上 下
35 / 46
妊娠・出産編

4.安産祈願とマタニティウェア

しおりを挟む
俺もこれまで全然知らなかったけど、妊娠5ヶ月を過ぎたはじめの戌の日に安産祈願をする習わしがあるそうだ。
どこがいいか迷って、安産祈願で有名な神社にお参りに行くことにした。
戌の日だとかなり混んでると聞いて、礼央の休みに合わせて俺の具合が良いただの平日に行くことにした。週数で言うと17週目だった。

戌の日じゃない平日でも参拝客はそこそこいた。戌の日と土日祝日が重なると受付に1時間以上待つこともあるそうだ。提灯が両サイドに配された階段を登ると正面に社殿が見える。想像していたよりずっと小さな境内だ。この規模なら土日に混雑するのも容易に想像できた。
5ヶ月で安定期に入っているとはいえ、まだ具合が悪くなる事もあるし長時間待つのはきつそうだなぁ。
そう思いながら記入台で名前などを記入し、初穂料と安産御守りの代金を納めた。
その後は祈祷まで待合室で待つ。戌の日だと混雑のため妊婦1人しか昇殿できないらしいが、平日なので礼央も一緒に待っていた。

その日は男性Ωで祈祷を待っているのは俺だけだった。
特に何を考えるでもなく、明るくて快適な待合室だなと周りを見渡していた。
すると、近くの席のご主人と目が合った。
俺はただの他人なので自然に目を逸らしたが、向こうが舌打ちしてきた。

「ちっ、気持ち悪ぃな。男の妊婦と一緒かよ、縁起悪い」

ーーーえ、俺のこと?

「せっかく空いてる平日狙って来たのによぉ」

それに対して奥さんが「ちょっと、やめなよ」などと言っている。

俺は心臓がバクバクし始めた。Ω男性の妊婦と一緒に祈祷するのが縁起悪いって言ってるのか?
物凄く気まずくてどうしようかと思ったけど、もう初穂料も払ってしまったし今更帰ることもできない。

「すみません、僕の妻に言ってるんでしたらやめてもらえますか?こんな場で失礼ですよ」

俺が早くこの部屋から出たいと思っていたら礼央が静かに抗議してその男を睨みつけた。
するとピリッと周辺の空気が張り詰めた。
男は礼央の顔を見て急にビクビクし始め、俺に謝って来た。

「あ、いや、すいません。何か俺…ちがうんです。ごめんなさい」

ペコペコ謝って、夫婦で離れた席に移動して行った。
それを見て礼央が俺の肩に手を置いて言った。

「気にしなくて良いですよ。まだあんな偏見持ってる人もいるんですね」

「あ、うん。ありがとう」

びっくりした…年配の男性にはたまにああいう人がいるという認識はあったけど、同年代の男性だし油断していた。
まあ、男として育ってたら気持ち悪く思うものかなぁ?
俺は悪口言われるのには割と慣れてたけど、最近ああいった悪意を向けられる事がなかったのでちょっと悲しかった。
第一、礼央まで馬鹿にされたような気がして嫌だった。

その後俺が気に病んでるとでも思ったのか、祈祷の後礼央が近くのホテルでお茶しようと誘ってくれた。
予約してなかったけどたまたまキャンセルが出たとかで、アフタヌーンティーを注文できた。美味しい紅茶とデザートで俺はすっかり機嫌を直して気分も上昇して来た。

「あー、あんな事言われると思わなくて驚いた」

「相手にしないことです。今時あんなこと言うなんて時代遅れですよ」

「まぁな。そんなに気持ち悪いかなぁ、お腹も出てきたしな」

最近はまあまあお腹も出てきて、今まで履いていたボトムスが着られなくなってきていた。
メンズ用のマタニティウェアがあまり選べるほど売ってなくて探すのに苦労し、結局女性用のマタニティウェアを買ったりしている。

そのことを礼央に少しぼやいたら、礼央が「気付かなくてすみません!」と言って帰宅してから慌ててあちこちに電話していた。
何してるのかなと思ってたら、後日男性Ω向けのマタニティウェア専門店を立ち上げると言い出して驚いた。

「え!?そこまでしなくても…」

「いえ、美耶さんだけじゃなくてきっと困ってるΩの男性がたくさんいますよね。ああ、もっと早く気付くべきだった…あ、2人目には間に合いますから!」

「ふ、2人目?気が早いよ!」

礼央は本当にせっかちだ。
Ω向けのマタニティウェア専門店にしても、行動が早過ぎてびっくりだ。
礼央の製薬会社は繊維などの研究部門もあって、その関係でアパレル企業と繋がりがあるらしい。
アパレル企業の代表者で仲良くしてる人に掛け合って、礼央が出資する形でオープンさせる事になったようだ。

今でも仕事かなり忙しそうなのにさらに仕事を増やすなんて…

「美耶さんにも意見聞かせてもらいますから、きっとやることが出来て張り合い出ますよ」

「え、俺も仕事できるの?」

「ええ、お願いしますね!」

そっか…俺も出来ることがあるんだ。
久々に仕事ができるならそれは楽しみかも。
しおりを挟む
感想 49

あなたにおすすめの小説

トップアイドルα様は平凡βを運命にする

新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

初夜の翌朝失踪する受けの話

春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…? タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。 歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版)

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

処理中です...