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18.突き放される
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この週末もいつものように京介と過ごしていた。ただ、以前ならソファで隣りに座ってドラマを見ていた彼が今は少し離れた椅子に掛けて画面を眺めている。この微妙な距離が、彼の心と自分の心の距離みたいに思えた。
京介は気にしないと言いながら、やはり肉体関係が上手くいかないことに落胆したのかもしれない。というより、柊一のあのときのみっともない声や態度に呆れたのだろうか。もっとスマートにセックスができる相手じゃないと、経験豊富な彼の恋愛対象にならないのかもしれない。
考えれば考えるほど不安になり、柊一は手元にあったゴマ太郎のぬいぐるみを抱きしめた。そして酔った勢いを借りて胸の内をそのまま京介にぶつけてしまった。
「京介さん、最近どうかしたんですか?」
「どうかしたって?」
「……なんとなく……ちょっと冷たいなぁって」
「冷たい? 俺が?」
彼が意外そうな顔をした。
それはそうだろう。彼は決して冷たくなどない。客観的に見れば親切でとても優しい。柊一のためにどこへ行くにも車を出してくれ、レストランの予約もチケットの手配もなんでもしてくれる。何よりもこうして一緒にいるための時間を割いてくれているじゃないか。
「いえ、その……京介さんは俺との関係をどう思ってるのかなって」
「関係?」
柊一は自分で自分の口をついて出た言葉に驚いた。これって、自分が今までの恋人に言われた言葉そのものじゃないか。
「柊一くんはどう思っているのかな?」
京介は逆に問い返してきた。
「俺は……」
彼の声音は優しかった。しかし、その瞳の中に以前キスしてくれたときの熱っぽさは見当たらない。
柊一はこれまで彼女たちのために時間を割き、デートを計画して一緒に過ごしてきた。だけど彼女たちは決まって「柊一が私のことちゃんと好きなのかわからない」だとか「私達の関係って何?」と尋ねてきた。その時柊一は当然彼氏としてちゃんとしていると思っていた。だから、何を聞かれたのか彼女たちの質問の意図がわからなかった。
だけど彼女たちはデートがどうのといった表面的なことではなく、今の自分みたいに心の距離を感じて不安になっていたんだ。
以前彼女に「なんだか気持ちが一方通行でしんどい」と言われてすごく困ったのを思い出す。今自分が京介に向かって一方的に「好きだ」と言っても多分迷惑に思われるだけ――。
それがわかってしまうと、喉の奥まで出掛けた言葉がどうしても出てこなかった。柊一はぬいぐるみを抱く腕にぎゅっと力を込める。
するとそれを見た京介がふっと表情を緩ませた。
「無理しなくていいんだよ柊一くん。最近夏帆とは会えてるのか?」
「夏帆ちゃんですか? いいえ、電話で話したりはしますけど……」
柊一はなぜここで夏帆の話が出るのかわからなかった。
「そうか。あのね、電話だけじゃなくて直接会ったほうがいい」
「え?」
「君はやっぱり夏帆のことが好きなんだろう。俺のことを紹介されて、戸惑ったかもしれないけど、無理に男と付き合おうとしなくていいんだよ」
優しく諭すように言われた言葉はすぐに頭に入ってこなくて、柊一は思考停止してしまった。
(夏帆のことが好き? 一体なんの話だ?)
