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31.蓉平の様子がおかしい(蒼司視点)
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ヒート期間を一緒に過ごしてから、蓉平は上機嫌でより一層いい香りを漂わせるようになった。それに伴って、今まで以上に素直に甘えてくるようになってきた。俺としても、あいつに甘えられて悪い気はしない。
これまで、俺に近寄ろうとして媚を売ってくるオメガは大嫌いだった。だけど、蓉平のはそれとはまた違うのだ。
警戒心の強かった動物が、急に心を開いて懐くようになってきた――というような趣があった。
元々はどちらかというと向こうの方から距離を置こうとしていた。というか一緒に住んでいるのに、ずっとあいつは俺から逃げようとしてるみたいだった。今思えばそれが俺は不満だったのだろう。
母に見せられた結婚相談所のデータはたしかに間違い無かった。あいつとは相性が良く、彼の匂いは俺にとって栄養剤のようなものだった。おそらく、あいつとセックスしたらもっと効果があると思う。しかし、蓉平はそれをヒート期間中でさえ許さなかった。
(触られるのは喜ぶくせに、結婚前提に住んでるこの俺をヒート中拒否するとはな)
別に俺はあいつのことをどうしても抱きたいというわけじゃない。実際に結婚する気が無いのに抱くようなことをしなかったのは結果的に良かったと思っている。断られてがっかりしたとか、そういうわけでは断じて無い。
こうしてヒート後しばらくの間は、俺と蓉平は同居人としてうまくやっていた。俺は疲れたらあいつの匂いを摂取する。
向こうからこちらに優しさを求めてくるわけでもない。むしろ冷たくされる方が良いようだ。変な奴で、こっちがムスッとしてると向こうから寄ってきて勝手に俺の膝に頭を乗せてテレビを見始めたりする。そして、彼の頭を撫でたり首をくすぐってやると喜んで良い匂いを振りまく。
完全にwin-winの関係になりつつあった。
そう、あの日までは。
◇◇◇
「週末、一人で出掛ける?」
「うん」
「どこ行くんだ?」
「ちょっと用事……」
それまでは毎週、週末になると俺の撮影にあいつがカメラマンとして同行していた。それが、急に一人で出掛けるから行けないと言い出した。
しかも、俺が車で送ると言ったのにあいつはそれを断わって電車で行くという。
(何かおかしい……)
嫌な予感がした。しかし、そもそも俺はあいつが独り立ちするのをサポートしているのだ。
(一人で出掛けると言うなら、それでいいじゃないか。それが元々の目的なんだから)
そう、蓉平が引きこもりをやめて俺の助けが要らなくなれば俺は自由になれる。なのに、なぜあいつが俺の手助けを拒否するだけでこんなにムカつくんだ。
俺は理由のわからない苛つきを紛らわせようとしてその週末は久々に菜々に撮影を頼んだ。
◇◇◇
菜々に写真を撮ってもらった帰り道、彼女が聞き捨てならないことを言い出した。
「アンジュが俺のことで探りを入れてきたって?」
「うん。あの子、なにかまた変なこと企んでるんじゃない」
助手席に座る菜々の顔をちらっと見る。いつものように無表情で何を考えているのかわからない。鼻筋の通った美人だが、化粧っけはなく男にも女にも見える。グレーアッシュの短い髪に、身長も184cmの俺と並んで目線が5センチくらいしか違わない。大体洋服はメンズのものを着ているので、一緒に歩いていると男だと間違われる事が多い。
「どういうことだよ」
「知らない。こっちが聞きたい」
「はあ?」
「蒼司が私じゃなくてオメガと撮影してるって、アンジュがキレてた」
「ああ……そんなことかよ」
「私が何か知ってるんじゃないかって、しつこく聞かれた」
もう一度横目で彼女の顔を窺う。基本的に無表情だが、アンジュの話をする時菜々は少し表情が和らぐ。
(あの迷惑女のこと面白がってんのか?)
