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6.実家

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結局あの後仕事にならなくて珍しく定時で退社した。
実家に帰るのは憂鬱だが、あの会社に居るよりはマシだ。

「ただいま」

「あら、早かったのね」

母はΩで神崎家の現当主だ。神崎家はΩの名門家系で、代々当主の子供のうち年長のΩが後を継ぐ。
俺の上にはΩの姉がいて、母の次に当主となる予定だ。
慣例的にαの夫を迎える事になっている。
姉の夫は元々ご近所さんで、とても優しいお義兄さんだ。
どうして俺の許嫁がああいういい人じゃなかったのか両親の選択をちょっと恨みたくなる。

「ええ、体調が悪くて残業無しで帰ってきました」

「大丈夫?検査で合わない薬でも飲まされた?」

「いえ…そういうわけじゃ…」

「あなたはもっと食べて太ったほうがいいわよ。そしたらもしかして赤ちゃんができるかもしれないわ」

もっとこう安産体型をめざして、ね?と腰を叩かれる。

「はい…」

母は心配して言ってくれてるのはわかってる。だけどその目に憐憫の色を見るのが辛かった。
甲種Ωとして分類されたときはあんなに大喜びしてもらえたのに。
期待させた分、落差にがっかりしていることだろう。

もっと食べろと言われてかえって食欲が無くなってしまい、俺は何も食べずに部屋に篭った。

家族で食卓を囲めば嫌でも結婚や妊娠、子供の話になる。
姉には既に3人子供がいる。上はもう中学生だ。
そしてちょうど今妹の亜里沙ありさが妊娠して里帰り中なので比較されるのも辛いのだ。
妊娠したと聞いて、妹の顔を見たときは幸せそうで心から祝福できた。
でも今自分が不妊と知ってしまってからは複雑な気分だ。
妹と顔を合わせてもぎこちなくなりそうで、つい避けるような態度を取ってしまう。
妹に嫉妬するなんて馬鹿げているのはわかってる。
俺は兄なんだからもっとしっかりしないとと思うが、最近自分の感情が上手くコントロールできなくなっていた。

32歳で不妊。独身のΩ。もうおそらく一生どこにも貰い手はいないだろう。
つまり一生独りで生きていくということだ。
そんな未来は一度も想像したこともなかった。
ある程度キャリアを積んだ後は子どもを産んで、陰ながら桐谷を支えるつもりだったから。

もっと早く検査だけでも受けておけばよかった。
後悔しても遅いのだがどうしても考えてしまう。
20代のうちにわかっていたらもっと早く桐谷と別れて俺の身の振り方を考えることもできたかもしれない。
だが32歳になってこんな状況になって、もしかしたら今の会社を辞めることになるかもしれないのだ。
今日の様子だと、俺の味方は誰もいない。
大迫はこの会社の人間ではないから、本当に誰一人俺を庇う人間なんていないのだ。

ベッドの上で考え事をしていたらドアをノックする音がした。

「はい…?」

誰かと思ったら父だった。

「父さん、どうしたの?」

俺は身体を起こした。

「美耶くん、これ食べない?」

俺の好きなケーキ屋のチーズケーキだった。
父は入婿で、女が強いこの家系の中で唯一の同志と言って俺のことを昔から特にかわいがってくれていた。
実家に帰ってきたときも、母や姉のように不妊のことを根掘り葉掘り聞いてきたりはせず、いつもどおり接してくれた。
俺が夕飯を食べなかったのでわざわざ買ってきてくれたんだろう。

「ありがとう、一緒に食べよう」

チーズケーキを2人で食べた。
昔から変わらないホッとする味だ。
試験で満点を取れなかったときや、スポーツで勝負に負けたとき、姉や妹と喧嘩して負けたときなどにいつも父が買ってきてくれた。

父は最後まで無言で、食べ終えると俺のお皿も持って「おやすみ」とだけ言って部屋を出ていった。

皆に迷惑をかけている。
早く新しい部屋を探して引っ越さなければ、と俺は思った。
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