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20.◆二人の幸せを願う兄の憂鬱

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 その後の数週間は空虚に過ぎていった。傷ついた柊一の表情が頭から離れない。色素の薄い肌がより一層色を失い、苦しげに眉を寄せて――。

 もちろんあんな顔をさせたかったわけじゃない。できれば今まで通り彼と穏やかに過ごしたいと思っていた。しかし自分が突き放さなければ、柊一は遠慮して夏帆の元へ行くことはできないだろう。柊一は真面目過ぎるところがあり、夏帆から紹介されたのだから京介を無下にできないと思い込んでいる。だがそれは夏帆への義理立てにすぎない。

 京介が「男と寝ることもできない」と言っても彼は否定できなかった。
 つまりはそういうことなのだ。
 彼は京介と付き合いたいと口では言っている。しかし女性と上手くいかないから、一時の気の迷いで男を試してみたくなっただけだろう。いずれにせよ、触られて泣くほど嫌な相手と無理に付き合う必要はない。

 あのまま強引に抱いて彼をものにしてしまうことはできた。しかし、お互い深入りする前に離れるのが正解だ。
 柊一は特に家族に対して憧れやこだわりが強いようだし、女性と結婚して温かい家庭を築くのがいい。自分のせいで彼が家族の爪弾き者になるのは嫌だった。
 
 ある金曜の夜、京介はいつものバーで酒を飲んでいた。すると一人でぼんやりしているところにリョウがまとわりついてきた。こいつは人が弱っているのを嗅ぎつけるのが妙に上手い。そうとわかっていて京介はリョウに酒を奢り、柊一とのことを話した。誰かに話すことで、自分のしたことを正当化したかったのかもしれない。

「で、柊一くんとは始まる前に終わっちゃったってわけだ」
「ああ」
「自分が悪者になってでも彼の幸せを願う――みたいな?」

 彼は冷ややかに笑った。酒をたかろうという相手にこの言い草はどうだ。

「そんなんじゃない。ただ、柊一は俺たちとは違ったというだけだ」
「ふーん。そうかな~。ていうかケイくんの方こそ大丈夫なの?」
「何が」
「失恋しちゃって悲し~って顔してる。そんなに柊一くんのこと好きになっちゃったんだ?」

 リョウは首を傾げてこちらを上目遣いに見た。自分が一番美しく見える角度を研究するのに余念が無い男だ。これが可愛いと思えた時期もあった。

「そうなる前に一線を引いたって言ったろ」
「嘘だ~。ノンケに本気になってビビって逃げたんじゃないの」
「酒を奢ってもらうつもりならもう少し言動に気をつけたほうがいいんじゃないのか」
「あ、ねえねえ。ついでに今夜泊めてくんない? 彼氏と別れて追い出されたから宿無しになっちゃったんだよね~」


 結局リョウの口車に乗せられて京介は一晩だけ彼を泊めてやることにした。

「今夜はお前と寝る気分じゃないから、ソファで寝ろよ」
「え~! せっかく慰めてあげようと思ったのにぃ」
「結構だ。俺はシャワーを浴びてくる」

 リョウも本気で京介と寝るつもりで来たわけではないようで勝手にキャビネットを開け「お酒貰うね~」と鼻歌を歌っている。この様子だと彼氏に追い出されたというのも怪しい。
 本心の読めないやつだ。
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