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22.◆リョウのいたずらと京介の本音
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リョウはうちに泊まった翌日、何か言いたげな顔をして帰っていった。もしかしたら彼の方も何か相談したいことがあったのかもしれない。
しかし京介はその後仕事が忙しくなってしまい、しばらくの間バーへ行く時間がなかった。
そんなある日、用があって会社の夏帆の席へ赴いた。しかし彼女は席におらず、代わりにデスクに置かれた雑誌に目が留まった。
「これは……」
そこに置いてあったのは某有名結婚情報誌だった。
(そうか。その後どうなったかと思ったがとうとう……)
「あら、お兄ちゃん。じゃなくて専務、どうしました?」
「ああ、この書類なんだが……」
戻ってきた彼女に仕事の説明をしながらも、意識は雑誌のことに向かっていた。
会話を終えて自分の席に戻っても、どうも仕事が手に付かない。
柊一と夏帆の関係が進展していると知って京介の胸中は複雑だった。喜びや祝う気持ちとはかけ離れた自分の感情に戸惑う。
(二人の結婚を祝福してやりたいと思っていたはずなのに……)
夏帆は大事な妹だ。京介のためを思って、父の会社ではなく母方の伯父の会社に一緒に来てくれた。京介が以前、叶わぬ恋に終止符を打った時も慰めてくれたのは彼女だった。夏帆には幸せになってほしいと心から思っている。なのに、どうしてこんなに嫉妬めいたどす黒い感情が湧いてくるんだ?
(――相手が柊一だからなのか……)
京介は仕事に没頭し、片付けるものは片付けて週末にバーへ向かった。こんな日はマスターと静かに話をしたい。
しかし、こういうときに限ってまたリョウが現れた。隣に座ろうとした彼に言う。
「悪いが今日は静かに飲みたい気分なんだ」
「え~、俺がうるさいって言うの? この間だって話聞いてあげたじゃん」
「もううちには泊めないからな」
「残念でした。彼氏とよりを戻したもんね~」
「じゃあなんでこんなところで俺に絡んでくるんだよ」
「彼、今夜は出張でいないんだよね」
幸せそうな顔で酒を飲んでいる彼を横目で睨む。
「で? ケイくんどうしたの。死にそうな顔じゃん」
「……お前がいるから話したくなくなった。放って置いてくれ」
「うわ、構ってちゃんじゃん! めんどくさ。いいから話しなよ。お兄さんがアドバイスしてあげよう」
リョウは若作りしているが、そろそろ四十になる。この店でそれを知っているのは一部の人間で、バラしたらタダじゃおかないと彼はうそぶいていた。
「妹のデスクに結婚情報誌が置いてあった。それだけだよ」
「あ――……」
彼はゆっくりと頷いた。事情を察したようだ。その後はいつもみたいに騒いだりせず、珍しく大人しく隣で酒を飲んでいた。
そして京介がそろそろ帰ろうと立ち上がったとき、彼が神妙な面持ちで呼びかけてきた。
「ケイくん」
「なんだ? 今夜は奢らないぞ」
「違うんだ――その~……実は一つ黙ってたことがあって」
リョウにしては歯切れが悪い。彼はいたずらがバレて怒られる子どもみたいな表情でこちらを見上げた。
「あの~……この前ケイくんのうちに泊まったじゃない?」
「それがどうした」
「ケイくんがシャワー浴びてるときに、実は柊一くんから電話があったんだよね」
「なに……?」
リョウの口から柊一の名前が出るとは思わず京介の心臓が跳ねた。
「まさかこんなことになるなんて……。二人はどうせ上手くいくんだと思ってたんだ。ごめん、もしかしたら柊一くんは俺とケイくんのこと誤解しちゃったかも……」
(柊一が、あんなことを言った俺にまた電話してきただと?)
「俺、ちょっとした意地悪のつもりで着歴削除しちゃって~」
「お前なぁ。なんでそんなことするんだよ?」
「深い意味はないんだよ。ただ、俺はどんなに頑張っても振られちゃうのにって思うと悔しくて。整形なんてしなくてもきれいな柊一くんがケイくんに大事に思われてるのが羨ましくて……嫉妬しちゃった」
本当にこの男はいい歳をしていちいちやることが幼稚だ。
京介は会計を済ませ、まだ言い訳を続けるリョウを置いて店を出た。
タクシーに乗り、自宅に向かいながら京介は柊一の電話番号を眺めていた。掛けるべきか、このまま身を引くべきか。
夏帆があんな雑誌まで見ているのに、自分がここで電話を掛けて台無しにしてもいいのか?
