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37.アンジュと話をつける(蒼司視点)
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蓉平が部屋を出て実家に帰ってしまうと、マンションは急に広くて寂しいだけの空間になってしまった。その日のうちに帰るとわかっているのとは訳が違う。
自分でも知らぬ間に、義兄の存在ありきで日常生活を送っていたことに気付いて少し驚いた。
いつも家に居て、俺と一緒でなければ外に出ることもなかった繊細な義兄。
「頭を冷やそう」と彼は言ったが、また二人で暮らす気になるかはわからない。
(――トラウマがあるのを知っていながら、この俺があんなことをするなんて……)
部屋の主が居なくなったリビングでソファに体を預けた。震えていた彼の姿が脳裏をよぎり、後悔の気持ちでいっぱいになる。
それでも、彼が別の男と会っていた件については受け入れがたかった。あの匂いを思い出すだけで胸が焼け付くようにじりじりする。
「どうすりゃよかったんだ……」
他のアルファの匂いを漂わせて帰宅した義兄。それをどうしても許せない――この気持ちは一体なんなのか。親が勝手に決めた婚約相手が誰と会っていようと、本来どうでもいいはずじゃないか。
(もしかしてただフェロモンに惑わされたんじゃなく……あいつに本気で惚れてるからこんなことをしてしまったのか?)
今の今まで、俺が義兄を好きになるはずがないと思い込んでいた。ひとまわり年上で、引きこもりで、モデルに変なDMを送る危ない奴。
だが、そんな奴に執着するあまり俺は無理矢理自分のものにしようとした。
(理性を保てないほど、俺はあいつのことが好きになってたんだ――……)
そう認めてしまうと、全てが腑に落ちた。それと同時に自分で自分の愚かさに腹が立った。プライドが邪魔して好きな相手のことを認められずに、勝手な独占欲で怖がらせた。
あいつは悪くない。
俺は、あいつになんて言った?
「嫌いだ」としか言ったことがないじゃないか――。
それで他の男に嫉妬するなんて、俺はどこまで馬鹿なのか。
実家に帰っているなら、とりあえずは安心して良いだろう。すぐに迎えに行って謝りたいが、俺に対して怯えてるだろうから少し待った方がいいかもしれない。
(そういえば、さっきは蓉平にアンジュのことを聞きそびれた)
それを思い出し、俺はアンジュに直接問いただすことにした。しかし、彼女の連絡先など知らない。あまり借りをつくりたくはないが、ここは菜々に頼るしかない。
俺は菜々に「アンジュと会いたいから連絡先を教えてくれ」とメッセージを送った。するとすぐに電話が掛かってきた。
『アンジュに直接言うんだ?』
「ああ。実は……義兄が出ていった」
『はぁ? 一体何があったの?』
「……お前に関係ないだろ。それより、アンジュと会いたい。連絡先教えてくれ」
『それなら私も行きたいな』
「――お前も?」
『うん。何かあったら援護するから』
「わかった。どうせ俺が直接会おうなんて言ったらアンジュは警戒するだろうしな。お前が会うってことで呼び出してくれないか。そこに俺も一緒に行く」
◇◇◇
菜々が連絡したところ、翌日アンジュの自宅を訪れることになった。ドアを開けたら菜々だけじゃなく俺もいるのを見て彼女は目を丸くした。
「え! 待って待ってなんでAoがいるのぉ……?」
「今日お前に話があるのは俺だ」
部屋に入り、ソファに座るとアンジュが勝手に俺の隣に陣取って腕を絡ませてくる。
「えーっ嬉しい! Aoの方から遊びに来てくれるなんて。わかってたらもっと気合い入れてメイクしたのにぃ」
甘えた声で媚びを売るアンジュを睨む。
「お前、蓉平に何をした?」
「え……?」
「俺とあいつの住んでる部屋に来たんだろ」
するとアンジュは菜々へ視線を向けた。
「ねえ! なんでそういうことAoに言うの?」
「ごめん口が滑った」
菜々は全く謝る気のない態度で言った。
俺は更に何か言おうとするアンジュを遮った。
「お前には菜々に噛み付く資格ないだろ。なあ、蓉平に会って何言ったんだよ?」
アンジュの顔が不快げに歪む。
