上 下
5 / 46

3.周りの手のひら返し

しおりを挟む
翌週仕事に行くと、皆にじろじろ不躾な視線を向けられた。

なんだ。もう知れ渡っているのか。
桐谷のおしゃべりには辟易する。
直接何か言ってくる勇気のある者はいないようだが、ヒソヒソと何か言われているのはわかる。
会議を終え、コーヒーを飲もうと給湯室へ行ったとき、部屋の中から女性社員の話し声が聞こえた。

「で~、神崎主任ってマグロらしいよ」

「え!?まじ!?」

……?!
ま、まぐろって…
さすがの俺でも一瞬立ち止まってしまった。

「確かに美形だけどぉ、色気とか感じる前に怖いっていうの?」

「わかる~。近寄り難いし壁感じるもん」

「光さんも大変だったよねぇ、そんなΩとえっちするの。別れられて清々してるんじゃない?」

女二人で俺の噂をして笑っているようだ。
くだらないし内容が下品すぎる。
これだから下級Ωは…

俺は気にせずそのままズカズカと室内に入った。

「…あっ!神崎主任!?」

「あ…ち、ちがうんです…私達その…」

「ああ、別にいいよ好きに言ってくれて。ただそんな無駄話してる時間あるなら書類のミス無くすようにチェックをお願いね」

「あ…はい!すみませんでした」

片方の女性社員はすぐに頭を下げたが、もう一人はカチンと来たのか口を尖らせながら言い返してきた。

「神崎主任ってぇ、そんな嫌味な言い方しかできないから光さんが愛想つかしたんじゃないんですかぁ?」

「ちょっと、麻友まゆ!」

俺は麻友と呼ばれた女性社員を見た。
ブラウンのボブヘアで服装やメイクは派手に装っているが、これといった特徴の無い地味顔の下級Ωだ。
たしか桐谷と浮気してたことがあるはず。
普通なら上司なので苗字で呼ぶべきところをあえて光さんと下の名前で呼んで関係を匂わせてくるところが忌々しい。

「そうだね。ご指摘ありがとう。それじゃあ失礼」

自分の実力以上にキャンキャン吠える系の女か。
相手にする価値もない。
桐谷も浮気するならもっとマシな女を選べば良いものを…
俺はコーヒーを入れ終えたので部屋を出た。

俺がマグロだって?
自分こそノーテク早漏男のくせに…桐谷め。
大体、声が耳障りだから黙れとか、あまりいやらしく動くなと言ったのは向こうの方だ。
俺の不妊が原因で婚約破棄したということだけでなく、有る事無い事周りに吹聴して回っているんだな。

普通、仮にも恋人関係だった相手が不妊とわかってこんなことするか?
どこまでもクズな奴。
慰めをちょっとでも期待した自分が馬鹿だった。
ここまでくると何か俺に恨みでもあるのかと思ってしまう。

俺はそれでも普通に業務をこなそうとしていた。
元婚約者の会社で働くのはいささか肩身が狭いが、重要な案件も抱えているし逃げ出すわけにもいかない。
悪口を言いたい奴は言ってれば良い。仕事に支障がなければそれで良いと思っていた。

しかし、上條麻友かみじょう まゆは違ったようだ。

あれからというもの、彼女によって根も葉もない噂を流されたり、全員に配られるお土産が俺にだけ配られなかったり、社内での飲み会の連絡が回ってこなかったりするようになった。
別にこんなのは仕事に関係ないからどうでもよかった。
しかし、上條の嫌がらせがだんだんエスカレートし、必要な書類を回してこなかったり、作成を頼んだデータの数字をわざとミスして提出してきたり、上司から俺への伝言を伝えなかったりと仕事にまで影響を及ぼすようになってきた。

「一体なんなんだ…」

彼女を通さずに自分で雑務までこなさなければいけなくなり、事務作業が増えて残業も増える羽目になった。

俺は既に桐谷のマンションからは引っ越して実家に戻っていた。
出戻りで肩身が狭いので、家にいる時間が短くなるのはある意味では好都合だった。
しかし、これもミスやデータの改竄が社内で済んでいるうちは、の話だった。


しおりを挟む
感想 49

あなたにおすすめの小説

トップアイドルα様は平凡βを運命にする

新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

初夜の翌朝失踪する受けの話

春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…? タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。 歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版)

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

処理中です...