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23.◆惚れた男の悪あがき

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『――京介さん?』
「柊一くん、突然で悪いけど……今話せるかな?」
『え、あの――は、はい……あ! ちょっと待ってください』

 一度スマホを置いたらしく何やらゴソゴソと物音がした後にまた彼が電話口に戻ってきた。

『あ、もう大丈夫です。久しぶりですね……』
「あー……と、この前は本当に悪かった。あのときのこと、謝りたいと思って電話したんだ」
『謝る?』
「君を傷つけるようなことを言ってすまなかった。どうしても……直接会って伝えたいことがあるから、これから君の自宅へ行っちゃだめかな」
『これからですか!?』

 柊一はものすごく驚いた様子で聞き返してきた。あんな風に突き放しておきながら今更会いたいだなんて、図々しいと思われても仕方がない。

「もう俺の顔も見たくないってことなら諦めるよ」
『いえ、そんなことはないです。狭苦しいところですが、それでもよければ……』

 以前彼が怪我をした際に自宅まで送っていたから場所はわかっていた。前回訪れたときは中にまでは入らなかったから、部屋を見るのは初めてだった。

「こんばんは、どうぞ」
「久しぶり。上がらせてもらうよ」

 三十代の男性が生活するのに必要最低限の無駄のない家具類。奥の窓の手前にベッドが置かれていて、その手前にはソファとローテーブルがあるいわゆる1DKタイプの部屋だ。その中に見覚えのあるアザラシのぬいぐるみと、その横には小さなキツネのぬいぐるみが置かれている。以前聞いた妹からのプレゼントだろう。
 京介が部屋を見渡していると柊一がキッチンからコーヒーを持って戻ってきた。

「ありがとう。突然押しかけてごめんね」
「いえ、僕も、連絡しようと思ってましたから。でも京介さんの方からわざわざ来てくれるなんて思いませんでした……話したいことって……?」

 彼の瞳が不安げに揺れている。信頼していた相手にいきなり突き放されたのだから、こちらを信用できなくて当然だ。彼と夏帆のためとはいえ、あんなことを言わなければよかった。

「俺がこんなことを言える義理じゃないのはわかってる。だけどお願いがあるんだ。もう遅いかもしれないけど――君は少し前に電話をくれてたんだよね? リョウの奴がそのことを黙ってて俺は知らなかったんだ。もし柊一くんの中にまだ俺に対して少しでも気持ちが残っているなら、夏帆とは結婚しないでほしい」 

 彼は驚いて目を丸くした。
 散々悩んだのに、結局こんな言い訳がましい言葉しか出てこなかった。柊一のこととなると冷静に考えられなくなる。

「え……? 待ってください、結婚ってなんの話ですか?」
「だから、夏帆と結婚するんだろう? 俺はなんとか君たちの兄として祝福しようと思ったんだ。だけど、やっぱりどうしても君のことを渡したくなくて悪あがきをしに来た」
「悪あがきって、京介さん。俺は夏帆ちゃんと結婚なんてしませんよ?」
「え?」
「夏帆ちゃんがそう言ったんですか?」

 柊一は面食らった顔をしていた。

「いや、ただ夏帆のデスクに結婚情報誌が置いてあったから、俺はてっきり――」

 それを聞いて柊一が吹き出した。

「京介さん……本当にあなたって人は相変わらずせっかちというか……早合点し過ぎですよ。俺、そもそも夏帆ちゃんとは付き合ってもいないです」
「え? そうなのか?」

 柊一からさっきまでの不安げな表情は消え、今は微笑みを浮かべている。

「なんだか久しぶりに京介さんのそういうところ見て笑っちゃいました。もしかして、俺が夏帆ちゃんのこと好きだと思って俺をふったんですか?」

 隣りに座った柊一が京介の目を優しく見つめた。京介が酔って普段言わないようなことを言う時、彼は決まってこういう慈しむような目をした。普段は柊一のことを可愛く思っているし自分のほうが年上なのに、まるで柊一の弟にでもなった気分になる。本当の兄に甘えることができなかったから、彼のこういった仕草に弱いのかもしれない。

「悪かった。……俺の早とちりだ」

 京介が謝ると、彼はちょっと意地悪そうな顔で聞いてくる。

「京介さんこそ、リョウさんとはどうなんですか?」
「リョウ? いや、あいつが彼氏に追い出されたと言うから一晩泊めただけで、誓って何もなかった。俺は君にしか興味がない」
「それって、俺と体だけの関係を求めてるってことですか?」

 彼の言葉に動揺する。

「ちがう。ちがうんだ。この前言ったことは本心じゃない。君は元々ノンケだし、俺と寝るのは負担みだいだったから、付き合うのは無理だと思ったんだ。体だけなんて最初から思ってない。俺は君に本気になったからこそ夏帆と結婚するべきだと思ったんだ。だけど、どうしても君を渡したくなくて……」

 それを聞いた彼はほっとしたように笑みを浮かべた。

「じゃあ――まだ俺にあの続きを教えてくれるつもりはありますか?」
「君が嫌ならしない。君の気持ちが追いつくまで我慢するよ。ちゃんと俺に惚れて、俺に抱かれてもいいと思えるまで待つから」

 京介がそう言うと彼はちょっと考えるような仕草をした。そして恥ずかしそうにうつむきながらぼそっと言う。

「あの……僕、あれからちゃんと予習をしたんです」
「予習?」
「これ……」

 そして彼は少し腰を浮かせ、京介の手を取った。そしてその手を自分の背後へ導く。京介は導かれるままに彼のボトムスのウエストから手を入れ、下着の上から双丘の間に触れた。そこに、あるはずのない硬い人工物の手触りを感じた。京介は驚いて彼の体をソファの上でうつ伏せにし、下着を下ろした。目の前に晒された彼の臀部には黒いアナルプラグが挿入されていた。普段の彼に似つかわしくない、扇情的な姿に息を呑む。

「柊一くん……これは?」
「……僕は、真面目だけが取り柄なんです。ちゃんと勉強して、準備したんです……。だから、今度こそ最後まで教えてください」

 うつ伏せになった彼の顔は見えないが、耳まで赤くなっている。

「君は……どこまで真面目なんだ?」
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