以前アンジュが俺のことを酔ったふりで家に連れ込んだ話も知られている。その話をした時も菜々は口元に笑みをたたえていたのだ。
「あいつ、俺の身内に絡んできたから腹立ってんだよ俺は」
「身内?」
「ああ」
「珍しいね、蒼司が自分以外の人間のことで怒るなんて」
「はぁ?」
菜々が目を細めて言う。
「ふーん。蒼司が大事にしてる身内にちょっかい出そうとしてるんだ、アンジュ。本当にバカな子」
「お前なぁ。笑い事じゃないんだよ。あいつ何考えてるんだ?」
「さあ。頭悪すぎて何考えてるかわからないんだよね」
「まあな」
「そこが面白いっていうか」
「お前、ほんと悪趣味だよな」
菜々と組むようになって三年経つが、彼女は俺には到底理解できないようなものを気に入る癖がある。
「なあ、あいつに変なこと考えるのやめろって言ってくれよ」
「あの子止めるとか無理でしょ。まあ、何しようとしてるのかわかったら教えるけど」
(あいつ、蓉平のこと誰だとかしつこく聞いてきてたけど……まさか本当に手出ししたりしないよな)
その蓉平が俺に隠れてコソコソ一人で出掛けるようになったのも気に食わないというのに、アンジュのことでまで悩まされたくない。
(どいつもこいつも、勝手なことばかりしやがって……)
これまで、俺に近寄ろうとして媚を売ってくるオメガは大嫌いだった。だけど、蓉平のはそれとはまた違うのだ。
警戒心の強かった動物が、急に心を開いて懐くようになってきた――というような趣があった。
元々はどちらかというと向こうの方から距離を置こうとしていた。というか一緒に住んでいるのに、ずっとあいつは俺から逃げようとしてるみたいだった。今思えばそれが俺は不満だったのだろう。
母に見せられた結婚相談所のデータはたしかに間違い無かった。あいつとは相性が良く、彼の匂いは俺にとって栄養剤のようなものだった。おそらく、あいつとセックスしたらもっと効果があると思う。しかし、蓉平はそれをヒート期間中でさえ許さなかった。
(触られるのは喜ぶくせに、結婚前提に住んでるこの俺をヒート中拒否するとはな)
別に俺はあいつのことをどうしても抱きたいというわけじゃない。実際に結婚する気が無いのに抱くようなことをしなかったのは結果的に良かったと思っている。断られてがっかりしたとか、そういうわけでは断じて無い。
こうしてヒート後しばらくの間は、俺と蓉平は同居人としてうまくやっていた。俺は疲れたらあいつの匂いを摂取する。
向こうからこちらに優しさを求めてくるわけでもない。むしろ冷たくされる方が良いようだ。変な奴で、こっちがムスッとしてると向こうから寄ってきて勝手に俺の膝に頭を乗せてテレビを見始めたりする。そして、彼の頭を撫でたり首をくすぐってやると喜んで良い匂いを振りまく。
完全にwin-winの関係になりつつあった。
そう、あの日までは。
◇◇◇
「週末、一人で出掛ける?」
「うん」
「どこ行くんだ?」
「ちょっと用事……」
それまでは毎週、週末になると俺の撮影にあいつがカメラマンとして同行していた。それが、急に一人で出掛けるから行けないと言い出した。
しかも、俺が車で送ると言ったのにあいつはそれを断わって電車で行くという。
(何かおかしい……)
嫌な予感がした。しかし、そもそも俺はあいつが独り立ちするのをサポートしているのだ。
(一人で出掛けると言うなら、それでいいじゃないか。それが元々の目的なんだから)
そう、蓉平が引きこもりをやめて俺の助けが要らなくなれば俺は自由になれる。なのに、なぜあいつが俺の手助けを拒否するだけでこんなにムカつくんだ。
俺は理由のわからない苛つきを紛らわせようとしてその週末は久々に菜々に撮影を頼んだ。
◇◇◇
菜々に写真を撮ってもらった帰り道、彼女が聞き捨てならないことを言い出した。
「アンジュが俺のことで探りを入れてきたって?」
「うん。あの子、なにかまた変なこと企んでるんじゃない」
助手席に座る菜々の顔をちらっと見る。いつものように無表情で何を考えているのかわからない。鼻筋の通った美人だが、化粧っけはなく男にも女にも見える。グレーアッシュの短い髪に、身長も184cmの俺と並んで目線が5センチくらいしか違わない。大体洋服はメンズのものを着ているので、一緒に歩いていると男だと間違われる事が多い。
「どういうことだよ」
「知らない。こっちが聞きたい」
「はあ?」
「蒼司が私じゃなくてオメガと撮影してるって、アンジュがキレてた」
「ああ……そんなことかよ」
「私が何か知ってるんじゃないかって、しつこく聞かれた」
もう一度横目で彼女の顔を窺う。基本的に無表情だが、アンジュの話をする時菜々は少し表情が和らぐ。
(あの迷惑女のこと面白がってんのか?)
以前アンジュが俺のことを酔ったふりで家に連れ込んだ話も知られている。その話をした時も菜々は口元に笑みをたたえていたのだ。
「あいつ、俺の身内に絡んできたから腹立ってんだよ俺は」
「身内?」
「ああ」
「珍しいね、蒼司が自分以外の人間のことで怒るなんて」
「はぁ?」
菜々が目を細めて言う。
「ふーん。蒼司が大事にしてる身内にちょっかい出そうとしてるんだ、アンジュ。本当にバカな子」
「お前なぁ。笑い事じゃないんだよ。あいつ何考えてるんだ?」
「さあ。頭悪すぎて何考えてるかわからないんだよね」
「まあな」
「そこが面白いっていうか」
「お前、ほんと悪趣味だよな」
菜々と組むようになって三年経つが、彼女は俺には到底理解できないようなものを気に入る癖がある。
「なあ、あいつに変なこと考えるのやめろって言ってくれよ」
「あの子止めるとか無理でしょ。まあ、何しようとしてるのかわかったら教えるけど」
(あいつ、蓉平のこと誰だとかしつこく聞いてきてたけど……まさか本当に手出ししたりしないよな)
その蓉平が俺に隠れてコソコソ一人で出掛けるようになったのも気に食わないというのに、アンジュのことでまで悩まされたくない。
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