「だって、Aoのそばにあんな暗い奴がいたらイメージ悪くなるじゃない!」
「なんだって?」
「だから、Aoの前から消えてって言ったの。部屋から出て行けって」
「お前なぁ……何勝手なこと言ってるんだよ。あのマンションは蓉平の父親のものなんだぞ」
「そ、そんなの知らなかったし! だって見てよ。こんなの周りから見られたら、Aoのモデルとしての格が下がるじゃない!」
アンジュが自分のスマホから画像を見せてきた。そこには俺と蓉平が笑顔でマンションに入っていく姿が写っていた。
「これがなんだって言うんだよ?」
アンジュは顔をひきつらせた。
「だって、どう考えても釣り合ってないでしょ! Aoの隣にふさわしいのは私の方。私くらい完璧な容姿じゃないと――」
「くだらねえ……こんなことであいつに出てけとかよく言えるな」
俺が低い声で言うとアンジュは立ち上がってわめいた。
「なんで!? なんであんな奴のことかばうの? ただの義理の兄弟じゃない。私はAoのためなら何でもする。でもあいつなんて、フェロモンでAoのこと誘惑しようとしてるだけじゃん!」
「あいつはただの義理の兄じゃない」
俺は彼女を見上げて言う。
「蓉平は俺の婚約相手だ。俺の隣にいて欲しいのはお前じゃない。蓉平だけだ」
「なっ……なにそれ!? 婚約? Ao、騙されてるんだよ。私はAoのためを思って……」
「どんな理由であれ、今後あいつに手を出したら許さないから覚えておけ」
「……そんなこと言うならこの写真、ばら撒くから! Aoのことヨウヘイが誘惑してるってみんなに言いふらしてやる! そうなったら仕事にまで支障出ちゃうかもね?」
得意げな顔をしているアンジュに俺は静かに言う。
「俺はもうモデルを辞めるつもりだ。だからお前とは二度と会うこともない」
「え? 辞めるってなんで……あいつのせい……?」
アンジュが蓉平に何を言ったかわかったので、これ以上ここに居る理由は無かった。
席を立ち、菜々に目配せすると彼女は頷いた。
「アンジュ、諦めなよ。蒼司はあんたのことなんてはじめから眼中に無いんだから」
「菜々……あんたにそんなこと言われたくない!」
「しーっ。耳が痛いからその声もう少しボリューム下げてくれる?」
菜々がアンジュの手を引き、強引に自分の隣に座らせる。
「離して! Ao、待ってよ。まだ話は終わってな――」
「蒼司はお兄ちゃんに夢中で忙しいんだって。だから私がこれからアンジュにお仕置きするね」
「はあ? いいから手を離してよ!」
「あんた、蒼司怒らせてただで済むと思ってるの?」
菜々が愉快そうに「あとは任せといて」と言うのを聞き、俺はアンジュの部屋を出た。
自分でも知らぬ間に、義兄の存在ありきで日常生活を送っていたことに気付いて少し驚いた。
いつも家に居て、俺と一緒でなければ外に出ることもなかった繊細な義兄。
「頭を冷やそう」と彼は言ったが、また二人で暮らす気になるかはわからない。
(――トラウマがあるのを知っていながら、この俺があんなことをするなんて……)
部屋の主が居なくなったリビングでソファに体を預けた。震えていた彼の姿が脳裏をよぎり、後悔の気持ちでいっぱいになる。
それでも、彼が別の男と会っていた件については受け入れがたかった。あの匂いを思い出すだけで胸が焼け付くようにじりじりする。
「どうすりゃよかったんだ……」
他のアルファの匂いを漂わせて帰宅した義兄。それをどうしても許せない――この気持ちは一体なんなのか。親が勝手に決めた婚約相手が誰と会っていようと、本来どうでもいいはずじゃないか。
(もしかしてただフェロモンに惑わされたんじゃなく……あいつに本気で惚れてるからこんなことをしてしまったのか?)
今の今まで、俺が義兄を好きになるはずがないと思い込んでいた。ひとまわり年上で、引きこもりで、モデルに変なDMを送る危ない奴。
だが、そんな奴に執着するあまり俺は無理矢理自分のものにしようとした。
(理性を保てないほど、俺はあいつのことが好きになってたんだ――……)
そう認めてしまうと、全てが腑に落ちた。それと同時に自分で自分の愚かさに腹が立った。プライドが邪魔して好きな相手のことを認められずに、勝手な独占欲で怖がらせた。
あいつは悪くない。
俺は、あいつになんて言った?
