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番外編【薫視点】俺が恋人を甘やかす理由

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唯斗にフォークの男を始末しているところを見られた。
必然的に彼がケーキで、俺がフォークということを説明してしなければならなくなった。
いつかはこんな日が来ると思っていたから、仕方がない。いくら唯斗がぼんやりしているからといって、一生隠し通せるわけはなかった。ただ、なるべく彼には悲しい思いをして欲しくないし、楽しいことや美しいものだけ見て生きていて欲しかったのだ。彼に世の中のけがれたものを見せたくなくて、汚れ仕事は俺が全部引き受ける覚悟で生きてきた。

初めて出会ったときから、唯斗は俺にとってかけがえのない存在だ。――いや、正確に言うと最初は彼に嫉妬して反発心を抱いていた。

俺が唯斗に初めて会ったのは9歳の頃で、彼は4歳だった。両親は俺が病気かもしれないという理由で、離婚する前の一年間は口論が絶えなかった。そして、とうとう父は母との離婚を決めた。元々政略結婚的な関係でもあり、母方の両親は娘が離縁されたことで不利益を被った。そしてカンカンになった祖父にも見捨てられ、俺と母は親類を頼ることも出来なくなった。

そんな時俺たちに手を差し伸べて来たのが母の旧友である千堂夫人――唯斗の実の母だった。

俺は幼い頃に母と出掛けた先でこの女性と何度か会ったことがある。幼いながらに儚げな雰囲気の美人だという印象を持っていた。
しかし、母と共に千堂家に引き取られてから俺は彼女に対して良い感情は持てなかった。

なぜなら両親が離婚する前、父と母の口喧嘩の中で彼女の名がよく出ていたからだ。どうも、両親の仲違いの理由の一つは千堂夫人のようなのだった。

「お前が千堂の嫁と変な薬を飲んだせいで薫が変になったかもしれないんだろう!」

そう怒鳴る父の声がいつまでも頭から離れなかった。
俺はいつからか、自分の味覚がおかしくなっていることに気づいていた。しかし、両親は俺の体に異常が出るかもしれないことで揉めているようだった。それで自分の味覚障害について両親に打ち明けられずにいた。

そんな折、千堂家に引き取れて「唯斗お坊ちゃん」と顔を合わせた。母は住み込みの使用人という名目で屋敷に暮らす事になっていた。だから唯斗に紹介された時、母に彼のことを唯斗お坊ちゃんと呼ぶように言われたのだ。

4歳の彼がはにかむ姿はまさしく天使のような愛らしさだった。母親に似て整った顔立ちをしており、何よりも異常なほどに良い香りがした。彼が何か甘い物でも食べた後なのかと一瞬思ったが、その後すぐに違うとわかった。その頃には俺は自分の身に起きている異変が「フォーク」と呼ばれる病気の一種だと見当が付いていた。

味覚障害を起こしており、その頃の俺は食べる事に全く興味がなくなっていた。味のしない食事を生命維持のために仕方なく済ませている状態だったのだ。母に悟られぬよう、たまに「美味しい」と言うのも忘れなかった。

このように空腹を感じることもなくなりつつあった俺は、唯斗の匂いを嗅いで久々に空腹を感じた。
何かを「食べたい」と思うのはいつぶりだっただろう。

そして、彼を食べたいと思いながら一方で俺は彼に対して憎しみも感じていた。

(俺と母さんはこいつの母親のせいで家を追い出された。なのにこのお坊ちゃんはどうして何も知らず能天気にニコニコしていられるんだ?)

父は俺の体がおかしくなるのは唯斗の母親のせいだと言っていた。なのに、千堂夫人も唯斗もどうして旦那様から追い出されることなく平然としているのか。子どもの俺にはわからなかった。ただただ幸せそうな唯斗のことが妬ましかった。

(よし、このお坊ちゃんをちょっとからかってやろう)

純粋で何も知らない御曹司は俺によく懐いた。彼には兄弟がおらず、生まれつき体も弱くてあまり外へも行けなかった。部屋で退屈していた唯斗は少し構ってやるだけですぐに年上の友人に夢中になった。
はじめは憎くてからかっているはずだった。しかし唯斗の天真爛漫な性格は、俺の鬱屈した気分を和らげてくれた。

彼のお気に入りのぬいぐるみを隠して意地悪した事がある。「うさぎのぬいぐるみが無くなったよ」と言ってやると唯斗は「宝探しをするの?」と目を輝かせた。こんな調子でいつも自分がからかわれている事にすら気付かない。常に誰からも愛されている彼は、自分が意地悪されるなんて想像もつかないのだ。
しばらく探検隊になったつもりで探してもうさぎのぬいぐるみは見つからず、困った顔をした彼が俺の袖を引っ張った。

「薫、うさぎさん本当にいなくなっちゃったの?」

泣くまいと必死で堪えている彼の潤んだ瞳を見ていたら、俺の方が結局根負けしてしまった。

「そんなはずないよ。ほら、あそこの茂みの陰は見てみた?」

俺は隠し場所のヒントを教え、唯斗は自分でぬいぐるみを見つけた。喜びで小さな鼻を膨らませ、誇らしげな顔で戻って来る。

「僕見つけたよ!」

唯斗は俺の腕の中に飛び込んだ。興奮のあまりさっき堪えたはずの涙が紅潮した頬を滑り落ちる。俺は思わずその雫を舐め取った。

(甘い……)

「くすぐったいよ、薫」

涙の味に衝撃を受けている俺に対し、唯斗はケラケラと笑っていた。
俺はそれまでは唯斗からいくら甘い匂いがしようと、気のせいだと自分に言い聞かせてきた。しかし、一度その甘さを知ってしまったら再び味わいたいという気持ちが抑えられなくなった。

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