「週末こうして過ごすのはもうこれきりにしよう。君は夏帆とデートしたらいい」
「いえ、俺は――違います。最初は夏帆ちゃんのこといいなって思いました。だけど――」
「そうだろう? だから、やっぱり君は女性と付き合うのがいいんじゃないかな」
いきなりこんなことを言われてパニックになり、柊一は咄嗟に言う。
「そうじゃなくて俺は……京介さんと、お付き合いできたらって思ってます」
そう聞いて彼はため息をついた。
「柊一くん。そうは言っても君は男と寝ることもできないじゃないか」
その言葉は決定的だった。柊一がなんの準備もなく伝えた彼への気持ちは、あっけなく聞き流された。
――”男と寝ることもできない” か……。
「そもそも俺は特定の相手とは交際しない主義なんだ。縛られるのは嫌いでね。だから、俺とまともに恋愛しようなんて思わない方がいい」
さっきまで二人で楽しく過ごしていたはずだった。多少心の距離を感じてはいても、同じ空間にいて同じ酒を飲んで同じドラマを観て……共通の話題で会話をして。彼が自分と似た価値観を持っていると勝手に思い込んでいた。それも全てただの思い違いだったということなのか。
「抱いて欲しいならいつでも歓迎するよ。付き合ったりしなくてもね。だけど柊一くんは真面目だから、そんなことはできないだろう?」
「京介さん、そんな……嘘ですよね。最初からそういうつもりで俺を部屋に呼んだんじゃないはずです」
柊一は彼の言葉から受けた衝撃に押しつぶされそうになりながら声を振り絞った。
「いや? 俺は最初からそのつもりだったよ。君に素質がありそうだったから、初めてを俺で体験してくれたらいいなって。だけど、無理だったじゃないか?」
頭が混乱して、息の仕方まで忘れたみたいに呼吸が苦しくなってきた。
「おいおい、そんな顔しないでくれよ。男同士の付き合いなんてそんなものだよ。結婚できるわけじゃないしね。そうやって割り切れるんじゃないと」
「京介さん……」
「どうする? もしかして前回ももっと強引にされるのを期待してたのかな? 俺は構わないよ。君のような綺麗な男が泣く姿はそそられるしね」
柊一はもうこれ以上耐えられなかった。ぬいぐるみから手を離し、上着を羽織って玄関へ向かう。背後から声を掛けられた。
「夏帆によろしく」
もう少し時間を掛けて、ゆっくり進めてくれれば受け入れられたかもしれないのに――。まだ、好きな相手に自分の全てを晒すための心の準備が出来ていなかった。彼にあられもない姿を見せて、幻滅されたくないと思っただけだった。だけど、彼と自分では経験値が違いすぎたのだ。
(俺みたいな未熟者は、女性にも男性にもまともに相手されることはないんだ……)
京介は気にしないと言いながら、やはり肉体関係が上手くいかないことに落胆したのかもしれない。というより、柊一のあのときのみっともない声や態度に呆れたのだろうか。もっとスマートにセックスができる相手じゃないと、経験豊富な彼の恋愛対象にならないのかもしれない。
考えれば考えるほど不安になり、柊一は手元にあったゴマ太郎のぬいぐるみを抱きしめた。そして酔った勢いを借りて胸の内をそのまま京介にぶつけてしまった。
「京介さん、最近どうかしたんですか?」
「どうかしたって?」
「……なんとなく……ちょっと冷たいなぁって」
「冷たい? 俺が?」
彼が意外そうな顔をした。
それはそうだろう。彼は決して冷たくなどない。客観的に見れば親切でとても優しい。柊一のためにどこへ行くにも車を出してくれ、レストランの予約もチケットの手配もなんでもしてくれる。何よりもこうして一緒にいるための時間を割いてくれているじゃないか。
「いえ、その……京介さんは俺との関係をどう思ってるのかなって」
「関係?」
柊一は自分で自分の口をついて出た言葉に驚いた。これって、自分が今までの恋人に言われた言葉そのものじゃないか。
「柊一くんはどう思っているのかな?」
京介は逆に問い返してきた。
「俺は……」
彼の声音は優しかった。しかし、その瞳の中に以前キスしてくれたときの熱っぽさは見当たらない。
柊一はこれまで彼女たちのために時間を割き、デートを計画して一緒に過ごしてきた。だけど彼女たちは決まって「柊一が私のことちゃんと好きなのかわからない」だとか「私達の関係って何?」と尋ねてきた。その時柊一は当然彼氏としてちゃんとしていると思っていた。だから、何を聞かれたのか彼女たちの質問の意図がわからなかった。
だけど彼女たちはデートがどうのといった表面的なことではなく、今の自分みたいに心の距離を感じて不安になっていたんだ。
以前彼女に「なんだか気持ちが一方通行でしんどい」と言われてすごく困ったのを思い出す。今自分が京介に向かって一方的に「好きだ」と言っても多分迷惑に思われるだけ――。
それがわかってしまうと、喉の奥まで出掛けた言葉がどうしても出てこなかった。柊一はぬいぐるみを抱く腕にぎゅっと力を込める。
するとそれを見た京介がふっと表情を緩ませた。
「無理しなくていいんだよ柊一くん。最近夏帆とは会えてるのか?」
「夏帆ちゃんですか? いいえ、電話で話したりはしますけど……」
柊一はなぜここで夏帆の話が出るのかわからなかった。
「そうか。あのね、電話だけじゃなくて直接会ったほうがいい」
「え?」
「君はやっぱり夏帆のことが好きなんだろう。俺のことを紹介されて、戸惑ったかもしれないけど、無理に男と付き合おうとしなくていいんだよ」
優しく諭すように言われた言葉はすぐに頭に入ってこなくて、柊一は思考停止してしまった。
(夏帆のことが好き? 一体なんの話だ?)
