家で待ってるからなんとか耐えられる。
「あ、そうだ。今度また社長が飲み会やるって言ってましたよ」
「は? またかよ。いつ?」
「えーと、再来週だっけな」
「まじか……やっと先週の仕事片付いたけどまたその頃ってやばくなってそうじゃね?」
「ええ、たぶん」
――仕事しろって言う割に飲み会で邪魔してくるのは誰なんだよ。
「そんなの俺じゃなくて店員に聞けよ」と言っても「だって店員さんの意見なんてどうでもいいし、流行も興味ない。ただ凪の気に入る服を着たいから選んでほしいだけなんだ」と言う。
そして笑顔で俺に「黒がいい? 白がいい?」などと聞いてくる。どうせあのルックスだからどっちを着たってイケメンなのには変わりがない。だから適当に選ぶんだが、あいつは「ありがとう。凪に助けてもらわないと僕は服も決められないから」と嬉しそうに言うのだった。
そしてその日はいつの間に予約したのか煌星の高校時代の後輩が勤めているサロンで髪の毛を切ってもらった。最後に夕飯を食べてから帰宅する。
「はい、凪どうぞ」
「なんだよこれ」
それぞれの部屋に入ろうと鍵を開けていたら、煌星が紙袋の一つを差し出してきた。
「今日のお礼。きっと似合うと思ってついでに買っちゃった」
「はぁ? 何勝手なことしてくれてんだよ。髪の毛だって頼んでもないのにお前払っただろうが」
「まあまあ。そう目くじら立てないでよ。ただのTシャツだし、気に入らなかったら部屋着にしてくれていいから。ね?」
「……ったく、お前にこんなもん貰う理由がねえんだよ」
――普通に考えていつも飯とか作ってもらっててお礼するべきなのはこっちだろ。
「何言ってるの。今日だって買い物付き合ってもらったしいつも助けてもらってるんだもんこれくらい当然でしょ」
「とにかくもう勝手に服買うなよ」
――時間も金も余ってるなら、俺んちで時間つぶしてないでどっか別のところで使えよ。
「ゴメンね。嫌だった?」
「別に――もっと有効なことに金使えって言ってるだけ」
「うーん、考えてみる」
煌星は優しく微笑んで隣の部屋に入って行った。
部屋に帰ってから紙袋の中身を見る。シンプルな黒Tシャツだったが、タグを見て検索したら五万円くらいするものだった。明らかにおかしいだろ。誕生日でもないし、俺がこんなものを貰う理由は無い。
しかし煌星はあくまでも俺に助けられているというスタンスを崩さない。
小学生のときは俺があいつをいじめっ子から守ってた。
中学生になると、俺は他の男子と比べて背も伸び悩んだし頭も良くないことがわかってきた。部活にも入らず、気づけばクラスの中でも地味な日陰者になっていた。でもこの頃はまだそこまで自分のことを悲観してなかった。
だけど中学校に煌星が入ってきたことで、なんとなく違和感を覚え始めた。いじめられっ子だった煌星はぐんぐん背が伸び、俺が中学を卒業する頃にはあいつはクラスの一軍グループにいた。いじめの原因だった明るい髪色は、女子から憧れられる要素に変わった。あいつは俺なんかよりずっと頭も良く、スポーツもできた。
俺が守ってるはずだった奴が自分よりずっとハイスペだと気づいたのがこの頃。そして、中学時代に煌星に彼女ができて俺はショックを受けた。自分がいつの間にか煌星を恋愛対象として見ていて、女の子に嫉妬してると初めて気づいて愕然とした。
正直恥ずかしくて死にたくなるくらいだったけど、そんな俺に煌星は相変わらず懐いていて、ひどく優しかった。
あいつならもっといい学校に行けたはずなのに、高校もなぜか俺と同じところを受験してきた。本命の都内私立校に落ちた、なんて笑っていたがあいつより偏差値低いやつも合格してたのにおかしいだろ。小学校の頃あいつを助けた恩義をそこまで感じてるっていうのか。
そして俺が高校二年、あいつが高校一年のときに、煌星がDomだってことがわかった。
高校に入るとダイナミクスの特徴が現れる生徒がちらほらいて、その一人が煌星だった。ただし本人は特になんとも思わなかったみたいだ。Domだとわかったからといって煌星が変わることはなかった。
以前と同じく優しい王子様キャラで女子に好かれていたし、ご近所さんとして何かと理由をつけてうちに来た。陰キャで何もできない俺を兄のように頼りにしてくれ、あいつに彼女がいない時期は俺の部屋で一緒にゲームばかりやっていた。
さすがに大学は別の所へ行った。煌星は父親の住む都内に戻り、有名私立大に通った。小学生の頃出会って以来、大学時代が一番煌星と離れる時間が長かった時期だ。そしてちょうどその頃俺は体調を崩し、通院したことでSubだと診断されたのだった。
俺は煌星のヒーローとして十分失格だったというのに、更にSubだなんて絶対知られたくなかった。だからこのことは煌星には言わなかった。
「ちっ。こんな高いTシャツ、着ていくところなんてねえんだよ」
五万もするTシャツを部屋着にしろだなんて、頭どうなってるんだよ?
◇
翌朝オフィスに行くとエレベーター前で後輩の津嶋と一緒になった。
「西岡さんおはようざいます」
「あー、おはよ」
「あれ? 先週地獄だったのに土日ですっかり復活してるっすね。肌ツヤツヤじゃないすか。髪もさっぱりしちゃって」
「は? 別に普通だろ」
「いえいえ、金曜帰る時ひっでー顔でしたよ。こりゃ月曜出て来ないんじゃないかなんて俺、山村さんと話してたくらいですし」
「へー、そう」
どんだけくだらないこと話してるんだ。
「先輩に倒れられたら俺らもキツいっすから。特に山村さんは皆の体調管理に命かけてるっすもん」
山村は先輩社員で、俺の同期が俺以外皆辞めた責任が自分にあると思ってるような人だ。だけどこの会社がブラックなのは山村のせいじゃなくて社長のせいだろ。
社長は自分の経験から「忙しくてナンボ」だと思ってる。残業してない奴は仕事してないレッテルはられて嫌がらせされ最後は自主退職に追い込まれる。そんな社員が毎年多数いて、入れ替わりの激しい会社だ。俺なんてまだそんな年数働いてないけど、同期やそれ以上の年数の人たちがどんどん辞めまくったせいで古株みたいな扱いをされている。
こんな会社で働き続けるメリットなんて無い。だけど、俺は自分の能力が足りないのはわかってるし、比較的怒られ耐性も強い。これはSubだからってのもあるけどな。
それに、どんなに仕事がつらくても帰ったら数日に一回は好きな男が家で待ってるからなんとか耐えられる。
「あ、そうだ。今度また社長が飲み会やるって言ってましたよ」
「は? またかよ。いつ?」
「えーと、再来週だっけな」
「まじか……やっと先週の仕事片付いたけどまたその頃ってやばくなってそうじゃね?」
「ええ、たぶん」
――仕事しろって言う割に飲み会で邪魔してくるのは誰なんだよ。
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