いや、やっぱりだめだ。しかし――……せめて彼に謝りたい。
夏帆と柊一が結婚したら、京介は柊一の義理の兄になる。このまま仲違いしているわけにはいかない。だから電話で謝罪する。それでどうだ?
京介はタクシーの窓ガラスに映る自分の顔を見た。
なんて頼りない顔だろう。だから本気で恋愛をするのは嫌なんだ。執着して、心を預けて、結果的に失うのが怖い――。
父や兄と離れて暮らすようになって、コンプレックスはもう解消できたと思っていた。母も夏帆も自分に味方してくれる。たとえ父に疎まれようと京介は孤立することもなく、好きなように仕事も恋愛も楽しんできた。
だが、どこかでやはり父や兄に認められたいという願望がくすぶり続けているらしい。
同性愛者だと知られた時点で京介は父や兄の中で存在を抹消されたようなものだった。それでもこうして立ち直って、過去を忘れて生きていられるのは夏帆と母がいたからだ。
そして夏帆の導きで柊一と出会った。
京介のすることに柊一がいちいち喜んでくれるのが嬉しかった。これまで京介の見た目や金目当てで媚びてくる男はたくさんいた。しかし柊一のように飾らない姿を見せてくれる男はいなかった。
夏帆や母は京介を尊重してくれている。だけど父や兄に存在を認められていないという事実が消えるわけではない。
真面目で善良な男である柊一に慕われて京介の気持ちが傾かないわけがなかった。
京介は柊一に認められたくて、彼を独り占めしたくてたまらない。
(たとえ夏帆のことをどんなに大切に思っていたとしても、俺は柊一に愛されたいと願うことをやめられない――)
本気になる前に引いたなんて大嘘だ。
最初に会った日から京介はずっと柊一に心奪われていた。見た目の美しさと内面の素朴さを知った瞬間もう恋に落ちていた。
リョウの言葉は正しい。京介はノンケ相手に本気になり、嫌われるのが怖くて逃げた。
(彼の体に触れて、拒絶されたことにショックを受けたのはむしろ俺の方だ)
あれ以上進んで、彼に幻滅されるのが怖かった。自分の欲望で彼を汚すのが恐ろしくなったのだ。最初に会った時は真面目な彼の顔が欲望に溶けるのを見たいと思ったのに。
彼になら夏帆を任せられるだなんて、とんだ思い上がりだった。みっともないところを見せたとしてももっと泥臭く本気で彼にぶつかるべきだった。
(俺は柊一が欲しい――誰にも渡したくないんだ)
京介は結局通話ボタンを押した。
しかし京介はその後仕事が忙しくなってしまい、しばらくの間バーへ行く時間がなかった。
そんなある日、用があって会社の夏帆の席へ赴いた。しかし彼女は席におらず、代わりにデスクに置かれた雑誌に目が留まった。
「これは……」
そこに置いてあったのは某有名結婚情報誌だった。
(そうか。その後どうなったかと思ったがとうとう……)
「あら、お兄ちゃん。じゃなくて専務、どうしました?」
「ああ、この書類なんだが……」
戻ってきた彼女に仕事の説明をしながらも、意識は雑誌のことに向かっていた。
会話を終えて自分の席に戻っても、どうも仕事が手に付かない。
柊一と夏帆の関係が進展していると知って京介の胸中は複雑だった。喜びや祝う気持ちとはかけ離れた自分の感情に戸惑う。
(二人の結婚を祝福してやりたいと思っていたはずなのに……)
夏帆は大事な妹だ。京介のためを思って、父の会社ではなく母方の伯父の会社に一緒に来てくれた。京介が以前、叶わぬ恋に終止符を打った時も慰めてくれたのは彼女だった。夏帆には幸せになってほしいと心から思っている。なのに、どうしてこんなに嫉妬めいたどす黒い感情が湧いてくるんだ?