「嫌いだ」としか言ったことがないじゃないか――。
それで他の男に嫉妬するなんて、俺はどこまで馬鹿なのか。
実家に帰っているなら、とりあえずは安心して良いだろう。すぐに迎えに行って謝りたいが、俺に対して怯えてるだろうから少し待った方がいいかもしれない。
(そういえば、さっきは蓉平にアンジュのことを聞きそびれた)
それを思い出し、俺はアンジュに直接問いただすことにした。しかし、彼女の連絡先など知らない。あまり借りをつくりたくはないが、ここは菜々に頼るしかない。
俺は菜々に「アンジュと会いたいから連絡先を教えてくれ」とメッセージを送った。するとすぐに電話が掛かってきた。
『アンジュに直接言うんだ?』
「ああ。実は……義兄が出ていった」
『はぁ? 一体何があったの?』
「……お前に関係ないだろ。それより、アンジュと会いたい。連絡先教えてくれ」
『それなら私も行きたいな』
「――お前も?」
『うん。何かあったら援護するから』
「わかった。どうせ俺が直接会おうなんて言ったらアンジュは警戒するだろうしな。お前が会うってことで呼び出してくれないか。そこに俺も一緒に行く」
◇◇◇
菜々が連絡したところ、翌日アンジュの自宅を訪れることになった。ドアを開けたら菜々だけじゃなく俺もいるのを見て彼女は目を丸くした。
「え! 待って待ってなんでAoがいるのぉ……?」
「今日お前に話があるのは俺だ」
部屋に入り、ソファに座るとアンジュが勝手に俺の隣に陣取って腕を絡ませてくる。
「えーっ嬉しい! Aoの方から遊びに来てくれるなんて。わかってたらもっと気合い入れてメイクしたのにぃ」
甘えた声で媚びを売るアンジュを睨む。
「お前、蓉平に何をした?」
「え……?」
「俺とあいつの住んでる部屋に来たんだろ」
するとアンジュは菜々へ視線を向けた。
「ねえ! なんでそういうことAoに言うの?」
「ごめん口が滑った」
菜々は全く謝る気のない態度で言った。
俺は更に何か言おうとするアンジュを遮った。
「お前には菜々に噛み付く資格ないだろ。なあ、蓉平に会って何言ったんだよ?」
アンジュの顔が不快げに歪む。
「だって、Aoのそばにあんな暗い奴がいたらイメージ悪くなるじゃない!」
「なんだって?」
「だから、Aoの前から消えてって言ったの。部屋から出て行けって」
「お前なぁ……何勝手なこと言ってるんだよ。あのマンションは蓉平の父親のものなんだぞ」
「そ、そんなの知らなかったし! だって見てよ。こんなの周りから見られたら、Aoのモデルとしての格が下がるじゃない!」
アンジュが自分のスマホから画像を見せてきた。そこには俺と蓉平が笑顔でマンションに入っていく姿が写っていた。
「これがなんだって言うんだよ?」
アンジュは顔をひきつらせた。
「だって、どう考えても釣り合ってないでしょ! Aoの隣にふさわしいのは私の方。私くらい完璧な容姿じゃないと――」
「くだらねえ……こんなことであいつに出てけとかよく言えるな」
俺が低い声で言うとアンジュは立ち上がってわめいた。
「なんで!? なんであんな奴のことかばうの? ただの義理の兄弟じゃない。私はAoのためなら何でもする。でもあいつなんて、フェロモンでAoのこと誘惑しようとしてるだけじゃん!」
「あいつはただの義理の兄じゃない」
俺は彼女を見上げて言う。
「蓉平は俺の婚約相手だ。俺の隣にいて欲しいのはお前じゃない。蓉平だけだ」
「なっ……なにそれ!? 婚約? Ao、騙されてるんだよ。私はAoのためを思って……」
「どんな理由であれ、今後あいつに手を出したら許さないから覚えておけ」
「……そんなこと言うならこの写真、ばら撒くから! Aoのことヨウヘイが誘惑してるってみんなに言いふらしてやる! そうなったら仕事にまで支障出ちゃうかもね?」
得意げな顔をしているアンジュに俺は静かに言う。
「俺はもうモデルを辞めるつもりだ。だからお前とは二度と会うこともない」
「え? 辞めるってなんで……あいつのせい……?」
アンジュが蓉平に何を言ったかわかったので、これ以上ここに居る理由は無かった。
席を立ち、菜々に目配せすると彼女は頷いた。
「アンジュ、諦めなよ。蒼司はあんたのことなんてはじめから眼中に無いんだから」
「菜々……あんたにそんなこと言われたくない!」
「しーっ。耳が痛いからその声もう少しボリューム下げてくれる?」
菜々がアンジュの手を引き、強引に自分の隣に座らせる。
「離して! Ao、待ってよ。まだ話は終わってな――」
「蒼司はお兄ちゃんに夢中で忙しいんだって。だから私がこれからアンジュにお仕置きするね」
「はあ? いいから手を離してよ!」
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