「週末こうして過ごすのはもうこれきりにしよう。君は夏帆とデートしたらいい」
「いえ、俺は――違います。最初は夏帆ちゃんのこといいなって思いました。だけど――」
「そうだろう? だから、やっぱり君は女性と付き合うのがいいんじゃないかな」
いきなりこんなことを言われてパニックになり、柊一は咄嗟に言う。
「そうじゃなくて俺は……京介さんと、お付き合いできたらって思ってます」
そう聞いて彼はため息をついた。
「柊一くん。そうは言っても君は男と寝ることもできないじゃないか」
その言葉は決定的だった。柊一がなんの準備もなく伝えた彼への気持ちは、あっけなく聞き流された。
――”男と寝ることもできない” か……。
「そもそも俺は特定の相手とは交際しない主義なんだ。縛られるのは嫌いでね。だから、俺とまともに恋愛しようなんて思わない方がいい」
さっきまで二人で楽しく過ごしていたはずだった。多少心の距離を感じてはいても、同じ空間にいて同じ酒を飲んで同じドラマを観て……共通の話題で会話をして。彼が自分と似た価値観を持っていると勝手に思い込んでいた。それも全てただの思い違いだったということなのか。
「抱いて欲しいならいつでも歓迎するよ。付き合ったりしなくてもね。だけど柊一くんは真面目だから、そんなことはできないだろう?」
「京介さん、そんな……嘘ですよね。最初からそういうつもりで俺を部屋に呼んだんじゃないはずです」
柊一は彼の言葉から受けた衝撃に押しつぶされそうになりながら声を振り絞った。
「いや? 俺は最初からそのつもりだったよ。君に素質がありそうだったから、初めてを俺で体験してくれたらいいなって。だけど、無理だったじゃないか?」
頭が混乱して、息の仕方まで忘れたみたいに呼吸が苦しくなってきた。
「おいおい、そんな顔しないでくれよ。男同士の付き合いなんてそんなものだよ。結婚できるわけじゃないしね。そうやって割り切れるんじゃないと」
「京介さん……」
「どうする? もしかして前回ももっと強引にされるのを期待してたのかな? 俺は構わないよ。君のような綺麗な男が泣く姿はそそられるしね」
柊一はもうこれ以上耐えられなかった。ぬいぐるみから手を離し、上着を羽織って玄関へ向かう。背後から声を掛けられた。
「夏帆によろしく」
もう少し時間を掛けて、ゆっくり進めてくれれば受け入れられたかもしれないのに――。まだ、好きな相手に自分の全てを晒すための心の準備が出来ていなかった。彼にあられもない姿を見せて、幻滅されたくないと思っただけだった。だけど、彼と自分では経験値が違いすぎたのだ。
(俺みたいな未熟者は、女性にも男性にもまともに相手されることはないんだ……)
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