(――相手が柊一だからなのか……)
京介は仕事に没頭し、片付けるものは片付けて週末にバーへ向かった。こんな日はマスターと静かに話をしたい。
しかし、こういうときに限ってまたリョウが現れた。隣に座ろうとした彼に言う。
「悪いが今日は静かに飲みたい気分なんだ」
「え~、俺がうるさいって言うの? この間だって話聞いてあげたじゃん」
「もううちには泊めないからな」
「残念でした。彼氏とよりを戻したもんね~」
「じゃあなんでこんなところで俺に絡んでくるんだよ」
「彼、今夜は出張でいないんだよね」
幸せそうな顔で酒を飲んでいる彼を横目で睨む。
「で? ケイくんどうしたの。死にそうな顔じゃん」
「……お前がいるから話したくなくなった。放って置いてくれ」
「うわ、構ってちゃんじゃん! めんどくさ。いいから話しなよ。お兄さんがアドバイスしてあげよう」
リョウは若作りしているが、そろそろ四十になる。この店でそれを知っているのは一部の人間で、バラしたらタダじゃおかないと彼はうそぶいていた。
「妹のデスクに結婚情報誌が置いてあった。それだけだよ」
「あ――……」
彼はゆっくりと頷いた。事情を察したようだ。その後はいつもみたいに騒いだりせず、珍しく大人しく隣で酒を飲んでいた。
そして京介がそろそろ帰ろうと立ち上がったとき、彼が神妙な面持ちで呼びかけてきた。
「ケイくん」
「なんだ? 今夜は奢らないぞ」
「違うんだ――その~……実は一つ黙ってたことがあって」
リョウにしては歯切れが悪い。彼はいたずらがバレて怒られる子どもみたいな表情でこちらを見上げた。
「あの~……この前ケイくんのうちに泊まったじゃない?」
「それがどうした」
「ケイくんがシャワー浴びてるときに、実は柊一くんから電話があったんだよね」
「なに……?」
リョウの口から柊一の名前が出るとは思わず京介の心臓が跳ねた。
「まさかこんなことになるなんて……。二人はどうせ上手くいくんだと思ってたんだ。ごめん、もしかしたら柊一くんは俺とケイくんのこと誤解しちゃったかも……」
(柊一が、あんなことを言った俺にまた電話してきただと?)
「俺、ちょっとした意地悪のつもりで着歴削除しちゃって~」
「お前なぁ。なんでそんなことするんだよ?」
「深い意味はないんだよ。ただ、俺はどんなに頑張っても振られちゃうのにって思うと悔しくて。整形なんてしなくてもきれいな柊一くんがケイくんに大事に思われてるのが羨ましくて……嫉妬しちゃった」
本当にこの男はいい歳をしていちいちやることが幼稚だ。
京介は会計を済ませ、まだ言い訳を続けるリョウを置いて店を出た。
タクシーに乗り、自宅に向かいながら京介は柊一の電話番号を眺めていた。掛けるべきか、このまま身を引くべきか。
夏帆があんな雑誌まで見ているのに、自分がここで電話を掛けて台無しにしてもいいのか?
いや、やっぱりだめだ。しかし――……せめて彼に謝りたい。
夏帆と柊一が結婚したら、京介は柊一の義理の兄になる。このまま仲違いしているわけにはいかない。だから電話で謝罪する。それでどうだ?
京介はタクシーの窓ガラスに映る自分の顔を見た。
なんて頼りない顔だろう。だから本気で恋愛をするのは嫌なんだ。執着して、心を預けて、結果的に失うのが怖い――。
父や兄と離れて暮らすようになって、コンプレックスはもう解消できたと思っていた。母も夏帆も自分に味方してくれる。たとえ父に疎まれようと京介は孤立することもなく、好きなように仕事も恋愛も楽しんできた。
だが、どこかでやはり父や兄に認められたいという願望がくすぶり続けているらしい。
同性愛者だと知られた時点で京介は父や兄の中で存在を抹消されたようなものだった。それでもこうして立ち直って、過去を忘れて生きていられるのは夏帆と母がいたからだ。
そして夏帆の導きで柊一と出会った。
京介のすることに柊一がいちいち喜んでくれるのが嬉しかった。これまで京介の見た目や金目当てで媚びてくる男はたくさんいた。しかし柊一のように飾らない姿を見せてくれる男はいなかった。
夏帆や母は京介を尊重してくれている。だけど父や兄に存在を認められていないという事実が消えるわけではない。
真面目で善良な男である柊一に慕われて京介の気持ちが傾かないわけがなかった。
京介は柊一に認められたくて、彼を独り占めしたくてたまらない。
(たとえ夏帆のことをどんなに大切に思っていたとしても、俺は柊一に愛されたいと願うことをやめられない――)
本気になる前に引いたなんて大嘘だ。
最初に会った日から京介はずっと柊一に心奪われていた。見た目の美しさと内面の素朴さを知った瞬間もう恋に落ちていた。
リョウの言葉は正しい。京介はノンケ相手に本気になり、嫌われるのが怖くて逃げた。
(彼の体に触れて、拒絶されたことにショックを受けたのはむしろ俺の方だ)
あれ以上進んで、彼に幻滅されるのが怖かった。自分の欲望で彼を汚すのが恐ろしくなったのだ。最初に会った時は真面目な彼の顔が欲望に溶けるのを見たいと思ったのに。
彼になら夏帆を任せられるだなんて、とんだ思い上がりだった。みっともないところを見せたとしてももっと泥臭く本気で彼にぶつかるべきだった。
(俺は柊一が欲しい――誰にも渡したくないんだ)
京介は結局通話ボタンを押した。
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